情報戦を制するもの、ビジネスを制する

 未来学者Alvin Toffler(アルビン・トフラー)は「暴力、富、知識」の三つをパワーの源泉と説いた。歴史上の支配者は、いずれもこの三つの力を組み合わせて強制力を高め、その地位を維持してきた。中でも重要性が増しているのが第三の力である「知識」、その基礎となる「情報」だ。

 

 現代は、まさに情報戦争の時代となった。サイバー戦争などその典型だろう。インターネットが国家間の新たな戦場となり、私企業までも巻き込んで深刻な脅威となりつつある。局地戦においても、戦闘機や艦船の戦闘能力より、イージス戦闘システムやステルス性能が戦いの行方を左右するようになった。歩兵レベルの情報武装もさかんに研究されている。ウェアラブル装置で建物の構造や敵の位置などを把握し、チーム間で連絡をとりあいながら、センサシステムで暗闇を進む。それが近未来の兵士像だ。総力戦から局地戦、戦闘現場にいたるまで、情報武装が死活的に重要となったのだ。

 

 目的は大きく異なるが、情報活用が生死をわける決め手となるのは産業界も同様だ。コンピュータや通信の進化によって、企業間競争は情報戦の様相を呈している。特に、昨今のインターネット、モバイル、ソーシャルメディアの爆発的な普及は、人類が生みだす情報量の常識を大きく塗りかえた。

 

人類史における情報量の変化 (出典 :「情報爆発のこれまでとこれから」電子情報通信学会誌 Vol.94 No8 2011)
 人類史における情報量の変化 (出典 :「情報爆発のこれまでとこれから」電子情報通信学会誌 Vol.94 No8 2011)
 

 この図は、人類史における情報量の変化を表したものだ。1999年までに人類が数万年かけて蓄積してきた情報量の合計が12エクサバイト(10の18乗バイト)。それに対して、2011年に発生した情報量は1.8ゼッタバイト(10の21乗バイト)だ。簡単に言うと、インターネット登場前に人類が蓄積した全情報量が、今の1日分に匹敵する。これが「ビッグデータ」の正体だ。

 

 コマース業者間の争いなど情報戦争そのものだ。大手オンライン小売業者は1時間刻み、場合によっては分刻みで価格を変動させている。価格変更ソフトを提供しているMercentによると、同社ソフトウェアによって1時間あたり200万回の価格変更があるという。「このインターネット時代に、固定された価格は過去の産物だ」とWashington大学Oren Etzioni(オレン・エチオーニ)教授は語る。

 

情報システム部門、その理想と現実

 リアルタイムな情報戦を制するためには、一部の戦略組織が情報武装するだけでは不十分だ。生活者が発信する情報を、現場の社員たちがキャッチし、自らの判断で臨機応変な行動をとれること。最前線の現場である顧客接点こそ、企業にとって最も重要な場となってきた。

 

 現場社員に対して、必要十分な情報を提供し、彼らを後方から支援しなければいけない。それを実現するための情報プラットフォームを構築すること。そんな役目を担う戦略的な組織こそ情報システム部門だ。

 

 しかしながら、情報システム部門の現実は厳しい。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2011」によると、情報システム部門に求められている能力、それに対して現状保有している能力、それぞれの自己評価には大きな格差があることがわかった。

 

情報システム部員に必要な能力とその現状 (出典 : 経企部門が吐露する「システム部門への不満」)
 情報システム部員に必要な能力とその現状(出典 : 経企部門が吐露する「システム部門への不満」)

 

 青色の線が「理想」、それに対して紺色の線が「現実」をあらわしている。今、情報システム部門には「IT戦略策定・IT企画」や「業務システムの改善提案」が求められているにもかかわらず、現実には現行システムのお守りで精一杯だ。慢性的な人手不足に加え、ソーシャルやモバイルなどの最新テクノロジとも縁遠い。これが情シスの理想と現実と言えるだろう。

 

 企業にとって、昔は古き良き時代だった。企業がコンピュータを独占し、生活者に対して圧倒的な情報優位を誇っていた。しかしパソコンやインターネットの登場で状況は一変する。生活者優位の時代だ。ソーシャルメディアとモバイルの普及がさらに追い打ちをかける。Google、YouTube、Facebook、Twitter、Dropbox、Evernote。今や、生活者が日常的に活用する情報インフラは、イントラシステムの能力を遥かに凌駕している。

 

 生活者から見ると、企業のイントラはもはやクラシックの世界だ。いまだに「Internet Exploler 6.0」を使い続け、FacebookやGmailも使用できないことも珍しくない–企業の中に入った途端、古臭いデザインの画面があらわれ、スマホやネット利用にも制約がかかる。自宅より業務効率が落ちることも珍しくない。統制とリスク管理が、生産性や創造性よりも優先された世界。そこでどうイノベーションを生み出せと言うのか。これが情報システム部門に向けられた、一般社員の偽らざる気持ちだろう。

 

統制から開放へ、転換期の到来

 情報システム部門のみを責めるのは酷な話だ。それは企業における内部統制方針が反映されたものだからだ。しかし、この行き過ぎた統制志向は、今、転換期を迎えようとしている。世界の主要組織のリーダー1709人を対象にした「IBM Global CEO Study 2012」によると、好業績企業の最高情報責任者(CEO)ほど統制志向から開放志向に軸足を移していることがわかったのだ。

 

 

CEOは管理から開放へ(出典 : IBM Global CEO Study 2012)
 CEOは管理から開放へ(出典 : IBM Global CEO Study 2012)

 

 CEOは法遵守や無駄排除などの組織統制はすでに十分なレベルにあり、これからはオープン化を加速させて社員間のコラボレーションを高める必要性があると感じている。特に高業績企業は低業績企業と比べて、オープン化の意向が30%ほど高い。管理から開放へ、コンプライアンスからコラボレーションへ。経営方針の転換に従い、情報システムに求められる役割はこれから大きくシフトするはずだ。

 

 組織のオープン化は社員のモラル向上につながり、創造性やイノベーション、顧客満足の向上につながる。一方で、厳格なコントロールが困難になるため、目的意識と価値観の共有が必要となってゆく。そのために、CEOは「ルールブック」を「全社員が共感できる価値観」に置き換えようと考えている。

 

 「私たちは『労働者』を雇おうと思っていた。ところが、やってきたのは『人間』だった。仕事は個人の価値を表現するものになりつつある。ソーシャルメディアの普及がそれを促進している」 (Arkadi Kuhlmann — Founder, ING Direct USA)

 

 IBM調査レポート内で紹介されていた金融トップのコメントが、これからの組織のあり方を示唆している。

 今、高業績のCEOが目指しているのは、価値観を共有した社員が、オープンでフラットな組織の中で、全社横断的にアイデアを共有しながら、解決策や製品サービス、新規事業などを創出する組織像だ。そのためには同時に三つのアプローチをすすめる必要がある。ひとつは「共有する価値観」を浸透させること。次に「オープンでフラットな組織」に再編すること、最後に「社内交流を促進するコラボレーション・プラットフォーム」を構築することだ。

 

 ただし、これら三つの施策は相互に深く関連しており、各部門が緊密に連携しながらすすめる必要がある。情報システム部門はもとより、経営企画部門、人事部門が中心となり、全社員を巻き込んだムーブメントとすべきなのだ。今までのように各部門が施策を掲げて独自に推進しても、労多くして功少なしに終わる可能性が大きいだろう。

 

統制から開放へ–情報システムの役割が変わる(2)

 


 

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by 斉藤 徹
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