お世話になっております。

ループス直人です。

 

今回は、ソーシャル活用の失敗例と、その原因分析に関するエントリです。

 ちょっと長いですが、時間のない方は下のほうの結論だけお読みください。 

 

ありがちな「ソーシャル失敗談」

今からお話するのは「すぐにやめた方がいい、ソーシャル活用」の、ひとつのお手本です。

 

これは仮の話ですが、要素は実際に見聞きしたいくつかの事例にもとづいています。よくある話ではないかと思います。

 

 

例えば山田さん(36歳、仮名)の場合

山田さん(36歳、仮名)は、とあるネット系企業の事業部長です。2000年代前半にガラケー向けのコンテンツビジネスで月額課金モデルのサイトをいくつかヒットさせたものの、先行する企業ほどには成長しなかった、ポジション的には中堅の会社。携帯サイトからのフロー収入に加え、WEB制作や自社ソリューションもあり、まずまずの業績を維持してきました。

 

ただ、2010年代に入るとスマホブームの影響を受け、携帯サイトからの収入が減り始めます。自社ソリューションに注力していたためソーシャルゲームブームに乗り遅れた同社は、2011年夏、約半年かけて開発したSaaS型CMSで再起に乗り出します。新しいCMSは最近流行っているソーシャルメディアとの連携機能がウリで、WEBサイトを制作・管理できるだけでなく、人気のコンテンツをシェアしたり、ソーシャルのアカウントでシングルサインオンする機能が盛り込まれていました。

 

そういった「ソーシャル満載仕様」をアピールするため、専用ブログ、Facebookページ、Twitter公式アカウントを用意し情報発信は万全の体制。営業は事業部長の山田さん自らが付き合いのあるクライアントや広告代理店に紹介してまわり、主要な検索エンジンでのリスティング広告にもそれなりの予算を配分しました。

 

その後、地上戦では山田さんが代理店と共同で行ったイベントが太いリードを確保し、リスティング広告からもほぼ想定どおりの問い合わせがありました。資料をダウンロードした顧客にアウトバウンドの電話営業をかけ、課題抽出、ソリューション提案を経て最終的に十数件の受注につながりました。半年後、なんとか事業はトントンにまでこぎつけました。

 

めでたし、めでたし・・・。

 

・・・と、いい話になるところですが、ふと気づけば半年前に開始したFacebookページとTwitterアカウントは3ヶ月前に実質的に運用が停止していました。フォロワー数はそれぞれ200人程度。運用を担当していた大学生のバイト君も、最初の1ヶ月は開発状況やアップデートを定期的にポストしていたものの、2ヶ月目にはネタ切れ、3ヶ月目には苦痛でしかないと上司である山田さんに進言する状況に。山田さんも、その時点でFacebook、Twitterからの受注がなかったため聞き入れ、その時点で実質的に運用は停止しました。現在ではブログだけがサポート情報を淡々とアップデートする状況になっています。

  

 

山田さんは何を間違えたのか

結果的には事業を軌道に載せ、無事ボーナスなり昇給なりにありつけたであろう山田さんですが、ソーシャルアカウントの運用という面では失敗に終わったと言えそうです。少なくとも事業推進の役には立ちませんでした。

 

山田さんは、どこを読み違えたのでしょうか?多くの「放置ソーシャルアカウント」を生み出したのと、同じ理由がここにはあります。

 

 

山田さんがソーシャルという顧客接点に与えた役割

ソーシャルブーム全盛期、地に足のついた方々からは「ソーシャルは魔法の杖ではない。ツールに過ぎない」という警鐘が鳴らされていたのを覚えています。どちらかというとそういう方々からは「煽り屋」と呼ばれていた私ですが、実際のところ「ツールに過ぎない」という見方はまっとうだと思います。

 

では、山田さんがその「ツールに過ぎないソーシャルテクノロジー」に与えた役割なり、期待する結果はなんだったのでしょうか。彼が「Facebook、Twitterからの受注がなかった」とがっかりしていることからわかる通り、「集客」を期待したのです。

 

 

ソーシャルで集客は不可能!?

