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 何もかも話してあげる。そう言われてメルティのマンションにお邪魔した。険しい顔の崇城も一緒に……。
 メルティの部屋は、完璧な少女趣味の部屋だった。ピンク色のフリルカーテンといった、おもちゃ箱のように可愛さを強調したインテリアデザイン。そこかしこに配置されている、触り心地のよさそうなぬいぐるみ。いい歳した大人(というか数百歳だが)の部屋と言っても、誰も信じる者はいないだろう。
 何から聞けばいいか迷ったが、最初にもっともふさわしい質問はこれしかなかった。
「……先生って、何者なんですか?」
「数百年を生きる魔女ということは、前に話したとおり。どうしてこんな姿なのかっていうとね、およそ八歳で成長そのものが止まっているんだ。魔法でこの姿になっていると言ったけど、させられているというのが正確でね」
 生い立ちから話そう、とメルティは言った。
「私が生まれたのは、十七世紀初頭のヨーロッパ。日本じゃちょうど江戸幕府が開かれたあたりの頃だね。私の父親は、魔法研究者だったんだ。これがまあ……いわゆる天才だけどマッドってやつでね。研究以外の何もしないような人で、情緒不安定で、当時からろくな父親じゃないって認識していたよ。母親は知らない。物心ついたときには、もういなかった。理由を聞けたことはなかったんだけど……たぶんあいつの研究の犠牲になったんじゃないかなあって思ってる」
 これだけ聞いても、とんでもない父親だと零次は思った。実の父をあいつと呼ぶあたり、メルティも今日に至るまで快く思っていないようだ。
「そんな父親だから、娘の私でさえ研究材料のひとつにすぎなかった。ほとんど外に出された記憶はないよ。ちゃんとごはんは食べさせてもらえたし、日常生活に困らない程度の勉学はさせてもらえたけど、魔法の修練習得を強制される毎日。幸か不幸か、私にも魔法の才能があったんだ。そして父親が編み出した魔法の実験体となった。『なあに、死ぬことはない』……それがあいつの口癖だったね。
 っと、細かいところは端折ろうか。聞いていて気持ちよくないものだろうし。……そして神の奇跡か悪魔のいたずらか、あいつは見つけてしまった。永遠に不老長寿でいられる神秘の魔法を」
 生唾を飲み込む。
 不老長寿。言葉自体は誰でも知っている。
 人類の歴史において様々な偉人が、学者が、探求者が、夢見た奇跡。決して届かない神の領域。
「それが……何世紀も前に実現していた……?」
「うん。あいつが天地の割れるくらい狂喜乱舞していたことをよく覚えているよ。それで、手始めに娘で実験した」
「実験……」
「そ。動物実験じゃ上手くいっていたらしいけど、いきなり自分に施すのは危ないじゃない。『喜べ。お前は永遠に生きられる』……そんなことを言いながら、あいつは私に不朽の魔法を施した。実験は成功した。その日から私の成長は止まったんだ」
 メルティの語り口は、普段の教室でのものと何ら変わりはない。国語の教科書の一節を読み上げるように、淀みないものだった。
 永遠に生きられる。だけど成長しない。できない。
 それは幸せなのか? いや、そんなわけはない。家族と、友達と一緒に成長する喜び。普段気にもしないことだけど、それは何にも代えがたいことではないのか。
 この人に課せられた運命は、なんて空しく、悲しいのか……。
 メルティは教え子の視線を受け、慰めるように微笑んだ。
「そう可哀想な目で見ないでほしいな、深見。もちろん最初は嫌だ嫌だと泣いたものだけど、状況が変わるわけじゃない。現実を受け止めて生きるしかないからね。無理にでも開き直った私は、数年も経つと自分が成長しないということを、ほとんど気にせず生きられるようになった」
「せ、先生のお父さんは、それから? 自分にも不老長寿の魔法を使ったんでしょう」
「死んだよ」
 どこか、嬉しそうに言い放った。
「死んだ? どうして……」
「不老長寿っていうのは、単に自然死はしないってことだから。殺されれば死ぬんだよ。ある日あいつは、とある魔法使いグループにさらわれた。私の家は幻惑の結界を張った森に建っていたんだけど、それが破られ侵入されたんだ。あいつはなんだかんだと、多くの研究成果を残してきたからね。引き込んでやろうとたくらむ連中は多かったみたい。あいつは私を地下室に隠し、自分だけが捕まった。そして連中に与することをよしとしなかったあいつは、潔く殺されることを選んだわけだ。殺される直前、あいつは私にテレパシーを送って、自分はもうすぐ死ぬからすべての研究成果を火にくべて姿をくらませと、それだけ言った。……そうして私は天涯孤独の身と成り果てたわけさ」
 実年齢で十三の頃だね。メルティはそう締めくくった。
 十三歳なんて、まだまだ親に頼らなければ生きていけない年頃だ。その後の彼女の辛さ苦しみがいかなるものなのか、零次にはとても想像がつかない。
 どうにも視線を合わせづらくなって、横に顔を向けた。
 疑問はまだ山積みだ。傍らに正座し、ずっと黙っている彼女にも聞かなければならない。
「そ、崇城さんは……なんなんだ?」
 致し方ない、という顔で崇城は口にする。
「私も魔法使いよ。魔法を悪用する犯罪者を排除することを目的とした組織、国際魔法警察機構の一員」
「……えっと……要するに世を忍ぶ秘密組織、みたいなもの?」
「International Magic Police Organization、略してIMPOなんだけど、インポって読めちゃうんだよこれが。ああおっかしい」
「その名前で呼ばないで、メルティ!」
 すごい剣幕で崇城は怒鳴った。
 そしてメルティと呼び捨てにし、丁寧語も使っていない。本来は教師と生徒という関係ではなかったことが……今のやり取りで理解できてしまう。
「君は……先生の結界の影響は受けていないの?」
「あれは魔法抵抗力のない一般人にしか効果がないものよ。深見くんも一般人のはずだけど……メルティからあえて対象外にしてもらっているのね。今までの話を聞いていると、とっくにメルティが魔法使いと知っていたようだけれど、どういうわけかしら」
 零次は自分がメルティに特別扱いされている理由を話した。
「バカげてるわね。相手にしちゃダメよ」
「君も魔法使いだったなんて……。みんなと違って先生にメロメロっていう雰囲気じゃなかったのは不思議だったけど」
 クールを装っているが、心の中では大好き……など「素直になれないキャラ」を想像していたが、まったくの見当外れだった。
 もっと単純に、魔法に抵抗のある……同族だったのだ。