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11月10日発売!『ソードアート・オンライン IF 公式小説アンソロジー』高野小鹿書き下ろし掌編の試し読み公開!
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11月10日発売!『ソードアート・オンライン IF 公式小説アンソロジー』高野小鹿書き下ろし掌編の試し読み公開!

2023-10-01 20:00
    川原 礫チャンネルフォロアー、(レ)ッキーズのみなさま、こんにちは!

    先日放送した「川原 礫チャンネル第37回生放送」でもご紹介させていただいた、『ソードアート・オンライン IF 公式小説アンソロジー』の一部を試し読みとして公開いたします!

    ●そもそも『ソードアート・オンライン IF 公式小説アンソロジー』とは?
    “もしも”をテーマに『SAO』の世界を自由に描く、公式アンソロジー小説!
    『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』や『ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット』だけじゃない。
    グルメありゾンビありの完全IFな一冊!

    書籍情報は【こちら】から!


    時雨沢恵一×黒星紅白ペアが贈る「騒動・ああっと・オンライン」は
    「電撃ノベコミ+」にて試し読み公開中!


    今回は高野小鹿×rinペアによる
    「 at the Children's Steps
    こちらの一部を試し読みとして公開します!
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     これもまた一つの「もしも」の物語だ。

     俺――桐ヶ谷和人が本来体験してきた数多くの事実とは、わずかながらに違った時空、少しだけ〝小さな歩幅〟で歩かざるを得なくなった世界の話。



     そもそも、歩幅の違いって奴は中々厄介なモノだ。

     ただ一人でまっすぐ歩くだけなら歩幅なんて正直あまり気にしない。そしてVRMMOの中ならば基本的に歩幅は「移動速度」という単語に置き換えられる。キャラクターの移動速度は種族毎の特性だとかステータス配分の差でしかない。アバターが男キャラだから足が長くて移動に有利だったりすることも基本的にはない。

     ゲーム内で、俺が言いたい意味での〝歩幅〟を気にする機会なんて滅多にないわけだ。

     逆に現実世界だとどうなるか。 

     男が他人の歩幅を気にするシチュエーションといえば……やっぱり、女の子と一緒に行動する場合だろう。

     男という生き物が、女の子と並んで歩いて初めて気付くことがある。

     女の子はそんなに大股で歩かない、と。

     向こうに早足を強制するのは気が引ける。だから当然、慌ててこちらが歩幅を抑える。普段よりも少しだけ手前に靴を着地させ、気を遣っていることを出来るだけ悟られないようにしながら……。

     だが、これはあくまで自分の方が体格的に勝っている場合の話だ。

     ――それがもし逆だったとしたら?



     さて、みんなは知っているだろうか――かつてSAO事件に巻き込まれたとき、俺が何歳だったか、ということを。



     一つの正解は、十四歳だ。俺が生まれたのは二〇〇八年の十月七日。SAO、つまりは《ソードアート・オンライン》のサービスが開始された二〇二二年十一月六日の時点で、誕生日を迎えてから一ヶ月ほど経った中学二年生だったことになる。

     俺はそこから二年の間、SAOの舞台である《浮遊城アインクラッド》で戦い続けた。

     このデスゲームが終わったのは二〇二四年十一月七日。アインクラッド七十五層にて最終ボスである《神聖剣》ヒースクリフを俺が撃破した瞬間だった。

     つまり、SAOがクリアされたとき、俺は十六歳になっていた計算になる。幸いなことにソードアート・オンラインの世界は時間の流れが現実世界と一緒だった。身体は二歳しか(それでもこの二年という歳月はとんでもなく大きかったが)歳を取っていないのに、精神の方は百年、二百年という時間の流れを体験していた――なんてことがあるはずもない。



     だが、すまない――それは、間違いなんだ!

     うっかりしていた。ちょっとした情報の行き違いって奴だ。桐ヶ谷和人が、《黒の剣士》キリトがSAOをクリアしたときの年齢が十六歳だったなんて……そんなはずがない。

     みんなも、そう思うよな?

