ループス直人です。
日本経済新聞社さんから「スマホで世界をねらうために知っておきたい3つのこと」という書籍を献本いただきましたので書いてみたいと思います。
この本、賞味期限は短いですがとてもよい本だと思います。市場環境(特に北米とアジア)、ビジネスモデルの考え方、マーケティング(集客、運用)、プラットフォーム特性など幅広い範囲の情報が、必要最小限のデータと著者である佐藤航陽氏の肌感覚を元にすっきりとまとめられています。データだけであれば調査会社から数万円から入手できますが、2時間程度で読みきれるボリュームにかなり実践的な内容が盛り込まれているのでスマホビジネスを本気で始めようと思っている人以外でも市場の概要把握に役立つのではないでしょうか。本書をインデックスとしてスマホアプリビジネス全体の概要を押さえ、各ソリューションやマーケティングメソッドに関する個別の情報はネットで調べるという使い方です。2012年6月くらいまでの、かなり直近までのデータを盛り込んだ実践的な内容であるがゆえに、もし読まれるのであれば早い方が得られるものが多いでしょう。
本文には多くのデータと具体的なマーケティング手段が網羅されているのですが、ここでは個人的に気なったトピックを5つほど抜粋して簡単に紹介させていただきたいと思います。
1.小資本であればフリーミアム、大資本は差別化を明確に
日本国内でも注目されているスマートフォンビジネスですが、実際にアプリ開発で事業として収益をあげられている割合はわずか14%にすぎないとのことです(書籍P14)。
※出典 : インプレスR&D、『世界のモバイルアプリ市場調査報告書2011』を発行
開発に使用するハイスペックなPCは廉価になり、クラウドを始めとする安価でグローバルなインフラが整い、オープンソースや各種ASP・SaaSサービスによって開発環境が簡単に整えられる。アプリビジネスの敷居はこれまでになく下がってきていますが、それだけに激しい競争の中で勝ち抜くのは大変なことであると言えます。全世界の中で勝とうと思えばなおのことです。
本書の第1章では、スマートフォンのOSシェアから固有の問題、基本的なビジネスモデルと成功事例といった基本が語られます。
アプリの中で一番マネタイズがしやすいのはゲームですが、 最も競争の激しい分野です。巨額の投資マネーが流れこむこの分野で体力勝負をしてしまうと、既存の大手に勝つ見込みはほとんどないため、ある程度大きな資本があっても競合を最小限にする差別化、ポジショニングが必要。一方、小資本はフリーでアプリを拡散させ、マネタイズするフリーミアム戦略がやりやすいようです。
2.スタートダッシュが命運を握る
図は、無料ランキングでトップ10位を獲得するために必要な、おおよその1日のダウンロード数です。北米が1日8万で圧倒的なトップで、中国が3万、日本・韓国が2万と続いています。
P156 : 競争激化のアプリ市場
書籍内では、App StoreとGoogle Playのランキングアルゴリズムの違いを指摘しつつも、リリース直後のプロモーションの大切さを一貫して説いています。各ストアでランキングのアルゴリズムやクチコミの重要性が異なるため、初期のアプリ成長曲線は違ったカーブを描きますが、いずれにせよリリース後半月〜1ヶ月以内で広告に頼らずダウンロード数を稼ぐための順位獲得が必要であるとしています。
売り切り型のアプリでも、オプション課金型のアプリでも、初期に投資できるプロモーション予算は限られています。フリーミアムモデルを利用するのであればなおの事、1ヶ月以上に渡る継続的な広告予算を最初から用意しておくのは難しいはずです。展開する地域や客層をいかに絞り、効果的な露出を測り、必要最小限のDL数をいかに費用対効果高く獲得するのか。綿密な計画が求められます。
3.アプリ開発とマーケティングを完全に統合する
スマートフォンでビジネスをする際の最初の壁が、まずビジネスモデルの選択で、次がこのマーケティングです。言い換えると、集客がうまければ、今の段階ではコンテンツが弱くても、ビジネスをうまく拡大させることは可能だということです。
P78 : 集客を制するものがスマートフォンを制する
