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俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.15
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俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.15

2013-07-20 13:00
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         ☆

     夜六時を回った。
     女子三人は私服に戻り、来是はリビングで何をするでもなくソファに座り、この次の展開を心待ちにしていた。
     昼に続いて出前を取っているとは聞いていない。つまり……。
    「また先輩が料理を振る舞ってくれたりするんですか?」
    「手料理というのは当たりですよ。でも作るのは私じゃないです」
    「というと? おばさんはもう出かけちゃったし」
     依恋ママは仕事に出ている夫と合流して外食するという。しかもそのままホテルに泊まってくるそうで、なんとも贅沢な週末だ。
    「あ、あたしが作ってあげるのよ。ありがたく思いなさいよね」
     なんと依恋がエプロンを着用する。花柄で実に家庭的なエプロンだ。
    「マジか。ちょっとは上達したのか?」
    「……ママに習い始めたから」
    「ふーん、そっか。じゃあ楽しみにしてる」
    「う、うん」
     依恋は台所に立って、食材を並べはじめる。そして風呂の給湯スイッチをオンにした。
    「お風呂沸かしておくから、来是、先に入っちゃって」
    「おお、わかった」
    「依恋ちゃん、少し手伝いますよ」
    「ありがと。じゃあ野菜を洗ってくれない?」
     紗津姫が依恋の傍らに立って作業する。なんだか姉妹のような光景で微笑ましい。
     と、金子が変にニヤニヤして隣に座ってきた。
    「なんとも可愛いですねえ。春張く……じゃなかった、私たちを精いっぱいもてなそうとしていて」
     小声でコソコソと話す。依恋には聞こえていない。
    「あんな一面があったとは驚きだ、正直」
    「グッときちゃいます?」
    「何に?」
    「だから、碧山さんの面倒見のよさとか、意外にも家庭的なところとか」
    「うーん……今までのイメージが強すぎてなあ。ちょっと調子狂うな」
    「そんなこと言っちゃ可哀想ですよー。これからああいう姿を見ることが増えるんじゃないですか?」
    「そうかなあ」
     自らの美貌をはばかることなくアピールし、我の強さばかりが目立っていた依恋が、ここにきて貞淑さを身につけようとしている?
     すべては秋の学園祭で、紗津姫に変わる新たなクイーンになるためだとするならば納得がいく。いわゆる「女の子らしさ」を身につけなければ、紗津姫には勝てないと……。
     しかしそれは、以前から自分も願っていたことだ。
     依恋は少し自分を変えるだけで、もっと人から好かれるようになる。幼馴染として、そうであってほしいと願っているのだ……。
    「ふふ、高校生にもなればどこかしら変わるもんだよな。俺だってそうなんだし」
    「私はまるで変わりゃしませんけどもねえ」
     幸せそうに笑う金子だった。
     ほどなくして風呂が沸いたので、お先に入らせてもらった。自分の家のよりも一回り以上広い湯船にゆったりと浸かると、勉強三昧で凝り固まった脳みそが、次第に柔らかくなるのを感じる。
     着物姿の紗津姫の姿が、脳裏によみがえってくる。
     あれほどまでに華麗な女性の姿を、かつて見たことはない。これからも紗津姫の和服を見てみたい。切実にそう思った。
     どうしても浮かんでくるのが、立派な和服を着てタイトル戦を戦う紗津姫の姿だった。たちまちのうちに将棋ファンの心をわしづかみにし、将棋をまったく知らない人からも注目されるに違いない。
     ――そう、紗津姫がプロデビューすれば、将棋ファンは増えるのではないか?
     将棋の素晴らしさを世に伝えたいというのは、何度も聞かされてきた紗津姫の願いだ。そして、どんな競技であれ人口を増やすのに最適な方法は、プロが活躍して人々を魅了することだ。
     紗津姫にはその資質があると、来是は信じてやまない。プロへの勧誘もあったというし、同じプロの目から見ても、紗津姫は魅力的に映っているに違いない。
     だが彼女はプロになる気はないという。別の夢があるからと。
     それは――将棋を広めるよりも重要ということなのだろうか? 彼女の夢とはなんなのか、今度はそれが気になって仕方がなかったが、教えてくれない以上は知りようがない。悶々としながら、来是は珍しく長く湯に浸かった。
     風呂を出てダイニングルームに戻ると、紗津姫が食器の用意をしていた。
    「お料理はもうちょっとで完成ですよ。座って待っていてください」
    「了解です」
     席に着き、依恋の料理風景を眺め見た。背後の来是の視線には気づいていないようで、おたまで鍋をゆっくりかき回している。中身はスープだろうか。かすかに香ばしい匂いがする。紗津姫はすでにできあがっているおかずを、金子と一緒になって皿に盛りつけている。炊飯器は蒸気を吹かして、炊きあがりのカウントダウンを始めていた。
     やがて――。
    「おお、見た目はまともだ!」
     すべての料理がテーブルに並び、来是は率直な感想を述べた。多彩な色で構成される料理は、前回に紗津姫が作ったものと遜色ない見栄えだ。
    「見た目はって、失礼なこと言うわね」
    「この前の弁当のことがあるからなあ」
     料理の上達のためにと弁当を作ってきて、感想を求めてきたのが一ヶ月ほど前のことだ。見た目、味ともに容赦なく欠点を指摘したせいか、その一回きりで弁当は持ってこなくなったのだが、ずいぶんと練習を重ねたらしい。
    「さ、いただきましょうか」
     紗津姫の合図で、全員揃っていただきますを唱和する。
     まずは具だくさんの野菜スープを一口。依恋がおそるおそるという表情で聞く。
    「――どう?」
    「――美味い」
     濃すぎず薄すぎない旨味がふわっと口に広がり、速やかに栄養が吸収されていくようだ。野菜はとろけるように柔らかく、するっと楽しく飲み込むことができた。
    「やればできるんだな。驚いた」
    「と、当然じゃない。コツをつかんだら、あっという間にマスターするのがあたしなのよ」
    「先輩がだいぶ手助けしたんじゃないですか?」
    「私はほんのちょっとアドバイスしただけです。ほとんど依恋ちゃんが作ったんですよ」
    「んー、これ素晴らしい炊き具合ですね! 絶妙な水加減のたまものです」
     金子はご飯を大絶賛している。そこまで美味いのかと疑いながら食べてみると、本当にそこまで美味かった。粒のひとつひとつがピンとして、やや硬めに仕上がっている。とても自分好みだった。
     その他のおかずも口に運ぶ。いずれもしっかりと味付けされていて、かつてのダメダメな弁当とは大違い。家庭料理として百点満点だ。
    「おかわりある?」
    「うん、たくさん作ったから」
     空の食器を受け取り、依恋はおかわりを盛りつける。素直に美味しいと言ったものだから、依恋も嬉しそうだ。
    「やっぱりお嫁さんにするなら、こういう美味しい料理を作れる女の子ですよね?」
    「やっぱりってなんだ?」
    「そのまんまの意味ですよー」
     どうも先程から、金子は依恋の女の子らしさをやたらに褒め称えている。実際に褒めてもいいのだが、なんだか気になった。
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