第33回:【思潮+政策】君にもなれる!「グローバル」論客
「第9回東方紅楼夢」(2013年10月13日、インテックス大阪)で配布したサークルペーパーです。
さてFree Talkですが、元々の予定では安冨歩論を書こうと思っていたのですが、ちょうどいいネタが転がってきたので予定を変えてお送りしたいと思います。このネタの着想となったきっかけは、次のTogetterのまとめです。
「10%の人しか優良企業に入れないんだから、大学3年生で9割のひとに就活指導しても無駄じゃない?」
http://togetter.com/li/572051
ここで発言をまとめている大石哲之(@tyk97)は、『ノマド化する社会』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2013年)や電子書籍『英語もできないノースキルの文系学生はどうすればいいのか?』(tky publishing、2013年)などを出しているのですが、グローバル企業で成果を挙げたとか、外資系の会社で若くして執行役員になったとか、あるいは学者として国際的に活動しているとかいうのはなく、ただ「グローバル化」ないし「ノマド化」する時代の生き方を提言するコンサルタント・作家といういろいろと疑わしい立場の人間です。ツイッター・Togetterのプロフィール欄には次のようなことが書かれています。
ツイッター:作家・コンサルタント/ベトナム在住/ 新刊「英語もできないノースキルの文系学生はどうしたらいいのか?」http://amzn.to/GB35k3 /「グローバル化」「仕事・働き方」「海外ライフスタイル」をテーマに活動してます。日本では殆どいないアートコレクターもやってます。
Togetter:作家・ノマディスト/ベトナム在住/日本では殆どいないアートコレクターもやってます/「グローバル化」「新しい時代の働き方」が専門です/新刊「ノマド化する時代」http://amzn.to/YizTAV /新刊「普通のサラリーマンのためのグローバル転職ガイド」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492044949/den2-22/
常見陽平あたりが見たら爆笑しそうなプロフィールですが(常見様、新刊『普通に働け』(イースト新書)発売おめでとうございます)、完全に自己啓発系の作家のプロフィールと言った感じでしょうか。ただ我が国の言論においては、このような「自己啓発」的な人間でない限り注目されにくいのが悩ましいところです。
大石や田村耕太郎、谷本真由美などといった「グローバル」系の論客に共通していることがあります。それは「グローバル」を宿命と捉え、そしてそこに「乗れる」ようにならないと今後は生きていけない、と煽ること。第二に、現代の教育を、日本的な「社畜」を育てるものであると勝手に規定し、これからは「グローバル人材」を育てる教育にしなければならないと主張する。第三に、国内での就職には限界がある、これからは(特に文系は)海外に就職しなければならないと煽る。先に挙げた大石のまとめにはこれらが全て揃っていますね(苦笑)。
大石のまとめを受け、私は次のようなネタツイートを行いました。
君にもなれる!グローバル論客!
1. 日本の「後進性」を列挙しろ!
2. グローバルエリートになるためには早期から外国に留学しなければならないと煽れ!
3. 社会的な変数にこだわるのは甘えだ!なぜなら日本は十分に豊かだから!
他にもいろいろあるけど割愛。
https://twitter.com/kazugoto/status/386743501708214272
私が「君にもなれる!」と書いたのはいくつか理由があります。第一に、「グローバル」論客の言説の多くは、経済や教育などについて、ありがちな社会評論(特に若者論)のレベルでしか理解していない(当然、誤解も多い)ことです。彼らの経済的な認識は、日本は「内向き」化しているとか、あるいは国内にとどまっている限り経済は成長しないということですが、とりあえず経済については多くの先進国で名目GDPにして年率3~5%程度の成長を達成しているということを述べておきます(商業新刊でも触れていますが、より詳しいものとして、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ――現在・過去・未来の視点から考える』(光文社新書、2013年)を挙げておきます)。ただこの手の「成長しない未来」的な経済認識は、主に若者擁護論で長く捉えられてきたものであるため、観念闘争的な言説においては受け入れられやすいものです。
第二に、第一の理由にも共通しますが、教育についても、彼らの言説においては専門知どころか、専門家の書いている新書レベルの言説も参照していない。例えば教育についても、10歳から英語を学ばなければならないとか、あるいは海外に小さい頃から留学するしかないということを述べますが、教育に対して過剰な負荷をかけてしまうと教育というものそのものが弱くなってしまいかねないし、また「グローバルな」教育を受けさせるためには、現在の日本では経済的に有利な環境の層に偏ってしまう。中流層が彼らの言説に従って子供を外国に留学させても、例えばアメリカなら国民皆保険がないため医療費で破綻する可能性だって大いにあり得るし、またアメリカでなくとも渡航費用、仕事の確保、人間関係などいろいろな問題がある(国内でだって、福島第一原発から避難した家族についても多くの問題が報じられているわけですから)。教育に関しては、むしろ半可通以下の知識のほうが、「グローバル」論客として大成しやすい傾向にあります。
第三に、宿命論の立場を取る。第一の理由にある通り、「グローバル」論客の経済認識においては、経済はこれ以上成長しないというものがあり、そうすると必然的にその社会の中で経済的に豊かになるためには「奪い取る」必要がある。現に大石はこのように述べています。そしてそこで「勝ち抜く」ために、「グローバル」人材になるべきだと主張する。
