ゲストさん のコメント
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Lv1勇者を救い出すのは33人の娘達!?
ニコニコ自作ゲームフェス4<大賞>受賞作、
ドラゴンクエストシリーズ開発の中村光一氏絶賛!
超人気自作ゲーム待望のノベル化!
ニコニコ連載小説では、4回に渡って小説を掲載!
第一話、あらすじ、登場人物紹介は こちら 1 「ふわぁあああ、ねむいよう」 普段より少し遅い時間に目を醒ましたララが朝食を食べるために目を擦りながらエロサモナーの酒場に足を運ぶと、普段とは異なる緊張感が場を支配していた。 「んー?」 既に酒場の中には仲間達のほとんどが集まっているようだった。 これは正直なところ、とても珍しいパターンである。 ラルフの元に集った三十二人の娘達は、もっぱら彼女達をこの世界に召喚したエロサモナーが経営する酒場を溜まり場にしているわけだが、さすがに酒場の中に全員が寝泊まりする施設はない。酒場に直接住んでいるのはラルフとエロサモナーだけなのだ。 そのため彼女達は拠点である街の各所にそれぞれ部屋を借り、独自に生活しているのである。少し前までは基本的に一人暮らしをしていたが、実は最近少し離れたところに共有して使える城を手に入れたので、そちらに移り住んでいるわけだが。 とはいえ、当たり前の話だが、全員が全員、常に酒場に詰めているわけではない。 例えば極度の引きこもり体質の娘「プリズン」や、一つの場所にじっとしていることが苦手な猫娘「キャミー」、そこら中を走り回っている盗賊娘の「リヴ」などがソレにあたる。だが、この日は普段ならば出歩いているような面子も集合しているようだった。 いったい、なにが? 「ララちゃん! 丁度、起こしに行こうと思ってたところでした!」 「あ、リリアさん」 ララが慌ただしい様子の酒場内を見回していると、パタパタと足音を立てて一人の少女が駆け寄って来た。 ふんわりとした栗色の髪を飾るホワイトブリム、そしてトレードマークのメイド服。 生活能力に欠けている者が大半の娘達の中で数少ない家事スキルと世話焼きスキル(ついでにドジっ子属性と放火属性)を持ち合わせるメイド娘「リリア」である。 「た、大変なことになってしまいました!」 リリアが若干涙目になりながら縋りついてくる。ララは首を傾げた。 「へ。そうなの?」 「そうなんです! とっても大変なんです!」 「んー、なにがあったんだろう? あ、そういえばラルフは? まだあたし、ラルフに今日の朝の挨拶してないの~。おはようのちゅーもして貰ってないの~」 「うっ……!?」 リリアの表情が分かり易いくらいに曇った。 ちなみにラルフが今までララに「おはようのちゅー」をしてくれたことなど一度もない。いわゆる「女子高生ジョーク」という奴である。 すると、リリアはララの耳にギリギリ入らないような小声で『普段ならララちゃんといえど、こんなことを言われてしまったら燃やしたい衝動を抑えきれなくなるのにでもさすがに今日ばかりは……!』などと光の消えた瞳を携え、ぼそぼそと呟いていたのだが、僅かに押し黙った後、おもむろに顔を上げると、 「お、落ち着いて聞いてくださいね。実は……」 意を決した様子で真実を語り出そうとした。そのときだ。 「はあぁぁああああああっ!? 誘拐された!? ラルフが!? そ、それ、本当っ!? ラルフィー! 詳しく説明して!」 酒場の右手側、噴水が置かれている方向から素っ頓狂な叫び声が響き渡った。思わず互いの話を忘れ、声のした方を見てしまうララとリリア。 すると、そこには声を張り上げ、全身から怒気を放つ――赤髪の魔術士の姿が。 これは……? 「らしいんだよね。なんか朝起きて酒場に来たら書き置きがあったみたいでさ。最初に起きて来たリリアが見つけたんだって。ええと、これ」 瞬間、ラルフィーと呼ばれた橙髪の少女が差し出した紙切れを魔術士の少女が荒々しい手付きで奪い取る。 「貸してください、ラルフィー! ええと……『酒場の娘の皆さんへ。クッソ情けないレベル1勇者のラルフは俺が誘拐させて頂きました。文句のある方は地図の場所に記してある【兵士城】まで来て下さい by 兵士です!』。な、な、なに、これー!?」 「……いや、もう、そのままの内容みたいなんだよ、ストレーガ。