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家に帰ったら手早く昼食を済ませて、来是と依恋は駅へと向かった。水着専門店は近所にはないのだ。依恋はインターネットで下調べをして、評判のいいショップをすでに見つけているらしかった。
「去年までの着てみたら、胸がきつくてね。一年で二回りは大きくなっちゃったから」
「そ、そうか」
「あたし、まだまだ成長してるのよ。……さすがに紗津姫さんより大きくなるのは無理だろうけど。あの人もまだ大きくなってるとか言ってるもの」
「マジでか?」
「食いつきいいわね……。ひとつ確実に言えるのは、全体のバランスはあたしのほうが上ってことよ」
今日も依恋の私服は、艶やかな体のラインと発達中の胸を強調している。足の運びと連動して、ふたつの膨らみがふるふると揺れ動いている。
男を誘惑してやまないスタイルは、依恋の自信の表れだ。そんじょそこらの半端な男など、堂々とはね除けられるという意志の強さ。
「ふふん、見とれてる?」
「べ、別に」
なんだろうこれは。依恋は俺を挑発しているのか。
いや、たいして珍しいことではないはずなのだが、夏という季節のせいもあるのか、依恋は輝かしいまでに美少女的魅力を放っていた。
紗津姫は依恋のように男を誘うような服を着ることはない。それはそれで大和撫子らしくて好ましいし想像も膨らむが、依恋のように存分に露出する女の子もなかなか――。
「いかん、落ち着け」
俺は先輩一筋なのだ。ただの幼馴染にすぎない依恋に見とれてどうする。パンパンと両の頬を叩いて気を引き締めた。
それからしばらく電車に揺られて、地元よりはるかに賑やかな繁華街に到着する。夏休みに入ったからか、若者を中心としていっそうの人出に感じられた。
ふと、妙な感覚に気付いた。体全体に縫いつくような気配。
言うまでもない。依恋に視線が集まっているのだ。類い希な美少女の依恋に。これだけの数の人がいてもなお、真に注目に値するのは彼女だけというように。
「みんな見てるぞ。たいしたもんだな、本当に」
「どれだけ努力してると思ってるの」
依恋は平然と言ってのけた。
人波に交じって大通りを進んでいくと、「あそこ」と依恋が指さす。目当ての水着専門店が見えてきた。ガラスドアをくぐると、よく効いた冷房が瞬時に浮き出た汗を冷やしていく。
店内をざっと眺める。そして気づいた。男物は見事に皆無で、女性用だけの品揃えらしい。来是はムラムラするより先に気圧された。
「男が来る店じゃないだろ、ここ」
「そんなことないわよ。ほら」
依恋が顎で指した先に、確かに男性がいた。隣の女性と楽しげに話している。
「どう見ても恋人同士じゃないか。俺らは違うんだから」
「細かいことは気にしないの」
依恋はさっそく移動する。来是は黙ってついていくのみ。
ワンピースタイプのコーナーを素通りして、ビキニのコーナーに到着。最初からビキニを買うと決めていたようだ。女性店員が営業スマイルで近づいてきた。
「いらっしゃいませ。お目当ての色や柄などはございますか?」
「細かいデザインは決めてないの。あたしって何が似合うかしら?」
じっと見つめてくる依恋。自分への問いかけだと気付くのに数秒かかった。
依恋に似合う水着――強気な彼女にはアダルトな黒や情熱の赤がいいだろうか。それとも夏らしい爽快なブルー。女の子らしいピンクや花柄もいいかもしれない。
――来是は途中で考えるのをやめた。この碧山依恋という少女には昔から、似合わないものなどないのだ。どんな衣装でも自分らしく着こなして、一切の違和感を感じさせないのだから。というかそこまで真剣に考えることではない。
「どれでもいいと思うぞ。自分で選んでくれ」
「ふふん、何でも似合うってわけね」
「……お前、自分でもそう思ってただろ。だったら聞くなよ」
あとは店員と相談しながら選ぶことに決めたようだ。男が聞いていいのかわからない会話がひっきりなしに飛んでくる。
「やっぱり胸のセクシーさを重視したやつがいいかな」
「でしたら三角ビキニよりホルターネックでしょうか。あ、胸のサイズはちゃんと測ったほうがいいですね」
「それには及ばないわ。しょっちゅう自分で測ってるもの。88センチのFカップよ」
「まあ! それはすごい」
依恋はチラチラ来是を見ている。ひょっとしてわざと聞かせているのか。女性水着専門店でおっぱいの話。この上ないシチュエーションなのに、どうにも落ち着かなかった。
三十分ほどそうしていただろうか。お気に入りの一着を選べたようで、依恋は会計を済ませた。
店を出ると、夏と人波の熱気がむわっと押し寄せる。用事はこれで済んだわけだが――依恋はまだ街を歩きたそうだ。これで帰ってしまうのも味気ないし、もう少し付き合うくらいなら異存はなかった。
「来是はどうするの、水着」
「水泳の授業で使うやつで充分だよ。金子さんもそう言ってたな。そんなもん買う金があったらBLに投資しますとかなんとか」
「あの子に普通の女の子らしさを身につけさせようとするのは、無駄ね」
「同感だ」
「それより、何か冷たいものが欲しいわ。どこか入りましょ」
「ああ、あまり高くないところにしよう」
ふたりは一番近くにあったファーストフード店に腰を落ち着けた。来是はシェイクを、依恋はコーラを注文した。
向かい合って座ると、依恋の胸の谷間がくっきりと見える。来是の視線を敏感に察知して、依恋は小悪魔的な笑みを浮かべた。
「また見とれてるー」
「……! お前がそんな恰好するからだろ」
「あたしはおとなしい服装でもあんたを見とれさす自信があるわよ」
おかしい。なんでいちいちドギマギしなきゃならないのだろう?
色っぽい服装だからではない。こんなことは中学時代からいくらでもあったのだ。依恋が挑発的な態度を取っても、今までは軽く受け流せていたはず。
しかしかつての依恋とは何かが違う。その何かがわからないからもどかしいのだが――。いくら考えても頭が熱くなるだけなので、来是はシェイクを勢いよく飲み干した。
「ねえ、合宿ってどんなかしらね」
「ん……そりゃ、将棋三昧なんだろ。朝から晩まで」
「どっちが勝ち越すか勝負しましょ。負けたほうが罰ゲームってのはどう?」
「む、いいだろう! 恥ずかしい罰ゲームを考えといてやる」
憎らしいくらいに不敵だ。すっかり調子を取り戻しているらしい。でも依恋はこうでなくちゃなと思う。
「それより海も楽しみだな。むふふ、先輩の水着どんなだろうなあ」
「肌を晒すのは恥ずかしいからって、水着にすらならないんじゃない?」
「……マジであり得そうだ」
奥ゆかしい紗津姫のことだ。恋人以外には水着姿は見せないと考えていても不思議ではなかった。
「いいじゃない。その分あたしのビキニ姿を堪能させてあげる。きっと紗津姫さんが目に入らなくなるくらい魅力的なんだから」
「自信たっぷりだな……。そこまで言うなら、期待しといてやるよ」
「うん、期待してて」
可愛らしく返されて、また来是はドギマギした。