改めて状況や記憶を整理してみても、この世界の異常さは変わらない。



見たこともない空飛ぶビルや瞬間移動並みの速さを持つエレベーター……明らかに俺が住んでいた世界よりも文明のレベルが進んでいる。


もしかしてあのゲームを起動した後、未来にタイムスリップでもしちまったのか? 現代でもろくな生き方をしていなかったのに、未来でなんて頑張っていける気がしないぜ……。


唯一の救いは、この世界の文字が読める事だ。言葉が通じるなら、この訳の分からない世界でも希望が持てる! そう自分に言い聞かせて、とりあえず人が居そうな場所に移動してみる事にした。この展望台から少し離れているが、人が群がっている場所を見つけたので、そこに行ってみよう。もしかしたら、そこにいるのは人間ではなく、エイリアンかも? と少しわくわくしてきた。


乗ってきた高速のエレベーターで下り、人影があった場所へ向かうため公園を出る。公園を出ると、改めてこの世界のSFっぷりを見せ付けられた。空中で交差する半透明の道、何の力で浮いているのか分からないスムーズに飛ぶ車、そして近未来的な建造物の数々。俺のいた時代で皆が想像していた未来図が、そのまま目の前にあるのだ。実現できるもんなんだなぁとしみじみ思ってしまった。


まっすぐに伸びた道路の歩道で、第一村人ならぬ第一人類とすれちがう。人間の姿をしているので、エイリアンの類いではないようだ。その人の服装は「SF映画の中から出てきましたよ」を体現したかのような、ぴっちりとしたエナメルスーツという近未来的ファッションをしている。


ええぇ~、服装まで現代人が予想したようなファッションが反映されているのかよ! 正直、かなりダサい! やはり未来はデザインより機能性が重視されるようになるのだろうか? そうなると逆に俺のラフな服装が浮いて見えるなぁと、自分の服を無意識に見比べる。


近くにあった建物はすべてガラス張りになっていて、そこに映った自分の姿をまじまじと見る。かけていた眼鏡がサングラスになっていることぐらいしか変わったところはないようだが、なぜサングラスなんだ。色あせたジャケットとTシャツ、パンツという格好はこの世界では異質なようで、ガラス越しに俺を不審な目で見ている人たちがいる事に気が付いた。俺がいた世界でも、このSFっぽい服装をした人が街中で百面相をしていたら注目を集めるだろう。……いや、最近はコスプレだと思われるだろうか。


しかし丁度良い、多分これはタイムスリップをしている夢とかだろう。すごくリアルな感覚だが、そうと思えば恐いものなしだ。野次馬たちに話しかけてみよう。


「あー……どうも初めまして。あの、ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?」


こちらを見ていた数人の中で、一番優しそうな青年が応えてくれた。


「すみません、じっと見ちゃって! どうもあなたの格好が気になってしまって……僕で良ければ何でも聞いてください!」


やはりこの格好がおかしかったようだ。俺にしてみれば、そのピッタリスーツの方がおかしいのだが。何はともあれ、ちゃんと会話もできるようで安心した。それに見た目通り、この青年は優しいみたいだ。


「ありがたい、まず……そうだなぁ。ちょっと迷ってしまったんだけど、ここは何処かな?」


別に迷ってしまった訳ではないが、流石に「タイムスリップしちゃったんだ☆」とは言えない。とりあえず軽くジャブトークで攻める事にしたのだが――。


「あの、もしかして貴方は違う惑星から渡航してきた方ですか?」


ええ~! いきなり確信をつくストレートパンチ! それにしても違う惑星ってなんだ? ここは元いた地球でもないのだろうか? よし、ここは適当に合わせよう。


「そ、そうそう、ここよりも文明が進んでない惑星から飛ばされて来たんだ。もしかして他にもそういう人がいるのかな?」


「はい、滅多にいませんが……とにかくここで立ち話もなんなので、僕の家に来ませんか? すぐそこなので」


「助かるよ! この先どうすれば良いか途方にくれていたところだし……、あーヤバイ、お腹も減ってきた」


「ああ、それなら我が家特製のバルボルンモンゴスチンを食べながらお話しましょう!」


バルボルンモンゴスチン? なんだか怪しい名前だが、この世界では有名な食べ物なのかもしれない。とりあえずはこの優しい青年に頼る事にしよう。何かいろいろと知っているみたいだし。


歩きながら簡単な自己紹介をしつつ青年の家に向かう。青年の名前はカインというらしい。見た目は黒髪で身長も高く、この世界のへんてこなピッタリスーツも似合っている。めっちゃカッコイイけどこの世界が日本の未来だとしたら、ハーフでしかありえないような名前だなぁ。そんな事を考えている間に青年の家に到着した。彼の家も他の建築物同様に浮いていて形は丸い。入り口が見当たらなかったが、変な模様が描かれた壁の前に立つと、入り口が浮かび上がってきた。


