【本格将棋ラノベ】俺の棒銀と女王の穴熊
☆
「あー、それではやりたいことある人、挙手をお願いしまっす」
その日、放課後のホームルームで学園祭の出し物を決めることになった。クラス委員長が黒板の前に立って、皆の意見を待っている。
「喫茶店でいいんじゃね? 市販の飲み物と菓子を出すだけで簡単だろ」
「それは個性がないわよねー。他のクラスがやりそう」
「縁日みたいに、いろんなゲームを用意するってのは?」
「それもありがちだなあ」
「じゃあお化け屋敷とか」
「高校生にもなってそれはねえ……」
「いっそのこと教室丸ごと休憩室にしよう!」
「許可されないっしょ、そんなの」
ああだこうだと、なかなか活発な議論が起こる。
来是は特に意見を出さず、決まったことに従うつもりだった。
そんなことより、と脳裏に浮かぶのは……紗津姫のクラスが何をするのかということ。決まっているなら、部活のときに聞いてみようか。それとも当日のお楽しみにしておこうか。
などと考えている最中、依恋が勢いよく声を発した。
「お茶ってのはどうかしら? どうせなら日本文化らしいことをしたいじゃない」
クラス一、いや学年一の美少女の意見は、自然と他よりも耳を傾けられる。ふむふむと頷く者も多かった。
「でも茶道部とかぶるんじゃないのか?」
疑問を呈したのは浦辺だった。日本文化の大切さを説く彩文学園、当然ながら茶道部はあり、かなり人気の部活だ。わざわざ個別のクラスで同じようなことをやる必要はないだろう。
しかし想定内の質問だったようで、依恋は意見を続ける。
「茶道部は部員がきっちりした作法でお茶を点てて、飲んでもらうわけでしょ。だったらうちは、お客さん自身にお茶を点ててもらうのよ。名付けて体験茶道! 作法とかはどうでもいいから、見よう見まねでやらせるだけでも、楽しんでもらえるんじゃない? あたしたちは監督をするだけで楽だし!」
おおー、と声が重なる。内容よりも楽ができるという点に関心が集まっていた。
もう発案者はいなかったので採決することになったが、依恋の体験茶道に票が集中し、すんなりと決定した。今日中にも実行委員会に届けが出され、認可されるだろう。
ホームルームが終わり、部室棟への道すがら、来是は言ってみた。
「意外だったな。お前にしては地味な提案で」
「だって、ミスコンに集中したいもの。省エネよ」
「そーいうことか……」
「それだけじゃないわよ。学園祭は来是といっぱい見て回りたいわ」
ごく自然な動作で腕を組み、実り豊かな胸を押しつけてきた。
「やめろっつーの。誤解される」
「されてもいいじゃない」
むぐぐ、と顔をしかめつつも、強引に振り払うことはしなかった。
そもそも、こうした誘惑にうろたえない精神の強さが必要なのだ。神薙紗津姫という唯一絶対の目標があれば、何があっても揺らぐことはないはずなのだ。来是は部室に到着するまで、依恋の好きにさせておいた。……相当の数の生徒たちに見られてしまったが、気にしない気にしないと心の中で念仏のように唱えていた。
部活はとうに始まっており、紗津姫が金子に指導していた。
「ふっふっふ! また新たな奇襲戦法を教えてもらいましたよ。横歩取り4五角です!」
「きっちりした受け方が確立されているので、プロはもちろんアマでも高段者相手には通用しないんですけれどね。でも知らない人が相手なら、スリルある戦いができますよ」
横歩取りとは、角道を開けるために突き出した歩を飛車の横利きで取ることからそう呼ばれる戦法である。その中でも後手番の戦型である横歩取り4五角は、序盤から激しい戦いになることが必至で、ハマれば短手数で快勝できるのが特徴だ。
【図は△4五角まで】
「横歩取りかあ。俺も覚えたほうがいいですかね。なんか難しそうで手を出してこなかったんですけど」
「確かに難しいですが、盤面を広く見る目を養うのには最適な戦法だと思いますよ」
「ふーん。じゃあ来是、あたしとやってみる?」
「そだな、よく知らないモン同士で」
戦型を指定しての練習は、今までにも何度となくあったが、お互いまったく初めての横歩取り。大駒が飛行機のように盤上に飛び交い、一瞬たりとも油断できない。まさにスリル満点だ。
しかし依恋相手だと、どこか心地よくもある。
あの日から途方もなく心を惑わせてきた依恋だが、やはり将棋の相手としては誰より安心できた。
要するに相性がいいのだ。普通、勝負事において相性がいいとは、勝ち星を稼げる相手という意味になる。だから妙な言い方になってしまうが、これ以外に適切な表現もなかった。
――もしかしたらこれが先輩の言う、勝負を超えた将棋の神髄なのだろうか?
唐突な思いつきが頭を支配する。しかし深く考えている暇はなかった。依恋は歩の小技で陣形を乱しにかかり、来是は応手を間違える。あっという間に受けなし、投了に追い込まれてしまった。
「気持ちいいわね、これ! 結構気に入ったかも」
天真爛漫な笑顔を見ていると、悔しいと思う気持ちなどまるで浮かんでこなかった。
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