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岡田斗司夫プレミアムブロマガ「『さらざんまい』の味わい方と、マンガ実写化反対論」
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岡田斗司夫プレミアムブロマガ「『さらざんまい』の味わい方と、マンガ実写化反対論」

2019-07-13 07:00

    岡田斗司夫プレミアムブロマガ 2019/07/13

     今日は、2019/06/23配信の岡田斗司夫ゼミ「『アラジン』特集、原作『アラビアン・ナイト』から、アニメ版・実写版まで徹底研究!」から無料記事全文をお届けします。


     岡田斗司夫ゼミ・プレミアムでは、毎週火曜は夜8時から「アニメ・マンガ夜話」生放送+講義動画を配信します。毎週日曜は夜8時から「岡田斗司夫ゼミ」を生放送。ゼミ後の放課後雑談は「岡田斗司夫ゼミ・プレミアム」のみの配信になります。またプレミアム会員は、限定放送を含むニコ生ゼミの動画およびテキスト、Webコラムやインタビュー記事、過去のイベント動画などのコンテンツをアーカイブサイトで自由にご覧いただけます。
     サイトにアクセスするためのパスワードは、メール末尾に記載しています。
    (※ご注意:アーカイブサイトにアクセスするためには、この「岡田斗司夫ゼミ・プレミアム」、「岡田斗司夫の個人教授」、DMMオンラインサロン「岡田斗司夫ゼミ室」のいずれかの会員である必要があります。チャンネルに入会せずに過去のメルマガを単品購入されてもアーカイブサイトはご利用いただけませんのでご注意ください)


    『さらざんまい』の見方と、マンガ実写化反対論

     はい、こんばんは、今日は6月23日ですね。
     始まる前にコメントなどをダラダラ読んでいる中で、気になったので、いくつか話をしようかと思っているのがありました。

     まあ、まず「『さらざんまい』を語ってくれ」というコメントなんですけど。たぶんね、僕の『さらざんまい』の見方って特殊なんですよ。
     なので、最終回についても「ああ、もう最終回なのか」と。「別に全3話でもいいし、全20話でもいいんだけど、全11話で終わったのか」という感想ですね。
     もう本当にミュージカルとしてしか見てないので、「最終回ではカワウソまで歌った。面白かったな」というのと、「あと、最後の最後、なんか3人がサッカーしているシーンがやたら長くて、あそこはいらねえよな」とか。ああいうところ、本当にもう要らないというか。

     僕の『さらざんまい』の見方が、なぜ特殊かと言うと、あそこで出てくるセリフとか人間関係が、僕には塗料みたいに見えるからなんですよ。
     まず「さらざんまい」というすごく面白い彫刻があって、その上に塗料が塗ってあって、その塗料の上に模様として字が書いてあるんですよ。
     その字というのが、いわゆるセリフで、人によってはその字ばかりを読んで「いや、これはすごい!」とか、「3人が幸せになって!」とか見てるんですけど。もう、僕は全然そうじゃなくて、「いや、そんな模様とかディティールとかじゃなく、ちょっと離れて見た時の彫刻としての面白さがすげえんじゃん」という。
     そんな見方なので、あんまりこのニコ生でガツッと語れる感じがしないんですよね。僕の興味は「誰が歌うか?」しかなかったから(笑)。

     本当にそういう見方なんですよね。なんだろうな? まあ、AKBでもなんでもいいんですけど「アイドル歌謡の歌詞をどれくらい本気で受け取るか?」という問題に近い感じ。
     「『恋するフォーチュンクッキー』の歌詞、そんなに本気で受け取ってどうするの?」というふうに感じてて。「それよりは、全員揃ってるダンスの面白さがすごいんじゃん」とかね、そっちの方の見方なんですよね。

     あとは、冒頭、コメントでちょっと流れてた、「なぜマンガの映画化、実写化に反対するのか?」という話。
     これ、ちょっと面白いと思ったから、そこだけ話します。

     僕も、マンガの映画化、実写化にはあんまり賛成じゃないんですよ。
     なぜかというと、うーんとね、「マンガにブレを作るから」と言うかな?
     本来言えば、マンガ家が描きたいように描かせてあげたいわけじゃないですか。ところが、実写化とかアニメ化とか映像化されると、普通のマンガより資本が大きく動くので、編集部も動揺しちゃう、みたいなもんですね。
     その結果、それがマンガの方に悪影響を及ぼして、マンガがブレちゃうことが多い。

     終わったマンガだったらもう全然OKなんですよ。
     だから、『BANANA FISH』が、あんなアニメにされたとしても全然文句はないんです(笑)。
     いや、文句は言いますよ? でも、それは「このアニメには文句を言うという楽しみ方があるんだな」と発見しているので文句を言ってるだけなんですけど。
     だけど、終わってないマンガを実写化するのは、あんまり賛成ではないんですよね。
     『進撃の巨人』の実写なんて、もう黒歴史ですよね。アニメのみが正しい歴史として残っていくというのが、すごく面白いところだと思うんですけど。

     だから、連載中はね、本当いえば、あんまり望ましくないんですけど。
     まあ、作者の方がメンタル強くてブレなければ、それで十分ですね。

    「『アオイホノオ』は?」(コメント)

     そう、『アオイホノオ』のように、作者が実写化によって、そっちの方に心が持ってかれて、そこから先は、もう、なんか、今、どういう展開になって、一体、島本君が何で悩んでいるのかもわからないんですよ。
     「早く終わらせるか、面白くするか、どっちかしろよ!」ってふうに思うんですけども(笑)。
     まあ、そういうふうに考えています。

     あとは、そうそう「今日は生か?」みたいなコメントがあったんですけど。基本的に「月に1回は録画をやろう」というふうに考えちゃってるんですね。
     なので、次回の録画は7月28日という、だいぶ先になります。先週、録画放送をやったところですから。
     月に1回というのがポイントですね。

    「最近、対談ないですね」(コメント)

     やっぱり、去年、一昨年といろいろやって、しみじみ思ったのが「1人で喋るのが好き」なんですよ(笑)。
     もう、本当に申し訳ないけど、これ、別に対談する相手が悪いわけでもなんでもないんですよ。「自分1人で面白さをコントロールしたい」という宮崎駿なんですよ。宮崎駿が「俺が5人いれば!」って思っているとすれば、俺は「ラッキー! このメディアは1人で出来るメディアだから、1人で語るよ!」というふうに思っちゃってるので、1人でやらせてください。

     福岡の富野由悠季展、『富野由悠季の世界』という展示会に行って来たんですけど。
     まあまあ、来週のお便りコーナー、お便りをどんどん寄せて貰ってるんですけど、まだまだください。プレゼントもですね、いっぱい用意してます。
     プレゼントとして……これはね、あげられないんですよ。
    (富野由悠季氏の写真がプリントされた、透明な置物)

    nico_190623_00532.jpg【画像】富野アクリルスタンド

     これは富野由悠季のアクリルスタンドなんですけども。まあ、こんなものは誰もいらないと思うんですけど、あまりに嬉しくて買ってしまって。
     俺、本当にね、なんかこういうアイドル的に追っかけてる人って、世界中で、このオッサンだけなんだろうな(笑)。
     なので、ここに置いておきましょう。楽しいからですね。

