生まれて4度目、想い出のサンフランシスコに来た。
それにしても、なんと印象のかわらないことか。フィッシャーマンズワーフ、ゴールデンゲートブリッジ、ユニオンスクエア。めざましく近代化していく世界の中で、いつまでも懐かしい味を残しているこの街なみが、僕はとても好きだ。
思い返すと、最後の海外旅行は2001年3月。ループス以前に創業したフレックスファームでのビジネス・トリップ以来だから、なんと11年ぶりだ。パスポートも切れていた。ずっと海外の最新情報を配信していたこともあり、すごく驚かれる方も多いけど、これはほんとのこと。
海外に行かなくなかったのは、個人的な理由もある。2001年末にフレックスファームの代表を退任することになり、それから諸行無常の響き (ループス創業物語) もあり、ジェットコースターのような激しい人生を歩んでいたからだ。まあ、その前もそうだけど(笑)
成田に向かう京成線の中で、10年前のことを思い出した。個人の巨大な借金と希望のない未来。そう遠くない将来、競売にかけられるであろう家のこと、そこに一緒に住む母や家族のこと、あと一日あたりの金利とかも。そんなことを考えながら、家の近くだった多摩川の遊歩道をよく走っていた。なにせ時間があるものだから、両脇の草や川の流れ、色艶の代わり具合から細かな揺れ、土手のほのかな匂いまで、とても鮮やかに感じていた。
それから悪戦苦闘の10年がたった。なんと時間というものは、人の環境を大きく変えていくのだろう。さらにさかのぼって20年前といえば日本IBMを退社した直後で、ああ、僕にとってはじめての、とってもとっても深い修羅場に足を踏み入れてしまった時じゃないか。もう、この感覚は自分にしかわからないけど、創業者にとって、10年っていう歳月は、笑っちゃうぐらい圧倒的なものだ。時が解決してくれる。この言葉は偉大だ。
これから先、10年の事にも思いを馳せた。僕は今、50才にして、ようやく自分のライフワークが見つかった。ソーシャルシフト。社員と顧客を幸せにする経営を説き、それをループスで体現していくこと。そこで醸成された知見をループスやソーシャルシフトの会のみんなと一緒に広めていくこと。日本が笑顔を取り戻す一助となることだ。今まで迷惑をかけつづけてきた人たちに少しでも恩返しできるよう、これからまっすぐ信念を貫きたいなあと思ってみたりした。(ちなみに僕はまったく聖人君主ではなく、超いたずらっ子がおやじになったような人間ですので、くれぐれも誤解のなきよう)
やっぱり海外旅行って、こんな非日常的なことを考えられることが魅力ですね。しかも深夜だから、妙にエモーショナルな文章を書いてしまったような気がする。まあ、いいか。さて、明日からはDreamforceのイベントにつき、ブログをアップしていこうと思います。編集長の直人くんからもせがまれてるんで。来月からは11月に出版予定の新著「BE ソーシャル!」からの抜粋を中心に記事も書きます。それから、また10年、がんばります。みなさま、よろしくお願いします。
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I left my heart in San Francisco を聴きながら、サンフランシスコにて非日常にひたるの巻。
by 斉藤 徹