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「IMPO……日本支部?」
「そ。あの組織についてはどこまで理解してる?」
「魔法を使って犯罪を働く連中を成敗する……くらいのことしか」
「じゃあ、道すがら説明しようか」
メルティは駅の方向へ歩き出す。当然、周囲が自分たちの会話を気にかけないような結界魔法をすでに広げている。
――国際魔法警察機構、International Magic Police Organization。略してIMPOは一九六〇年代に結成された。
それ以前にも魔法犯罪を取り締まる自主団体は各地に存在したが、「世界的に通用する戦士の集団を作る」という理念を掲げ、これらをひとつにまとめることになった。名称は本物の警察組織である国際刑事警察機構、ICPOを真似たのだ。権威付けにはおおいに役立っただろうとメルティは評する。
IMPOは各国にひとつ以上の支部を持ち、ヨーロッパの本部や他国の支部との連絡網を形成する。事が起これば構成員に命令を飛ばし、迅速に処理に当たらせる。
彼らは九つの階級に分かれているという。崇城は警部補――下から三つめ。一般人の目から見れば充分すぎるほど人知を越えた存在だが、全体では決して強くはないのだろう。崇城自身、まだ修行が足りないと言っていた。
彼女以上の強さの戦士が、ごろごろとひしめいている。
つまりこれから自分が向かう先は、猛獣の巣窟と大差ないのではないか。零次はにわかに震えが来た。
「あの……先生って、IMPOに歓迎されるような人じゃないんでしょう?」
「まあね。何をしでかすかわからないバケモノって思われてるよ。それでも多少のコネはあるわけ。結成当初から、ちょくちょくちょっかい出してきたから」
どんなちょっかいなのかは聞かずにおこうと思った。
「……先生はともかく、僕まで敷居をまたがせてくれるとは思えませんけど」
「大丈夫さ。私の連れに手出しできるわけがない。それに君のことは、きっともうIMPOの各支部に伝わっている。興味深い存在として注目を浴びるはずだ」
「で……崇城さんは何のために支部へ行った、いや、戻ったんです? 任務を放ってまで」
んー、と数秒ばかり首を捻ってから、メルティは気持ち悪いくらいの笑顔で言う。
「自分を一から鍛え直すために、ってところかな? あの子、真面目っぽいし。ああも情けない姿を見せちゃったんだからねえ」
「だとしたら、引きこもりよりはマシですかね……」
それよりも……いったい自分は彼女に何を言ってやれるだろう。そもそも崇城が自分の来訪を歓迎などするわけがない。会ってくれるかどうかすら不透明だというのに。
電車で数駅ほど移動する。その間もメルティは休むことなく話しかけてきた。
「ねえ、秘密組織ってやつは漫画やアニメじゃよく見るけど、彼らはどうやって生活していると思う?」
「え? ……つまりお金をどう稼いでいるかってことですか」
「そのへんの設定をきっちり作っている作品は、あんまりないと思うけどね。IMPOは不動産とか株とかで利益を上げて、構成員の給料にしている」
「……現実的だ」
「そりゃそうさ。一応は正義を標榜しているんだから、略奪を働くわけがないだろ」
「人の世を忍ぶ集団とは言っても、きちんと社会の歯車になってるんですね」
「この私だって学校から給料を得て生活しているよ。誰であろうと社会から隔絶されては生きられないさ。少しは親近感が湧いたかい?」
何とも答えられず、零次はメルティの後ろについていくのみだった。
やがて降り立った駅前は、繁華街というほどではないがそこそこの人出で賑わっていた。メルティは軽快な足取りで歩みを進めていく。
そんな彼女に、老若男女問わず、人々の視線が集中していることに零次は気づいた。さらさらの金髪に、上質のシルクのような肌に、あどけない表情に、誰もが見入る。
「私たち、恋人同士って見られているかな?」
「んなわきゃないでしょう!」
頭を掻きながら、零次は小さな魔女の横顔を眺める。
日頃《幼女の世界》の中にいるせいで忘れがちになるが、魔法など使わなくともメルティの容姿は人目を惹く。その本性を知らない者から見れば、この上なく愛くるしい幼子なのだ。
彼女が狂気の父親の実験台にならず、そのまま普通に成長していたら? そう思うことは何度もあった。だがそのような夢想は無意味だし、彼女自身もつまらないIFとして切り捨てるだろう……。
「着いたよ」
メルティの声で考え事を中断した。
眼前に、ごくありきたりなビルディングがそびえ立っている。ざっと七、八階建ての、一般企業が入れ替わり立ち替わり入居するような、どの角度から見ても普通の建物。
秘密組織のアジトとはどんなものだろうと疑問だったが、表向きはまさに一般企業を偽装しているのだろう。だが、それだけであるはずはない。
「もちろん侵入防止用の結界は随時張り巡らされている。ひっそり乗り込んで攻め込もうとしたって、百パーセント失敗するだろうね」
「……その結界に先生もひっかかるんじゃ」
「うん。毎度毎度、強面のお兄さんがお出迎えしてくれるよ。そんじゃ入ろうか」
校門をくぐるような自然体で、メルティは魔法戦士の巣窟へと足を踏み入れる。
本当についていっていいのか一瞬躊躇したが、崇城に会いたい気持ちが勝った。腹に力を入れて、零次も一歩踏み込む……。