    「いくら?」(コメント)

     いくらだったかな? なんか、そこそこしたと思うよ。800円くらいしたと思うんだけど。
     あと、展示会に行ったら、富野さんが中学1年生くらいの時に描いた、ペン画みたいな宇宙船のコックピットの絵があって。「この人のやってること、俺の中学1年生の時と本当に変わらないわ!」と思って、ちょっと嬉しかったですね。

    nico_190623_00606.jpg【画像】富野絵

     まあまあ、それはお便りのコーナーで後で見せたりします。

     ということで、今日はだいたいこんな感じです。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_00631.jpg【画像】今日の内容

     無料の方では、『なつぞら』がね、もうとにかく先週いっぱい面白かったので、1、2、3と分けて語ります。
     あと、『ガンダムORIGIN』も、ちょっと見逃せないところがありました。
     今やってる実写版『アラジン』を、観て来たんですけどネタバレはしたくないので、まあちょっと基本的なところからどんどん語っていこうと思います。無料と有料の方で。
     あとは、展示会での富野由悠季の講演の方も、これ、ちょっと細かく説明したい。『Vガンダム』についても、なかなか良い話が出てきたので、そこら辺のことを話そうと思います。
     放課後の方もですね、一応レジュメを作ってみましたんで、こんな感じで進めて行こうと思います。

    『なつぞら』のアニメーション制作体制

     ではでは、『なつぞら』の話から行ってみましょうか。
     僕、やっぱり『なつぞら』の見方も特殊で、登場人物の人間関係なんかは、わりとどうでもいいんですね。なので「なつが誰と恋愛して結婚するのか?」みたいなことも、どうでもいい。
     僕はアニメ史の歴史モノとして見ているので、興味があるのは「どのように描くのか?」なんです。実際に歴史の中に、あえて架空の人物を入れたり、もしくは、いくつかの人物を1つの人物に統合したり、時間軸をズラしたりして、面白い戦国マンガを作ってくれてるみたいな感じで見てるんです。

     まずは、新作アニメ『わんぱく牛若丸』に出てくる常盤御前というキャラクターの会議がありました。
     69話の、会議をしているシーンです。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_00808.jpg【画像】なつぞら会議 ©NHK

     左から、主人公のなつ。セカンドの原画をやっている、これ大塚康生さんがモデルになっている下山さん。井戸原チーフ作画監督。で、ここにマコさんが座ってて、ここが仲作画監督ですね。この女の人が、三村さんといって、後に宮崎駿の嫁になる人なんですけど。
     今回の『わんぱく牛若丸』という作品は、この後ろにキャラクターのイメージボードが貼ってあるところからわかる通り、作画班全体からキャラクターを募集してるんですね。縦割り体制ではなく、現場型になっている。
     例えば、「キャラクターデザインはキャラクターデザイナーだけがやって、現場の人間は絵を描くだけ」という、それまでのちょっと窮屈なスタッフ分けではなくて、現場のみんでわいわいやっていこうという形でやってるんですね。
     その中で「常盤御前というのを、どんなキャラクターにするのか?」と話し合っているシーンなんですけども。

     これは、まあ、例えばウォルト・ディズニー・プロダクションは、これのずっと前、長編第1作の『白雪姫』の頃から、「キャラごとにアニメーターを変える」というのをやってるんですね。
     「7人の小人の中のこのキャラクターはこの人に描かせる」とか、「この動物はこの人に描かせる」、「王子様はこの人に描かせる」と。「このシーンをこの人に描かせる」からもう一歩進んで、キャラクターというのも、アニメーションの作画をする人間が作り出す動きを演技として捉えて、「この人にはこのキャラクターを描かせよう」というようなことを実験的にやっていたんです。
     なので、東洋のディズニーを目指している東洋動画……現実には東映動画なんですけど。将来的にはそういう体制にしようとして、徐々に徐々に、この頃から「作画班全体でキャラクターを描いていこう」ということになっています。

     ポイントは、作画班スタッフ全員が集まっているんですけども、この中に露木監督の姿がないことなんですね。
     つまり、「作画セクションが決めて、演出には事後承諾させる」と。これがちょっと面白いところです。
     これ「現場型に改善する」と言いながら、すでに、後に出てくる労働組合でのセクト闘争、「それぞれのセクト(集まり)ごとに対立する」という前触れになっているんですね。
     これ、一見すごく良いシーンなんですけど、後に演出の方から「作画班に口を出すのが大変だった」とか、「あいつら、プライドが高いから、なかなか認めない」というセリフがちゃんと出てくるんですけども、これが生まれるなんかこう前提になっているんですね。

     『なつぞら』って、尺が長いんです。1日15分とはいえ、毎週6日間やって、それを25週も続けるもんだから、かなりいろんなことが描けるんですね。
     なので、アニメーションの歴史を語る上で、もう本当に、かつてないくらいのすごい作品になっていってると思うんですよ。
     だから、ぜひ皆さんにも見て欲しい。まだまだ間に合うので、見て欲しいと思います。

     その中で、大塚康生さんがモデルの、麒麟の川島さんが演じている下山くんという人が中心となって、下山班というのを5人で作ってるわけですね。

    nico_190623_01143.jpg【画像】下山班 ©NHK

     この下山班が、今、作ってる『わんぱく牛若丸』という長編作品が、現実のどの作品をモデルにしているのかというのが、まだ特定しづらいんですね。
     というのも、この前まで作ってた長編アニメ『白蛇姫』というのは、まあ『白蛇伝』だから、わかりやすいんですよ。
     ただ、どうも『なつぞら』の中の時代は、昭和33年辺り、つまり1958年なんですよね。ドラマ内では『白蛇姫』の制作はとっくに終わってるんですけど、現実の歴史では『白蛇伝』の制作は1958年に始まるので、ちょっと現実の時間とズレてる。
     こんなふうに、どの作品がモデルになっているのかが特定しづらいというのがあるんですけども。

     この後、歴史的に言えば、次の長編アニメは『少年猿飛佐助』。その次は『西遊記』。手塚治虫が参加したやつですね。『安寿と厨子王』。『アラビアン・ナイト』。『シンドバットの大冒険』と続いて、その後に『わんぱく王子の大蛇退治』になります。
     僕、最初は『わんぱく牛若丸』のモデルは、この『わんぱく王子の大蛇退治』じゃないかと思ってたんですけども。たぶん、『わんぱく牛若丸』というのは、『安寿と厨子王』と『わんぱく王子』の合成なんですね。

     これは、大塚康生さんの本に載っている、当時の森康二さん、このNHKのドラマの中では、仲さんが描いている『安寿と厨子王』の安寿のキャラクター表なんですけど。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_01337.jpg【画像】安寿 ©NHK

     一応、これは平安時代の衣装とかを反映しているということで、さっきの常盤御前と、まあまあ同じような感じになってるんですね。
     なので、この辺りの時代なんだろうと思ってます。