     そうだ。あの頃の俺は……もう少しだけ、小さかった。

     正確に言うと年齢にして三歳ほど違う。俺が生まれたのは二〇〇八年じゃなくて二〇一一年だし、SAOのサービスがスタートしたとき、俺は小学五年生で、まだ十一歳だった。

     もちろんコレは規約違反も甚だしい。ナーヴギアの対象年齢は一応、十三歳以上ってことになっている。俺はちょっとした違法手段で、あの悪魔のデバイスを入手したってわけだ。

     ただ、俺の年齢に多少の間違いがあったところで現実は変わらない。

     俺はその二年後、十三歳でヒースクリフを倒したし、ゲームからログアウトした後は《アルブヘイム・オンライン》において、ゲーム内に囚われた三百人余りのSAOサバイバー達を救出したりもした。

     その後、総務省の菊岡に頼まれて《ガンゲイル・オンライン》に潜入し、「デス・ガン事件」を解決したのなんて今月の話だ。

     今は西暦二〇二五年、十二月。俺は先月十四歳になったばかりだが、SAOをきっかけに出来た仲間達と日々、楽しい時間を過ごしている。ただ、困ったことに……俺は仲間達の中で最年少なのだ。

     一番上のアスナは今十八歳で、俺とは四歳差だし、仲間に女性が多いこともあって、彼女達はどうも俺を舐めているというか、子供扱いしすぎるところがある。

     だからこそ、時々、オレは考えることがある。



     ――さっきの間違いのように、俺の年齢がもう少し上だったら、きっと皆との関係は全く違うモノになっていたに違いない、と。



     俺の歩幅は小さい。女性である仲間達と身体の大きさはさほど変わらないとしても、やはり精神的に引け目を感じずにはいられない。

     大人になったとき、こんな三、四歳の年齢差なんて何の意味もないのだろうとは思う。

     だが、今は。

     今、この瞬間を生きる俺達にとって、誰が年上で、年下で、具体的に年齢がいくつ離れているのかということは、とんでもなく重要なことだった。

     俺にとってもそうだし、そして、それは彼女達にとってもそうなんじゃないかと、言葉にこそしないが感じる瞬間があって――



    ***


     
    「もうっ。遅いわよー、シリカ」

    「あ、す、すみませんっ、リズさん!」

     ううう……あ、あたしだって寄り道をしていたわけじゃないのに……!

     帰還者学校が終わってすぐに十二月の寒空の中を必死に走って、VRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》にログインしたあたしだったけど、既に集合場所になっている《イグドラル・シティ》の貸し宿屋には見慣れた面々の大半が揃っていた。

     息を切らして駆け付けたあたし(ゲーム内の「シリカ」と違って、現実世界でアミュスフィアを装着してベッドに寝転んでいる「綾野珪子」は、まだ全力疾走の疲労ダメージから立ち直っていない)だったが、そこでリズさんに先制パンチを食らってしまった格好だ。

    「シリカちゃん。気にしないでいいからね」

     と、次にあたしに声を掛けてくれたのはアスナさんだった。

     意地悪くあたしにお説教をしたリズさんと違い、アスナさんの反応ときたら! 

    「で、でも遅かったのは事実ですし……」

     とはいえ遅刻は遅刻だ。

     引け目を感じたあたしは頭を下げるが……。

    「ううん。偉そうに言ってるけど、リズだって一分前に来たばかりだったんだよ」

    「ええっ!」

    「ちょっ……アスナ! ネタバレ早いってば!」

     衝撃の事実を耳にして思わずリズさんを批難の眼差しで見つめるあたしだったが、本人はアスナさんにとんでもないことを言っていた。たった一分、ログイン時間が違っただけで、それを弄りのネタにしようなんて……リズさん、それはちょっと考えが甘いですよっ!

    「なに言ってるのよ。シリカちゃんをムダに責める必要なんてないでしょ」

    「でも、あたふたするシリカは可愛いでしょ?」

    「まぁ、うん」アスナさんが小さく頷いた。「それはそうなんだけど」

    「せ、説得されないでください、アスナさんっ」

    「うふふ。ごめんね、冗談だよ。ほら、立ってないで座って」

    「は、はい」

     促されてあたしは空いていた椅子に座る。

     イグドラル・シティに通って、中で作業をしたりする面子は決まっている。単純にクエストをやるときはエギルさんやクラインさんにも声を掛けるけど、仕事をしている二人が平日の夕方にログインしてくるのは稀だからだ。

