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俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.6
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俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.6

2013-07-07 13:00
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         ☆

    「いやもう、連戦連敗! 私って将棋の才能ないですねえ」
     思い切りネガティブな言葉を吐きながら、あっけらかんと笑う金子。七連敗で15級と認定されていた。つまり一番下の級である。
    「初めは誰でもそんなものですよ。これからどんどん上達していきますから。春張くんと依恋ちゃんはどうですか?」
    「おかげさまで、揃って5級になりました」
    「来是と同時ってのが、ちょっとシャクだけれどね」
     ふたりは負け知らずで昇級を果たしていた。あまりの調子のよさに、来是は自分でも怖いくらいだったが、それ以上に快感が全身に押し寄せてくる。
     勝つって、勝ち続けるって――こんなにも気持ちがいいのだ。
    「紗津姫さんは……え、六段になってる?」
    「はい、ようやく」
    「すげえ……」
     この将棋会館道場の規定では、五段から六段に上がるには二十五連勝、あるいは三十五勝二敗の成績が必要だ。紗津姫は二十五連勝で昇段を果たしていた。
     確か前回は、なかなか上がれないでいると言っていた気がするが……ひょっとしたら謙遜していたのではないか。そうでなければ、これほどまでには勝てないはずだ。
     自分も強くなっていると自信がついてきたところだったが、この女王はやはり雲の上の存在だった。
    「もう、向かうところ敵なしじゃないですか先輩」
    「そんなことはないですよ。まだまだ強い人はたくさんいますから」
     穏やかに返答する紗津姫。自分の力を誇示しないところが、また素敵だった。
     しかし、少なくとも同じ女性の中では、もうアマチュアで紗津姫に敵うような人はいないのではないか。プロの女流棋士にも勝ったことがあるというし、完全にアマのレベルを超越している。
     こんなすごい人が、強豪でも何でもない将棋部の一メンバーで、自分たち下級生の指導を一生懸命にしてくれる。
     誇らしいと思うと同時に……もったいないという気持ちも生まれていた。
    「おにーさんたち、じゃーね! わたしはもう帰るから」
     可愛いリュックを背負って、未来が道場を出ようとしていた。
    「お兄ちゃんは迎えに来ないの?」
    「これからはもうひとりで帰ってこいだって。……たぶんだけどね、おねーさんと顔を合わせることがないようにしたいんだよ」
    「あらあら」
    「お兄ちゃん、あれからもっと将棋の勉強するようになったの。わたしを教えてくれる時間も減っちゃってさ、つまんない」
     未来の紗津姫を見る目は、ちょっと面白くなさそうだった。紗津姫が原因でかまってくれる時間が減ったとなれば、仕方がないかもしれない。
     小さな後ろ姿が見えなくなると、紗津姫も後輩たちを見渡して言った。
    「私たちも帰りましょうか。今日は大収穫でしたね」
    「私を除いて、ですけどねえ。本当に上手くなれるんです? こんな弱っちいのでも」
    「大丈夫だって金子さん。神薙先輩の教えは超一流だよ。俺ら、本格的に将棋を始めてまだ一ヶ月だけどさ、もう立派な中級者だ。ついこの前まで、金子さんと大差なかったんだぜ?」
    「ま、センスの差ってのもあるだろうから、あたしと同じペースで上手くなれるかはわからないけどね?」
     依恋は得意満面の笑み。ここ数日で、一番機嫌がよさそうだった。本気でぶつかった末に勝利をもぎ取る……この快感に、彼女もすっかりハマっているのだ。
     会館を出ると、やや西に傾いた太陽が一行を照らす。
     まだ午後の三時。せっかくだからもうちょっと先輩と散歩したいなーなどと来是は期待を膨らませる。思い切って提案してみようか……そう考えたところで、金子が言葉を発した。
    「みなさん、よろしければうちに寄ってみませんか? ここからそう遠くないんで」
     その途端、依恋がいぶかしそうに眉をひそめる。
    「まさか私のBLコレクションを見てくださいなんて言うんじゃないでしょうね」
    「あ、いいですね! 基本から手取り足取りお教えしますよ」
    「結構よ!」
    「まあそれは冗談として、実はうち、古書店を経営しているんですよ。それで思い出したんですけど、将棋関係の本が結構あったような気がして。私じゃ価値がわからないんですけど、よかったら見ていただけないかなと」
    「まあ! それは素敵ですね。ぜひお邪魔させてください」
     紗津姫は今までに見たことがないほど、目をキラキラと輝かせはじめた。
     この女王が興味のあるものは、自分も興味を持ちたい。どうせ暇なのだし、誘いに乗らない手はなかった。
    「古本屋さんか。子供の頃から本に囲まれて暮らしていた感じ?」
    「ノンノン。古本じゃなくて古書です」
    「どう違うのよそれ」
     よくぞ聞いてくれました、とばかりに口の端を上げる金子。
    「古本は単に古くなった本で、古書はアンティーク的価値のあるものをいうんです。うちはいわゆるマニアがお得意様なんですよ」
    「へえ、アンティークっていうと、大正とか明治とか」
    「ふふふ、甘く見ちゃいけません。余裕で江戸時代までさかのぼりますよ!」
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