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     ☆

 待ちに待った土曜日がやってきた。
 JR千駄ヶ谷駅のホームを下りるのはこれで二度目。世間的には大型スポーツイベントが行われる国立競技場や東京体育館の最寄り駅かもしれないが、自分にとっては将棋の町だ。
 きっと、紗津姫も大好きな町だろう。そう思うと、いっそうの愛着が湧いてくる。
「神薙先輩はまだみたいですね」
 金子とは偶然に電車内で一緒になった。あまり……というかほとんど着飾っていない、よそ行きって何? 的な地味な服装だ。
「金子さんはもうちょっとファッションを勉強したほうがいいんじゃないかしら?」
 対する依恋は、以前に来たときと同じように、露出多めのキャミソールとミニスカート。一歩間違えれば下品になってしまうところが、自信に満ちあふれた表情と内からにじみ出る貴族的オーラによって、絶妙なバランスが形成されている。
 これで性格がおとなしければ、引く手あまただろうにと思わずにはいられない。
「いやー、お小遣いは全部BLにつぎ込んじゃうもんで、オシャレはさっぱり。第一、いくら着飾ったところで碧山さんには敵いませんもん」
「それは言うまでもないことだけど、だからってまるでファッションに興味がないってのは、同じ女の子としてもどかしいわね」
 ああだこうだ雑談しているうちに、改札の向こう側から紗津姫がやってくるのが見えた。そのスタイルのよさは、遠くからでもすぐにわかってしまう。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「おおう……!」
 初夏を意識させる爽やかな真白のワンピース。限りなく清楚でありながら、豊かすぎる胸部の盛り上がりが、あまりにも悩ましい。通り過ぎる人たちが、みんな注目していることには気がついているのだろうか。
「ほえー、モデルさんみたい。なんですかね、我が部は美少女率高すぎませんか。ごく一部を除いて」
「金子さんもきちんとオシャレすれば、可愛いと思いますよ?」
「あはは、ないですないです。それじゃ案内お願いしますね」
 紗津姫の先導で、四人は一路、将棋会館を目指す。前々から予定が入っていたという関根は来ることができなかった。またあの子と指したかったと残念がっていたのを思い出す。
 あの子――大蘭将棋部のエース、城崎修助の妹のことに違いない。前回は自分も四枚落ちでコテンパンに負かされてしまった。
 ぜひ再戦したい。そして今度こそ勝ちたい――うんと年下の小学生相手にこんな感情を抱くゲームも、将棋のほかにはそうないだろう。
 途中のコンビニで昼食を購入し、やがて将棋会館に辿り着く。
 二階の将棋道場に入ると、一斉にお客たちの注目を浴びた。
「いらっしゃい、神薙さん。そちらは初めて見る顔ね?」
「そうなんです。新しい部員がひとり増えまして」
「あらそう! よかったわね」
 この前も座っていた、紗津姫をお得意様扱いしている手合い係だ。紗津姫以上の頻度で道場に通う常連はいくらでもいるだろうが、やはりアマ女王という肩書き、そして芸能人顔負けの華やかなルックス。丁重にもてなしたくもなるだろう。
「おい、あれが神薙さんか?」
「そうだよ。うわ、マジで綺麗な子だな」
 そんな声も耳に入ってくる。彼女にも聞こえているのだろうが、少しも動じていないのはさすがだった。
「で、どうすればいいんですか?」
「何局か対局すれば、棋力を認定してもらえます。とりあえず気楽にやってみてくださいね、金子さん」
「了解です!」
「春張くんと依恋ちゃんは、6級で始めてください」
「え? いいんですか」
 前回、来是は10級、依恋は11級と認定を受けた。確かにあの頃よりは上達しているはずだが、勝手に級を上げてしまっていいのだろうか。
 そう考えたところで気がつく。手合いカードに書く段級位は、自己申告制だ。道場はそれに従って、対戦相手を組んでいるにすぎない。
「今のおふたりなら充分やれます。私が保証しますよ」
「……わかりました! 絶対勝ちます」
「ふっふー、来是より先に昇級してやるわ」
「おう、競争だ!」
 名前を呼ばれるのを待っていると、可愛らしい声がかかった。
「おにーさんたち、また会ったね」
「やあ、やっぱり来てたか」
 くりくりした瞳の城崎未来が、ちょこちょこと歩み寄ってきた。頭にリボンをつけて、関根が見たらまた「うっひょー」と叫びそうなキュートな装いだ。
「調子はどう?」
「勝ったよ! これでまた昇級、じゃなくて昇段!」
 手合い係におめでとうと言われながら、白丸を押してもらう。連戦連勝を重ねて、初段に到達していた。
「うわあ、どんどん強くなっていくな。この前は2級じゃなかったっけ」
「だってわたしの先生はお兄ちゃんだもん」
「そっか。でも俺の先生のほうがすごいぞー?」
「うっ……。あのとき負けたのはたまたまだもん! もっかいやればお兄ちゃんが勝つよ!」
 精いっぱい怖い顔でにらみつけてくる城崎妹。紗津姫は何も言わずに微笑むばかりだ。
「未来ちゃん、続けてできる?」
 手合い係が呼びかける。未来はうんと勢いよく頷いた。
「じゃあ春張来是さんと二枚落ちでお願いね」
「おお、いきなりか」
 再戦を願っていたが、こうも早く訪れるとは思わなかった。
「えへへ。指導対局してあげるね」
「真剣勝負で頼むぞ。俺も腕を上げたから、そう簡単にはやられないぜ。んじゃ、一足お先に」
「頑張ってくださいね。落ち着いて指せば大丈夫です」
 紗津姫の優しい声は、何よりの力になってくれた。