     会社側としては、なぜ、こんな『安寿と厨子王』という作品を作ったのかというと、「東映という会社自体が時代劇で有名だったので、時代劇というのをやりたい」ということ。
     あとは、「西洋ネタではディズニーにとても敵わないから、輸出するにしても、西洋ネタをやったら不利だ」ということ。
     そして、「わかりやすく感動させたいから、わりと昔話みたいなものを持ってきたい」。
     なので、実際に『安寿と厨子王』では、当時のスターだった北大路欣也と佐久間良子が、声優を担当したんですね。

     その結果、作画班の方にも「できるだけこのキャラクターは北大路欣也に似せてくれ」とか、「ヒロインは佐久間良子に似せてくれ」という指示があり、そのおかげで、これまでキャラクターを自由にアニメらしく描けていた作画班は、実写を写したような作画をさせられたそうなんですよ。
     これが現場で大反発を呼んでですね、この作品の制作が終わった後、このドラマの中でマコさんと呼ばれる人を含めた何人かのメインスタッフは、結局、この会社の管理体制が嫌で、東映動画を辞めてしまって、虫プロに引き抜かれて、『鉄腕アトム』を作るという事件に発展しました。
     なので、実際には『わんぱく王子の大蛇退治』には、マコさんは参加してないわけですね。

     当時の『わんぱく王子』の作画システムというやつを、大塚さんがちゃんと表にして残しているんですけども、なつのモデルになった奥山玲子はAグループの原画担当です。もう本当にトップにいるんですよ。

    nico_190623_01540.jpg【画像】作画システム

     後に、この奥山玲子の夫になる、つまりなつの旦那になる小田部羊一さんが原画補だから、この時点で、旦那になる人よりも偉くなっちゃってるんですね。
     後の宮崎駿の嫁になる大田朱美は、この時、まだセカンドですから、本当にねブチ抜きでどんどん出世していくんですね。

     Aグループ、Bグループ、Cグループとわかれて、このBグループのトップが大塚康生さんなんです。
     なので、今回、ドラマでも班体制にわかれて下山班というのができてるんですけど、実際の歴史上は「なつはこの頃にはもっと上手くなって出世していた」というふうに考えてください。

    「もう天才やん」(コメント)

     そうなんですよ。この頃の東映動画って、天才しかいないというくらい、すごい体制でアニメを作ってたんですね。

     ここから先の『なつぞら』は、「東映の労働組合争議と、アニメ暗黒歴史というのをどこまで描くのか?」というのが、僕は見どころだと思ってます。

     まあ、理想的な展開としては、『わんぱく牛若丸』というこの作品、おそらく失敗すると思うんですね。
     「下山班は、すごく頑張って作画をやったんだけど、売上はそこそこ上がったものの、内容的には満足できない」という展開になるんじゃないかと思います。
     その結果、『アトム』をきっかけに虫プロに引き抜かれたマコたちが退社して、残されたなつや下山達の元に、ついに翌年、宮崎駿が入社してきます。今週、高畑勲が入って来たんですけど、この翌年には宮崎駿が入ってくるんです。

     ここからが、もう大展開になると思います。
     だから、その大展開のために、たぶん来週は、お休み同然の話になるんでしょう。お菓子屋で修行している友達が、なんか「演劇をやりたい」と言うような。
     これも、後になって、たぶん、伏線になるんでしょうけど。実は、僕的には、わりとどうでもいい話が展開するのではないかと思います。

    『なつぞら』の「タップ」と演出の高畑勲くん

     じゃあ、2つ目ですね。『なつぞら』のもう1つの話なんですけど。
     今回、「技術革新としてタップというのが導入されました」というシーンがありました。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_01737.jpg【画像】下山 ©NHK

     下山さんが用紙をセットする時に、使ってるんですけど。

    nico_190623_01738.jpg【画像】タップ1 ©NHK

     これが実際のアニメーションのタップというやつです。
    (金具のような器具を見せる)

    nico_190623_01752.jpg【画像】タップ2

     こういうふうに、アニメーションの作画用紙上に3つ穴が空いていて、ここにピッタリ入るようになっている。これだけのものなんですけども。
     何が技術革新だったかと言うと、それまでは「隅合わせ」と言う、要するに紙をまとめて、端っこをヘアピンかなんかで止めていたんですね。これでも作画ができないことはないんですけど。
     やっぱり紙って、同じところで買っていても、それぞれの形というのは、そんなにね均一じゃないんですよね。紙の角も完全に直角ではないし、裁断の時のタイミングによって、幅も高さも微妙に1ミリくらいの差があるんですよ。なので、実は、隅合わせをしていると、徐々に徐々に狂ってきちゃうんですね。
     当時、アメリカのアニメスタジオでは、このタップというのが使われていたんですけど、たぶん、今、なつ達が使っているタップは、アメリカから輸入している高級品なんですよ。まだまだ国産で作られる時代ではない。ここから先、町工場とかに依頼して作ってもらうようになって、ようやっと安くなるんでしょうけども。
     このタップによって正確に紙を重ねることができるようになり、例えば「キャラクターの腕だけを動かす」とか、「口パクだけ動かす」とか、もしくは「ブック」と呼ばれる「背景が前にあって、そこからヌッと顔を出す」というアニメを作る時に、絶対にズレないように組セルが出来る、と。
     そういう、リミテッドアニメを助ける意味での技術革新になってます。

     どの辺が技術革新なのかというと、ここから先はなんか面倒くさい話になっちゃうんですけども。
     このタップというのを出してくれただけでも、僕的にはちょっと感動でした。

     こうやって作画してるところへ、ついに登場した高畑勲。劇中では、新人の演出助手の坂場という名前なんですけども。
     この男が、下山に対して「この絵、動きがおかしくないか?」と、質問に来ます。

     この、なつが描いた「馬が坂を駆け下りる」というシーンの、作画がおかしくないかと言ってくるんです。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_02000.jpg【画像】馬の作画 ©NHK

     もう、俺はこのキャラクターを高畑勲として見てるから、以降は「高畑勲」と呼びますけど。
     高畑勲が言うには「この馬は急な坂を下りているんだから、怖いはずだ。なのに、なぜ、前のめりに作画しているんだ?」ということを聞いてくるんですね。
     なつは、それに対して、一生懸命「いや、ディズニーのアニメではこういうふうになっている」とか、「キャラクターだ。性格だ」というふうに説明するんですけども。

     高畑が言いたいことは「デフォルメするんだったら、まず、正確なデッサンをしてからにしてくれ」と。
     例えば、「急な坂を馬に乗った人が駆け下りる時、乗っている人物が怖くないんだったら、馬にはちゃんと怖がっているように見せろ」と。さらに「怖がっているということを表情で見せるな」と。「怖がっている顔で伝えたら、それは説明であって、表現ではない」というのが高畑勲の主張なんですよ。なかなか厳しいですね。
     本当言えば、彼は正確なデッサンを元にしてデフォルメをして欲しいわけですね。「馬が怯えているというのを表情だけで見せるのは手抜きだ」というのが高畑勲の主張なんです。

