閉じる
閉じる
×
☆
「これ、碧山さんだよな」
昼休み、食堂でランチを取っていた来是は、浦辺からいかにも大事なことを打ち明けられるように、そっと話しかけられた。
彼のスマホに映し出されているのは、とあるSNSの画面。プロフィールに設定されている写真は……間違いなく見慣れた依恋の顔だった。そもそも表示されている名前が「えれん」である。
「あいつ、こんなのやってたのか」
「さっき、新聞部の先輩が偶然見つけたって教えてくれてな。真相を突き止めてくれって頼まれたんだけど」
「本人に聞けばいいだろ」
「いや、ずいぶん前からやってるみたいだけど、クラスメイトにも教えてる素振りはなかったし、もしかしたら秘密にしておきたいのかなって」
「ああ……将棋部でも、こんなのやってるとは言ってなかったけど」
基本的に依恋は目立ちたがりだ。彼女の性格からして、誰にも教えずひっそりとやっているというのは不思議だった。何か理由があるはずである。
「ってか、フォロワー数すごいな。三万超えてるぞ」
「どのくらいすごいのかわからないけど、人気があるってことか」
「たぶん、同じ女子高生からの人気だろうな」
どんなことを投稿しているのか見てみた。大半が自撮り写真で、いろんなファッションやメイク、ネイルアートを披露しているものだ。あとはどこぞの喫茶店で撮ったのだろう、豪勢なスイーツ写真など。
それらに対し、どんなコメントが来ているかもチェックする。浦辺の予想したとおり、同じ女子高生らしい人たちから絶賛、絶賛、また絶賛の声。顔文字やハートマークが草原の花のように咲き乱れていた。
「碧山さん、今どこだ? これは直撃取材しないといけないぜ」
「……とりあえずメシ食ってからにしよう」
手早く食事を済ませて電話してみると、屋上で食べていると陽気な返事が返ってきた。いい天気の下、女子同士賑やかにやっているんだろうなと思っていたら、彼女はたったひとりきりでベンチに座っていた。
「やっほー、来是。浦辺くんも」
「ひとりぼっちで、何やってんだ?」
「ああ、うん。のんびり自分を見つめ直す時間が欲しいなって」
どうも様子がおかしい。長年の付き合いから、すぐに直感した。
さっきのSNSを見てみる。ほんの数分前に、投稿が更新されていた。やはり写真が添付されていて、可愛らしい盛り付けの弁当だ。いつの間にこんな料理の腕を上げたのかと思うほど、美味しそうだった。
「依恋、これお前だろ?」
スマホを突きつけると、依恋はイタズラっぽい笑顔を向けた。
「あは、とうとう見つかっちゃったわね」
「碧山さん、どうして秘密にしてるんだ? すごく人気あるみたいなのに、もったいない」
「自分を見つめ直す時間とか、うそだよな。今だってここにいるのも、この弁当の写真をこっそり投稿したかったからだろ」
「そうよ。あんたたちだけに言うけど、あたしJKミスコンにエントリーしてるんだ」
「JK……女子高生のミスコン?」
女子の流行に疎い来是が、そんなものの存在を知っているはずもなかった。モデルの登竜門として知られる、全国規模で開催されているコンテストで、新学期早々から募集が行われていたこと、SNSでの人気が重要な要素であることを依恋は教えてくれた。
「もう書類審査と面接審査は通過しててさ、近いうちに投票が行われるの。まずは関東代表を目指すってところ」
「さらっと言ったけど、めちゃくちゃすごくないか? ……まあ碧山さんだし、そんなに驚くことでもないかな」
「ふふん、そうでしょ。書類くらいあっさり通過しなくちゃね」
最近また大きくなったという胸を誇らしげに張ってみせる。来是は少し目を逸らしながら尋ねた。
「それで……なんで秘密にしてたんだ? クラスメイトも将棋部のみんなも、きっと応援するぞ」
「あんまり騒がれたくないからに決まってるじゃない。あたし、慎重になることを覚えたのよ。将棋のおかげでね」
将棋――というより、紗津姫のおかげなのだろう。かの女王の思慮深さは、突っ走ることしか知らなかった依恋に多大な影響を与えてきた。
ともあれ紗津姫を超えるという先日の宣言は、このことだったのだ。依恋もまた芸能界入りして、注目度で紗津姫と張り合える、いや上回る存在になろうとしているのだろう。もう将棋は上達する気はないと言ったのも、こちらに力を注ぎたいから……。
「事情はわかったよ。他の人たちにはまだ言わないでおく」
「いやー、悪いけど無理だと思うぞ。俺だって新聞部の先輩から聞いて知ったんだし、絶対すぐ拡散されるって。っていうか、取材させてもらうわけにはいかないかな?」
「んー、どうしようかしら。どうしたらいいと思う?」
「どうって……絶対に知られたくないっていうんじゃなければ、受けたほうがいいだろ。投票が近いんなら、もう公表していいんじゃないか。そもそも慎重な依恋ってのは、見てて調子狂うっていうか」
「うん、そうよね! そんな気もしてたのよ実は」
依恋はベンチから立ち上がり、来是の両手をギュッと握ってきた。真正面から夢見る少女の眼差しを受けて、来是は胸が詰まった。
誰よりも可愛い女の子になりたい――その夢を最初に聞いたのは、いつのことだっただろうか。記憶にないほどずっと昔から抱いていた、純粋すぎる夢。
その純粋さに、今は力強さが加わっている。絶対に、神薙紗津姫を超えてみせるのだと。
「浦辺くん、今日の放課後にでもどうかしら?」
「おう! 大スクープだぜこれは!」
「よーし、今まで溜めてたものを思いっきり発散しちゃうわ!」