     結果的に、この時間に貸し宿屋にやって来るのは学生組だけになる。

     あたしとリズさん、アスナさん。そして――

    「今日は早く来いって言っただろ、シリカ」

     黒髪の男の子が隣に座ったあたしをじろりと睨みつける。

     今日の彼は少しだけ機嫌が悪いようだ。おそらくはあたしが遅れたせいで、つい先ほどまで皆さんの「弄り」が彼に集中していたに違いない。

     仲間の中では最年少。けれど、間違いなくあたし達の中心にいる男の子――

     彼の名前は、

    「ご、ごめんね、キリト君……!」

      ――キリト。

     本名は桐ヶ谷和人。年齢は今、十四歳で実際の学校だと中学二年生相当だ。

     もちろん、キリト君も《SAOサバイバー》である以上、同じ帰還者学校に通っている。あたしが十五歳なので、キリト君の年齢は一つだけ下だ。中学課程を履修しているのはあたし達二人だけということもあって、イグドラル・シティで勉強をするとき、自然とあたし達二人は隣り合って座るようになった。

     というか、それ以外でもあたしとキリト君は一緒に行動する機会はそこそこ多くて……。

    「頼むぜ。シノンの奴がちょっかい出してきて面倒でさ」

    「あら。言うじゃない、キリト。あなた、あまり学校の成績が良くないんでしょ? 私は勉強を見てあげようとしただけなのに、どこに面倒臭がる理由があるのかしら?」

    「そ、それはだな……!」

     キリト君が言い淀んだ。

     対照的に小さな笑みを浮かべているのはシノンさんだ。シノンさんがALOをプレイし始めたのは本当に最近のことで、元はGGO――《ガンゲイル・オンライン》のトッププレイヤーだったらしい。キリト君が政府の人に頼まれて、発生していた事件を解決するとき、色々とお世話になったとは聞いている。その後、シノンさんはみんなと仲良くなって、こうしてALO内にも新キャラクターを作成したというわけだ。

    「しののん。キリトくんをいじめちゃダメだよ」

     キリト君の対面の席に座ったアスナさんがにっこりと微笑む。

     シノンさんはその忠言に肩を竦めて、

    「人聞きが悪いわね。私は可愛がってあげてるだけよ」

    「でも、ダメ。ほら、キリトくんも困ってるし」

    「そうなの、キリト?」

    「……ふん」

    「ほら。拗ねちゃった」

     くすりとアスナさんが笑った。瞬間、キリト君が不機嫌そうに言い返す。

    「す、拗ねてなんてないっての!」

    「ふーん。じゃあ、いじけてたのかしら?」

     連携プレーだ。シノンさんも同じように笑みを浮かべて、あたふたするキリト君に追撃を仕掛ける。一方、キリト君は頑なな様子で、

    「いじけてもない!」

     腕組みをして、アスナさん達から顔を背けてしまった。アスナさんとシノンさんは顔を見合わせ、ふふふ、と何だか満たされた感じで笑みを濃くする。

     これは何となく、あたしにもわかる。

     意地を張っているキリト君は、可愛い。あまり男の子に対して使って喜ばれる表現でないことは重々承知なのだが、そういう表現しか出来ないのだから許してほしい。

     可愛い、のである。

     キリト君が幼さを感じさせるのは、戦っていないときだけだ。

     年下で、まだ身長なども成長途中ということで、目線の高さもアスナさんなどと比べてハッキリと低い。けれど、ひとたび剣を握れば、キリト君の雰囲気は一変する。あたしはキリト君ほど頼れる人を、大人を含めて一人も知らない。おそらく、皆さんも同じことを思っているはずだ。そんな彼が日常で見せる愛らしさのギャップときたら――

    「あ! もうみんな来てたんだね~」

    「リーファさん!」

     と、そこで扉が開き、見慣れた顔が姿を見せた。

     金色の艶やかなポニーテイル。きりっとした眉と眼――リーファさんだ。

    「……ふんっ」

    「キリト。お姉ちゃんに挨拶は~?」

    「うわっ! だ、抱き付くなよ、バカ姉貴!」

     そして、リーファさんはキリト君のお姉さんでもあるわけで。

     リーファさんの本名は桐ヶ谷直葉さんといって、キリト君と二人はリアル姉弟だった。そんなリーファさんにとって、キリト君は可愛くて仕方のない弟――という感じで、とにかく二人は傍から見ても仲が良い姉弟だった。

     いや……リーファさんと違って、キリト君の方はそこまで、かも?