「お邪魔しまーす!」


「あ、今は僕しか住んでいないのでお気を遣わずに! ではバルボルンモンゴスチンを用意してくるので、ゆっくりしていてください」


「ありがとう! ちょっとこの世界の物を見たいから、家の中を歩き回っても良いかな?」


「どうぞどうぞ、何かあればすぐ聞いてください!」


このイケメン、人が良すぎないか。見ず知らずの不審な人間を、自宅に招いて野放しにするなんて俺には考えれない。まあでも許可も得たし遠慮なく、と家の中を見回る。電話っぽいもの、電子レンジっぽいもの、パソコンっぽいものと、元いた世界と比べてみると似ているものは沢山ある。だが、「っぽいもの」と確信が持てないのは、形が似ているだけで使い方がいまいちわからないからだ。こういう家電は直感的に使えるように設計されているのだが、ここにある家電(?)はボタンさえ見当たらない。持ち上げてよく見てみると、変な模様が描かれていることに気付く。家の入り口同様、この模様が何か関係しているんだなと推測していると、カインが戻ってきた。


「マコトさん、バルボルンモンゴスチンの用意ができました! こちらで食べましょう」


カインが指差したテーブルを見ると、そこには白いお皿に小さなキューブ上の物が乗っていた。え? これがバルボルンモンゴスチン? 完全に名前負けしてるだろ!


「えー……あー……いただきます!」


そう言いながら席に着く。とりあえずそのキューブ上の物体を少しかじってみた。


「ぐほぉおおお!!!!」


クソマズイ!!!! ポン酢にチョコレートと梅干を混ぜたような味だ! なんてもの食わせやがるこのピッタリスーツ野郎!


「大丈夫ですか? ちょっと甘みが強かったかもしれませんね……。もう少しバルボルンを足してみましょうか?」


「バルボルンって何!? いや、ごめん。ちょっと俺の世界にはなかった味だからビックリしてしまった。……ちなみに他の料理とかある?」


「料理? 味の事でしょうか? 何か好きな味があれば、お作りしますよ!」


「味? ピザ味とかある? ピザが好きなんだ。ポテチ感覚で食べれるかもしれない」


「ピザ? ポテチ? すみません、その味は聞いた事がないので……」


ピザがないなんて、この世界どうかしてるぜ。その後いろいろと話を聞くと、先ず判明したことは、この世界にはキューブ状の食べ物しかないこと。その味は独自に種類があって、このキューブはカイン家特製の味だそうだ。少しかじっただけでも腹が満たされたような感覚がある。このキューブだけ食べていれば生活できるのかもしれないが、俺には耐えられそうにない。未来は食文化が失われてしまったのだろうか? 俺は泣きながらバルボルンモンゴスチンを完食した。


「ぐっ……ご、ご馳走様でした。とりあえずこの世界の事を簡単に教えてもらっても良いかな?」


「はい、わかりました! 先ず此処は『究極プラネット』と言いまして、僕の家はこの惑星の十四番地区にあります。西暦は15421年ですね」


は? 西暦15421年? 俺がいた世界の、約一万三千年後だ。やはりここは未来の世界という設定なのだろう。


「そして情報上でしか僕は知りませんが、ここ以外にも『最強プラネット』『極限プラネット』『終焉プラネット』という惑星があるようです。あとは魔王がいると言われている『MSプラネット』……マコトさんは、この中のどの惑星から来られたのでしょうか?」


「え? その中の? 俺がいたのは地球ってところだけど……。というか、魔王ってあの魔王の事か? ゲームとかでよく出てくる?」


「地球? ゲーム? なんですかそれ? 僕の知ってる魔王は、閉鎖惑星MSプラネットから何らかの方法で魔物を各惑星へ送り込んできている凶悪な存在という事ぐらいしかわかっていません」


「閉鎖惑星……そのMSプラネット以外の惑星には、出入りできるのか?」


「そのようです。でも僕自身も、マコトさんのように渡航された方は数名しか見た事がありませんでした。というのも、他の惑星に行く方法は一部の人間にしか伝えれていないようで……。マコトさんが他の惑星から渡航されたのなら、どうやって移動してきたか教えて欲しいのです!」


「俺がどうやって移動してきたか? それは、あの時あの『M.S.S.Planet』っていうゲームを起動したら、テレビ画面に吸い込まれるような……!?」


 

もしかして……


ここは『M.S.S.Planet』のゲームの中の世界なのか?