ソーシャルで集客が可能か否か? ここではあまり深い議論は避け、要点だけを述べたいと思います。
※アドボカシーマーケティングの文脈では、そもそも「集客という言葉自体が顧客志向ではなく、間違っている」という見方もありますが、一般用語として「集客」を扱います。

 

例えばローソンはLoppiと連動させたソーシャルメディアを介したキャンペーンで数十万人単位の店舗誘導が実現できたといいますし、WEBサイトへのトラフィック流入もROIではポータルサイトのバナー広告を超えることもあるそうです (ソーシャルシフトより)。少なくとも、「集客できない」ということはないようです。

 

ただ、山田さんの例のように「全然集客できなかった」という例も、世の中には多いです。

 

結局、できるケースも、できないケースもあり、どうしたって前提条件とプロセス次第なんだと思うのですが、「ありがちな罠」にはまらないため、改めて言及させていただきたいことが2点あります。

 

  • 世の中では、「集客できたか・できなかったか」に話題が集まり、その裏でかかった費用と効率については議論されない(そもそも公開されている情報がほとんどない) 。
  • 「集客が可能かどうか」という議論は有用だが、「誰でも・いくらでも集客が可能」などということはそもそもありえない(・・・はずだが、根拠のない楽観的予測のもとに始まるプロジェクトは多い)。

 

上記のような、ソーシャルアカウントを使った基本的なプッシュ・プル手法で失敗しないためには以下のリンクが参考になるかもしれません。

 

【参考URL】
本当に儲かるの?企業のFacebookページ運用収支を試算
Facebook運用のKPIとコストに関する考察

 

 

パスのつながらない「ソーシャル」は役立たず

 話を戻します。

 

山田さんのソーシャル活用が失敗した理由は、シミュレーションが不足していたというのも含めて、全体設計の中でソーシャルアカウントに担わせる役割設計を間違えたことにあります。

 

山田さんは、自分の戦略を見直すために半年たった時点での営業戦略と状況をクロスファネル図にプロットしてみました。それが下の図です。この図自体の説明についてはこちらの記事をご覧ください。

 

 

一見して言えることは、山田さんはオンライン・オフライン両方の施策を打っていますが、ファネルの奥の方(WAプロセス以降)ではオフラインの施策、対面営業に寄せています。また、オンラインの施策もLP(ランディングページ)からの問い合わせだけでなく、「資料ダウンロード」プロセスをかませて連絡先情報をいただき、電話でのフォローアップにつなげるという方法を取りました。いずれも B to B ビジネスではよくある方法だと思います。ソリューションが高価になり、検討期間が長くなるとこれだけでは足りないかもしれませんが、CMSという枯れた既存市場のリプレイス狙いであれば機能するでしょう。

 

矢印の太さと付帯情報はファネルをつなぐ効率を判断する数字です。その中でも赤字で示した数値、すなわち「SEO」、「FBページ/Twitter」、「ブログ」からの数字は山田さんの期待を下回る成果となりました。

 

SEOでの流入が少なかったのは、CMSでSEO対策する競合がすでにたくさんいたからです。山田さんもこの点は理解していましたし、ある程度長期で改善しつつ、製品サイトを細く長いチャネルに育てようという展望は持っていたため、結果に関しては織り込み済みでした。

 

 ただ、「FBページ/Twitter」「ブログ」は、バズ・バイラルを中心とした広がりによってもう少し流入を得たかっただけに残念な気持ちです。ただ、こうして図にしてみると、自分の選択したFacebook/Twitter戦略が間違っていた理由がよくわかりました。山田さんは製品に対する「CA(Crate Awareness)」、つまり認知向上の役割をFBページ、公式Twitterアカウント、ブログにそれぞれ担わせていたのですがだれもそれらの存在を知らなかったのです。

 

これは、単純ながら本当によくある話です。新しいソリューションを開発し、販売計画を立てている方に、「その製品のプロモーションはどうされるのですか?」と聞くと、予算が限られているケースほど、「ブログとソーシャルメディアです。Facebookページはもう立ち上げて、情報発信しています。」という回答が返ってきます。ただ、「そのFacebookページなり、ブログの存在を、顧客にどうやって知ってもらうのですか?」と聞くと半分くらいの方は明確な答えを用意できません。だいたいは「クチコミで・・・」「プレスリリースを仕込んでいるのでそれがバイラルして・・・」というような感じです。