     というか、リーファさんの「キリト君好き好きオーラ」が凄すぎるのだ。

     今みたいにスキンシップも豊富で、キリト君が顔を赤らめて抵抗する場面をよく見る。シルフ族は細身のイメージが強いが、リーファさんのアバターはとてもスタイルが良い。そんな相手に抱き付かれれば、年頃の男の子であるキリト君といえど顔を赤らめてしてしまうのが当然で――あたしには兄妹がいないので、血の繋がった相手でも、そういう「照れ」みたいなモノがあるのかどうかはよくわからないけれど。

     こんな風にじゃれ合う二人を見ていると、あたしはどうしても、あのときのことを思い出してしまう。

     あたし「シリカ」と、キリト君が初めて会ったときのこと。

     アインクラッド第三十五層《迷いの森》でドランクエイプに襲われていたあたしを助けてくれた、黒衣を纏った小さな男の子の姿を。



    ***


     
     横一文字に真白い光が瞬き、一瞬で残った二匹の猿人達は光の粒子へと還っていった。

     ――寸前のところで彼に命を救われた。

     だが、何もかも無事というわけにはいかなかった。

     あの瞬間、あたしはこのゲームが「ゲームであっても遊びではない」と言われる意味を初めて理解したのだ。

     今しがた、アイテム分配を巡るいざこざで組んでいたパーティーから離脱し、ソロで行動する羽目になっていたあたしは三匹のドランクエイプと遭遇し、彼らに危うく殺されかけたのである。
     ドランクエイプは三匹以上集まると独自の回復剤を用いてHPを回復させ、他の猿にスイッチするという戦法を用いてくるため、三十五層に出現するモンスターとしては考えられないほど撃破難易度が上昇する。その事実をあたしは知らず、死が脳裏をよぎる寸前まで追い詰められてしまった。
     そして死の恐怖に晒され、動揺したあたしを守るために――目の前で命が一つ、儚く散っていった。

     ピナ。

     幸運な出会いの末に《使い魔》になってくれた、あたしの大切な友達だ。

     けれど、ピナはもういない。

     愚かな主人を、あたしのことを守るために命を――

    「……すまなかった」

     彼が沈痛な面持ちで頭を下げる。

     黒い髪に黒いコート。そして高い声。あたしは溢れ出す嗚咽を必死に収めながら、

    「……いいえ……あたしが……バカだったんです……。ありがとうございます……助けてくれて……」

     ゆっくりと首を振って、相手にお礼を言った。涙が頬を伝っていくのを意識する。そしてハッとなった。

     もしかして、今、目の前にいるのは女性なのだろうか?

     髪型と格好だけで男性だと決めつけてしまったけれど、よくよく見ると相手は自分と大して上背が変わらない。となると男性プレイヤーとしては珍しいくらい小柄ということになる。長めの前髪に隠れた眼はナイーブそうで、輪郭からは極めて女性的な線の細さを感じる。

     いや、だが――

    「ああ、ごめん。こんな子供に助けられて不安だよな」

     黒衣の人物が再度頭を下げた。あたしが胸に抱えていた疑問とはまるで違うことをこの人は考えていたようだ。

    「俺はキリト。怪しいもんじゃない」

    「キリト……さん?」

    「さん付けなんてやめてくれ。まだ俺は十二歳なんだぜ」

    「十二歳!? あ、あたしより一つ年下……」

    「へぇ、一個上か」彼は眼を細めた。「お互い、よく今まで生きてこられたよな」

    「そ、そうですね……。あの……キリト君、でいいですか……?」

    「ああ。そっちの方がしっくりくるな」

     そう言って彼は小さく笑った。

     ――この瞬間のキリト君の笑顔が、あたしの脳裏には今もしっかりと刻まれている。

     命を救ってくれたのは、年下の男の子だった。

     更に年少プレイヤーの大半はゲーム開始地点である《はじまりの街》で共同生活を送っていると聞いたことはあるが、そこまで詳しくは知らなかった。

     だが、少なくともあたしと同じ年頃の人間で実際に剣を握って、冒険に出ているプレイヤーは本当に少なかったし、年下なんて以ての外だ。

     十二歳ということは、まだ小学生である。

     つまりゲームが開始した一年前は五年生だったということになるが……本当に?

     ――そんな小さな子供が、どうすれば一人で、このデスゲームを生き抜くことが出来たんだろう? 