なんかさ勘弁して欲しいよねー」 ラルフィーが大きくため息をつき、そして言った。 「勇者なのにあたし達がいないところを狙われて敵に誘拐されちゃうなんてさぁ。もう情けないったらないよー」 「な、な、な……!」 綺麗なおでこ と癖毛が印象的なローブに身を包んだ 魔術士 「ストレーガ」も眼を見開き、全身を震わせた。 仮にも自分達のリーダーである勇者ラルフがいとも容易く拉致されたことは(なにしろ酒場にはラルフが抵抗した痕跡すらないのだ!)、彼女にとって相当に衝撃的だったようだ。ストレーガは眼をカッと見開き、額には怒筋を浮かべて戦慄くばかり。 「ラルフがさらわれた……!?」 「そうなんです。私が朝来たときにはもう……。ご主人様がいなくてはご奉仕が出来なくなってしまいます……」 リリアが目元をハンカチで拭いながら言う。 それは当然、思わぬ形で事実を報されたララにとっても見逃せない事態だった。いや、だがいくらラルフといえど、敵にさらわれるなんて……!? 「え、えええー! で、でもラルフって仮にも勇者だよね。レベル1だけどさ!」 「はい……レベル1ですが、一応ご主人様の職業は勇者のはずです。私達に隠れて転職したという話も聞いていません」 「転職したくてもレベルが足りないよね」 「言われてみると、そうですね。転職するならレベルは15はないと」 「やっぱり転職もしてないんだ。じゃ、じゃあ、本当に勇者なのに誘拐されて……!?」 「信じたくはありませんが、多分……くっ!」 リリアが非常に気まずそうに視線を逸らした。ラルフのことを「ご主人様」と慕う彼女からしても今回の一件は相当にショッキングだったらしい。 なにしろ「さらわれる」という行為は、基本的にヒロインの特権なのだ。 女の子がさらわれ、それを男の子が救う――それが本来の在るべき姿、王道という奴だ。 だが、現実はどうだ? 「ラルフ、ものすっごくカッコ悪いね!」 さらわれたのが勇者であり、助けに行くのがヒロイン。 これには基本的にラルフの情けなさに寛容なララとしても、眉を顰めたい気持ちになってくる。確かにラルフは勇者なのにレベル1だし、とても弱い。だがラルフにはそれ以外にも様々な魅力があるし、そんな部分を含めてララは彼に惹かれているのだ。 いや、しかし、そうだとはいっても……。 『ラルフ、ダッサいなぁ! うち、見損なったで!』 『やはりラルフは凡人……天才の僕には到底及びそうもないな……』 『あーひゃっひゃっひゃっ! ラ、ラ、ラルフが捕まったって! 勇者なのに! ひゃひゃひゃひゃっ! 愉快愉快! 笑わせてくれるよー!』 『……暗殺されなかっただけ良かったということでしょうか。以前の私のように拷問されている可能性は非常に高そうです』 『もしもし~? うん、そうなの。なんか勇者が誘拐されたらしくてー。だよねー、げきオコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだよねー』 娘達に走った衝撃は相当なものだった。失望、嘲笑、爆笑、悲観、エア通話中……娘達は口々にこの前代未聞の事態についての感想を口にする。 だが、しかし。 『ま、しゃーないな。とりあえず、ラルフ助けに行かん?』 『そうだね。天才の僕には天才的に凡才を救出する義務がある』 『いいんじゃなーい? ラルフがいないと面白くないしー。ずばばばばーんっと、この精霊王様が囚われのラルフ姫を助けちゃうよー。0.001パーセントくらいの力でね!』 『そうですね。正々堂々と敵を暗殺しに行きましょう』 『もしもし~? そう、あたし。なんかね、勇者助けに行くみたい。え? 一緒に行くのかって? まぁうん、一応。あの人いないと、あげぽよじゃないし』 呆れながらではあるが、娘達の考えは一つの方向に纏まり始める。 彼女達はラルフのことをバカにしながらではあったものの、そうするのが当たり前であるかのように彼を助けに行くことを決意しつつあった。 だって―― ラルフが情けないなんて、今に始まったことではないのだから! ラルフはこの場にいる全ての娘達の中で最もレベルが低く、最も弱い。だが娘達にとって、彼がとても重要な存在であることは間違いないし、少なくとも「ちょっと助けに行ってやるか」程度の感想を抱かない者はこの場には一人もいなかったのだ。 