閉じる
閉じる
×
「な、ななな…… 崇城さん?」
ピタッと硬直したのも一瞬のこと、崇城はガラガラを放りだしてうがーっと叫んだ。
「どうして深見くんがここにいるのよ! メルティも!」
「なんてことだ、いいんちょは出産経験があったのか! 君を孕ませた男は誰だい?」
「私の子なわけないでしょうが! こっちの質問に答えなさいよ! まさか一本杉さんが連れてきたの?」
「おーおー、あんまり怒鳴ると泣いちまうぞ」
ニヤニヤ笑ってからかう一本杉だが、崇城はそれ以上感情を高ぶらせることなく、慌てたように赤ん坊をよしよしとあやした。
……一週間ぶりの崇城の姿を、あらためて眺める。
カジュアルTシャツ&ジーパンという身軽な服装。背には子守帯にくくりつけられた乳児が。
修行のためにアジトに戻ったと聞いて、きっとピリピリした空気をまとわせてるんだろうと思ったが、とても微笑ましかった。そしてこの上なく奇妙な光景だった。
「つーか嬢ちゃん、俺らが近づいてくるのに気がつかなかったのか」
「こ、この子の世話に気を取られて」
「それで……誰の子なの?」
「上司よ。修行の合間に面倒を見てやってくれって頼まれて……」
「そ、そっか。IMPOも家庭的なところがあるんだね」
誰であろうと社会から隔絶されては生きられないとメルティは言った。
苛烈な魔法戦士の集団である彼女たちも……恋をして家庭を築く。当たり前のことのはずが、妙に印象深かった。
「で、深見くんとメルティはどうしてここに来たの? いいかげんに答えなさいよ」
「零次のこと、IMPOじゅうで話題になってるんだろ? だからこっちから紹介してあげようと思ってね。大五郎は好意的に出迎えてくれたよ」
「……メルティとは昔からの知り合いと聞いてますけど、勝手に招き入れるなんて」
「まー固いこと言うな。あんまキリキリしてっと、この自慢の巨乳がしぼむぞ?」
そう言ったか言わないかのうちに、一本杉は崇城の背後に回って、立派なふたつの膨らみを鷲掴みにしていた。
「この変態!」
即座に右腕に炎の魔法剣を出現させ、本気で殺す気としか思えない勢いで攻撃する。
しかし一本杉は次の瞬間には、零次の隣に立っていた。
まるっきり、見えなかった。テレポートしたとしか思えない速さに零次は戦慄する。
「遅い遅い。そんなだからメルティにやられるんだよ。もっと精進しな」
「~~~~~!」
……仲間にまでこんな扱いをされているのか。零次はさすがに崇城が不憫になってきた。いや、この好色老人だけが特別なのだと信じたい。
しかし自分のなすべきこともわかってきた。
崇城の味方になってやれるのは、この深見零次しかいない! とにかくなんでもいいから彼女を元気づけなくてはならない。
「あのさ、崇城さん。君が学校に来なくなって気がかりだったんだけどさ、なんでもなさそうでよかったよ。クラスメイトたちも君を心配してるけど、納得いくまで修行をしてればいいんじゃないかな」
「……ふん。もうあの学校に戻ることはないわ。みんなには適当に伝えておいてちょうだい」
「わかった。みんな寂しがるけど僕は君を応援……」
そこまで言いかけて、はたと気づいた。
崇城が学校に来てくれないと、会うことができないではないか?
困る。めちゃくちゃ困る。
ここに来れば会えないことはないと思うが、家から遠いし入れてくれるとは限らないし、何より戦士としての崇城ではなく日常の姿の崇城を見ていたいのだ。
「いや、やっぱり学校に来るべきじゃないかな!」
「なによ、言ってることが全然違うじゃない」
「リラックスできる時間も大事だよ! 修行ばかりじゃ疲れるだろ? 学校なら仕事のことも忘れられるはずだし」
「冗談じゃないわ! この極悪な魔女の近くにいてリラックスできると思うの?」
やはり例の事件のせいで、崇城はいたく傷ついているようだった。
自分の実力に一定の自信がつくまで、ひとり黙々と鍛えていたいのだろう。その意思は尊重したい。しかし会えなくなってしまうのなら話は別だ。
「と、とにかく引きこもりはダメだ! 社会性が失われる!」
「引きこもりじゃないわよ! だいたいなんであなたが私に口出しするわけ?」
双方ヒートアップしかけたところで、赤ん坊が盛大な泣き声を上げた。火が着いたようにとはこのことで、部屋中にわんわんと反響する。
「バカ! 泣いちゃったじゃない!」
「ええ、僕のせい?」
「あなたたちがいると面倒見られないわ! もう帰ってよ!」
「そうだ大五郎、これお土産のミルフィーユ。みんなで食べなよ」
「おう、ありがとうよ」
まるで相手にしてもらえてなかった。
こんな風に軽くあしらわれるのも、すべては実力差があるからだ。
その差を少しでも縮めるべく、崇城は努力をしている。しかしそれだけに時間を費やしていいのか、疑問に思ってしまう……。