     この少し前に、ライブアクションという、人間が実際に牛若丸の衣装を着たり、常盤御前の衣装を着たりして動く様子を撮るという工程が出てきたんですね。
     この時に「実際の服がどのように翻るのか?」とか、「人間が走ると、どういうふうな歩幅になるのか?」というのを、なつたちは一生懸命スケッチしていたんですけども。
     ディズニーは、『バンビ』において、スタジオ内に馬とか鹿を持ち込んで、スケッチをやってるんですよ。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_02135.jpg【画像】スタジオの馬nico_190623_02141.jpg【画像】スタジオの鹿

     高畑勲が望んでいるのは、このレベルなんですよね(笑)。
     「できれば、本当に馬を坂まで連れて行って、駆け下りてくれ」と。「それができないんだったら、変に中途半端な動きで馬なんか出すな!」という考えなんですよ。「馬を出すからには真面目にやれ!」と。
     これを突き詰めて行った結果、『かぐや姫の物語』は大変なことになったんですけども(笑)。
     基本的に、高畑勲というのは、もう最初から主張が変わらない。そういうふうに考えているんですね。

     さて、この段階で「こんなデフォルメは変だ」と、演出が作画に口出しすることに関して、ドラマ内でも、明らかに、下山さんもマコさんも先輩方は不愉快そうにしているんですよね。
     下山さんは、ついに「それは演出の露木さんの意見なのか? それとも、ただの演出助手のお前の意見なのか?」と聞きます。
     で、「いや、露木さんの意見です」と言われたら、渋々「直す」と答えるんですよ。これで、一応は解決するんですけども。
     結局、高畑勲がここで言っている「現実的なリアリティを追求すべきか、アニメにしかできない表現を目指すべきか?」というのは、高畑勲の遺作、もう死ぬ何年か前に完成した『かぐや姫の物語』で、ようやっと達成されたようなものなんですけどね。

     この頃から、作画と演出の間にヒビが入るというか、対立が出来てくるんですね。
     この後、高畑勲くんは、制作課に帰って、露木に報告するんですよね。「今、こういうふうになっています」と。すると、「よくプライドの高い絵描き達を納得させたなあ」と驚かれるんですね。
     もう、この段階で、本当に対立が生まれてきているのがわかります。
     前に話した「スタッフ全員で今回のアニメのキャラクターを作ろう!」という集まりの中に、演出は参加してなくて、演出には「このキャラクターで行く」という決定事項だけを事後承諾させる形になってしまっているという、この歪み。
     後に、労働争議の中で出来ていくセクト主義も、ここに現れていると思います。

     あと、まあ、先週の『なつぞら』で面白かったのは、ももっちという仕上げ部のお姉さん、なつの友達が「新人の演出助手の坂場君が、東京大学出身だ」ということを知っていた、ということですね。
     ドラマの中では「哲学科」と言ってたんですけど、実際の高畑勲は文学部フランス文学科です。ただ、フランス文学科というのは、小説をやるのではなくて、フランス文学という哲学を行うから、まあ、事実上は哲学科と言ってもかまわないんですけども。

     なぜ、「東京大学で哲学をやっていた」と知っていたのかというと、「そういう情報は仕上げ部にはすぐに伝わるから」と、ももっちは言います。
     この仕上げ部にいる女性たちはお嫁さん候補であり、その中の女性たちは、作画とか制作の中で偉くなりそうな男達、出世しそうな男達に対して……まあ狩場って言うんですかね? 自分達をアピールして有利な結婚をする場でもあった、と。
     ももっちには、この感覚があるので、なつの世間知らずぶりを笑っているんですね。
     社内の女の子は、だいたい、ももっちと同じ視線で、誰か新しい社員が入って来たと聞いたら、そいつが出世しそうだったら、自分達をアピールしまくって結婚しようとするという話なんですよ。

     現実に、この当時の東映動画でもそんな感じで。高畑勲も爪弾きにされるのではなく、モテていました。
     みんなでパンも食べてたんですけど、まあ、パンをパクパク食べてるから「パクさん」と呼ばれてたんですけどね。「仕上げの女の子が順番でお弁当を作って持って来た」というふうに言われるくらい、モテモテでした。
     じゃあ、宮崎駿はその時どうだったのかというと。高畑勲が、後に「あの顔でしょ? 無理ですよ」って言ってたんですけど。背が低く、メガネがやっぱりハンデだった時代なんですね。なので、宮崎駿は全然モテずですね、高畑勲はモテモテだったそうです。
     そういうふうな部分も頭に入れておくとですね、ももっちのあのセリフも、なかなか味わい深く聞けるのではないかと思います。

    『安寿と厨子王』酷評と今後の『なつぞら』予想

     じゃあ、『なつぞら』3つ目のトピックですね。これが最後です。
     再来週以降の展開予想。まあ、これ、僕の勝手な想像なんですけど。

     『わんぱく牛若丸』は、もうすぐ完成です。もうすぐ完成というところで、その分、「お菓子屋を継ぐのか、演劇をやるのか?」みたいな話になると思うんですけども。
     さっきも話した通り、実際の『安寿と厨子王』という作品は、興行的には成功したんだけど、スタッフは猛反発していました。
     どれくらい反発してたのかというと、『作画汗まみれ』という大塚康生さんの本の中に書いてあります。
    (本を見せる)

     『安寿と厨子王』が終わった後、みんなで反省文というのを書いたそうなんです。その反省文の中には、作画に参加していなかった宮崎駿も、社内の上映会を見た時に感じた批評というのを書いています。

     まずは、なつのモデルになった奥山玲子さんの、『安寿と厨子王』に対する批評です。


    厨子王が一人前の若者に成長した頃、これまたちょうど都合よく帝が雲のオバケに悩まされ、これを退治して出世の糸口を掴む。
    案の定、丹後の国の守に命じられる。
    さっそく帝の御威光をバックに山椒太夫を懲らしめ、仏様安寿のお導きで、何の苦もなく母親の所在を突き止め、めでたしめでたしとなる。

    この映画のどこに「克服していく姿」があるんでしょうか? これが十分に描けていたら、もうちょっと見られるものになっていたのではないでしょうか?
    言い過ぎかもしれませんが、これでは「非常な社会悪の中で、周りの人の好意と保護の元に厨子王が運良く出世していく姿を日本独特の動画として描きたい」になってしまいます。


     というふうに批判しています。
     つまり、「私達は、真面目に、作品として1人の人間が成長して行くところを描こうとしたんだけど、これではまるで『課長島耕作』じゃないですか!」と。
     「ただ単に周りから贔屓されて、トントン拍子に出世するような作品を作って、どんな意味があるんですか?」というようなことを、ものすごく厳しく書いてるわけですね。

     大塚康生さんはこう書いています。


    全く酷いテーマである。
    「親子の愛、兄弟愛、動物への愛、主従愛など、安寿兄弟の一家を中心とした家長制度的な愛情が、悪人達によって色々な試練を受けるが、悪人達は天罰と帝の思し召しによって報いられる」という、単純でバカバカしい話を、いくつかの悲しげなシーンで繋いであつらえたのがこの映画である。


     実際はもっと長いんですよ? 僕、最初の読みやすい部分だけを読んでるんですけど。
     本当に、みんな、もう口を限りに、メチャクチャけなしてるんですね。

     ドラマの中では仲さんと呼ばれている森康二さんは、こう言っています。


    悲劇であった。悲しみがいっぱいであった。涙がこぼれそうであった。
    といっても、映画そのもののことではない。「なんと情けないアニメを作ったものであろう」という、私達自身への憤りを通り越した悲しみであった。
    なんの感動もなかった。

    以前の作品には、少なくとも、完成試写には、完成の喜びと感動があった。
    あの感動はどこにいったのか?