「(やっぱり、皆も同じ気持ちなんだ!)」 酒場に満ちていく暖かい気持ちを感じ取り、ララは少しだけ幸せな気持ちになった。 種族も性格も能力もバラバラな三十三人の娘達の間で共通していることが一つだけある。 それがラルフだ。 彼に関する話題だけは、こんな三十三人全員が綺麗に一つに纏まることが出来るのである。それはとてもステキなことだとララは思う。本気で思う。たとえレベル1だとしてもラルフが偉大な勇者である証拠だ。皆に愛されている証拠なのだ。 だから更に、ララは、思う。 ――この素晴らしい仲間達が集う空間に、ラルフがいないなんて有り得ないのだ、と。 「よーし、待っててねー! ラルフー!」 そんなわけで娘達の方針は決定した。 目指すは、周囲の大陸にいつの間にか浮上していた「兵士城」。目的は捕らえられたラルフの救出。乗り込むのは彼の仲間――三十三人の娘達、全員! 2 目的地である兵士城は無駄に高い山の上にあった。 「はー、はー、つ、つかれた……」 ララも流石に疲労困憊である。 戦士タイプであるララですらこうなのだから、後衛タイプの面々は既に死屍累累というような状況だ。まだ誰とも戦っていないというのに、戦闘不能になったときと変わらないような調子の娘もそれなりにいる。涼しい表情を浮かべているのは空を飛ぶことが出来る面々ぐらいだ。天使、精霊、蚊、魔王――人成らざる者達、などなど。 「(いつもならダンジョンに入る前から、こんなにクタクタになることなんてなかったよね。疲れてあんまり頭が回らないからなのかもしれないけど……でも、やっぱりなにか忘れてるような……。なんでだろう? そもそも、普段はどうやってあたし達ってダンジョンまで行ってたんだっけ……?)」 首を傾げながら、額に滲んだ汗を拭うララ。 モヤッとする。なにか、忘れている気がする。ラルフが拉致されたことばかりに気を取られていたが、どうも何か他にも欠けているモノがあるような気がする。 実際、微妙な気分になっているのはララだけではないようだった。 ララよりもずっと知的な面々、例えば魔法使いタイプの娘の中にも先程から難しそうな表情を浮かべている者が何人かいるようだ(だが彼女達は総じて体力がないので、どちらかといえば、ぜーはーという絶命寸前の喘ぎ声ばかり聞こえて来るのだけれど)。 これだけの人数がいて、同じような違和感を覚えているというのに、誰もがその疑問の正体に辿り着くことが出来ない。 ララ達が忘れているものとは、いったい? もっとも、ここまで考えても思い出せないということは、根本的には大して重要なモノではないのだろうが……どうしても、ベットリとした気持ちの悪さは残る。 「皆! ここじゃよ!」 そのときだ。不意に、謎の叫び声が響き渡った。 娘達はすかさず声のした方に視線をやった。上だ。城門の遙か上――よく見ると、そこにロープでぐるぐる巻きにされて吊されている男性の姿がある。 「ラ、ラルフ……!?」 「わし達を助けに来てくれたんじゃな! ううう……なんて優しい子達なんじゃ。ラルフのついでだとしても感動的じゃ! それにしても絶景じゃ! こんなに上から皆のことを見た経験なんてなかったからの……おふっ! た、谷間がこんなに沢山……!」 けれど、それは彼女達が期待した相手ではなくて。 どちらかというと、べっとりとした「気持ち悪さの理由」そのものだったわけで。 「エロサモナーもさらわれてたんだ……」 白鬚に賢者めいたローブ。そしてこの状況においてすら、娘達を見つめる視線に、そこはかとない「 エロさ 」を宿した老人。 エロサモナーの姿がそこにあったのだ。 感動とエロスに頬を赤らめ、涙を流すエロサモナーとは対称的に、彼を発見した娘達の反応は非常に辛辣だった。 露骨に舌打ちをする者、中指を突き立てる者、見なかったことにする者、ぼそりと小声で「そのまま死ねばいいのに」とか言っちゃう者、果ては不意打ち的なエロサモナーの登場にキレ気味で彼に呪いを掛けようとしたり、右腕に装着したバスターを発射しようとする者まで現れる始末だった。しかし―― 『あれー! よく見たらエロサモナーと一緒にラルフも縛られてるじゃーーん! あっはっは、間抜けな光景だねぇ! アハハハハハハハー!』 娘の一人が爆笑しながら口にしたそんな一言で、場の空気がガラリと変わることになる。 ――いた。 