 

よくよく考えれば、この惑星は現代人が考えたような夢の様なSF世界を表している。謎の力を利用した空を飛ぶ建物や乗り物、食文化を否定するようなキューブ状の食べ物、そして何より魔王という存在。まさに〝ゲーム〟の世界だ。微かではあるが、ダイスケ、ナオキ、ケンタとあのゲームをプレイした記憶も蘇ってきた。たしか、色々な惑星を冒険して魔王を倒すゲームだったはずだ。そして、痛みや空腹を感じるリアルな感覚、これが夢でなければ〝ゲームの世界に来た〟という考え方が合っている気がする。となると、俺は今はゲームのプレイヤーなのか?


 

……








 

いやっほう!!! そう考えるとなんだかテンション上がってきた! これがゲームの世界で、プレイヤーとして存在するなら、俺はきっと勇者を倒す主人公だ! 普通の人なら早く現実に戻りたいと思うだろうが、リアルに飽き飽きしてゲームばかりしていた俺にとっては、願ってもいない状況にいる。現実の中でもこんな楽しそうな体験はないだろう!


「大丈夫ですか?マコトさん。」


そう言われて我に返ると、目の前には心配そうな顔をして俺を見ているカインがいた。そんな彼に対して、言い放つ台詞は1つだけだろう。


 

「俺は……勇者だ!!!!」


 

「えっ!?」


「そうだ、こういうパターンなら、俺は絶対に勇者のポジションだ! カインよ、今この惑星、究極プラネットは魔王を倒す伝説の勇者を探している状況なんだろう?」


「おおおお! まさにその通りです! 先ほどもお伝えした通り、究極プラネットをはじめ、各惑星は魔王の魔物による被害を受けています。各惑星間を行き来できる『渡航者』に聞くことでしか、他の惑星の状況はわかりませんが……。現にこの惑星でも被害は広まっていて、魔王を討伐できる勇者を探す『究極勇者大会』が近々行われようとしていますからね!」


それだ! そのイベントの情報は完璧にフラグだ! ゲームの中のプレイヤーの運命は、すべてシナリオ通りに進む。俺が勇者なら、その大会で優勝して勇者として認められるはずだ!


「その大会に参加する! 勇者として認められると何か良い事があるのか?」


「持っていると各惑星へ『渡航』ができると言われている伝説のアイテム【グランドクロス】が賞品です! 今のところ、他の惑星への移動手段は、このアイテムを使用する方法しか分かっていません。なので、僕もマコトさんからどうやって渡航してきたのか聞きたかったんです」


「そういえばさっきも聞いてきたな。……悪いが、俺は各惑星への行き方はわからないんだ。カインは他の惑星に行きたいのか?」


「はい。実は僕の母は十年前に魔物の襲撃によって亡くなっています……。父は『渡航』の手段を知っていたようで、母を殺した敵を討つためにすぐに他の惑星へ旅立ってしまったっきり音沙汰無く……。僕も父を追って、一緒に魔王討伐に参加したいのです」


なるほど、これも恐らくフラグだ。ゲームの世界では最初に出会う奴が、大抵仲間になるパターンが多い!


「それなら、案内人もかねて俺と一緒に来ないか? 多分だが俺と一緒にいれば、魔王の元にたどり着けるはずだ! 謎の自信だと思っているだろうが、俺を信じてみないか?」


「本当ですか!? 謎の自信なんて思っていません! 実はマコトさんを一目見たときから、この人は勇者なんじゃないだろうかって思っていたんです! 僕からもお願いします。強くはありませんが、僕を魔王の元へ連れて行ってください!」


「オーケーだ! 大丈夫、雑魚の魔物を倒していけば、多分レベルは上がるよ! 銀色のヤツとか凄いレベルが上がるよ! 善は急げだ、さっそく『究極勇者大会』に出場する準備をしよう! ちなみにその大会はいつ開かれるんだ?」


「明日です」


「早!!!! レベルを上げてる暇もないよ! そもそも魔物って本当に現れてるのか? 町並みを見たら随分平和そうだったが……」


「ええ、十四番地区は魔物が出現しないので平和ですが、裏側の地域は既に崩壊状態となっています。最前線では軍隊が戦っていますが、最新兵器を用いても大量に出現する魔物を完璧に抑える事はできないようです」


未来の世界の兵器ならさぞ強力なのだろうが、それでも敵わないのか……。俺に勝ち目はあるのだろうか? 変わったところといっても、眼鏡がサングラスになっただけだ。強靭な肉体やずば抜けた頭脳があるわけではない俺は不安になってきたが、ゲームの中に入った事で、超強い肉体に変わっているかもしれない! と思い直す。ゲームでも、ひょろっとしたイケメンが自身の何倍もある巨人を倒したりしているしな。とすると、必要になってくる物はなんだろうか。あと一日でできることといえば……。