     これもボロクソに書いてますね。すごいですね。

     宮崎駿は、後に、こう書いています。


    安寿にしろ厨子王にしろ、二郎にしろ実に嫌らしい連中である。
    こんな連中を描いて客を泣かせ、金を稼ぎ、現代の矛盾に満ちた現実に目をつぶる人間を作ろうとする『安寿』は、僕らにとって百害あって一利ない。彼ら映画を作らせた会社側の資本家連中には、百利あって一害ない映画である。

    大川博(東映社長)が「試写を見て泣いた」という伝聞を聞いたが、ありそうなことだ。
    くたばれ『安寿』。


     というふうに、もう本当にボロクソなんですよね。

     実は、なつが始めて作画に抜擢された『わんぱく牛若丸』の元になったと思われる『安寿と厨子王』という作品は、興行的には成功しているんですね。
     本当に、会社の思惑通り、北大路欣也と佐久間良子が声優をやって、そっくりな作画が動いているから、ちゃんとヒットしてるんですよ。

     なので、ここからの展開としては、そこら辺を描きつつ「このままではいけない!」という話になって。
     そんな中で、もうこの会社を見捨てて行くマコさんたちと、会社に残ってなんとかしようとする、なつたち。
     そこに、宮崎駿が入って来て、いよいよ面白くなるんではないかな、というのが、僕の展開予想なんですね。

     実際の歴史的には、『安寿と厨子王』のショックがあると同時に、さらに手塚治虫が「アニメ作ります!」宣言をやって、大量にスタッフを募集するんです。
     その募集要項には「正社員とか派遣社員の区別はないし、東映動画のような年功序列、もしくは学閥、どの学校出てるから偉い的なものなく、本当に実力主義である」ということが書いてあり、わりと理想の職場に見えたんですね。
     なので、そこら辺の問題も出てくるのではないかと思っているんですよ。

     再来週以降の時代から、なつのモデルとなった奥山玲子は、アニメーター間の待遇格差や正社員と派遣社員の格差の是正というのをやっていくことになるんですけど。
     しかし、実際の歴史では、この問題は解決しないんですね。

     例えば、大川社長が「能力が低くてノルマが守れないアニメーターはクビにするか、もしくは給料を安くする」ということをやろうとしてたので、それを庇う形で、宮崎駿も高畑勲も奥山玲子も、みんな協力して、統一賃金というのを認めさせたんですね。どんなアニメーターに対しても、統一の賃金を保証させたんですけど。
     すると、これまで1日25枚以上の動画を上げていた、本来、できるはずのアニメーター達は、みんな一斉に、毎日5枚しか描かなくなったんです。
     「だって、その方が楽だし、何枚描いてもギャラが同じなんだったら、自分の好きなように凝りたい分だけ凝って、1日5枚だけ描こう」というふうになって行っちゃったという話があります。
     「十分に働けない人をみんなで庇っていく」という環境を作ったはずなのに、逆に「働き過ぎるヤツは白い目で見られる」という状況になってしまいました。
     その結果、徐々に徐々に、東映動画という会社は、アニメを作る会社のはずだったのが、組合活動の現場の象徴みたいな会社になっていっちゃったんですね。

     そんな中で、虫プロが出来て、マコ達が出て行ったという事件があって。残されたなつや下山達の元に、やっと宮崎駿が入ってくる。
     この宮崎駿というのは、今の流れで言うと、頼まれてもいない仕事を勝手にやってしまう1人ブラック企業な人間なんですね。
     これが入ることで大きく現場の動きが変わるはず。いわゆる「それまで持っていた問題意識が、たった1人の頑張りとか、そういうふうなもので、どんどん変わって行く」というようなところが描かれると思うんですよ。

     さらに、それまでは立場的には新人で一番下だった高畑勲も、自分より後輩で作画の天才でもある宮崎駿が入ってくることによって、ようやっと自分の言うことを聞いてくれる作画の手下が手に入ることになるわけですね。
     だって、それまでの高畑勲は絵が描けないものだから、絵が上手いやつ至上主義みたいなところがあるアニメーション会社で、演出というのは頭角を表しようがなかったんですね。
     そこに、自分の思想に心酔してくれて、自分の言うことを聞いてくれる宮崎駿という子分が入ることによって、ようやっと強いパワーを高畑勲が発揮できるという、この土台作りが完成するわけです。

     たぶん、7月の後半か8月辺りで、新人監督である高畑勲の『太陽の王子ホルスの大冒険』の制作が始まると、僕は予想しています。
     まあ、今、話しているのは全部「ここからこうなるだろう」という、僕の妄想ですよ? 別に、ここから先を知ってるわけではないんですからね?

     『太陽の王子ホルス』というのも、原題の通りにやるわけにいかないから、ドラマの中では違った名前になるはずです。
     では、どんな名前になるのかと言うと。もともと『太陽の王子ホルス』というのは、高畑勲が人形劇団で見つけた『チキサニの太陽』という物語をベースにしているんですね。「チキサニ」というのは、アイヌの神様というか伝説の1つなんですけど。
     なので、『チキサニの太陽』という名前にするか、『チキサニの王子』みたいなタイトルになるんじゃないかと思います。

     このアイヌ神話をモチーフにした物語をやることによって、なつの故郷である十勝の風景も使えるし、アイヌの共同体の話の中で、泰樹じいちゃんとのエピソードや組合の話も盛り込める。
     「ここで全ての伏線が一気に回収できるんじゃないかな?」と。
     例えば、泰樹じいちゃんと農協のトラブルというのは、虫プロの『アトム』制作という、天才ゆえのワガママ。つまり、「泰樹じいちゃん1人が品質のいい牛乳を作れるから、メーカーに対して強気に出ていて、他の弱い立場の農協の人らのことを考えられなかった」という問題も、ここでようやっとアウフヘーベンできて、「弱者のための組合というのが、何のためにあるのか?」というふうに、今のなつ達がすごくツラい思いをして実感していることと上手く重なってくるわけですね。
     人里離れて熊を彫ってた阿川弥市郎という人がいましたね? その娘の砂良というのと柴田家の長男・照男が結婚したんですけど。これはなぜかというと、アイヌと開拓民の平和と共存のシンボルになるからです。
     『太陽の王子ホルス』のクライマックスシーンで、ピリヤとルサンの結婚式があるんですけど、そういう結びみたいなことも出来る。
     全ての伏線がバーっと回収できると思うんですよね。