確かにエロサモナーと共に橙髪の勇者・ラルフがロープでグルグル巻きの状態で城門の上に吊されているではないか! 「や、やぁ、みんな」 レベル1勇者、ラルフがぎこちない口調で娘達に会釈を送る。 その瞬間、 『どうして無様に捕まってるのよ、あんた! 少しは勇者の自覚がないの!?』 『あんた、女の子に助けに来て貰うとか恥ずかしくないわけ?』 『ラルフさーん! 頑張ってくださーい!』 『ふおおおおおおお! し、縛られてる! 吊されてる! 捕まってる! 羨ましい!』 『私と離れられないように、ちゃんと呪いを掛けておくんだった……』 罵倒、侮蔑、激励、羨望、呪詛…………ラルフが拉致されたと発覚したとき以上に個人差のある言葉の数々が無軌道に投げ掛けられた。 そんな言葉を耳にしたラルフは眉を顰めて、傍らのエロサモナーと共にブツブツと語らい始める。 「分かってるよ……そりゃあ恥ずかしいさ……勇者なのに仲間に助けに来て貰うなんて恥ずかし過ぎるだろ……だからあまり喋りたくなかったんだ……」 「贅沢な男じゃのう。結構応援して貰ってるじゃん。再会の感動のあまり、皆が黙り込んでしまったわしと良い勝負じゃよ。『動と静』って感じだよね」 「で、でも、俺は罵倒もされてるし、怒られてもいるぞ!?」 「いやいや。ストレーガちゃんやホーリーちゃんとかに罵って貰えるとか、その筋じゃただのご褒美じゃん。しかも縛られた状態なんて、もはやプレイじゃよ」 「……俺にはエロサモナーみたいな趣味はないんでな」 頬をポッと乙女のように赤らめるエロサモナー。頭を振り、瞳を閉じて苦笑するラルフ。これまでもよく見掛けた恒例のやり取りだった。 一方、 「(よかった! ラルフ、元気そう!)」 二人の会話を耳にして、ララは少しだけホッとする。まだラルフが捕まってから大した時間が経っているわけではないが、特に身体の調子に問題などはないように見える。 ララは声を張り上げ、腕を力強く振ってラルフに語り掛けた。 「ラルフーっ! 待っててね、すぐに助けてあげるからー!」 「ララ……すまない! こんな無様な――」 「いいから! 気にしないで! お礼は、ほっぺ以外への『ちゅー』でいいからね!」 「…………それはまだララには早いから、今度どこかへ遊びに連れて行ってやるから、そっちで勘弁してくれ」 「うん! それでもいいよっ!」 ――さあ、ラルフを助けよう! 随分と状況は分かり易くなった。ラルフは見つかったし、無事なのだ。となれば、あとは今回の首謀者を見付け出して…………! 「遠いところから、わざわざご苦労様です、皆さん」 ――こてんぱんに叩きのめすのみ! ガガガガ!、と音を立てて城の門が開き、そこから今回の首謀者が姿を見せる。 相変わらず、非常に平凡な容姿の男だった。 鉄製のチェインメイルと大楯、長槍。見るからに普通の外見をした、実はあまり普通でない男――ラルフ誘拐の首謀者にして実行犯「兵士です!」である! 「……!」 一瞬で場が静まり返り、全員の視線が「兵士です!」へと向けられる。 彼はその非常に礼儀正しい名前とは異なり、相当な策略家である。事実、彼の狡猾な罠に絡め取られたことで、最強の勇者だったラルフはレベル1にされてしまった(具体的にどんな方法でレベルを下げられたのかはラルフが口を閉ざしているけれど)。今回の一件でも、どんな奇策でララ達に攻撃をしてくるか分かったものではない! 「ふむ……」 おもむろに「兵士です!」が口を開いた。 「どうも皆さん、随分とお疲れのようですね」 ――ピキリ。 完全に他人事のような一言だった。それだけに集まった娘達を刺激するには十分過ぎる一言だった。 「は?」 瞬間、まるで返す刀のように娘の一人が一歩前に出た。怒りっぽい魔法使い・ストレーガである。「ちょっと待ちなさいよ! なに他人事みたいに言ってんのよ! 完全にあなたのせいじゃない! いくら何でも遠過ぎるわ!」 体力のない魔法使いならではの、魂が籠もった怒りだった。一方、「兵士です!」は相変わらずの他者を嘗め腐った嘲笑を浮かべると、 「え。なに、遠い? それって本気で言ってる?」 「あ、当たり前じゃない! ここまで、どれだけあたし達が歩かされたのかと思って……しかも、あんた、ラルフを誘拐するだなんて……あの人がレベル1で弱くてへっぽこだからって、そんな…………とにかく―― 謝ってください! 