     キリト君は一人で行動することに慣れているみたいだった。あたしみたいにパーティーから離脱して、結果的に一人になったわけでもないだろうし……。



     その後、キリト君はピナを失い、目を赤く腫らしたあたしのために手を尽くしてくれた。

     まず四十七層のフィールドダンジョン《思い出の丘》に使い魔を蘇生させる手段があると教えてくれた。だが、四十七層で安全に行動するためには、あたしのレベルは十以上足りなかった。そこでキリト君はあたしに同行してくれた上に、持っていたレア装備をプレゼントしてくれたのである。

     あたしは目を丸くした。

     まさに至れり尽くせりの一言だ。今、出会ったばかりの相手に対して、ここまでサポートをしてくれるなんて意味がわからない。

     だから、一瞬だけ、キリト君のことを疑った。

     なにか下心があるのではないか、と。

     ソードアート・オンラインの世界は女性プレイヤーが極めて少ない。そのため現実世界では一度も告白されたことのないあたしですら、様々な理由を付けて言い寄ってくる男性プレイヤーは後を絶たなかったのだ。

     彼は返答に困ったように頭を掻き、何度か口を開いてはまた閉じた。だが、最終的に意を決した様子で視線を逸らし、小さな声で言った。

    「……マンガじゃあるまいしなぁ。……笑わないって約束するなら、言う」

    「笑いません」

     そう答えたとき、あたしは真顔だった。

     本当にこれっぽっちも笑う気なんてなかった。

     真剣だったのだ。
     けれど、キリト君の答えはあたしの想像を超えていた。しかも良い意味ではなくて、悪い意味で、だ。このとき、彼が何と言ったかというと――

    「君が……姉貴に、似ているから」



    ***



    「やめろよ、姉貴! みんなの前だろ!」

    「えー、いいじゃん。別に照れなくてもさぁ」

    「照れてるわけじゃない! 人前でみっともないって言いたいんだよ、俺は!」 

     隣では相変わらずキリト君とリーファさんがやり合っている。

     ALOのアバターは課金しない限りは無数のパラメータからランダム生成されるため、こちらの世界のリーファさんと現実世界のリーファさん――つまり「桐ヶ谷直葉」さんとは、正直そこまで外見が似通っているわけではない。だが、リーファさんのトレードマークとも言える金髪翠眼は除くとして、いくらか共通点がある。

     その最たる特徴が十六歳とは思えないほど、抜群のスタイルだ。

     それもあって、あのときのキリト君の一言を思い出す度、あたしは首を傾げずにはいられなくなってしまう。

     ――あたしと直葉さんって…………言うほど、似てるか?

     実際、キリト君の姉と似ていると言われたとき、キリト君のお姉さんは相当に幼い容姿なのだろうなと思ったものだ。

     あたしは小柄で顔立ちが子供っぽいこともあって妹系の扱いをされることが多い。だからきっとキリト君のお姉さんも小柄で、あたしと同じく貧弱なスタイルに苦悩しているのではないかと親近感を覚えすらしたのである。

     でも、この予感は探偵モノに出てくる無能な刑事さんの推理ぐらい的外れなモノだった。

     SAOがキリト君とアスナさんによってクリアされ、ALOに囚われたアスナさん達をキリト君が救いに行ったあとで、初めてリーファさん、そして直葉さんに直接お会いしたときのことは鮮明に記憶に刻まれている。

     ハッキリ言って、あたしは結構な衝撃を受けたものである。『どこがお姉さんと似てるんですか! 全然似てないじゃないですか!』とキリト君を問い質したくなったのも、一度や二度ではない。

     体形から顔立ち、性格、果ては髪型まで含めて、むしろ似ているところを探す方が大変なぐらい、あたしと直葉さんはタイプが違ったのだ!

     キリト君は二つ上(十五歳)の直葉さんを「姉貴」と呼んでいて、傍から見てもかなりの仲良し姉弟なのは間違いない。今みたいに直葉さんの方から積極的にキリト君にじゃれついている光景もしばしば見かける。そして、その度、あたしは思うのだ。

     当時のキリト君は、何を思って、あんなことを言ったのか、と。

     シリカ(あたし)のどの辺りに直葉さんを感じたのか――もはや、それはあたしにとって人生最大の謎と言っても過言ではなくなっていた。

     可能性があるとしたら、当時の直葉さんは今とは全く見た目などが異なり、あたしと近い要素がちょっとはあった――という線だけだが、正直全く想像が出来ない。

     まさかとは思うが……当時の直葉さんは今とは違って年相応のスタイルをしていたとか?