     田舎の天陽君は、たぶん、日展で受賞して東京に出てくるでしょうし、ちょうどその頃、完成した『ホルス』を見た行方不明のなつの妹は、映画館でクレジットで姉の名前を見つけて、最終回あたりでやっと会える、というような流れになるんではないでしょうか?
     妹がねこんなに見つからないのは、僕は、これも勝手な妄想なんですけど、アメリカ行ってるんじゃないかな、と。外国に行って、下手したらディズニーに行ってるんじゃないかなと思ってるんですけども。
     なんかね、今まで見つからなかった理由というのは、それくらいアクロバティックなことをすると、スッとパーツがハマるので。

     というふうに、『なつぞら』は現実の歴史を踏まえて見ると、いろんな妄想が出来て楽しいので、皆さんも一緒に楽しみましょう(笑)。

    『ガンダム THE ORIGIN』の気になるシーン

     ああ、ここまででもう35分を過ぎちゃった。えらいこっちゃ。
     まだ『アラジン』に行かないんですけども。『ガンダム THE ORIGIN』が、もう、楽しくて楽しくて。

     NHKで毎週日曜日に放送している『ガンダム THE ORIGIN』なんですけど。
     ちょうど今、6月23日の日曜日の夜8時に喋ってますから、ここでは先週の話しかできないんですけども。
     先週は第8話「ジオン公国独立」というエピソードでした。
     内容としては「月のスミス海で亡命しようとしているミノフスキー博士をザクが襲う」という話。
     なんか僕、これを見ていてフッと思い出したんです。

     「ちょっ、ちょっと待て! 俺、この話、知ってるぞ!」と。
     「もう、かれこれ30年くらい前に、俺、その話を考えたよ!」と。
     「ミノフスキー博士がジオンから連邦に亡命しようとして、ザクに襲われるって、俺、その話を考えて、マンガを描いてもらったことがあるよ!」という(笑)。
     沖一さんというマンガ家がいて、シナリオを描いたのはストリームベースの高橋昌也さんなんですけど。
    (本を見せる。『マンガ兵器サイバーコミックス (1)』)

    nico_190623_03739.jpg【画像】サイバーコミックス

     この中に、『ミノフスキー博士物語』というエピソードが載ってるんですけど。今回の「ジオン公国独立」の冒頭は、丸々それなんですね。

    nico_190623_03758.jpg【画像】ミノフスキー博士物語

     自分がアイデアを考えたお話を、30年後に、いきなりNHKのアニメで見るこの感動という。
     いやあ、人生ってなんて面白いんだろう。この時、しょーもない仕事も真面目にしてて良かった(笑)。

    「同人誌?」(コメント)

     同人ではありません。これはバンダイから出版している、ちゃんとした商業雑誌ですから(笑)。
     まだ、これ、Amazonとかで手に入りますから、興味がある人は見ておいてください。

     まあ、ただ単に「こんな事があった」という話なんですけども。

     今回の『ガンダムTHE ORIGIN』で気になったのがここなんですよ。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_03902.jpg【画像】ORIGIN会議シーン ©SOTSU・SUNRISE

     月のアナハイム・エレクトロニクスという、後にガンダムを作ることになる会社の会議室の風景ですね。
     テム・レイ、いわゆるアムロ・レイのお父さんが、ガンダムの大プレゼンをやっているところで、アナハイム・エレクトロニクスの偉いさんたちが、月のフォン・ブラウンシティというところだと思うんですけど、そこの会議室に座っています。

     これ、何か気になるのかというと「この椅子にクッションがある」ということなんですよ。
     あのね、月の重力は地球の6分の1なんですよ? 椅子にクッションなんていらんのですよ。というか、クッションなんかが下手にあると、お尻の座りが邪魔されるんです。
     いわゆる、地球で言うと……フワフワな、コートとかに使っているダウンみたいな材質があるじゃん? そんな、ものすごくフワフワなもので作った椅子に座らされるみたいな、お尻がフワフワになっちゃう感触。
     月というのは、地球の6分の1の重力なので、椅子にクッションいらないんですよ。お尻が座面にフィットしなくて、逆に座りにくくなっちゃうんですね。

     この「コップに水」というのもありえない。
     なぜかというと、月では重力が6分の1。ということは、コップの中の水も、コップに対して1Gじゃなくて6分の1Gしか掛かっていないんですね。
     その中で普通に水を飲んだら、水だけが慣性の法則でバシャッと上の方にあがってきてしまう。だから、こういうコップみたいなものに水を入れるはずがないんですよ。
     これ、「アニメの方のミスかな?」と思って調べてみたら、マンガの方も、やっぱりこういうふうに描いているんですよね。

     おまけに、「汗が下に流れてる」んですよ。
     6分の1の重力くらいでは、汗というのは表面張力の方が大きくなっちゃって、下に流れないんです。

     なんでこんなことを言うのかというと、これって「編集の人が仕事してない証拠」なんですね。
     マンガ家とか作画の人というのは、そういうことを知らずにやるんですけども。ここで高畑勲みたいな人間が出てきて「これは違うでしょ?」って言わないと、どんどん「いわゆる~」になっちゃうんですよね。
     この椅子のクッションなんかも典型的。椅子のクッション、コップ、汗もそうですけど、なぜ、彼らが背広を着てるのかも、全部「いわゆる~」なんですよ。
     この場面で、椅子を単純な絵でなく、わざわざ手間をかけてクッションまで描いているのは、「画面にリアリティを与えるため」なんですよね。
     ところが、この手間を掛けて書いた椅子のクッションが、逆にリアリティを減らしてしまう。

     さっきも言ったように、重役がスーツ姿なのも気になります。「なぜ、月面の企業のはずなのにスーツなのか?」と。
     シリコンバレーで働いている人達は、「俺達はシリコンバレーで働いているんだから」ということで、過剰に自由な服を着るじゃないですか? みんな、Tシャツ・ジーパンで働いているんですね。
     つまり、「俺達はシリコンバレーで働いている」というプライドが、彼らのファッションというのを、ある程度、決定しているわけです。
     じゃあ、月に本社がある企業というのも、同じように、月なりのプライドがあるはずなんですよね。
     むしろ、地球出身のテム・レイだけが逆にスーツであるべきなんですよ。テム・レイは地球生まれだから。彼がアナハイムでプレゼンする時に、地球の流儀でスーツを着ているのに対して、重役たちはノーマルスーツ(宇宙服)の下に着る温度調整が簡単に出来るジャージのようなハイテクアンダーウェアを着ている。そうすれば、この「アナハイムというエリート集団の元に、テム・レイという、ちょっと立場が悪いヤツが来ている」ということを見せれるはずなんです。
     そこを考えずに、「いわゆる偉い人だからスーツを着てて、テム・レイは研究者だから白衣を着てて」という考えのなさが、「ちょっと待てよ!」と。