第四に、社会的な条件を考慮することは甘えだと断じる。そういう考慮は「グローバル」人材になりたくない人の泣き言だと断じます。そしてさらに「他人にばかり救いを求める日本人特有の悪癖」とまで書けばさらに「グローバル」論客として際立ちます。谷本真由美がその一例ですが。
第三・第四の手法は、自己啓発書の手法でもあります。牧野智和が、「プレジデントオンライン」の連載「ポスト「ゼロ年代」の自己啓発書と社会」の中で明らかにしている通り、現代の自己啓発言説が、現代社会を「望ましい側」と「望ましくない側」の2つに分断していると指摘しています。
自己啓発書が示す二分法的世界は、二つの世界が横並びになっているというよりは、望ましい側と望ましくない側とで明らかに区分されています。繰り返しになりますが、すべてを「心」の問題と位置づけて就職活動や仕事や人生に向き合っていけるか否か、成功者の習慣を取り入れていくか否か、ドラッカーを真に理解しているか否か、「自分らしく」生きているか否か、自分の身の回りのモノは自らがときめくという基準で集められたか否か、等々。
つまり、自己啓発書が望ましいとするライフスタイルと「それ以外」という区分になっているのです。その意味で、より正確には、自己啓発書とは「単純明快な一つの答え」を示してくれるメディアなのだというべきかもしれません。
http://president.jp/articles/-/10071?page=2
このように社会を「望ましい側」と「望ましくない側」に勝手に分断して、「望ましい側」であることを煽るというのは、自己啓発書や「グローバル」論客のみならず、近年の若者擁護論においてもよく見られるものです。自らの正当性を主張するために社会を勝手に分断してしまうという行為がよく見られるからこそ、「グローバル」論客の敷居はかなり低くなるわけです。
第五に、日本の「後進性」を主張すること。第二の理由にも通じますが、「グローバル」論客はあらゆる分野において日本の「後進性」を主張します。経済、産業、労働などなど。そしてそれらを乗り越えなければならないと「若者」ないし「若者に人気のある論客」が主張するほど、それらの言説は受けがよくなります。このような流れは、「人間力」論の、特に2000年代半ば以降の流れが関わっています。1990年代終わり頃~2000年代半ば頃の労働言説においては、フリーターや「ニート」、あるいは「下流社会」論などといった「意欲の低い若者」が問題視されていました。そしてその流れから「人間力」「社会人基礎力」を中心として、若い世代に「自ら動く力」が求められるようになった。若い世代に対して、現状を打破するような行動力や新しい想像力、構想力を求めるようになる流れと、「グローバル」論客の流れは軌を一にしています。
これらの言説を展開できるようになるためには、専門的な知識(特に社会学や経済学のそれ)はむしろ邪魔になります。それどころか、これらの言説においては、日本という領域に固執し、外に出たがろうとしない「今時の若者」や、停滞の原因を作り、新しい想像力を生み出すことができない「老害」に対して、「グローバル」としての可能性を持った自分たち若い世代こそがそれを打ち破る、打ち破らなければならないと主張する必要があるわけで、必要な動機は観念的な世代間闘争論ということになります――それこそ、「君にもなれる」の理由なのです。観念論に専門知は邪魔ですから。
そしてこのような観念論は、現代の若者論、特に若者擁護論において様々なところで見られるものです。観念論に基づいて自らの観念的な優位性、正当性を主張し、自らと属性の違うものは、ありとあらゆる理由をつけて排除する。「グローバル」論客は、そういった言説が蔓延する中での一つのあだ花と言うことができます。そしてそういう論客が、若者擁護論の論客として広がっているわけです。だからこそ、今の言論状況に鑑みると、「グローバル」論客として、あるいは若者擁護論の論客として名を揚げるにはかなり容易です。
しかし気をつけなければならないのは、自らと属性を同じくするものの正当性を主張する観念論にあふれる世界においては、数多くのザッケンナコラースッゾコラーが飛び交わざるを得ないというものです。そもそも先の牧野智和の指摘の通り、「グローバル」論客の言説や自己啓発書は、社会を「望ましい側」と「望ましくない側」に分断してその上で社会を論じるものであり、そしてそれは観念論に基づく社会言説の基本スタイルです。そしてそのような立場に立つ「論客」はどんどん自分とは「違う」立場の人たちを排撃して、許容範囲を狭めていきます。
そのため私は「グローバル」論客、あるいは自ら分断を作って自分と同一の属性を持った人たちを煽るような「論客」になることは推薦しません。ですが、そのような「論客」がどのような社会的背景のもとで持ち上げられているかということは知っておくべきでしょう。若者バッシングの時代を超えて不毛な擁護論がはびこる状況を、まずは批判的に理解することが必要になるわけですから。
「グローバル」論客を批判的に読み解くためのおすすめ文献
漆原直之『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』(マイナビ新書、2012年)
自己啓発書の批判的・横断的研究のひとつ。自己啓発書の構造と文法を読み解く。
牧野智和『自己啓発の時代――「自己」の文化社会学的探求』(勁草書房、2012年)
自己啓発書の研究のひとつだが、社会学の専門書と言うこともあり時代背景まで含めて社会理論やデータを多用しつつ研究が行われている。上述の漆原本で自己啓発書に関する基礎を固めたあとに読むといい。
弊サークルの同人誌から、
『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』(第10回博麗神社例大祭)
