【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊
俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.18
■3
チャイムが鳴り響く。長かったテスト期間の終了を告げる、歓喜の鐘の音だった。
「終わったあああああ!」
抑圧されたパワーを解放するように来是は叫んだ。周りの生徒たちもすっかり安堵の表情で筆記用具を片付けている。
このときをもって、部活禁止期間にピリオドが打たれた。猛練習を予感して憂鬱になる運動部員も中にはいるが、もちろん来是にそんなマイナス思考は皆無だ。
「やっと部活ができるぞ。このありあまる情熱を盤上に叩きつけてやるぜ」
「おお、俺も取材活動をしたくて仕方ない!」
浦辺もずいぶん張り切っている。男ふたり、熱い視線を交わし合った。
「また将棋部の取材に来てくれるのか?」
「なんたって反響が桁違いだからな。先輩たちもなるべく多く出したいって言ってくれてるよ」
浦辺は紗津姫専門の記者に任命されている。新聞部は週に一度、新聞を発行しているが、彼が手がけた紗津姫特集号は軒並み人気が高いらしい。来是も観賞用と保存用に二部もらっている。
「とはいえ、取り上げるべきネタがないことにはな。単に写真を撮って近況を聞くだけじゃ、面白味もなにもない」
「先輩が出る記事なら、それでも受けそうだけど」
「俺の記者魂の問題だ。誰もが考えつくような、ありきたりな記事ではいかんのだよ!」
ググッと拳を握る新米新聞部員。実に見上げたポリシーだった。
そこで来是は、格好のネタがあることを思い出す。
「浦辺、それならいいのが――」
「来是、一緒に食堂にでも行かない?」
依恋から声がかかった。いつもは女子同士で交流しているのに、珍しいことだった。当初は美少女すぎて近寄りがたいと思われていた依恋も、男子はともかく女子は親密に接するようになってきている。きっぱりものを言う性格が支持を集めているらしい。
「いいのか、いつものメンバーは」
「いいのよ。早く行きましょ」
「じゃ、三人で行くか」
「ん、俺も一緒でいいの?」
一瞬、依恋が渋い顔をしたが、来是はまったく気づかなかった。
テスト終了後の食堂は、いつにもまして活気にあふれているようだった。三人はそれぞれメニューを注文して、ゆるやかなランチを開始する。
「あのさ、次の取材のネタになりそうなことがあるんだけど」
「へえ? どんなのだ」
「ちょっと、あれを話す気?」
「まあ、特別に教えてあげてもいいだろ」
来是は紗津姫がNHKの将棋フォーマルから取材されることを話した。途端に浦辺は目を限界まで見開いた。
「マジで? 先輩が全国に流れるのか」
「すごいよなー。一生に一度あるかないかってレベルだろ」
「NHKから取材されることを我が新聞部が取材する……なるほど、かつてない刺激的な誌面になりそうじゃないか。いつなんだ?」
「金曜日だよ。きっと大騒ぎになるぞ」
今日は水曜日だから、わずか二日後だ。取材陣を気持ちよく迎えるために、部室を念入りに掃除しておかなければならないだろう。
「それにしても将棋女子、ね。ひそかなブームだったりするの?」
依恋がかねてよりの疑問という風に口にする。
「女性のファンが増えているらしいってのは、先輩も言ってたな。自分じゃ指せないけど、単に観戦するのが好きっていう人もいるとか」
「ルールがよくわからないのに、観るのは好きなの?」
「スポーツでもよくあることだろ。うちの親はフィギュアスケートのファンだけど、詳しいルールは知らなくてもいつも盛り上がってるし」
観る専門の将棋ファン、略して「観る将」などとも呼ばれている。対局の成り行きを見守るだけでなく、棋士のキャラクターに惹かれる人も多い。紗津姫はそのように説明していた。
そう考えると、やはり紗津姫がプロになれば、将棋ファンは増えるのではないか。男性はもちろん、その凜とした対局姿は同性の支持も集めるはずだ。プロになる気がないというのは、つくづく惜しい。
「でもせっかくなんだから、本格的なブームになってほしいわね。このあたしがやっている部活なのよ」
「このあたしがってのも、すごい自信だな」
しかし本格的なブームになってほしいというのは同意していた。自分たちだけが楽しむのではなく、ファンの拡大も願う。そんな気持ちになるほど、来是の中での将棋は大きい存在になっていた。
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