     いや、安彦さんがマンガで描いちゃうのは、手の癖だからしょうがないとしても、そこで「カドカワの編集、何やってんだ?」と。
     お前らがやるのは、ガンダムファン上がりみたいに「このザクは違いますよ」とか、「このガンダムはこういう性能があって~」という、そういうしょーもない指摘ではなくて、もっとちゃんとした大学を出てるんだから、技術的なことを教えてやれよと思うんですけど。
     本当に「仕事してねえな」と思います。

     あと、この会議室の天井の高さ。これも気になってて。
     月面という環境を考えたら、この部屋も天井が低いはずなんですよ。
     だって、そうでしょ? そういうところで天井を高くしても、危険度があがるだけなんですよ。

     そういうところで、会議室みたいなところで自分達の権力を誇示したいから天井を上げるのか? そうではないんですね。
     例えば、「砂漠の民族は、金持ちだったら噴水を作るのか?」っていったら、案外、そっちの方に行かないんですよ。「どのように権力を見せるのか?」というのも、その土地土地の文化とかフォーマットというのがあるんだから。
     それを考えることをサボっているんですね。

     高い天井なんか作っちゃったら、与圧する部屋の体積が増えて無駄が多いんですよ。
     せっかくコロニーと月との差を見せるチャンスなのに。
     コロニーは逆なんですよ、コロニーは巨大なシリンダーの中を丸々与圧してるから、ここでは高さというのを出してもいいんですけど。
     「月とコロニーの差を見せる」というのは、天井の低さを思いっきり出すことによって、見せられるはずだったのにね。
     コロニーというのは、全てにおいて大量の規格品で出来ていて、部屋は広くて天井が高く、エレベーターで中心軸に登れば0Gなるんですけども。
     月というのはコロニーよりもエリートが多くて、天井は低くて、部屋も狭くて、どこに行っても6分の1の重力で、こういった椅子とかは、案外、簡単な出来のものになっている。
     そこら辺で文化の差というのを見せて欲しかったんですけど。

     そういう環境の差というのが、そこに住む人間の常識の差になるので。なんか、砂漠の民と海の近くに住んでいる民族って、絶対に文化とか世界観違うじゃないですか。
     そういうところを見せるべきだったと思います。

     SFというのは、「科学的な辻褄を合わせること」じゃないんです。
     「それが本当に現実化した場合、コロニーが現実化してたり、月にハイテク企業の本社があるということが現実化した場合、お互いに、どのような常識の塊が、その世界を支配しているのかを考えること」がSFなんですね。

     このSFアニメの作り方に関しては、もうちょっと言いたいことがあるので、後半で話してみたいと思います。
     というのも、富野さんは講演の中で、怒りを爆発させて「どんなにアニメのスタッフというのが、宇宙をわかっていないのか!」って力説していたことと、この問題とが、偶然、合ってたので。
     今のは僕の意見なんですけど、「じゃあ、富野さんはどういうふうに語っていたのか?」という話を後半の方で語ってみたいと思います。

    『アラジン』の中の中国と日本とヨーロッパ

     じゃあ、やっと『アラジン』の話に行きましょう。
     ディズニーが隠した『アラジン』裏話ということで、「舞台は中国、アラジンは母親に寄生するニート」という話です。

     これ、ディズニーの『アラジン』なんですけど。
    (パンフレットを見せる)

    nico_190623_04604.jpg【画像】『アラジン』パンフ

     興行成績は、アメリカ国内で2億6400万ドル、全世界の興行収入は7億2700万ドル。もう、大成功です。
     1992年版のアニメの『アラジン』が、アメリカ国内で2億ドル、全世界で5億ですから、それと比べても大ヒット。リメイクとしては成功ですね。
     アメリカでは、公開4週目でもう3位なんですけど、日本では2週目でまだまだ1位を保ってます。

     今週の岡田斗司夫ゼミは、そんな『アラジン』の特集なんですけど、あんまりネタバレはしないので安心してください。

     そもそも、『アラジン』とはどういう話だったのか?
     さっき、タイトルの部分でも言ったんですけど、実は中国が舞台なんです。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_04649.jpg【画像】アラジン挿絵1

     これ、「神秘の洞窟の中で魔法のランプを見つけるアラジン」という、19世紀末にウォルター・クレインというイギリスの画家が描いた絵本版の『アラジン』の挿絵なんですけど。
     これがアラジンなんですね。もう完全に中国人なんですよ。
     「これはアレンジなんじゃないのか?」というと、原作の『千夜一夜物語』、いわゆる『アラビアン・ナイト』に載っている『アラジン』にも、ちゃんと「中国」と書いてあるんですね。

     ここに『アラビアン・ナイト』の全集があるんですけど。
    (本を見せる)

    nico_190623_04727.jpg【画像】アラビアンナイト全集

     実は、この全集の方には『アラジン』は収録されていません。こちらの『アラビアン・ナイト 補遺』という、いわゆる付録版の方に入ってます。
     だから、『アラジン』の原作を読みたい人は、こっちの全集を買っても無駄なんですね。こっちの方で読まなきゃいけないんですけど。こっちにも「中国」と書いてあります。

     この原作の冒頭は、こんな感じです。


    おお、偉大なる王様よ。その昔、中国に貧乏な仕立て屋がいました。彼にはアラジンという息子がいました。
    仕立て屋は一生懸命にアラジンに仕事を覚えさせようとしましたが、遊んでばかりで働かない。ついに仕立て屋は、このアラジンがあまりに働かず、不良で、町で遊んでばかりいるということが心配で、死んでしまいました。
    残された仕立て屋の妻が糸を紡いで、そのままアラジンを食わせていたんですけども、アラジンは全く働きません。親不孝の限りです。
    アラジンはそのまま15歳になってしまいました。


     こんな、とんでもないオープニングから始まるんです。
     アラジンはニートでろくでなしで、父親が死んだ後も母親だけを働かせるという人間のクズだったわけですね(笑)。

     しかし、そんなアラジンには、本人にも知らない秘密がありました。
     どんなことかというと、実はアラジンの先祖はものすごい財宝を洞窟に隠していたんです。そして、その子孫でないと、洞窟の入り口の大理石の扉が開けられないんですよ。
     そんな偶然みたいなことがあったんですけど。この祖先のことは、原作の中にも、ほとんど書いてないんですよ。お話し的にどうでもよかったから、単に「実は祖先は巨大な財宝を隠してて~」ってサラッと書いてるだけなんですよね。

     そんな中、遥か太陽の沈むアフリカより、1人の黒人の魔法使いがやってきます。
     魔法使いは、この財宝を30年以上も狙ってて、ついに子孫アラジンを中国の「日の昇る果て」、つまり、東の果ての、おそらく上海辺りで見つけ、声を掛けました。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_04931.jpg【画像】アラジン挿絵2

     はい、そのシーンの挿絵がこれですね。もう本当に、どこの国だかわからなくなってます。
     扇子を持った美女がいるんですけど、もう、中国なのか日本なのかわからなくなっちゃてるんですね。下駄を履いちゃってますしね。

     この絵本が描かれた19世紀末のヨーロッパというのは、日本趣味(ジャポニズム)の真っ最中。
     なので、イラストを描いたクレインも、「中国のそのまた東の果てにある都」という原文を読んで、「そりゃ、日本のことじゃないの? だって、日本って金銀財宝ザックザクなんでしょ?」というふうに思ったのかもしれません。
     だから、こういうふうに、中国というよりは、日本趣味の絵になっちゃっています。

