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早田英志のスーパー人生論 第七回     ~時事評論~
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早田英志のスーパー人生論 第七回     ~時事評論~

2014-12-24 09:55

    イスラム国に想う

    昨今、世の中を騒がせている最大の事件は、“イスラム国”関連だ。
    欧米人の残虐な処刑、強大な組織を持った国作り、謀反内部造反を戒めるための容赦ない
    さらし首まで実践する厳しい戒律、どれをとってもその行為は平和な先進国の人々にとって
    はあまりにもセンセイショナルである。
    にも拘らず、欧米の若者を魅了する彼らのイデオロギーにはそれなりに理想の論拠はあるの
    だろう。“一緒に新しいイスラム国家を建設しよう”と言うが、イスラム教を信仰したとしても
    はたしてそれが理想的な国家になり得るどうかは疑問だ。
    一つだけ確かな事は、もし志しを共にして彼らの身内に入り込めば利益を共有し歓びを享受
    する事だけは可能である。これは共産主義ゲリラやマフィア・ファミリー、やくざ一家に
    おいても同様である。他人からパラミリタール呼ばわりされたが、私の持っていたエメラルド
    一家も似たようなものであった。大いに鉱山近隣の若者を魅了した。さほど厳しくはなかった
    が戒律と利益の共有享受の点では類似していた。
    むしろ資本主義社会における資本家と労働者の関係こそ搾取であり冷淡な人間関係の様相を
    呈しているが、少々過酷な現実の方が絵に描いた理想よりはマシだというところか。
    コロンビアの左翼ゲリラ、ファークの掲げるイデオロギーは素晴らしい理想主義であるが、
    彼らがやっている事と言えば金持ち要人誘拐にドラッグ・デイーリングとあまりにも理想論
    からかけ離れたものだ。
    思想、主義を同じくする仲間と理想のユートピアを築こうと言うのなら、それがイスラム国や
    ファークあるいはアフガニスタンタリバンの望みであるが、少なくとも地域の大衆の支持を
    うけなければならない。それが無ければ革命政権としての正義の大義名分がともなわず
    国際社会から独立国としてはとても容認されまい。
    それを力ずくでも押しきろうとすれば、かってのタリバンやファークのごとく米軍の介入を
    招き粉砕、弱体化させられる。逆に現政権の悪政に抗して立ち上がった革命政権となると
    国際社会は拍手喝采で歓迎する。かってなものである。
    いずれの場合も現政権に不満があるから出現した社会現象なのに、やり方が悪いと国際社会の
    敵に陥る。一般大衆の支持をうけ国際社会の世論をかちとろうとするならば、絶対にやっては
    いけない事は一般市民を自分らに不利な批評をしたからと言って拷問虐殺したり、
    いくら敵国の人間だからといっても現地の難民援助をしている一般職員を虐殺したりしては
    いけない。
    イスラム国を批判したかどで凄まじい拷問強姦虐殺の被害にあったイラクの女弁護士の例は
    悲惨きわまりのないケースで罪の無い一般市民を爆撃で百人まとめて殺したような悪い
    インパクトを国際世論に与えた。
    私がこうしてイスラム国批判をしているのも一つ間違えば非常に危険な事である。
    彼らの目に付き、彼らの手の届くところに居れば、問答無用にしょっぴかれるだろう。
    もとよりそれは覚悟の上でやっているが。
    かってコロンビアでナルコ・ゲリラ戦争が華々しい頃、新聞のインタビューに応えて、
    “暴力に負けてはダメだ、国民が団結してこういうやからは排除しなければならない…”
    と、痛烈に批判したらその後のリアクションが凄かった。
    政府軍と戦争を交えていたナルコの頭目ロドリーゴ・ガッチャは名指しで私のオフイスを
    爆破するとラジオ放送で通達してきた。ボゴタの街のあっちこっちが爆破されてた時で
    これが単なる脅しではない事は百も承知していた。新聞社の連中は誰からか聞いて、
    “この街でいまどきナルコ・ゲリラを公に批判できる者など誰もいない、エスメラルデーロの
    ハヤタぐらいだろう”
    と、それでわざわざインタービューしにやって来たとあっては私も断れなかった。
    あしくもコロンビアのナルコ闘争史を通じ何百人ものジャーナリストがコケロに殺されて
    きた。
    ”よくぞ国民にゲキを飛ばしてくれた”
    と感激した社主が私と直接対談インタビューしたいと申し込んできたので承諾した。
    しかし、その対談を二日後に控えてその新聞社は爆破され社主も爆死してしまった。
    何ともやるせない気持ちであった。
    わたしのオフイスはガッチャが政府軍に射殺されるまでの二ヶ月間、十五人の警備兵で
    守りを固めていた。日常戦闘にあけくれるこういう組織の兵隊たちの心理状態は非常に
    デリケートで些細な事にも過敏に反応し、そのリアクションは過激でエクセントリックだ。
    内輪の仲間同士のときはファミリー的で闊達としているが、ひとたび外部の嫌いなものに
    であったら皆一緒にキバをむく。
    交友関係のあったコロンビアの左翼ゲリラM19の頭目、カーロス・ピサロ司令官は、
    彼らのキャンパスに滞在する私によく言って聞かせた、
    “ハヤタ、お前がここに居る間兵隊どもはあんたを家族としてもてなすが、彼らの彼女に
    チョッカイをだすのだけはやめておけ、とてもヤッカイな事になる。チーフの俺でさえ
    介入できない。みんな過剰反応するのだ、戦闘みたいに”
    女性の兵士は実に魅力的でゲリラ戦闘員の中に可愛い女の子がたくさんいた。
    何百人ものゲリラ兵としばし生活を共にしたが、彼らは仲間内和気あいあいとしている
    反面ものごとに激しやすく反応は過剰だ。それは付き合いがよくあったパラミリタールの
    連中も似たような性格だったし、私のエメラルド軍団も同様だった。また同じ事がやくざ
    一家やマフィア組織でも言える。
    しかしながら、そういうラテン人種のセンシテイブな戦闘心理に比べアラブ兵の獰猛さは
    時にして執拗で残酷だ。それはイスラム社会の犯罪人に対する処罰の慣習からきている
    ところが大きい。徹底過剰処罰だ。
    十数年前アフガニスタンのエメラルドを求めてウズベキスタン側から侵入しようとしたとき
    接触したタリバン・エスメラルデーロの粗暴にして不可解な所作はとても信用できるような
    ものではなく取引を断念したが、もし彼らに連れ添って鉱山まで行っていたら間違いなく
    身ぐるみはがされ殺されていただろう。出来れば今一度アフガンの原野でエスメラルデーロ
    一家を立ち上げて人生もうひと暴れ、などと安易に期待していたがとてもそんなロマン
    ティックなアドベンチャーフィールドなどはどこにも無かった。
     
    さてイスラム国の成り行きは、どういう結末に落ち着くかとなると判断は難しい。
     
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