 

はっきり申し上げて、普通の新製品に関するプレスリリースがバイラルすることはほぼ100%ありません。あるとすれば、新製品ではなく、それにお墨付きをつけた会社なり、発表した組織のブランドによってクチコミが広がる、ということがほとんどだと思います。もしくは、きちんとした予算を割いて、それなりの仕込みをした場合でしょう。 

 

山田さんは、自社製品の営業戦略を次のように修正しました。

 

 

 

いくら機能性に優れているとは言え、今更みんながCMSについて噂するとは考えられませんでした。かと言って、製品のFacebookページやTwitter公式アカウントの認知獲得に予算をかける余裕はありません。そこで山田さんは、製品用だったソーシャルアカウントを廃止し、コーポレートの公式アカウントに切り替えました。そして会社の広報予算からほんの僅かですが予算を割いて、コーポレート公式のソーシャルアカウント認知獲得予算に充てます。運用も情報発信の内容を製品情報から、会社の姿を知っていただくような内容に変更して再開しました。

 

ブログは現状でもサポートブログとして機能していたためそのまま維持します。ソーシャルアカウントと連動させ、アカウントに届いた質問や改善要望をブログで詳細に説明したり、逆にブログの重要な発表をソーシャルアカウントで告知するなど用途に応じて運用しています。

 

その後半年を経て、ソーシャルアカウントのファン数はそれぞれ1,500人程度になりました。多くは取引のある企業の社員と、その知人ですが、文脈を共有できているだけに山田さんの会社が発信する業界情報や製品情報などにも好意的に反応してくれます。わずかですがシェアしてくれる人も現れ、1ヶ月に1人くらいは噂を聞いた人から問い合わせがあるようになりました。以前はソーシャルアカウント運用が苦痛だった大学生のバイト君も、自分のやっていることが事業の一部として機能することでモチベーションを取り戻したようです。現在はサポートの品質向上と顧客接点維持のため、運用改善に取り組んでいます。

 

 

終わりに

私は2005年にSNSのASP提供を行うループスという会社に入り、2010年4月頃からTwitterやFacebookについて情報発信を始め、ずっとソーシャルメディアというものに関わって来ましたが、2011年に企業のFacebook/Twitter公式アカウント立ち上げが盛んになると、色々なところでこういった運用頓挫の話が聞かれたものです。

 

実際、昨年夏に行われたGooリサーチとループスが共同で行ってるソーシャルメディアの活用実態調査でも「ソーシャルメディア活用上の課題」に対して「営業上の効果が見えない」、「何が課題かわからない」という戸惑いの声が多く聞かれました。

 

さすがに近頃では先んじて取り組んでいた企業の実験もひと通り完了し、ハイプサイクルでいう「幻滅期」を経て現実的な運用がはじまりつつあるのかな、と感じます。

 

今回の例も、投下した人件費に見合う成果は出ているのか、とか、無形資産に対する費用対効果はいかに、とか、突っ込みどころはあるのでしょうけど、ここで申し上げたいのは、「まずは機能することを目指しましょうよ」、ということです。

 

成果が上がる、上がらない以前に、そもそも機能しない戦略になっていないか。

 

どれだけ「いいね!」をもらおうが、「話題」になろうが、そもそも事業との歯車が噛み合っていないのであればコストでしかないわけです。

 

ソーシャルの場合、主なコストは「人件費」という、お金が出て行かないタイプのものですが、それにしたってお金がかかっていることに変わりはありません。そこに毎月何十万円とか、下手したら何百万円もお金を投資しながら、毎月数万円の広告費がでない、矛盾をはらんだプロジェクトはたくさんあります。

 

もう少し、あとちょっとだけ俯瞰的な視野を取り入れることで、こうした矛盾に気が付き、解決することができればいいな、と思います。


by 許 直人
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