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俺の棒銀と女王の穴熊【3】 Vol.7
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俺の棒銀と女王の穴熊【3】 Vol.7

2013-09-11 18:00
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         ☆

     体が小刻みに揺らされていることに気がつき、来是はうっすらとまぶたを開く。
    「到着したって。ほら起きなさいよ」
     肩を掴んで揺らしているのは、一足先に起きていた依恋だった。来是は目頭を押さえ、先輩に起こしてもらいたかったのにと思いつつ、座ったままうーんと伸びをした。
     他のメンバーはすでに下車の準備を始めている。紗津姫がまだ寝ぼけ眼の来是に微笑みかけた。
    「ふたりとも、仲良さそうに眠ってましたよ」
    「はい?」
    「まるで恋人みたいでした」
    「いやいや、冗談はよしてくださいよ」
    「本当ですって。春張くん、最初は普通に寝てましたけど、だんだん碧山さんに寄りかかって」
     そう追い打ちをかける金子は無性に嬉しそうだった。何とも気まずくなってしまったが、依恋は平然とした顔をしている。
    「早く降りましょ。なんか興奮してきたわ」
     我先にと電車を降りていった。あんなことを言われて迷惑ではないのだろうか。来是は不思議な気持ちを抱えながらあとに続いていった。
     駅舎を抜けると、地元よりも鮮やかな青に見える空が広がった。
     依恋の言うとおりだ。日本有数の観光地、温泉街で知られるこの地は、合宿の気分をいっそう高めてくれる。もうちょっと海岸に近づけば、潮の香りも濃くなってくるだろう。
     またしても来是の脳裏には、海、水着といったキーワードが浮かんでくる。はたして女王はこの合宿中、海水浴をするつもりはあるのだろうか。
     先輩、水着は持ってきたんですか? こう聞けばいいだけなのだが、スケベ心丸出しのようで切り出すことはできなかった。まあそのうちにわかるだろうと、今は海も水着も頭の中から追いやった。
    「荷物を置いたら、さっそく将棋を始めますよ。昼食までノンストップです」
    「お、おお。どんとこいです!」
     お世話になる民宿は、駅からほんの数百メートル歩いた先にあった。経営者の趣味なのか、ちょっとした広さの庭には多種多様な盆栽が並べられている。
     そして見るからに年季の入っている木造の宿の外観があらわになる。古臭いというのは簡単だが、それが日本人好みの味を醸し出していると思った。日本人好みの味とは具体的になんなのか自分でもよくわかっていないが、とにかくそういう気がするのである。
     玄関口まで来ると、いかにも人のよさそうな柔和な顔の女将さんが出迎えてくれた。
    「彩文学園将棋部様ですね。ようこそ」
    「今年もお世話になります」
     ここは顧問の斉藤先生が率先して挨拶し、部員たちの先頭に立って進んでいく。
     板張りの廊下を歩くと、ああ民宿だなあという気持ちがより強くなる。今までも依恋の家でミニ合宿をしたことがあったが、あれは客間だけが畳の和室だったのだ。
     このようなオール和風の環境でみっちり将棋ができるとは、感謝の念に堪えない。これで上達しなかったらどうしようもないぞと、来是は内なる闘志を高めていった。
    「あ、やっと来たわね。新幹線は使わなかったの?」
     ふいに、第三者の声が響いた。
     ふわっと音がするような自然体で、その少女は一行の前に現れた――。
    「あ、あんた!」
     依恋が真っ先に非難めいた声を上げた。来是は声こそ上げなかったが、心底驚愕した。関根と金子も同様らしい。
     ただひとり、紗津姫は普通のテンションで驚いていた。
    「摩子ちゃん、どうしてここに?」
     つい先月、アマ女王の座を懸けて紗津姫と熱戦を繰り広げた女流アマ名人――出水摩子。
     なぜまったく部外者の彼女がここに? いやそれより、かつての険悪なムードを思い出して来是は戦慄した。
    「ふふ、紗津姫ちゃんの将棋部がここで合宿するって、前に教えてくれたでしょ。じゃあ私もって思って、部屋を取ったの」
    「あら、それならそうと言ってくれればよかったのに」
    「だって、いきなり現れて驚かせたかったんだもの!」
     ニコニコ笑顔の出水。こうして見ると、紗津姫や依恋と遜色のない美少女だ。……この人は本当にあの出水なのか? 来是の頭はクエスチョンマークで占められた。
    「あんた、人が変わってない?」
     以前、大枚をはたいて購入した天野宗歩の本をバカにされた依恋は、この機会に何かしら文句を言いたかったに違いない。しかしすっかり毒気が抜けてしまったらしかった。
     アマ女王決定戦を通じて、紗津姫は出水と友情を結んだということは聞いていた。ちょくちょく一緒に遊ぶようにもなったと。
     よき友達として、ふたりの仲は再出発できたのだ。その程度の認識だったのだが、出水のキャラクターをこうも変えてしまったとは! さすが先輩の包容力は半端ないなと来是は感心しきりで――。
    「私は何も変わっちゃいないわ。弱っちいやつに興味はないの。私が興味あるのは紗津姫ちゃんだけよ」
     いつか見た恐ろしく冷たい目が、紗津姫以外の全員を射貫いた。
     来是は即座に先の考えを打ち消した。そして理解した。
     あろうことかこの少女は、紗津姫に友情以上の感情を抱いている! さらに、紗津姫以外の人間はまったく眼中にないのだ。もしかしたら邪魔者とすら思っているかもしれない。
    「まあまあ、話はあとにして部屋に行こうぜ」
     意外にもマイペースな関根がその場を収めた。彼もまた幼女以外に興味のない男。氷の美少女にすごまれたからといって、何ひとつ動じはしないのだった。
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