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☗2
「というわけで、先輩がミスコンに出る気になるような、いい案はないか」
「難題だな、そりゃ」
昼休み。来是は食堂に浦辺を誘い、相談を持ちかけた。
昨日、さんざん考えたのだがアイディアは出てこなかった。ここはクラスメートに頼るのが最善と判断したのだ。
「新聞部としても、ミスコンは大々的に取り上げたいんだよな。だから神薙先輩にはぜひ出てほしい。……でも、わざわざ働きかけなくても出てくれるんじゃないのか?」
「かもしれないけど、周りが薦めるから渋々出るんじゃなくて、本心から出たいって気になってくれたほうが、見ているこっちとしてもいいじゃないか」
「確かにそうだな」
おにぎりを食べながら、うーんと唸っていた浦辺だったが、やがて素朴な疑問を投げかける。
「そもそも神薙先輩は、自分には魅力があると思っているのか?」
「……む」
紗津姫の魅力。来是はそれを将棋のマス目以上に並べられる。
だが、彼女自身が自分のことをどう捉えているのか、考えたことはなかった。
少なくとも将棋アイドルのスカウトについて「本当に私にそんな大それたことができるのか」と発言している。
そこが依恋との違いだ。誰もが認める魅力的な美少女なのに、自分から積極的にアピールすることはない。そこが奥ゆかしくて、またいいのだが……というより、依恋が自信満々すぎるのかもしれないが。
「さすがにまったく魅力ゼロなんて思ってはいないだろうけど、自分がクイーンになって当然の人間だとも、思ってないだろうな」
「そうだな。だからクイーンになって当然、とまではいかなくても、自分には女としての魅力があると自覚してもらう。それがプロデュースの第一歩になるわけだ」
「プロデュース?」
突拍子もない単語に眉をひそめると、浦辺はにやりと笑った。
「素質は抜群だけど消極的な女の子に、ミスコンの優勝を目指してもらう。まるでアイドルのプロデュースじゃないか。そう、春張がプロデューサー! 春張Pだ!」
アイドルのプロデュース。
そう聞いて、来是の中に猛烈な反発心が生まれた。
誰に? もちろん紗津姫のプロデューサーにならんとする伊達名人である。
将棋の腕は言うに及ばず、ルックス、人間としての成熟性……彼と来是との差は、まさに月とスッポンだ。
だが、負けないことがあるとすれば。
紗津姫への想い。そして彼女と過ごした時間の長さ。
そんな俺にしかできないことがあるのではないか。
――来是の頭蓋の内側に、心地よい刺激が走る。閃きの刺激が。
「ありがとう、浦辺。俺のやるべきことが見つかった!」
「ほう、それって新聞部的にも美味しいネタになるか?」
「もちろんだ!」
それから数時間後、来是は部室のど真ん中に陣取り、ウキウキ顔で紗津姫の到着を待っていた。
「なに嬉しそうな顔してるの?」
「昨日は調子悪そうでしたけど、すっかり持ち直したようですねえ」
依恋と金子が駒を並べながら、不思議そうな顔で見てくる。
負け続けですっかり落ち込んでいた自分は、もうとっくにいない。来是の気力はすでに、関東高校将棋リーグ戦のときと遜色なかった。
「詳しくは先輩が来たら話す。ふふふ、一大プロジェクトがはじまるぞ」
数分後、紗津姫が姿を見せると来是は真っ先に言った。
「先輩、我が将棋部のブログを作りましょう!」
「ブログ……ですか?」
「そうっす! 俺たちの日々の練習風景を写真に撮ってアップするんです! こういうの、珍しくないでしょう?」
「ええ、強豪校だと大会の成績を広く公開したりもしていますね。でも、私はそういうのはさっぱりわかりません」
「先輩は何もしなくていいです! 写真に写ってくれるだけで。諸々の作業は全部俺がやりますから」
――紗津姫にミスコン出場を決意させるにはどうすればいいか。
答えはシンプルだ。自分の魅力を自覚し、多くの人に見てほしい、認められたいという気持ちを持ってもらう。
そのためには、インターネットが一番手っ取り早い。誰でも簡単に、自分の存在を全世界にアピールできるのだ。
全国に紗津姫のファンはたくさんいる。ブログを淡々と更新するだけで、やがて彼らが見つけてくれる。あちこちに宣伝してくれる。応援メッセージも書き込んでくれる。
それらのメッセージを見れば、紗津姫もきっと喜ぶ。自分には価値があると気づく。もっと自分を見てほしいと前向きになる。
そして友人に言われるがままではなく、己の意思でミスコンに出る。
果ては、自分の可能性を引き出した来是に感謝し、今までと変わらず恋人候補として見てくれる。無条件で伊達名人のほうを選んでしまうようなことはない……。
完璧だ。完璧な神薙プロデュースだ!
いずれ伊達名人のもと、将棋アイドルとして世界へ羽ばたくとしても――育ての親となるのは俺だ! 先輩を有名にするのは、この春張Pだ!
「ん――」
気合満面の来是をよそに、紗津姫はしばし考え込むような仕草を見せる。
関根の後を継いで部長となった彼女。将棋部を盛り上げるために何をなすべきか、日々考えているだろう。自分のアイディアはきっと採用されると来是は確信していた。
「わかりました。全部おまかせします」
「了解です!」