水色のワンピースを買ってくれたお客さんを見送って、佐々木さん(25歳/アパレル販売員)は店内に戻ると、バイトの子は課題の締め切りがあるからと早々に帰っていった。
佐々木さんは地元、千葉の短大を出てから、数年フリーターをしたあと、表参道のセレクトショップで働いている。洋服が大好きで、おしゃべりが得意な佐々木さんの性格は、接客業に合っていたようで、なんとなく働き続けている。
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そういえば短大時代、ファッション誌をチェックして、この辺りのお店をよくまわったものだ。あのころは街全体がきらきらまぶしくみえたが、表参道に勤めるようになり、いつの間にかすっかり日常の景色になった。
お店には売り上げ成績が一目でわかる表が貼ってある。キーボードの音を店内に響かせながら、今日の集計を急いで終えて、時計を見上げると8時半。外はしとしとと雨が降りだしている。
「今日はこれを履いてくるんじゃなかったな」。
おろしたての靴を見ながら佐々木さんはボソッとつぶやくと、お店の鍵を閉めて、人ごみのなかへとまぎれていく。
表参道の町は、街灯が雨にじんできれいだ。街行く人の足元は、水玉模様のレインブーツ、リボンのついた防水パンプス、ビビッドな色のスニーカー...。この街は、雨の日でも心躍る色に満ちている。
やや急ぎ足で交差点近くのネイルサロンに駆け込むと、21時閉店ということもあり、店内にほかの客はいない。
すっかり常連の佐々木さんは、橋本さんというショートヘアの店員さんに、はげかけたネイルをきれいにとってもらう。真っ白い空間にいると、忙しかった1日が記憶の彼方に薄れていくようだ。
昨日、学生時代からの友人が夢だった業界への転職が決まり、ワインを手土産にささやかなお祝いに家を訪れた。期待でいっぱいの友人の笑顔を見ながら、佐々木さんは部屋の片隅にある本棚から『星の王子さま』を何気なく引き抜く。パッとページを開くと、ある言葉が目に飛び込んできた。
「星は美しい、それは目にみえない一輪の花があるから」
ひとりひとりが目立たなくても、かけがえのないものを持っていて、星のようにキラキラ輝いている――。そんなメッセージに思えて、佐々木さんは「もう少しいまの職場で頑張ってみようかな」と思った。
そうだ、ネイルに星をいれてもらおう。 佐々木さんは、大きめの星のついたデザインを、橋本さんにお願いした。