【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊
俺の棒銀と女王の穴熊【3】 Vol.11
☆
みっちり濃厚な午前の練習を終えて、部員たちと斉藤先生は宿の外へ出た。出水も一緒に。
この合宿は費用を浮かすために、昼食と夕食に関しては宿からの提供は受けない。食事時になれば外に食べに行くか、コンビニ弁当などを買いに行くことになっている。今回は外食だ。なんといっても観光地、その手の店には事欠かない。
入ったのは小綺麗な内装の大衆食堂だった。調理済みの料理がケースにずらっと並んでいる。
「ここはセルフサービスだから、美味しいわりに価格が抑えられているんだ」
斉藤先生が説明する。彩文将棋部は長年、ここを利用しているとのことだった。顧問としては、とにかく安ければありがたいのだろう。
メニューを選ぶと、一行はふたつの四人掛けテーブルに分かれた。来是は紗津姫の豊満すぎる巨乳を真正面から見られる向かい側に座り、依恋は当然のように来是の隣に座り、出水もまた当然のように紗津姫の隣に座った。
「紗津姫ちゃん、食べ終わったらいろいろ回らない? 美味しいお菓子とかいっぱいありそうだし」
「そうですね、ちょっとくらいなら」
「……ねえあんた、遊んでる暇あるの? プロになるための大事な時期なんでしょ」
依恋が水を飲みながら、とげとげしく口にする。出水はそれを軽やかに受け流す。
「研修会のこと? 紗津姫ちゃんに比べたら、物足りない相手ばかりよ。この夏休みの間には余裕でクリアできるわ。ま、入会後に四十八局こなさないと女流プロになれない決まりがあるから、デビューできるのはもう少し先になるけれど」
「摩子ちゃんのデビュー戦、楽しみです。きっと話題になりますよ」
「私こそ楽しみよ。招待選手になった紗津姫ちゃんとプロの舞台で戦うのが」
抜群の成績を残しているアマチュアは、プロ棋戦にお呼びがかかることがある。現アマ女王の……もしかしたら秋には女流アマ名人の座も射止めるかもしれない紗津姫は、文句なしに招待選手の資格がある。
プロにはならないという紗津姫の考えを、来是はもう素直に受け止めている。だが、アマチュアのままでプロと互角に渡り合うというのも、プロになることと同じくらい夢があるのではないか。
「理論上は先輩がタイトルホルダーになるってことも、ありうるんですよね?」
「理論上は、ですけどね。今までの例を見ても、アマチュアは予選突破が精いっぱいです。私も以前、プロの人に勝ちはしましたが、本戦出場まではいきませんでしたから」
「じゃあ次は本戦出場……いや、いっそ優勝を狙うつもりでやればいいじゃないですか。目指すは最強のアマチュアですよ!」
「そうはさせないわ。紗津姫ちゃんを倒すのはこの私よ!」
来是は安心して食事を進めた。最初はこの突然の乱入者にどうしたものかと思っていたが、紗津姫が間に入れば普通に会話できるし、どうやらたいしたトラブルもなくやっていけそうだった。
「あ、そうそう。言い忘れていたんだけど、私の学校の将棋部も、関東高校将棋リーグ戦に出るのよ」
「へえ。確か出水さんは白崎高校だったよな」
関根が言った。いつぞやの将棋フォーラムで彼女の高校が映っていたのを覚えていたらしい。
「あなたたちと同じC級で出るんだけど、大会までの期間限定で臨時コーチをやってるのよ。だから一応、ライバル校同士になるのかしら」
「ほえ? なんでまた臨時コーチなんか。C級ってことは、あんまり強くないわけですよね。出水さんが興味のある対象じゃないんじゃ」
金子がもっともな疑問を発すると、出水は紗津姫に微笑みかける。
「紗津姫ちゃんを間近で見るために決まってるじゃない。コーチって名目なら会場に入れるでしょ」
そこまでして先輩を追いかけたいんかい、とは言えなかった。自分が出水と同じ立場だったら、そうしているかもしれない。
「白崎高校は、大将の人がかなり強かったですね。私も苦戦させられました」
「え、先輩が苦戦?」
「そうね。榊っていう男だけど、そいつだけは多少見どころがあるわ。五段って言ってたかしら」
「うちと同じだな。強いのはひとりだけで、団体戦じゃたいして結果を残せない」
関根は自分のことのようにしみじみ頷いている。
するとその榊という人も、将棋の素晴らしさをもっと伝えたい……そう思って将棋部の活動をしているのかもしれない。この出水とは違う。周りが弱っちくても、むしろ上達させることに喜びを見いだすタイプ。まだ会ってもいないが、爽やかな男子像が思い浮かばれた。
「ていうか、そんな立場のくせして、ライバル校の合宿に参加するってどうなのよ? 問題ありまくりじゃないの」
依恋が唇をとがらせた。しかし出水は平然とおかずを口に放り込み、ゆっくり噛んで飲み込み、お茶を一服するという余裕ぶりを見せつけてから答えた。
「別にスパイしに来たわけじゃないわよ。私は純粋に、紗津姫ちゃんと一緒にいたくてここに来てるの。他の目的なんかないわ」
「うん、その点は信頼してよさそうだぞ、依恋」
依恋はそれもそうか、とあっさり引き下がった。出水の頭の中は半分が将棋、あとの半分は紗津姫のことで占められていると、この数時間ではっきりわかったのだ。
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