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「先輩! 探しましたよ」
「春張くん?」
 振り向いた瞬間、紗津姫は明らかに――ホッとした表情を浮かべていた。
 自分の登場に安心してくれている! 来是はますます男気を漲らせた。たとえ年上の男グループ相手でも、物怖じしてなるものか。
「そろそろメシにしましょうよ。部長も金子さんも待ってますから」
「ええ、そうですね。――そういうわけですので、失礼します」
「ちょっと待った」
 四人の中でも一番筋肉質の男が、半ば脅すような声で呼び止める。
「俺、マジで君に惚れちゃったんだけど。だから付き合ってくれよ。いや本当に! これまでに会った中で一番美人だわ! もうビビビッてきたわ!」
「めちゃくちゃ古くね? それ!」
 どっと笑う仲間たち。
 こんな軽薄な態度で惚れたと言われても、いい迷惑だろう。しかし紗津姫はあくまで丁寧な態度を崩さない。
「すいませんが、遠慮させてください」
「ふーん? まあいいや。俺たちも君らと一緒に食べるから」
 何ということだろう、強引につきまとう気だ。さすがの紗津姫も本格的に困っている。
 去年もこうしてさんざんに邪魔され、海水浴気分ではなくなったのだろう。想像していた以上に、難儀なことになってきた。
「いいかげんにしなさいよ! フラれたんだからすっぱり諦めたらどうなの?」
「あんたたち程度の男が、紗津姫ちゃんにふさわしいと思っているの? とんだお笑いだわ」
 依恋と出水が敵意剥き出しで反抗する。しかし男たちはヘラヘラと笑って受け流すだけだ。
「いいじゃんよー。君ら高校生だろ? 年上の男と付き合うってのも、いい経験だぜ?」
「しっかしこの胸、ホントに高校生かよ? そっちの子もFカップくらいあるだろ」
 紗津姫のみならず依恋まで欲情丸出しの目で見られる。
 何を言ったところで暖簾に腕押しだ。このままではらちが明かない。
 来是は意を決した。
 関根に話を聞いてから、万が一に備えて――ナンパ撃退法を考えていたのだ。使いたくはなかったが、今こそ発動させるときだ。
「えーと、悪いんですけどね、先輩を付き合わせるわけにはいきません!」
 ずいっと前に出る来是。途端、男たちは歯を剥き出しにして威嚇する。
「あーん? ただの後輩クンはすっこんでな!」
「ふふ……あいにくただの後輩じゃあないんですよ」
 は? と目を細める男たち。
 ここから先はどう転ぶかわからない。だが、これが最善手と信じる――!
「俺と先輩は将来を誓い合った仲なんだ! 誰にも渡すわけにはいかない!」
 その華奢な肩を抱き寄せて、俺のものだと全方位にアピール。
 肌と肌が限りなく密着する。紗津姫にとってはきっと奇手だったろう。本当に意外そうな目で見つめてきた。
「おいおい少年ー、その場しのぎのでまかせ言っちゃあいけねえぜ?」
「いーや、マジだ! なあ依恋、俺と先輩、学校でも評判のアツアツカップルだよな?」
 聡明な依恋なら、きっと笑顔で話を合わせてくれるはず。力強くアイコンタクトを送った。
 どさくさにまぎれてスケベなことして! と怒声を浴びせたそうなこわばった表情をしていたが、幼馴染は懸命に作り笑いをしてくれた。
「そ、そうよ。うらやましいくらい仲のいいカップル……だわ。ねえ?」
「……ま、あたしは認めちゃいないけど、紗津姫ちゃんが惚れちゃったんだからしょうがないわ」
 出水も空気を読んで同調する。力で無理に状況を打開するよりは、このほうがよほどいいと思ってくれたのだ。
「というわけで、あんたたちが入り込む余地などない!」
 彼氏持ちとわかれば、渋々ながらも退いてくれるはず。時と場合によって、うそも必要なのだ。虚勢でも何でも張って、この場を切り抜けなければならない。
 ところが男たちは、なおも疑いの眼差しを向けてくる。
「信じられねえなあ。こんなフツーそうな男のどこがいいんだ?」
「そうだそうだ。やっぱりでまかせに違いないぜ」
「おお、本当にカップルだって言うんなら、証拠を見せてくれ」
「いいねえそれ! んじゃあ、キスしてみろよ。頬じゃなくて唇に!」
 連中は小学生みたいに、キース! キース! と囃し立てた。
 ……来是は真夏にもかかわらず背中に冷や汗を垂らした。
 いくらなんでもそこまではできない。できるわけがない。
 しかしこのような展開も読んでいるべきではなかったのか。この作戦は結局、悪手だったのではないか……?
「あら、簡単なことじゃないですか。春張くん、証明してあげましょう」
「え?」
「ただし、キスよりもすごい方法で」
 その声音には、かつて感じたことのない色気が宿っていた。
 紗津姫は後輩の頭を腕に抱き込んだ。
 そして、自らの豊満で甘美なバストに沈み込ませる。信じられないほどの柔らかさが、薄い水着越しに伝わってきた。
「さ、紗津姫さん?」
 依恋の金切り声は、来是には聞こえなかった。耳まで覆い隠すほどに彼の頭は紗津姫の巨乳に包まれていたし、顔の皮膚感覚以外はどこかに消えていた。
「私たち、普段はもっともっとすごいこと、しちゃってますから。もう彼以外じゃ満足できません。――あなたたちじゃ絶対敵わないくらい、たくましいんですよ」
 来是はゆるやかに解放される。息の吸い方を忘れるほど心臓が暴走して、血圧が天井知らずに上がっていた。
「マ、マジかよ! 清楚かと思ったらとんだビッチじゃねえか!」
「ちっ……。じゃあ、こっちでいいや。君はフリーなんだろ?」
 男たちは依恋に近づく。そのうちひとりが、無遠慮に手を伸ばした。
 とうとう依恋はキレた。
「いーかげんにしろー!」
 叫ぶと同時、依恋より二回りは大きな男が、くるんとひっくり返り、砂浜に叩きつけられた。ぐえっとカエルみたいな声が上がった。
「依恋? お前――」
「合気道を習っていたのは、あたしも同じよ!」
 再び人体が倒れる音がした。よくわからない動きで出水がもうひとりを組み伏せたのだ。
「へえ、なかなかいい動きじゃない。一度手合わせ願いたいわね」
「て、てめえら、調子に乗りやがって!」
 残りのふたりがいきりたつが、遮るように甲高いホイッスルが鳴り響いた。
「こらこら、迷惑行為は禁止だぞ!」
 連中よりもさらに立派な体格の男が走り寄ってきた。身につけている帽子とシャツのデザインから察するに、この海水浴場のパトロール員らしい。その後ろで金子がピースサインしていた。彼女が呼んでくれたのだ。
「ちょ、ちょっと待てよ、先に手を出したのはこいつら……」
「出入り禁止になりたいのか?」
 ストレートな通告。きっと金子は「友達が無理矢理ナンパされている」とでも説明したに違いない。
 男たちはとうとう諦めた。慌てながらこの場から去っていく。
「いやー、危なかったですね!」
「ありがとう金子さん。おかげで助かりました。まさかあんなにもしつこいとは……」
「はは……よかった」
 安心すると同時に、ひどい疲れが襲ってきた。
 好きな女性を守るというのは、こんなにも大変なことなのだ……。