     それがあの発言に繋がった?

     ……もしそんな裏事情があったとしたなら、あたしはいずれキリト君と決着を付けなければならなくなってしまうだろう。この謎は墓場まで持っていくしかないのかもしれない……。

    「(どちらにしろ誰にも話せないコトなのは変わらないけどね……)」

     実際、この話は、リズさんやアスナさんにもしたことがない。

     というか、言えるわけがないのだ。もし、リズさん辺りにこの話をしたら『キリトの奴、実は適当なことを言ってシリカに近付こうとしたんじゃない?』などと言い出すのが目に見えている。アスナさんだって黙ってはいないだろう。当事者である直葉さんもキリト君の謎めいた発言に黙ってはいられなくなるはず。

     となると、何が起こるか。

    ――過去に類を見ないような「キリト君弄り」の始まりである。

     そもそも、みんなで集まると基本的にあたしを除いた全員がキリト君にちょっかいを出したがるのである。 

     何と言うか、それはあたし達がSAOの中にいた頃からの名残とも言える。

     当時のキリト君は《黒の剣士》と呼ばれる凄腕のソロプレイヤーだったが、彼が注目を集めたのはその卓越した腕前と《二刀流》のユニークスキル、そして何よりも「攻略組最年少」であることだった。

     十二歳、十三歳という年齢なのに恐ろしいほどに強い――だが逆に言えば、戦っていないときのキリト君は女性的な顔立ちのただひたすら可愛い子供だった。

     強さが過ぎるあまりか、どうしてもキリト君の幼い容姿を会話の取っ掛かりにすることが多かった。これは女性陣だけでなくて、クラインさんやエギルさんといった男性の皆さんも同じだ。『その歳なのにホント強ぇなぁ、キリの字!』などとクラインさんがキリト君の頭をぽんぽん叩きながら笑っていたのを見たのは一度や二度ではない。

     やはり大半のプレイヤーはキリト君を可愛がったり、ちょっかいを出したりといったアプローチで関わることが多い。それは彼が強すぎるあまり、そこに多少の「可愛げ」を求めたくなるのが人情だからなのかもしれない。

     この傾向は仲間にシノンさんが新たに加わって更に加速し始めている。そんな状況で、過去のSAOでのキリト君の発言を蒸し返すのはあまり良いことではないだろう。

     キリト君が皆さんに「可愛がられる絶好のネタ」を提供してしまうことになる。

     それはちょっと、なんというか……可哀想に思える。

     そういう風に感じるのは、そもそもあたしだけ、普段のキリト君との関わり方が皆さんと違うからだろう。

     性格的に他人を弄ったり、からかったりするのが苦手だから、というのもある。

     でもそれ以上に、あたしとキリト君は一歳差でしかなく、そこまで年齢が離れていないというのが一番大きかった。

     あまり歳の変わらない男の子を「可愛い」みたいな感じで弄れるほど、あたしは自分が「お姉さん」である自覚が全くなかった。SAOの頃からキリト君には頼りっぱなしで、自分の方が年上であることに申し訳なさを感じていたくらいなのだから。

     むしろ妹みたいなポジションの方が収まり良く感じる一方で、そうは言っても皆さんみたいにちょっとぐらいはお姉さん風を吹かせたいという欲求にも揺らいでいて――

    「あー、もうっ! 皆がちょっかい出すから、全然っ宿題進まないっての!」

     と、そのときだった。

     髪の毛をガシガシと掻いて、堪り兼ねた様子でキリト君がバンと机を叩いて立ち上がった。

    「シリカ、ちょっと外に行こうぜ!」

    「え?」

     不意に名前が呼ばれる。ビックリしてあたしは立ち上がったキリト君の顔を見上げた。

     まだ幼くて、だけど初めて会ったときよりも――ちょっとだけ大人になり始めている男の子があたしをじっと見下ろしていた。

    「気分転換に狩りに行ってくる。一緒に来てくれ」

    「あ、あたしでいいんですか?」

    「そうだよ。だって――」

     キリト君が恨みがましい目で、他の皆さんの顔をぐるりと見回した。

    「他の奴らは、俺をおもちゃにするのにご執心みたいだからなぁ……ほらっ、行こうぜ!」

    「わわっ!」

     キリト君はあたしの返事を待たずに手を握って、貸し宿屋の外へと飛び出した。



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