」 「はぁ? 謝る? 俺がですか? なんでそんなことしなくちゃいけないんですかねぇ」 「なっ――!?」 「大体、わざわざ、ここまで歩いて来る方がバカだと思うんですけどねぇ。ほら、見てくださいよ。アレを」 ニタニタと笑いながら「兵士です!」がクイッと親指で城門の隣を指し示した。そこには城門よりも二回りは小さな鉄扉が見て取れた。 「あっ!」 ララはその明らかに見覚えのあるフォルムを見咎め、思わず声を上げていた。なんということだ。これは、どう見ても高層建築物には欠かせない垂直昇降機的な――!? 「当然、この城はエレベーター完備ですよ。わざわざ歩いて登って来たのは皆さんが初めてじゃないですか? うちの城で契約しているモンスター達ですら、歩くのは面倒だからって出勤して来るときはエレベーターを使うんですけどねぇ。いやぁ、これは俺としても想定外でした。だって、まさか皆さんが揃ってモンスター以下の知能だなんて! さすが勇者の仲間といったところですかねぇ!」 「ぐぎぎぎ……! こ、こいつ、今すぐブッ飛ばしてやる――!」 わなわなと怒りに打ち震えるストレーガ。 一方、「兵士です!」はおでこに何個も怒りマークを刻み、今にも憤死するのではないかという怒気を放つ彼女を見つめながら。 「おっと、待ってください。そんなすぐに戦闘を始めるなんて、いけません。俺は『紳士な兵士です!』なので疲れ切った状態の皆さんと戦う気はないんですよ」 「……それって、どういうこと」ストレーガが尋ねた。 「いやーはは。そのままの意味ですよ。実は皆さんを『全回復』させてあげようと思いまして! 強いボスにはよくあることじゃないですか、凸魔道士さん?」 「んな!?」 反射的に、ストレーガが自身のおでこを両手で抑える。 「で、で、で、凸魔道士――っ!?」 そしてストレーガがカッと眼を見開き、ぶるぶると身体を震わせた。 それは彼女の外見をあまりに見事に言い表したあだ名だった。別にストレーガはおでこを丸出しにしているわけではないし、あくまで顔の左側だけなのだが、それでも彼女は非常に癖っ毛なため、他の髪型にすることが出来ないという弱点を抱えている。 おでこは彼女のウィークポイント――それを「兵士です!」は一瞬で見抜き、あだ名まで付けたというわけだ! 「コ、コ、コロス……!」 「ちょ……お、落ち着いてよ、ストレーガ! 大丈夫、ストレーガのおでこは綺麗な形してるって! チャーミングだよ! お父さんも別に気にしてないよ!」 「ラルフィー、離して! 大体、全然フォローになってないわよ、それ!?」 「ですよねぇ。まだ全然ハゲてないですし」 「ハ、ハゲ――!? だ、だだだだだ、誰がハゲですって! ちょっと、あたしのどこがハゲだって言うのよ、ゴラァ!!」 「え。いや、その辺とか」 槍の切っ先がストレーガのおでこを指し示した。 「ぎゃっ!」 「くくくく」 瞬間、ビームの直撃でも食らったかのように、おでこを抑えながらピョンと飛び跳ねたストレーガを嘲笑しながら「兵士です!」が続ける。 「なにしろ女性のハゲは洒落になりませんからね。気にするのも無理はないかもしれません。俺はこう見えて兜の下はフサフサなので完ッ全に他人事ですがねー。月一で美容院に通ってケアしてもらっているので、凸で癖毛なあなたより、よっぽど気を遣ってるとは思いますがねー」 「っ――だ、だから、別にハゲてないって言ってんでしょうが! っていうか、モブ顔の兵士のくせに美容院とか通ってんじゃないわよ! あたしだってね! 髪の手入れには人一倍気を遣ってんの!」 「ス、ストレーガ! 魔術士なのに前線に突っ込んで行こうとしないでよー!」 「ストレーガ! ラルフィーの言う通りだ! ここは少し落ち着くんだ!」 娘の一人「ラルフィー」に背後から羽交い締めにされたストレーガだったが、それでも鬼気迫る形相を浮かべて「兵士です!」に殴り掛かろうと両腕を振り回す。 完全に煽り負けた形だ。 と、これには、さすがに囚われの身のラルフもストレーガを放っておけなくなったようだ。ロープで束縛された状態ではあるものの、声を張り上げてストレーガに自制を促した。 が、しかし。 「は……!? 元はと言えば、ラルフが捕まるのが悪いんだから! 