【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊
俺の棒銀と女王の穴熊【2】 Vol.27
■4
今にも滴を落としてきそうな色濃い曇が、空一面を覆っていた。
予報では午後からの降水確率一〇〇%。できれば晴れがよかったな、と神薙紗津姫は天を見上げた。天気が悪いくらいで指し手が鈍るわけはないが、気分の問題だ。大事な一戦なのだから、すっきりした空気の中で全力を出したかった。しかし雨自体は嫌いではない。雨音を聞きながら指す将棋も、それはそれで風情のあるものだ。
お気に入りの番傘を持って自宅を出る。紗津姫は将棋を覚えてから、和風のものを好んで使用するようになった。まずは形から日本人らしくありたい。そう意識することで、彼女の棋力は年々上昇していった。
日本人であることが、彼女の精神的支柱。しかし今はそれ以上に、愛すべき後輩たちを喜ばせたいという気持ちが強かった。
私は、とても慕われている。特にあの子からは。誰よりも勝利を願ってくれる人の存在は、何よりの力――後輩ができて、初めて知った感情だった。
ホームで電車を待っていると、「あの子」からのメールが届いた。
『そろそろ会場に向かっている頃ですか? 今日は心の中でずっと先輩の応援をしています!』
勢いだけで書いたのだろうなと思うと、思わず笑みがこぼれる。
来是はいつも自分を見ている。好意を向けられている。この文面にも、その思いが滲み出ているようだ。
異性から好きと思われるのは、もちろん女性冥利に尽きる。好意をストレートに告げてこないのも、勇気がないというより可愛く見える。
何より、熱心に将棋に打ち込むその姿。
私が恋人に求める条件は私よりも将棋が強いこと――そう明かしたが、きっと彼は諦めずに努力するだろう。
紗津姫は自覚している。彼は――私の恋人候補になり得る存在だ。
だから少し悩んでいる。彼の幼馴染、碧山依恋との関係に。
彼女は来是のことが、ずっと昔から好きだった。紗津姫が依恋を応援すると決めたのは、ごく当然の流れ。ふたりの間に立ち入るべきではない。自分の来是を見る目が「少し気になる男の子」レベルに留まっているうちに、結ばれてほしいと思う。
だが、前途は多難だ。なかなか告白できずにいるのは依恋も同じ。そうこうするうちに時間が経ち、来是が自分の実力に近づいてきたら。将棋を通じて、より人間として魅力的に成長したら。それでもふたりを応援しようという気持ちのままでいられるだろうか。
「――いけない、今は余計なことを考えちゃ」
きっといい結果を報告しますと感謝の返信をしたところで、電車がホームに到着した。
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