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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.19
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俺の棒銀と女王の穴熊〈4〉 Vol.19

2014-02-08 13:00
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         ☆

    <明日は伊達名人がニッコリ生放送に登場!
     いろんな意味で必見なのでぜひ見ましょう!>

     前日のブログで、それとなくサプライズを告知をしておいた。紗津姫が出演することは当日までのシークレットだが、この程度ならかまわないだろうと判断した。放送後には、きっと驚きのコメントがたくさん投稿されることだろう。
     うららかな秋の日差しが窓から降り注ぐ、日曜日の昼下がり。来是はパソコンの前で、今か今かと生放送の開始を待っている。
     依恋と一緒に。
    「こら、くっつくな」
    「こうしないと見にくいじゃない♪」
     胸の谷間くっきりなチュニックを着こなした依恋が遠慮なく体を寄せてくる。頬ずりができそうなほど近い。しかも何か香水をつけていて、頭がクラクラしてくる。
     ここは来是の部屋ではなく、依恋の部屋である。
     ニッコリ動画は有料のプレミアム会員になることで、混雑時でも低画質化の回避や一定の回線速度の確保という特典がある。しかし平凡な高校生である来是にとっては、月額五百円以上の課金は小さくない負担なので、プレミアム会員にはなっていない。
     タイトル戦の生中継はいつも一般会員が追い出されるほどの人気を博している。今回の伊達名人の生放送も相当の人気を集め、一般会員ではろくに視聴できないと予想された。しかし紗津姫が出演する以上は見なければならぬ。
     仕方ないから一ヶ月だけ課金するか……と悩んでいたところ、だったらあたしの部屋で見なさいよと依恋が誘ったのである。資産家令嬢の依恋は当然のようにプレミアム会員だった。
     彼女の思惑は百も承知だが、小遣いを少しでも節約したい来是は誘いに乗ることにした。気をしっかり持っていれば、何か間違いが起こるはずもない……。
    「パパもママもいないし、押し倒してくれちゃってもいいのよ?」
    「ふん、俺を誘惑したければ、先輩くらいの爆乳になってみろ!」
    「なっ……! そんなの無理に決まってるじゃない!」
    「じゃあ諦めろ。わはは」
    「なによう、紗津姫さんのおっぱいは手の届かないところにあるけど、あたしのおっぱいはこんなにすぐ近くにあるのよ?」
    「身近にあるもので我慢しろってか? それは男の生き様じゃない!」
    「据え膳食わぬは男の恥っていうでしょ?」
    「あーはいはい、もうすぐ始まるぞ」
     目移りしてなるものか、そう頭の中で繰り返しながら、来是はパソコンの画面に集中する。依恋も無駄と悟ったのか、それ以上の誘惑はやめた。
     画面上には開始を待ち焦がれるユーザーのコメントがひっきりなしに流れている。入場者数は早くも一万人を超えている。名人の座から陥落したら引退すると表明した伊達清司郎、何か新たなことを語るのではないか。そんな期待もされているに違いなかった。
     ほどなく画面がスタジオに切り替わる。途端に「名人キター!」「888888888888」などの弾幕が一斉掃射され、映っているふたりの男性が一瞬見えなくなるほどだった。
    「みなさんこんにちは。ニッコリ動画将棋担当の嵐山です。本日は特別生放送『伊達清司郎・未来への決断』においでいただき、まことにありがとうござます」
     未来への決断――それが今度発売される伊達名人の新刊のタイトルだ。
     その真の意味を知っているのは、今は彩文学園将棋部のメンバーのみ。本が発売されたら、彼の目的も広く世間に明かされるのだろうか?
    「それではご紹介いたします。伊達清司郎名人です。本日はよろしくお願いします」
    「どうも、よろしくお願いします」
     以前に彼の家で見たようなラフな着流しではない。すっきりしたブラックのスーツで、茶髪とのコントラストが鮮やかだ。「イケメンすぎ」「濡れる」「ホストかよ」「すげえ目力」容姿を称えるコメントも俄然勢いを増してきた。
     進行役の嵐山は、さっそく伊達に話を振る。
    「今回の新刊『未来への決断』は緊急書き下ろしらしいですね」
    「あの会見のあと、すぐにオファーがありましてね。なぜそのような決断をしたのか、自分も書き残しておこうとは思っていたので。企画が通ったら、あとは仕事以外の時間を全部執筆に当てて、もうバーッと」
    「バーッと、ですか」
    「ええ、ちなみにゴーストライターじゃないんで」
     プッと依恋が吹き出し、画面には「wwwwww」と盛大に草が生えた。つい先日まで、とある有名な音楽家がゴーストライターを使っていたというスキャンダルが、世間をおおいに賑わせていたのだ。
    「ではあらためて伺いたいのですが、なぜ名人から陥落したら引退、と決意されたんでしょうか」
    「プロ棋士として、やれることはやってしまったというのが一番大きいですね。まだ獲っていないタイトルはありますけど、もう記録には興味がないんですよ。子供の頃からの夢だった、永世名人の資格を得られた。それだけで充分です。だから名人でなくなったとき、棋士生活に区切りをつけようと決めました。かつて木村義雄十四世名人がそうしたように」
     将棋名人は一九三五年に、それまでの終身制から現在の実力制に変わった。木村義雄は戦前から戦後にかけて棋界に君臨した初の実力制名人である。やがて大山康晴にその座を奪われて引退するのだが、陥落と同時に引退した名人は、現在のところ木村義雄の他にはいない。
    「しかし全盛期を過ぎて引退した木村名人と違い、伊達さんは今が全盛期。もったいないという声もたくさんありますが?」
    「非常に光栄ですが、もう決断してしまいましたからね。はは」
     このあたりは会見で語ったことの繰り返しだ。まずは肩慣らしという感じが容易に見て取れる。
     伊達は偽りを語ってはいないだろう。だが本当のことも言っていなかった。
    「ここだけの話だけどな。名人はすぐにでも引退したかったみたいなんだ。でもそれじゃ周りが納得しないからって」
    「へえ……そこまで紗津姫さんの素質に惚れ込んでるわけね」
     画面の向こう側で、伊達は誠実で穏やかな顔をしている。その秘められた真意が語られることは当分ないだろう。
    「で、引退後は普及活動に力を入れたいということですが」
    「ええ、具体的にどういったことをやっていきたいかは……本をお買い上げくださいということで」
    「いやー、ちょっとはしゃべってもらわないと!」
    「じゃあ、それはスペシャルゲストを呼んでからということで」
    「そうなんです! 実は本日、みなさんあっと驚くゲストにお越しいただいております」
     ――ついに来た。
     ミスコンへの意欲を持ってもらうために、紗津姫をネットの有名人にしたい。ちょっとした思いつきは来是の手を離れて、ここまで大きな話題に成長した。
     もう黙って見守るだけ。来是は体を硬直させながら、嵐山の快活な呼びかけを聞く。
    「ではご登場いただきましょう!」
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