大体……なんでそんなところにいるのよ!? あたしがここまで馬鹿にされてるんだからサッサと降りて来て、この兵士の髪の毛を一本残らず毟るのがあんたの役割のはずなのに!」 「まぁ、それは……いや、一人の男として、相手の髪を毟ったりなんて出来ないが……言わんとすることは、分かる」 「分かってたら、さっさと 謝ってください! 」 「す、すまん……」 が、促すだけで終わり、結局壮絶な勢いで罵倒されたラルフは謝らされてしまう。とそんなラルフを横目で見ていた「兵士です!」がすかさず会話に割り込むと、 「――という感じですね、皆さん。ここは皆さんも一息つくべきだと思いませんか? 彼女は落ち着くべきでしょうし、体力が残り少ない方も多いでしょう。皆さんには全快の状態で戦って欲しいんですよ。そんな皆さんを倒すことに意味があるわけですし」 理知的なイメージを持つ魔法使いとは懸け離れた大逆鱗っぷりを見せつけたストレーガのことを揶揄しつつ、「兵士です!」が残りの娘達に提案した。 ――が、この言葉にララは率直な疑問を抱かざるを得なくなる。ララは右手を真っ直ぐ天に向けて伸ばし、声を張り上げた。 「はい! 質問!」 「なんでしょう。そこのJKのお嬢さん」 すぐさま「兵士です!」はララのことを槍の穂先で指し示した。まるで生徒と教師の挙手と指名である。 「ねえ、兵士さん。本当に、あたし達を回復させてもいいの?」 「おや。変なことを聞きますね。なにが不思議なのですか?」 「そりゃそうだよ! だって――あなた、一人だもん! あたし達が回復しちゃったら、凄く不利になっちゃうんじゃないかな。だって、あたし達は三十三人もいるんだよ?」 「…………」 ――一対三十三。 それは端的な事実だった。 もし、このまま戦闘が始まれば、日頃「一対五」で戦隊ヒーローにリンチされている悪役怪人以上のパワーゲームが展開される可能性は決して少なくない。 もちろん「兵士です!」は、相当な強敵に違いない。だが、それでも三十三人相手に戦えるとしたら、それは逆に彼がバランスを崩壊させるレベルで「てまっている」と言わざるを得なくなるわけで―― すると、黙り込んでいた「兵士です!」は、フッと余裕めいた笑いを浮かべると、 「ふふふ、ご心配には及びません。おバカなJKのお嬢さん!」 「む!」 「あなたには考えが及ばないのでしょうが、残念ながら、それでも『勝てる』と思っているから回復させるわけですよ! お分かりでしょうか? 見るからに通信簿の『1』が多そうなあなたには分からないですかね? ははははは!」 「っ……ひ、ひどい! あたし、バカじゃないもん! 通信簿の『1』だってそんなに多くないし、『5』だってちゃんとあるんだから!」 「ほう。『5』もある、と」 「そうだよ!」 「なるほどなるほど――でも、どうせ体育だけなんでしょ?」 「…………」 ララは絶句した。ガーンだった。なぜならそれは、紛れもない真実だったからだ。 ――どうして、ラルフにすら言っていない秘密がバレているのだ!? 「おやおや。答えられないということは、大当たりのようですね。そんなところまでお約束通りとは。まさにバカの鏡ですねぇ、ksks」 一笑し、勝ち誇った顔付きで「兵士です!」がララを思いっきり見下した。 さすがのララもこれにはショックを受け、城門の上でぷらぷらと吊されているラルフに助けを求めた。 彼ならば、きっとこの危機的状況を何とかしてくれると思ったからだった。 「ラ、ラルフー! この人、あたしをバカ扱いする! 見た目と通信簿だけで人を判断するなんてよくないよ! もっと本質を見るべきだって言ってやってー!」 「……ララ」 「うん!」 「…………前々から俺も思っていたが、学生の本分は勉強なわけだし、やっぱりサキアーにでも勉強を見て貰った方がいいんじゃないか?」 「えええー!?」 「なぜ、そこで驚くんだ……」 「それにあたしは専業主婦になるんだから勉強なんて出来なくていいの!」 「ッ――お、おい!? そういう世間の専業主婦の皆さんを下手に刺激するような発言は止めるんだ! ただちょっと……そう! 学歴不問なだけだ!」 「ラルフまでそんなこと言う! やっぱりあたしが女子高生だからってバカだと思ってるんでしょー! どうせピンクはバカだって思ってるんでしょー!?」 「そ、そんなわけ……」 「ついでにピンクだから淫乱だとも思ってるでしょうね」 「ちょ、おま――このアホ兵士! 