     日本では「アラビアの砂漠の中の話」と思われている『アラジン』なんですけど、ヨーロッパでは、実は舞台が中国だというのは当たり前の話で。
     これが19世紀末には、「『アラジン』って、中国か、もしくは日本辺りの話でしょ?」と思われていたかもしれません。

     では、なぜ、こんなことになったのか?
     なんで、こんな、日本と言ったら言い過ぎかもわからないけど、少なくとも、かなり中国の東寄りの話を、ディズニーのアニメにしても何にしても、僕らは砂漠の国の話と思うようになったのか。
     それを、ここから話します。わりとね意外ですよね? 提灯があったりとか。

     『アラビアン・ナイト/千夜一夜物語』は、その名の通りですね、アラブ世界のお話なんですけども。
     実は、この『千夜一夜物語』がヨーロッパ世界で紹介されたのは、かなり遅いんです。1700年頃なんですよ。
     そして、その当時のヨーロッパというのは、シノワズリ、いわゆる中華趣味の真っ最中だったんですね。
     どれくらいすごかったかというと、ルネッサンスの時代から、とにかく中国から輸入されるコップとかお皿の模様をみんな真似しようと必死で、貴族達はロココ調で統一された屋敷の中に、中国製の家具を置いたり、庭に変な家を建てたりしていたくらいなんですね。
     ロシアのエカテリーナ2世なんて、中国風の村1つを丸々趣味で建ててます。「ちょっと午後からそこに散歩に行って、お茶を飲む」というために、村1つ丸々建てたというのが、エカテリーナ2世の写真として残っているんですけど。
     この「中国ってカッコいいでしょ?」という文化の下地があったところに、今度はアラブ世界のちょっとエッチでエキゾチックな物語として『千夜一夜物語』という物語が紹介されました。

     なぜ、これが大きな事件なのかというと、当時のヨーロッパでは、これがアラブを理解し征服するための教科書として読まれてたんですね。
     というのも、1700年代の頭というのは、ようやっと、ヨーロッパの植民地主義というのが、アラブ世界を征服してたんですよ。
     それまで、実はアラブ・イスラム圏の方が文化的には上だったんですね。ヨーロッパ人って、ルネッサンス以前は「自分達はローマ帝国時代に比べて遅れた蛮族の一味に過ぎない」みたいに思ってたんですよ。
     それに対して「力が復帰した自分達が、大航海時代を経て、アラブ圏というのを植民地にした!」というふうに、まあ、自信もあったし、逆にいえば「これからは、もっと勉強しなきゃいけない」と思ってた。
     なので、そんな制服先のアラブ世界を理解するための教科書として、『千夜一夜物語/アラビアン・ナイト』というのが、翻訳されたわけですね。

     当時のヨーロッパ人の意識でアラブ世界というのはどこなのかと言うと、「アフリカ・インド・中国・その先の日本までも支配していた大帝国」というふうに思い込んじゃってたんですね。
     「ローマ帝国は世界を支配してた」って言うじゃないですか。
     でも、実際にローマ帝国が支配したのって地中海周りだけなんですよ。地中海周りと、あとイギリスの辺りまで行ってたんですけど。この範囲の中だけど、ヨーロッパ人は「世界」と呼んでいたんですね。
     それに対して「ヨーロッパ以外全てを支配していた国が、アラブである」というふうに思い込んでいたんです。
     だから「中国の話であろうと、インドの話であろうと、それは全部アラブの話だ」というふうに、1700年当時のヨーロッパ人は考えちゃったわけですね。

     まとめると、まず、18世紀のヨーロッパ人というのは、もともとシノワズリという中国趣味の真っ最中だった。
     そこに植民地時代がやってきて、新たにアラブ世界というのがヨーロッパの支配地域、植民地として下層に入ってきたんですね。
     そのアラブ世界の民話を集めた『千夜一夜物語』の翻訳がフランスから始まって、大ヒットした。
     そして、地球という全体図が見えてない時代だったので、ヨーロッパ人は『千夜一夜物語』の中で「地の果て」として語られてた中国やアフリカも、「かつてはアラブの支配下にあった部分だ」というふうに考えてしまった。
     これが、原作の『アラジン』は中国が舞台という理由です。

     なので、19世紀になって出版された、さっきのクレイン版の絵本でも、クレインは当時のジャポニズムを取り入れてしまったし、アラジンと魔法のランプの原作の舞台を中国の果て、上海辺りのイメージとして捉えてたんです。
    (パネルを見せる)

    nico_190623_05504.jpg【画像】アラジン挿絵3

     これは、黒人の魔法使いが、「綺麗なランプと汚いランプを交換しまっせ」と言って、アラジンの魔法のランプをなんとか盗もうとするシーンなんですけど。これも、完全にアジアとして描かれています。

    nico_190623_05529.jpg【画像】アラジン挿絵4

     この女の人なんかそうですよね。王様の娘としてアラジンが惚れ込むお姫様、ディズニー版によるとジャスミン姫も、完全に日本人のイメージで描いてしまっているんですね。

     それでも、まあ、やっぱり疑問が残るのが、「なぜ、イスラム世界の民話なのに、中国が舞台なのか?」ということ。
     さっきも言ったように、原作にも「中国のある都で~」って描いてるんですけども。なぜ、それがアラブに昔から伝わっていたのか?
     これには、意外な理由があるんです。

     さっきもちょっと話したんですけど、「原作である『アラジンの魔法のランプ』というのは『千夜一夜物語 補遺』に収録されている」と言ったんですけども。
     正確に言うと、これは『千夜一夜物語』じゃないんですよ。実は『千夜一夜物語』の中に、『アラジンと魔法のランプ』は入っていませんし、それどころか『アリババと40人の盗賊』もまるっきり入ってない。全て『補遺』の中に収録されています。
     これ、なぜかというと、実は、今回ディズニーが映画化した『アラジン』というお話自体が贋作だった。いわゆる、歴史上の偶然によって生まれてしまった偽の話であり、もともと、アラブ世界にはこんな話はなかったからなんですよね。
     それが、これまたいくつかの偶然の結果、贋作とは気付かれずに大流行して、おまけに大ヒットしてしまったという、すごくヘンテコな歴史があるんです。

     ここから先は、すみません。もう時間になりましたので、有料のほうでお話しようと思います。
     いやいや、無料版では「ジャスミン姫は日本人だった」というところまで話してしまいました。
     そうなんですよ。いわゆる同人誌みたいな偽物の話だったのに、本編を抑えて、一番有名になってしまったんです。もう本当に『アリババと40人の盗賊』とか、あとは『シンドバット』も、実は『千夜一夜物語』じゃないんですよね(笑)。
     その辺も、あんまり触れられない話なんですけども。

     後半は、いよいよ『アラジン』の話から、「ディズニーのアラジンには、実はいろんな矛盾があって、それには理由があるんだ」という話に行こうと思います。


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