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 明日に発売が迫った『王手桂香取り!』のレビュー第2回です。公式サイトの試し読みと一緒にご覧ください。ちなみに明日は朝日杯将棋オープン戦のセミファイナル&ファイナルで、こちらも目が離せません。
 ところでタイトルの読み方ですが「おうてけいきょうとり」ではなく「おうてけいかとり」です。

第一局 開戦は歩の突き捨てから

 本作は章タイトルに将棋の格言を用いているようで、こういう細かいところのこだわりにも好感が持てます。「開戦は歩の突き捨てから」は起承転結の起として、この上なくマッチしていますね。
 主人公の歩が将棋道場でボッコボコに負かされるというオープニングで、物語は幕を開けます。相手は小学三年生の相良純一。段位は三段、父親がプロ棋士、性格・ものすごく生意気。
「はい、王手ぇ。もうあんたに勝ち目はないよぉ。潔くここで投了しちゃえばぁ」

「まあだ粘るのかよ。棋譜が汚れるだけじゃん。プライドないのか? プロならとっくに投了してる内容だっつうの」

「粘ればいいってもんじゃないんだよねぇ。逆転の見込みがあるならどれだけ劣勢でも粘って当然だけど、この盤面のどこにも逆転の可能性は存在してないよ。もう勝負の綾はないの。綾って言葉わかる? そんな指し方してても、強くなれないんだよねぇ。わかんないかなぁ」
 さすがに現実には、ここまでの悪態をつく子供はいないです。少なくとも私は会ったことがありません。ですので将棋に興味を覚えて道場に行ってみたいと思った人は、こんな子供に出くわしはしないだろうかなんて心配をする必要はありません(笑)。
 ただ、まれにマナーの悪い子供がいることは確かなんですよね。対局時計のボタンを必要以上にうるさく押したり、ひどいのになると横から口出ししてきたり(つい最近、実際にやられたことです)。
 話が逸れました。この生意気な子供は、いかにも序盤のやられ役という感じで、むしろ憐憫を催してしまいます。とはいえ将棋というのはそう簡単に上達するものではない。どうやってリベンジを果たすのか……と思ったところで登場するのが、この作品の核をなす駒娘たち。将棋の駒の化身です。

 猪突猛進タイプの香車。
 おっとり優しい堅実娘の歩(ふ)。
 不思議系の桂馬。

 歩は香車を抑える役回りなど、駒の特徴を完璧に捉えた擬人化!
 いずれ他の駒娘も登場すると予想されますが、角は普段トゲトゲしたツンデレで、飛車はお嬢様笑いする高飛車娘でしょうか。
 そして彼女たちの棋力は、神様に匹敵すると豪語します。
「将棋の神様を相手に角落ちならなんとか。香落ちでは無理」
 出典が何か把握していないのですが、羽生善治三冠がこんなことを言ったとされています。将棋は実力差がある者同士が対戦する場合、強い人が最初から特定の駒を取り除くハンデ戦を行います。歴代最強の棋士である羽生さんをして、将棋の神様相手では角を落としてもらわないと勝負にならないというわけです。
 では本作の駒娘たちはどれくらい強いのか? なんと、ほとんどのプロ棋士に対して飛車落ちで勝てるレベル! 飛車落ちは角落ちより一段上のハンデです。ほとんどの――ということはトップクラスのタイトルホルダー相手だとやや厳しいと思われますが、角落ちならば勝てるということに? つまり羽生さんが想定している神様よりも強いということになります。いやはや。
 こうした霊的な存在が主人公の助けになっていくという筋書きは、囲碁漫画の金字塔『ヒカルの碁』を連想しますが、本作は恋愛描写を盛り込むことで差別化を図っています。駒娘の三人は大橋桂香との恋愛も手助けしようというのですが、おそらくは彼女たちも次第に主人公に惹かれていくんだろうなあと。そうなると最終的には八人のハーレムが誕生するんでしょうか。

 さて第一局のクライマックスは、駒娘たちの力を借りて生意気小学生の相良純一にリベンジ成功するところ。その対局描写は将棋をよく知らない人でもなんとなくわかるだろうと思います。読者は将棋がわからない人が大半でしょうが、そうした人たちでも苦もなく読める作りに成功しているのです!
 私も『俺の棒銀と女王の穴熊』の対局シーンを書く際は、とにかくわかりやすいように気をつけています。専門的な用語はなるべく書かないとか、注釈を入れるとか。そして私の場合は局面図も併用するのですが、『王手桂香取り!』もそうであるのかが気になるところ。試し読みでは省略されていて、文庫本では掲載されるのか……購入するのが楽しみですね。
 最後に相良純一は負けた腹いせにプロ棋士である父親を呼ぶのですが、この行動はまさにやられ役の鏡! 結果はみなさん想像つくと思いますが、ぜひとも読んで爽快感を味わいましょう。