余計なことを言うな! い、淫……淫乱だなんて思っているわけないだろ! ララに変な誤解をされたら――」 「ぴぎゃー! ラルフがピンクをバカにしたー! アホー! オタンコナスー!」 「な、泣くな、ララ! ああ、もう……!」 完全に、しっちゃかめっちゃかだった。 しばらく顔を「><」にして泣いていたララだったが、仲間の娘達に慰められて、ようやくある程度、平静を取り戻すことが出来た。ララが瞼を擦りながら顔を上げると、相変わらずの調子の「兵士です!」がゲハハハとまるで大魔王のように笑いながら、 「いやー、笑わせて頂きました。さすがお笑い勇者の仲間だけあります。同じく素晴らしい芸人気質ですね!」 「ううう、ひどいよ……ピンクはバカじゃないもん……ピンクは聡明なんだもん……」 「まぁまぁ、とにかく先に回復だけはさせてくださいよ。全く話が進まないので。ほら、アレです」 言いながら「兵士です!」の槍がエレベーターの鉄扉の更に向こうを示した。 そこには真っ赤なカラーリングを施された自動販売機が置かれていた。 本当に、無駄にハイテクな設備を整えた城である。この調子では城内にエアコンとフローリングが完備されていても不思議ではない。 「……ジュース?」 この自動販売機では一種類の飲み物しか売っていないようだった。 二列の販売欄に所狭しと全て同じ種類の缶ジュースが並べられていた。紫色のパッケージに青いロゴ――どうやら「ぶどうジュース」のようだ。 「『高級ぶどうジュース』です。本当は140Gほど頂きたいところですが、今ならボタンを押すだけでジュースが出て来ます。効果はHP、MPの完全回復です」 「えっと『オールドリンク』みたいなものなのかな?」 「いや、これはチガイマスネー。きっとパープルキャンディが原料なんですよ~。だから同じ紫色をしているに違いありません!」 「それって普通、ぶどうが原料だから、どっちも同じ効果って言わない?」 「ノンノン。ぶどうが先か、パープルキャンディが先か。もちろんパープルキャンディが先に決まっているのです~」 キャンディ業界の回し者ともいうべき飴玉娘「キャンディペロン」が哲学的で、よくよく考えれば意味の通らないことを言うものの、娘達はそのまま流すことにした。 結果、「兵士です!」の言葉に納得した娘達は、勧められるがままに「高級ぶどうジュース」を次々と購入し、そして飲んでいった。 ボスが体力を回復させてくれるのは別に妙なことではないし、やはりここまで歩き詰めで相当喉が渇いていたというのも事実だ。実際、それはララとしても非常に美味しいジュースであるように感じた。HPとMPはしっかりと回復しているようである。 だからこそ――ララ達は気付かなかった。 「…………あれ?」 「どうしたんじゃ、ラルフ」 「なんか既視感があるような。主に、あのぶどうジュースに」 「妙なことを言うの。どこにでもぶどうジュースぐらいあると思うぞ?」 「いや、そうじゃなくて……こう、アイツの勧められるがままにぶどうジュースを飲むって展開に、見覚えがあるような…………」 ――このような会話を娘達の頭上でラルフとエロサモナーが繰り広げているという事実を。 ラルフの予感は当たっていた。だが、気付くのが少しだけ遅かった。 そもそもの話、最強の勇者だったはずのラルフは、どうしてレベル1固定のパーティのお荷物になってしまったのか? 大まかに言えば「兵士です!」の罠に嵌まったのだ。 では、具体的には? 実際、これは、この場にいる者の中ではラルフと「兵士です!」しか知らない事実なのである。なにしろ一人目の仲間であるララとすら出会っていないオープニングでの出来事なのだから! とある王様の城に「世界を救ってくれ」と頼まれて足を運んだラルフはそこで控えていた「兵士です!」から紫色の飲み物を渡された。その名は超高級ぶどうジュース――飲んだ者のレベルを1にしてしまう禁断の薬。 次の瞬間だった。 高級ぶどうジュースを口にした娘達の身体に、とんでもない異変が襲ったのは! 【ララのレベルが1になってしまった!】 【ストレーガのレベルが1になってしまった!】 ………………etc 「こ、これは……!?」 ――レベルが下がった。 つい先程までララの体内に満ち満ちていたエネルギーが一瞬で霧散した。 