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俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.14
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俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.14

2013-07-17 18:00
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         ☆

    「ここまでですね」
    「ありがとうございました! いや、どうにか一手勝ちできました」
    「鮮やかな寄せでした。終盤の計算が、だいぶできるようになりましたね」
     二枚落ちで紗津姫に勝った。もちろん彼女は本気ではなく、ギリギリのところでこちらが勝てるように手を緩めてくれているのだ。
     来是はずっと、盤よりも紗津姫を見ていた。普段の制服や先程までの私服も抜群だが、着物を身にまとって正座をし、穏やかに駒をつまむ対局姿は、一種の美術品だった。この艶姿を見られるのは今日限りだと思うと、どうしても凝視してしまう。こんな集中力の欠けた状態で勝てたのだから、紗津姫はよほど手を抜いたのだろう。
    「次はあたし! どいてよ」
     なんだかご機嫌斜めの依恋に、紗津姫は柔らかく微笑みかける。
    「依恋ちゃん、平常心ですよ」
    「わ、わかってるわよ」
     麗しい和服同士の対局を、来是はまじまじと見つめる。盤面で舞う女性特有の細い指先。心地よいかすかな袖の音。女流棋士のタイトル戦は、きっとこんな雰囲気なのだろうと思った。
    「依恋ちゃんも振り飛車がだいぶ板についてきましたね。一番好きな戦法は何ですか?」
    「んー、中飛車かな。一番攻撃的な感じがするし」
    「では今後はそれを磨き続けてください。きっと勝率が上がりますよ」
    「ならそうするわ。絶対に来是より先に初段になりたいし」
     ふと考える。
     これほど実力があってしかも華がある紗津姫は……プロになる気はないのだろうか。
     アマチュアだからこそ伸び伸び指せて、楽しい部活の時間を過ごせる。それは誰にも否定できないこと。
     だが、もったいないのではないかという気持ちもあった。
     この人ならば、その実力と美貌で将棋界の話題をかっさらうほどの活躍ができるのでは? すでにプロを倒した経験もあるというし、現実味がある話だ。
     聞いてもいいのだろうか? 来是は少し迷ってから……思い切って言葉を発した。
    「あの! 先輩は……将棋を職業にしようと思ったことはないんですか」
    「……プロの棋士になる、ということですか?」
    「はい。それだけの力は、たぶんあると思いますし……」
    「そう言ってくれた方は結構いるんですよ。アマ代表としてプロの棋戦に参加させてもらったときとか」
    「なら」
    「私はプロになるつもりはありません」
     明瞭な答えが返ってくる。少しは悩む素振りを見せると思ったのに意外だった。
    「どうして? 紗津姫さんだったらスターになれるわよ。このあたしが保証するわ」
    「私も激しく同意しますよ。アイドル棋士として売り出せますって」
     依恋と金子も同じ考えだった。彼女の美しさと将棋を見た者なら、誰だってそう思うはずだ……。
    「プロの世界に魅力を感じないわけではありません。緊迫した空気の中で最善の一手を追求する棋士の方々には憧れています。ですが、あくまでも趣味として楽しみたいんです。プロはどうしても勝負が第一になってしまいますから」
    「ああ……苦しくてもお金のためにやらなきゃいけないってなると、やっぱり息苦しくなっちゃいますか」
    「そんな感じです。それに、私には別の夢があるんですよ」
    「夢? なりたいものがすでに決まっているんですか」
    「はい。でもそれは……今は秘密にしておきます」
     肝心なところをかわされてしまった。しかしそこまでデリケートな話というなら、それ以上立ち入るのは控えるべきだろう。
    「少なくとも言えることは、プロ棋士として忙しくなってしまうと、その夢との両立は難しいだろうということです」
    「へえ。その夢、いつか聞かせてくれます?」
     金子が聞いた。紗津姫はにこやかに返答する。
    「そうですね。私が卒業するまでには」
     依恋は思うところがあるのか、何も言わずに紗津姫との対局に集中していた。やがて、やはり手を緩めてもらったようで依恋の勝ちとなった。
    「ありがとうございました。最後に金子さんと対局して、また勉強に戻りましょうか」
    「お願いしまーす」
     金子は六枚落ちで指してもらう。わずかな駒だけで巧みに防御する紗津姫の指し手に混乱しかけるが、飛角金銀を総動員して、どうにか寄せきることができた。これも手加減されていたのは言うまでもないが、金子は無邪気に喜んでいた。
    「ふふ、久しぶりに部活をした気分になりました」
    「俺もです。すごくすっきりしました。勉強が快適にできそうだ」
    「わからないところはあたしに聞くってのは、どうせ変わらないでしょ」
    「あはは、言えてますねー」
     将棋盤が片付けられ、再びテーブルに筆記用具とノートが並べられる。先輩はもう私服に戻ってしまうのかと思うと残念だったが、夕食まではそのままでいたいと申し出たので、来是の若いテンションは維持されることになった。
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