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「言葉を使わないで考える思考」を整理する試み(その1)の続きです。
「言葉を使わないで考える思考」というのを考えていたら、知り合いのデザイナーさんがこんなことを教えてくださいました。
美術の業界では、「私と貴方は同じ物を見ているということを伝える力」があることが「デッサン力」があるということなんだそうです。
なるほど〜。絵がうまくない人は、目の前のものを描いても、全然心の中のイメージと違います。コレジャナイものを描いてしまうわけです。
この言葉はなにも絵がうまいという話をしているだけではありません。
例えばプレゼン力というのも、そういう力です。
自分が伝えたいことを相手にきちんと伝えること。それがとても難しいことに意を唱える人はいないでしょう。
世の中にはプレゼン力をあげるための本がワンサカあります。
でも私たちは、そのような言葉では、プレゼン力そのものを伝えられないと知らなければなりません。
スポーツが似ています。スポーツを教える言葉や本はたくさんありますが、それが体の動かし方などを伝えきることができないことはよく知っています。小学生の逆上がりがその象徴です。できてしまえばなんてことはないのに、周りの教え方のその非効率なこと。
かといって、トップアスリートが、その体の使い方を言葉で語れないからといって、その体が「非論理的な」動きをしているわけがありません。むしろ、宇宙を支配する物理法則に究極に適応するからこそ、生み出される結果です。
プレゼンも同じでしょう。よくできたスライドだけでなく、巧みな語り、ジェスチャー、そういったものが噛み合ってこそ、「私が見ているものと同じ物を人々に伝える」ことができます。個別のテクニックは様々な言葉で伝えられますが、それら全てをまとめあげ、一つの感動としてのプレゼンを完成させているのは、「言葉を使わないで考える思考」の力です。
例えば、広告などはそれをビジネスにしたものではないでしょうか。売れる広告のその理由を言葉で書きつくすことはできないでしょうが、そこには緻密で「論理的な」「言葉を使わないで考える思考」が働いていることでしょう。昔広告代理店の知り合いが教えてくれたのは、「広告を作るときほとんどの部分は計算でできるけど、最後は計算では判断できないジャンプをしないと、いいものができない」ということです。
残念ながら私たちはその「言葉を使わないで考える思考」を完全に言語化することはできませんが、これらがすべて「言葉を使わないで考える思考」の力だと、コンセンサスを取ることはできます。
デッサン力、プレゼン力などと細分化を尽くすのでなく、「言葉を使わないで考える思考」として統合していくのです。
そうすることで、今度は「言葉を使わないで考える思考」を直接鍛える道が開かれるのではないでしょうか。
《ワンポイントミライ》(?)
ミライ: これ! これ「いいね!」とか動画がバズるとかで、「言葉を使わないで考える思考」の成果の良し悪しを直接知ることができてないですか?
フツクロウ: ホ? ホホウ。
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