まるで風船から空気が漏れていくような……いや、違う。喩えるならソレは、ぶどうの実が弾け、中から果汁が漏れ出すこと。そう表現するのが最も適切に違いない。 すかさず「兵士です!」が言った。 「ふふふふ……おバカなJKのお嬢さんの質問に、今更ながら答えさせて貰いましょうかねぇ。『一対三十三で、しかも全回復させて勝てるのか』って質問に、です」 これまでで一番の不敵で、そして娘達を見下した笑みを口元に浮かべながら! 「当然、勝てますよ――皆さんがレベル1ならね」 「…………!」 「生憎と、勇者に飲ませた『超高級ぶどうジュース』を全員分用意するのは無理で、ただの『高級ぶどうジュース』になってしまったのは残念ですけどね! なのでレベルは上がります! このあと街に帰ったら、レベル上げのために全力でスライムとでも死闘を繰り広げてください! 俺と皆さん相手じゃあ、ガチバトルになんてならないんで!」 「「「!!」」」 場は騒然となった。まさか、自分達が普段バカにしていたラルフと同じレベル1になるなんて夢にも思ったことがなかったのだから。 ならば――この状況はなんだ? これでは、まるでレベル1のバーゲンセールではないか! 「や、やめろ! 皆に手を出すな! お前の目的は俺のはず……皆は関係ないはずだ!」 もはやただの烏合の衆、合体前のスライム以下の存在へと成り果てた娘達をノックアウトするべく長槍を掲げた「兵士です!」の背中にラルフの悲痛な叫びが木霊する。 だが「兵士です」は肩を竦めながら、 「はー? 何を言ってるんですかねぇ。よくそんなことを言えたものですよ。そもそも、どうして俺がわざわざ復活したと思ってるんですか? どうしてあなたを誘拐なんてしたと思っているんです?」 「な……!?」 「安心してください。案外彼女達も勝てるかもしれませんよ……? なにしろ、俺はボスらしく、潔く――一人しかいませんからね!」 そして「兵士です!」はラルフから視線を切って娘達と向かい合った。 場の空気は完全に一変してしまっていた。普通ならば悲壮感に捕らわれるのは一人で三十三人もの娘達と相対しなければならない「兵士です!」の方に違いないはずで。 けれど、現実はその真逆だ。 一般兵士と全く変わらない装備に身を包んだ一人の平凡そうな男が、それぞれ極めて個性的な衣装に身を包んだ少女達をじり、じりと、追い詰めている。 圧倒的な数の差を物ともせずに。 「み、みんな! 頑張ろうよー! あたし達だってただのレベル1じゃないもん! ドーピングアイテムとかでステータスは上がってるし、スキルも魔法も使えるよ!」 「そ、そうよね!」 「フン。天才の僕の前にはレベルなど何の意味もない!」 「呪ってやる……!」 咄嗟に檄を飛ばすララ。そして彼女達も怯むことなく、それに応えてくれた。 そうだ。たとえレベルが1になってしまったとしても、ここにいるのは勇者ラルフと共に数々の魔物達と戦って来た歴戦の戦士なのだ。この程度の策略でララ達を倒した気でいるのなら……それは甘いと言わざるを得ない。 「やあああああああああっ!」 ララはグッと拳を握り締め、先陣を切って「兵士です!」に立ち向かっていた。 自分達にはラルフを助け出したいという、とても純粋な気持ちがある。こんな卑怯な手段を使って来る相手になんて――決して負けたりしないのだ! ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ……ララ達の冒険結果。 階層:1階 戦闘回数:1回 宝箱オープン:三十三回 入手ゴールド:0G……(4239564G) 戦闘結果:「兵士城」城門前にて「兵士です!」にボコボコにされる。 続く【6月11日(木)更新予定】
『Hero and Daughter Lv1からはじめる勇者奪還作戦』7月1日発売! 株式会社KADOKAWA 角川スニーカー文庫 原作/tachi 著/高野小鹿 イラスト/吉沢メガネ 原作ゲームがいますぐ無料で遊べる!新作自作ゲームがダウンロードできるニコニコゲームマガジン!
>>7の言う通り ドーピングとかやると 今度は娘たち(レベル999)の方が足でまといになる
くらい強くなる。娘達の20倍くらいは強くなる
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