【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊
「じゃ、あたしがチェスやるから、金子さんは将棋ね」
「了解でーす」
将棋とチェスの変則二面指しがスタートした。紗津姫は両方ともほぼノータイムで指し進めていく。依恋と金子は勝とうとは思っていないようで、終始気楽な感じで着手していた。
背筋正しく将棋を指す紗津姫の姿にはいつも惚れ惚れしていたが、チェスの駒をつまむその所作も、さながら貴婦人のようだった。もしここが将棋部ではなくチェス部だったとしたら、やっぱり彼女に惹かれてチェスを始めていたに違いなかった。
「うわ、そこにナイト? 見落としてた」
「こっちは居玉のままフルボッコされてます……」
対局はほぼ同時に終わった。どちらも紗津姫の完勝だ。
「いい写真、撮れました?」
「それはもう。将棋だけじゃなくてチェスファンの心もわしづかみですよ!」
「ふーむ、神薙先輩はブログでも女王になるかもしれないわけか。おかげでいいネタを仕入れることができましたよ」
浦辺は機嫌よさそうに退出する。
ブログの女王。芸能界にいくらでもいそうだが、これもまた彼女の称号にふさわしそうだった。
「……あの、たまには春張くん以外がブログを書くというのも、いいのではないでしょうか?」
その言葉を聞いて、来是の頭にピコーンと軽快な効果音が舞い込む。
「書いてみたくなりましたか?」
「ええと、部長として少しは仕事をしないと」
「わかりました! 文章はメールで送ってくれればいいですし、今後は交代制でやりましょう!」
「では、今日は私ということで」
「なんか紗津姫さん、乗り気になってるじゃない」
「さては、注目を集めていることに快感を覚えましたか~?」
ニヤニヤする依恋と金子。紗津姫はわかりやすく頬を染めている。
テレビで評判、そんな声を彼女も以前から聞いていたはずだが、やはりインターネットはダイレクトに意見が届くという点で感動の度合いが違う。
上手くいきすぎているときほど注意せよ――そんな言葉が将棋にはあるが、これはもう、この勢いのまま突っ走っていいのではなかろうか。
あとは軽く指導対局をこなした。気分がいいと伸び伸び指せる。飛車落ちになって初めて紗津姫に勝つことができた。負かされた紗津姫のほうも満足そうだった。
部活が終わると、来是は急いで帰宅した。メールで紗津姫からの文章が届くと、すっかり慣れた手つきでブログの更新に入る――。
<部長の神薙です。今日から部員が交代交代で書いていくことになりました。
将棋部にはチェスセットもあるのですが、今日は将棋と同時に指してみました。
ルールが違うので、なかなか頭の切り替えが難しいですね。
みなさんはチェス、やったことはありますか? 将棋と同じくらい面白いですよ。>
二面指しの写真とともに、彼女らしい素朴な文章が掲載される。
華麗にチェックメイトを仕掛ける紗津姫の美貌は、まさに女王だった。
将棋ファンだけじゃなく、チェスファンの注目も集められる。これは決して夢ではなさそうだ。
そうだ、先輩は将棋界だけに留まる人ではない! 俺が先輩の可能性をもっともっと引き出してやる! 伊達名人にその仕事を奪われてなるものか! 来是は対抗意識を剥き出しにして、次の戦略を考えはじめる。
ブログの次は、やはり動画。すぐにその結論に思い至った。
動き、言葉を発する紗津姫。写真をはるかに上回るインパクトがありそうだ。
「……でも、さすがに動画は拒否されるかな」
とりあえずメールで打診してみる。
返事はわりとすぐに来た。
『かまいませんよ。みんなの棋譜を解説するとか、面白そうですね。』
そういう地味な動画を想定していたわけではないのだが、とにかくOKらしい。
先輩は確実に俺の望む方向に進んでいる――本当に上手くいきすぎているが、来是にスピードを緩める気はさらさらなかった。
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