スマートフォンアプリビジネスでは、企画段階から設計、リリースまでのプロセスにおいて、マーケティング施策と開発プロセスを完全に統合することができなければ、成功は望むべくもありません。
前項で、リリース後のスタートダッシュが大切であると書きましたが、その一方でバグやクレームに対する迅速な対応ができないとレビューで評価「1」が長期に渡って付くことになり、全ての計画が台なしになってしまいます。バージョンアップで評価がクリアされるAppStoreとは異なり、バージョンが更新されない Google Play ではより致命的です。北米、アジア系企業では検討から意思決定まで3日、導入までは1週間程度というスピードで開発サイクルを回すそうです。日本でもアジャイル開発やリーンスタートアップといった高速な開発手法・マネジメント手法が普及してきましたが、競争の激しい地域では国際水準での対応が求められるのでしょう。
また、ゲーミフィケーションのような行動心理学の要素をアプリ設計に含めるだけでなく、アクティブ率を高めるためにプッシュ通知を利用するなど、カテゴリや収益モデル、マーケティング施策に基づいたアプリ設計が必要となります。
4.地域ごとに違う文化と求められる戦略
1億400万人にのぼるスマートフォンユーザーが存在する世界最大の市場である北米、成熟してARPUの高いユーザーを抱える日本、そして多様なアジアと、地域が異なれば求められるマーケティング戦略も異なります。近いエリアでも国によってデバイスの普及率やOSの種類が全く違います。
書籍内では各エリアのデバイス普及率などについて、2012年6月時点での最新データを掲載していますが、数値化できないやっかいな課題は、文化や商習慣の違いではないでしょうか。
以前In the looopでもインタビューを取り上げた ソニーデジタルネットワークアプリケーションズ の製品でも、「写真によるコミュニケーション」に対する文化の違いが各国でのDL数に大きな影響を与えたそうです。また、プロモーションをするにしても広告代理店を使わない文化や、予算よりもコネクションを重視する文化など国ごとに事情は様々です。書籍内でも、失敗の原因で一番多いのは「調査不足」であると書かれています。特定の地域に特化して攻めるのであればインフラの情報だけでなく現地の商習慣についても調べておく必要があるでしょう。
5.ゲームのルールが変わった
書籍の後半に書かれている、ビジネスに必要な組織体制についての著者の洞察は非常に興味深いです。
海外でアプリビジネスというと一攫千金のイメージがあるかもしれませんが、著者が成功している人に話を聞くと、「勝って当然だな」と感じる人がほとんどだそうです。まぐれあたりは稀な業界なのでしょう。すばやい情報のキャッチアップとそれをすぐに形にする能力。そして一強多弱の世界でトップをめざす尖った組織の編成が勝利の鍵を握っているようです。
逆に失敗するのは「市場のルールが変わったことを理解しない組織」。 ガラケービジネスで成功したコンテンツプロバイダは、市場が変わったことをよく理解せず、過去の成功モデルを引きずってそのまま失敗してしまうそうです。
スマートフォンとガラケービジネスは全く別の市場だということを認識した上で着手する必要があるでしょう。
著者紹介
株式会社メタップス代表取締役CEO。1986年生まれ。早稲田大学法学部中退。15歳からビジネスをはじめ、大学入学後、2007年に株式会社メタップスを設立し代表取締役CEOに就任。検索エンジンマーケティング事業、ソーシャルメディアマーケティング事業を立ち上げ収益化。2011年スマートフォン向けプラットフォーム事業を開始する。東京、シンガポール、香港、シリコンバレーで事業を展開し、各国でアプリ開発者のマネタイズを支援している。
以上です
・・・というわけで書籍紹介(というにはちょっと書きすぎですかね・・・)させていただきました。この本の良さは、現状分析が客観的過ぎないことだと思います。スマートフォンアプリビジネスの最前線で活躍する著者本人が信じるベストプラクティスや推察が、データ以上にリアルなビジネス戦略を読者に伝えてくれます。
認識違いや不足事項等、ございましたらご指摘いただけますと幸いです。
by 許 直人