『「働き方」を変えれば幸せになれる?――平成日本若者論史7』(サンシャインクリエイション60)
前者はアイデンティティ論の解説書で、後半では若者論や自己啓発にも言及。後者は大石をはじめとする「グローバル」論者などの「働き方」言説を批判的に扱った。
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第34回・第35回(合併号):【政策】現代学力政策概論(番外編:PIAAC(OECD国際成人力調査))/【書評】秋の書評祭り(2013年11月5日配信予定:前者は「SUPER ADVENTURES 69」のサークルペーパーとして、後者は「杜の奇跡21」「第17回文学フリマ」のサークルペーパーとして配信予定です)
第35回書評予定:ロジャー・グッドマンほか:編著『若者問題の社会学』(明石書店)/浅野智彦『「若者」とは誰か』(河出ブックス)/濱口桂一郎『若者と仕事』(中公新書ラクレ)/常見陽平『普通に働け』(イースト新書)/荻上チキ、飯田泰之『夜の経済学』(扶桑社)/Die、アルム=バンド:編著『The Journal of Touhou Disucussion Vol.2』(東方科学協会)ほか
第36回:未定
第37回:【思潮】古市憲寿『誰も戦争を教えてくれなかった』をどう読むか(仮題)(2013年11月15日配信予定:「地底の読心裁判 上告」「仙台コミケ214」のサークルペーパーとして配信予定です)
【近況】
・「SUPER ADVENTURES 69」にサークル参加します。
開催日:2013年10月27日(日)
開催場所:ビッグパレットふくしま(福島県郡山市)
アクセス:JR各線「郡山」駅より福島交通バスで「ビッグパレット前」下車すぐ/東北自動車道「郡山南」インターチェンジより車で15分程度
スペース:未定
・「杜の奇跡21」にサークル参加します。
開催日:2013年11月3日(日)
開催場所:仙台市情報・産業プラザ(宮城県仙台市青葉区)
アクセス:JR各線・仙台市営地下鉄南北線「仙台」駅より徒歩2分程度
スペース:未定
・「第十七回文学フリマ」にサークル参加します。
開催日:2013年11月4日(月・祝)
開催場所:東京流通センター(東京都港区)
アクセス:東京モノレール「流通センター」駅より徒歩すぐ
スペース:Fホール「オ」ブロック11・12
備考:文学フリマのため商業新刊の頒布も行います。
・「地底の読心裁判 上告」(東方Project四季映姫・古明地さとりオンリーイベント)にサークル参加予定です。
開催日:2013年11月17日(日)
開催場所:川崎市産業振興会館(神奈川県川崎市幸区)
アクセス:JR各線「川崎」駅、京急本線・大師線「京急川崎」駅より徒歩5分程度
スペース:未定
・「新潟東方祭13」にサークル参加予定です。
開催日:2013年12月1日(日)
開催場所:新潟卸センター(新潟県新潟市東区)
アクセス:新潟交通「万代シテイバスセンター」バス停より新潟交通バスで「卸会館前」下車徒歩すぐ/JR各線「新潟」駅よりタクシーで15分程度/磐越自動車道「新潟中央」インターチェンジより車で15分程度
・日本図書センターより5年ぶりの商業新刊『「あいつらは自分たちとは違う」という病――不毛な世代論はもうやめよう』が刊行されました。内容としては戦後の若者論の歴史をたどるものとなります。
Amazon:http://www.amazon.co.jp/dp/4284503421/
楽天ブックス:http://books.rakuten.co.jp/rb/12468953/
・「第9回東方紅楼夢」新刊同人誌『西行寺幽々子の生命保険数学基礎講座』の予約がメロンブックス・とらのあな・COMIC ZINにて発売中です。電子版もメロンブックスDLにて配信中です。
告知ページ http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11625231924.html
メロンブックス通販ページ http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001066173
とらのあな通販ページ http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/15/52/040030155205.html
COMIC ZIN通販ページ http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=18054
・「コミックマーケット84」の第1新刊『R Maniax――フリーの統計ソフト「R」を使いこなす本』の販売がメロンブックス・とらのあな・COMIC ZINにて開始されました。また第1新刊及び第2新刊『都条例メディア規制の形成』の電子版の配信もKindleで始まりました。
『R Maniax』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11575471627.html
『都条例メディア規制の形成』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11586906736.html
(2013年10月15日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第33回:【思潮+政策】君にもなれる!「グローバル」論客
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年10月15日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
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