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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.8
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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.8

2014-01-01 18:00
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    「ねえ! それって、あたしの写真も載っけてくれる?」
     じっと黙って聞いていた依恋が身を乗り出した。キスできそうなほど顔が近い。
    「そ、そりゃあ、部員全員で共有するブログだからな」
    「やったあ! 満を持してネットデビューよ!」
    「満を持してって、碧山さん、前々から計画してたんですか?」
    「ええ、でも方向性とかに悩んでたのよね。こういうのって、コンセプトが大事じゃない。だからまずは、この小さな将棋部のブログから『盤上のプリンセス』としてデビューするのがよさそうだわ」
     それは以前、戯れにつけてやった二つ名だった。来是はすっかり忘れていたのだが、依恋は覚えていたらしい。
    「まさかお前も将棋アイドルを目指すとかいうんじゃないだろうな」
    「紗津姫さんがなれるんだったら、あたしだってなれるはずじゃない?」
    「伊達名人はルックスだけじゃなくて、プロ並の強さも求めてるんだぜ。依恋にゃ無理だろ」
    「む~! いいからあたしもブログに出るの! 来是、あたしの可愛い姿をじゃんじゃん撮影しなさいよ」
    「へいへい」
     とりあえず好きにさせるか、と思った。
     かくして来是は練習の傍ら、部室の風景を携帯のカメラで撮影していく。シャッター音が幾度となく響いた。
    「カメラ目線お願いしまーす」
    「こうですか?」
     紗津姫はリクエストされれば、そのたびに笑顔で応えてくれる。
     ブログにアップするための写真だが、必然的に管理者たる自分のコレクションにもなるわけで、来是は終始ニヤニヤしていた。
    「セクシーなポーズの写真もいるんじゃない? ちょっと制服をはだけてさ」
    「そーいう不自然なのはなしだ!」
    「ていうか、ネットに自分のセクシー写真を載せても平気っていう感覚がすごいですよ」
    「そういや金子さんはいいのか、写真」
    「世間様に顔をさらすなんて、とてもとても。春張くんだってそうでしょう?」
    「まあな……」
     部員全員で共有するブログといいながら、実質は紗津姫と依恋の写真だけで占められそうである。もっとも、本来の目的からすれば自分も金子も邪魔なだけだ。
     ネットユーザーたちには、何よりも神薙紗津姫の日常の姿を見てもらう。こう言うと怒るだろうが、依恋には紗津姫の引き立て役になってもらえばいい。
     目論見どおり、紗津姫がミスコンへの意欲を抱いてくれるかはわからない。だが、やると決めたからには全力を尽くす。すべては、彼女に告白する最高の舞台を整えるために……。
    「写真だけでなく、局面図も載せたいですよね。次の一手問題にすれば面白そうです」
    「なるほどー。それじゃあ俺と依恋が勝負して、そこから採用してみましょう」
    「いいわよ。また負かしてあげるわ」
     振り駒により先手が依恋となった。紗津姫が記録係として隣に座る。
     対局がスタートすると、すぐに来是は首をかしげた。ずんずんと飛車先の歩を伸ばしてきたのだ。
    「おいおい、振り飛車じゃないのか」
    「居飛車も覚えてみたくなったのよ」
    「新しいことに挑戦するその姿勢、素敵ですよ依恋ちゃん」
     依恋が振り飛車党になったのは、来是と同じではシャクだからという理由だったはずだ。……告白したのを契機に、好きな男と同じことをしたくなった、ということなのだろうか。
     だが来是はもう惑わない。静かな心でじっと盤面を見つめた。
     角交換のあと、先手は棒銀、後手は腰掛け銀という戦型になった。さんざん来是の棒銀を受けてきた依恋は、初めてとは思えないほどスムーズな指しこなしを見せる。見事に銀をさばき、龍を作ることに成功した。
    「ふふん。さあ、どうするの来是」
    「なんの、まだまだ」
     守勢だった来是が反撃ののろしを上げた。依恋の玉が収まっている8筋方面をガンガン攻めていく。依恋はその攻めが届く前に次の手を作ろうとするが、自分のほうが早い。来是は努めて冷静に計算していた。
     そして――まさに次の一手問題にふさわしい妙手を繰り出す。

    【図は△6六桂まで】
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     持ち駒の桂を、空いたスペースの6六に放り込んだ。
    「――っ!」
     依恋の頬が瞬時に硬直した。
     一見タダ捨てだが、▲同歩は△7八角成と豪快に切られ、頭金で詰む。したがって▲同銀が最善だが、手順に歩を進軍させ、後手の攻めを途切れさすには至らない。対して来是陣は固く、どうあがいても敗勢である。
    「ここまでね」
    「お、潔いな。ありがとうございました」
    「途中まで依恋ちゃんの攻めがよかったんですが、いくつか緩手がありましたね」
     記録を終えた紗津姫は、初手からの流れを穏やかな表情で確認している。
    「でも慣れていけば、もっといい居飛車を指せますよ。頑張ってくださいね」
    「うん、頑張る!」
    「あのー、最後の桂打ちは……」
     褒めてください! と上目遣いで窺うが、紗津姫は笑顔で厳しいことを言う。
    「あれくらいの手は見つけて当然、そういうレベルにならないと」
    「で、ですよね」
     しかしそれは、期待の裏返し。そう思うことで来是はいっそうテンションを高めた。
    「ところで来是は振り飛車、やらないの? 面白いわよ」
    「俺はどっしり構えて一直線に攻めるのが好きなんだよ」
    「ふうん? どっしりですかあ」
     意地悪そうな金子の笑み。本人は全然どっしりしてないですよねー、とか言いたいに違いなかった。
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