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充実したトークは続いた。伊達が将棋をはじめたきっかけ、一番思い出に残っている対局、会心の一手など、ファンが喜ぶ話題を立て続けに提供した。
紗津姫も主役を食わないように一歩引いた立ち位置で話を聞き出しながら、その美貌と優しい語り口でユーザーに強い印象を残した。プロレベルなのは棋力だけではないと誰もが思ったことだろう……。
「申し訳ありません! 残念ながらそろそろお時間となってしまうんですが」
嵐山が画面に現れる。予定の一時間になろうとしていた。
「なんだかあっという間だったね」
「ええ、本当に」
「ではお二方、最後に一言お願いします」
嵐山が言うと、伊達は紗津姫にまっすぐな眼差しを向ける。
「神薙さん、今日はどうもありがとう。大勢に見られながら話すのはどうだった?」
「……はい、とても刺激になりました。またこんな機会があったら、ぜひ」
「うん、とても心強いね」
そうして生放送は終了した。開始時同様に〈888888888888〉の弾幕が放たれる。
直後に視聴者アンケートが行われたが、五択のうち一番の「とてもよかった」が九十五パーセント以上を占めた。これは歴代の将棋番組の中でも屈指の評価だ。
来是はずっとくっついていた依恋とようやく離れて、ベッドに腰を下ろす。しかし彼女もまた隣に座ってきた。平常心平常心、と自分に言い聞かせる。
「紗津姫さんのファン、一気に増えたんじゃない?」
「悔しいか?」
「全然。紗津姫さんは紗津姫さんで、あたしはあたしだし。いちいち他人と比べるのは時間の無駄だわ」
「……だな」
今回は伊達清司郎という男の魅力を存分に見せつけられた。たとえ将棋指しでなかったとしても、ひとかどの人物になったに違いない。
そんな彼と自分とでは、比べるべくもない……などというネガティブな思考こそが、大悪手だ。
俺は俺。先輩を慕う気持ちで負けさえしなければ、それでいいはず……。
「俺はもう帰るよ。さっそくブログの更新しなきゃ」
「じゃあ、あたしの写真を載せてよ。紗津姫さんの放送を見て上機嫌のあたしってことで」
「しょうがないな」
携帯のカメラで手早くパシャリとやって、来是は碧山家を辞した。
部屋に戻るとブログを更新し、一息つく。
今頃紗津姫はどうしているだろう。まっすぐ帰途についているのか、それとも伊達とお茶でも一杯とか誘われているのだろうか。
気になりだすと、頭を離れてくれなかった。来是はすばやくメールを送る。
『生放送見ました。お疲れさまでした。きっとまたブログのアクセス数が増えると思います!』
今も名人と一緒なのか、なんて不躾なことは聞けなかった。
返信はほどなく来る。
『緊張しましたけどどうにか無事に終わりました。疲れたので寄り道しないでまっすぐ帰っています。』
どうやら杞憂だったらしい。ホッとすると同時に、もうひとつ聞きたいことが出てきた。
悩んだ末に、再びメールを送ってみる。
『将棋アイドルの件で名人から何か言われましたか?』
この質問は読み筋だったのか。間を空けずに返信が来た。
『その気になってくれたかと聞かれましたけど、返事は保留しました。大事なことなので考えるのにもう少し時間が必要です。』
自分への好意的な反応に気をよくして、その場で決める……ということにはならなかったようだ。
となると、相変わらずミスコンへの参加も決めかねているだろう。こちらはエントリー締め切りまで、そう時間はない。
未来への決断。ふと、来是の脳裏にその力強い言葉がよぎる。
伊達ほどの人物なら、きっと何事も自らの信念で決断してきたのだろう。しかし時として人は、決断するのに周囲の力が必要なこともある。
「先輩は……自分だけでは決められないでいる」
女王だ何だと持ち上げられていても、彼女はごく普通の、か弱い女子高生。
紗津姫が自らの魅力を積極的にアピールする気になるように、さまざまな作戦を練って、実行してきた。
でもそれは、彼女の同意を得ないで勝手にやっていたことだ。
――ただ期待していただけで、俺の思いは何ひとつ伝わっていない。
今さらのように来是は気づいた。まるで最善を尽くしてなどいなかったことに。