「そうだ、ゲームといえば装備! 重要だ。何か武器や防具を手に入れるような場所はないか?」


「え? 武器と防具ですか? 軍隊はコンバットアーマーや光線銃を武装していますが、僕ら一般人で手に入れられるような物ではないので……」


そ、そうですよねぇ~。なんだかここら辺はやけに現実的なシナリオ設定だ。ゲームスタッフの謎のセンスが光っているな……。どうすればいいかカインと話し合っていたが、ふとカインの父親の事を思い出し提案してみた。


「そうだ、カインの父親は他の惑星にいける位の人だったんだろう? じゃあ強力な武器とか防具とかも持っていたのかもしれない。何か心当たりはないか?」


「そうですね、家にはそういったものは見当たらなかったのですが、父が書いたであろうメモなら、先日父の部屋から発見しました。どこかへの行き先が書かれてましたが……」


「それだ! このタイミングで都合よく見つかるメモ! 完璧にフラグ……いや話しても分からないか。とにかくそこに向かえば何か起きそうだ。すぐ出発しよう!」


「わかりました! 僕の車があるのでそれで向かいましょう。ここからなら『究極勇者大会』が行われるコロセウムに向かうまでに寄る事ができます!」


場所的にもイベントの臭いがぷんぷんしやがるぜ! テンションを上げながらカインの空飛ぶ車に乗る。夢にまで見た空飛ぶ車は、意外にも安定感があって乗り心地は抜群だった。空を飛んでいるので渋滞もなく、すいすい飛んでカインと会話をしていること1時間弱、メモに書かれた場所に着く事ができた。


「ここか。この惑星にしては寂れた建物だなぁ。何かのショップっぽいけど、何を売ってるんだ?」


未来の建物らしからぬ、古びた木造の小さな店だ。これまでに見た建物のように浮いてはおらず、ろくに掃除をしていないと分かる曇ったガラスからは、謎の形をした銅像や置物、家具が見えた。


「どうやらアンティークショップらしいですね。父はここに何か用でもあったのでしょうか?」


「うーん、とりあえず中に入ってみるか」


立て付けが悪いのか、ギギギと嫌な音を立てながらドアを開ける。店の中に入ると外装と同じく内装も古びており、中にはしわくちゃの老婆が一人で店番をしていた。現実でもありえそうな光景だなと思って見ていると……


「ついにこの時がきたようじゃな……」


とつぶやきながら、老婆が店の奥に引っ込んでいく。こ、これは完璧にフラグ! 現実世界ならあーあ、無愛想なBBAだけだったねで終わりそうなこの状況も、ゲームの中ならどんどん面白い方向に向かってくれるので非常に楽しい! そんな事を思っていると、老婆がなにやら大きな木箱を持ってきた。


「使いなされ。勇者よ」


そう言うと木箱を俺たちの目の前に置く。木箱に目を奪われていた俺たちが、これがなんなのかと老婆の方に再度顔を上げると、老婆は忽然と姿を消していた。あまりに一瞬の出来事だった為、流石にカインも俺も驚いた。


「消えちゃったよ……この惑星の技術って訳でもないよな? とりあえず木箱の中に入っている物を確認してみようぜ」


「魔法の一種かもしれませんね。わかりました、蓋を開けてみましょう」


カインと共に木箱を開けると、中には豪華な装飾が施された一メートル位の刀身の剣と、同じく豪華な装飾や紋章が入った盾が入っていた。そしてその下にはA4サイズ位の紙に大きく〝伝説の剣と盾〟と書かれていた。親切だな!


「伝説の剣と盾だってよ! やっぱり親父さんのメモは正解だったっぽいな」

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「これが伝説の剣と盾……! ですが、だ、大丈夫でしょうか? 大会にはあらゆる兵器も使用可と書かれていましたし、この剣と盾だけでは少し不安な気もしますが……」


「え、あらゆる兵器? だ、大丈夫だって! 多分……。とりあえず俺は剣を持つから、カインは盾をもって戦おう。二人一組になって攻防一体となれば恐いものなしさ! 何より、俺には必殺技がある……」


初めて聞いた大会の制約に不安を感じ、軽くヤケクソ気味の嘘をついてみると、カインはあからさまに表情を輝かせた。


「本当ですか!? 流石勇者です! 『究極勇者大会』で勝利しグランドクロスを手に入れて、魔王の待つ惑星へ行きましょう!」


カインもやる気を出したところで、早速伝説の剣と盾を装備し『究極勇者大会』の会場であるコロセウムに向かう事にした。


ゲームの中だという確信はあるが、この先一体どうなってしまうのだろうか……?


多少の不安はあるが、わくわくの方が上回っている俺は、笑みをこらえきれなかった。