【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊
俺の棒銀と女王の穴熊【3】 Vol.12
昼食を終えて食堂を出る。
その途端、出水は紗津姫の手を引っ張って、彼女にしか向けない笑顔を作った。
「紗津姫ちゃん、あっち行ってみようよ。楽しい店がいっぱいありそう!」
「じゃあ三十分くらい。みんなはどうしますか? 先に戻っててもいいですけど」
「いや、俺もお供します!」
将棋も大事だが、紗津姫と交流するのもこの合宿の大事な目的。この機会を逃すわけにはいかない。
「あたしも行くわ!」
依恋もすかさず宣言する。
「俺は先に戻ってるわ。ちょいと昼寝したいし」
「私もお先に。どーぞごゆっくり!」
「私は他の場所を巡っているよ」
関根、金子、そして斉藤先生は速やかにその場を離れていった。
できることなら紗津姫とふたりきりがよかったが、贅沢は言うまい。来是は補給したばかりのエネルギーを早くも発散しそうな勢いで先頭に立つ。
「三時のおやつによさそうなの、いろいろありそうだよな。そういうとこから見てみましょう!」
「なんであなたが仕切ってるのよ」
出水が文句を垂れているが、部外者の彼女に主導権を握られるのも面白くない。ここは自分がよさそうな店を見つけて、紗津姫を喜ばせたいと思った。
「回れるのはせいぜい二箇所ですね。じゃあ、行き先は春張くんと摩子ちゃんがひとつずつ決めてください」
「了解っす!」
あまり悩んでいる暇はない。とりあえずはお菓子と決めた来是は、賑やかな往来を歩きながら視線を右へ左へ移していく。
「どうせならこの地方ならではっていうのがいいわよね」
依恋が隣に並んでくる。なぜか必要以上に体を寄せている。かと思いきや、いきなり腕を絡めてきた。
「な、なんだ?」
「デートよデート。こんな超絶美少女と一緒に歩けるんだから、感謝しなさい」
「おま、何言ってんだよ」
助けを求めたわけではないが、振り返って紗津姫を見た。仲がよくていいですね、というような優しい表情だった。
もにゅんとふくよかな胸が当たっている。わざとか。わざとなのか。相変わらず俺をからかうのが好きなやつだ。しかし来是は文句を言わない。……単に気持ちいいからではない。なんだかんだで、こうしたスキンシップを許してもいい、唯一の相手が依恋なのだ。
いずれは先輩とこういうことができるようになれば……と妄想している最中に、グイッと引っ張られる。
「温泉街といえばあれでしょ!」
依恋の指さす先に「温泉まんじゅう」と暖簾がかけられた店があった。腕を組んだまま、来是は半ば強引に連れ込まれた。
壮年の店主が柔らかな笑顔で客を迎える。全国なんとか博覧会とかで金賞を受賞したとか、たいそうな実績を誇る老舗らしい。
「温泉まんじゅうって、温泉地で売られているからそんな名前なのよね? 別に温泉の成分が入ってるとかじゃなくて」
「ま、そうなんだろ」
依恋はやっと腕を解いて、試食用ケースに入ったものを手に取る。
「ほら、あーんしなさい」
は? と口にしたその隙にまんじゅうのかけらを押し込まれる。滑らかな指先が少し、唇に触れた。
「美味しい?」
「……そりゃ美味いけど、いきなりなんだよ」
「よし、これ買っちゃお。今日のおやつと、パパとママへのお土産!」
依恋は十個入りの温泉まんじゅうをふたつ取る。他にも買うつもりなのか、店内をちょこまか歩き回る。出水がふーんと小さくつぶやく。
「あなたたちって恋人同士なの?」
「違いますよ! ったく、こういう誤解されるんだから……」
「いいんじゃないの。ヘボ将棋同士、お似合いよ」
実にどうでもよさそうなコメントだった。
「春張くんも依恋ちゃんも、今に有段者になりますよ。きっとこの合宿で大きく伸びてくれるはずです」
「それより紗津姫ちゃん、どれ買う? 私はこれ!」
「ええと、私は……」
女子三人が楽しく買い物をする中、来是はひとり途方に暮れた。
紗津姫一筋の彼にとって、依恋とお似合いと言われるのは困る。ただの幼馴染なのだから。
しかし、ふと考える。
もし紗津姫に出会っていなかったら?
ひょっとしたら依恋とくっつくなんて未来も、あったのだろうか。幼馴染からなんとなくカップルにクラスチェンジ。
……そうなっていたとしても、別に嫌ではなかったと思う。依恋は強気すぎるところはあるが、可愛いし、頭がいいし、スタイルもいいし。
「来是は何も買わないの?」
「い、いや、俺は依恋のを食わせてもらうから」
「うん、あたしが食べさせてあげる」
あと、意外に面倒見もいい。見知らぬ誰よりも、安心して付き合えそうな相手だ。
……来是はかぶりを振った。俺は先輩一筋なのだ。どうして今さら依恋のことが気になるような心情になっているんだ。
温泉まんじゅう屋を出ると、今度は出水が先頭に立つ。そう歩かないうちに、いかにも昭和チックな駄菓子屋があった。
「紗津姫ちゃん、こういうの好きでしょ?」
「ええ! 駄菓子って最高です!」
古きよき日本の風景に、紗津姫は喜色満面だ。かりんとうに金平糖、ソースせんべい、水飴などなど。近頃は懐古ブームとやらで、こういう店がひそかに人気だとは聞いていた。来是もわけもなくほっこりしてきた。
「うわ、いろいろ買いたくなっちゃう!」
「じゃあ俺はまんじゅうをもらうし、好きなの買ってやるよ」
「いいの? じゃあこれとこれと……」
依恋の楽しそうな顔を見ていると、勝手に心臓が跳ね上がる。頬の温度も上がってきた。しっかりしろ俺、と来是は心の中で自分を叱咤した。
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