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俺の棒銀と女王の穴熊〈6〉 Vol.11
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俺の棒銀と女王の穴熊〈6〉 Vol.11

2016-03-24 21:00
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     解説会は前回と同じく五時から。来是は帰宅後、余裕をもって身だしなみを整えていたが、そのうちに形勢は先手よしで固まってきた。
     ……解説がスタートした途端に終わったりしないだろうな。いささか不安になってきたが、こればかりは豊田の粘りに期待するしかない。遠く離れた対局場に念を飛ばしつつ、仕事場へと出発した。
     開始の三十分前に店に到着すると、高遠はちょっと困ったように笑った。
    「今日は早く終わっちゃうかもしれないわね」
    「そうなったら、どうしますか?」
    「うーん、早じまいするわけにもいかないし……」
     開店準備がすべて終わったところで、ドアベルが鳴った。本日の主役が静かに現れた。
    「摩子、今日はよろしく」
    「終局早そうですけどね」
     切れ長の瞳が、じっと来是を射抜く。
     直接会うのは、昨秋の学園祭以来だ。プロとなったからなのか、その怜悧な気配は以前よりも増しているように感じられた。紗津姫が優しさと包容力に満ちた女王なら、出水は厳しさと攻撃性に満ちた女帝だ。
    「ども、こんにちは」
    「ふん、多少はマシになったみたいね。紗津姫ちゃんがあんたのこと、よく話すわ」
    「え? それ……本当ですか」
    「腹立たしいかぎりよ」
     それっきり、彼女は何の言葉もかけてくれなかった。もともと気に入られているわけではなかったが、知らぬうちに不興を買ってしまったらしい。
     紗津姫が自分のことを、よく話していた――将棋の腕を上げてくれて嬉しいとか、そのあたりの話だとは思うが、胸の内側がくすぐったくなった。親友とのトークで話題にしてくれるほど、彼女は俺を――好きでいてくれている。
     いよいよ開始時刻になり、客が続々やってくる。その中に、意外な姿を見つけた。
    「あれ? 御堂さん」
    「はは、今回はただのお客さんや」
     将棋ファンに交じり、ごく普通に入店してきた御堂涼。まるで常連客のように、速やかに大盤近くの一番いい席に座った。今日は男装はしていないものの、さっぱりした白のワイシャツと紺色のチノパンは、彼女の中性的な魅力を存分に引き出していた。
    「誰が解説するかも気になってたんやけどね。話題の超大型新人やないの」
    「あなたが御堂さん?」
    「うん、はじめまして出水さん。今後ともよろしゅう」
    「……紗津姫ちゃんが女流アマ名人になるのを阻んだわよね。いつか仇を取ってやろうと思っていたのよ」
    「ちょ、出水さん? 何言ってんですか」
    「雑魚は黙ってて」
     尋常ならざる、そして理不尽な敵意を向けられる御堂だったが、年上の余裕で難なく受け流していた。
    「思ってたより、おもろい子やん。今日は楽しめそうやね」
     そんなこんなで始まる大盤解説。高遠に紹介された出水は、大きな拍手で迎えられる。さすがにお客の前では、先ほどの冷徹な眼差しは影をひそめているようだ。
     来是は接客に精を出しながら、彼女の解説もなるべく漏らさず聞く。御堂ほど快活でハキハキした語り口ではないものの、紗津姫が評していたとおり、上手な解説だった。この手の意味はどういうものか、次に狙っているのは何か、明快に言ってくれる。曖昧なところがない。
     紗津姫はたまに出水と練習将棋をするそうで、そのときの棋譜も見せてもらうのだが、出水の将棋はまさに一刀両断。自陣が危うそうでも、相手にわずかな隙があるなら飛び込んで切り伏せる。怖気がするほどストレートだ。その彼女の棋風が、解説にも表れているようだった。
     そして現局面まで進んだところで、彼女はあっさりと言い切った。
    「お客さんたちには残念ですけど、もう解説するところはありません。名人の必勝形です。たぶん、次で豊田さんは投了します」
    「えー、マジなの?」
    「もっと出水さんの解説聞きたいわ」
     そんな声も飛んできたが、もはや後手は粘りようがない。伊達の最後まで手堅い指し回しに、豊田はついに刀折れ矢尽きた。名人戦において、夕食休憩前に終局してしまうのは比較的珍しい。名物ホテルの美味しい料理も、こんな敗戦のあとではさぞかし味気ないに違いない。
     これで伊達は名人防衛に王手をかけた。他棋戦では精彩を欠いている、勝つ気がないなどと言われていたが、この本場所では無類の勝負強さを発揮している。紗津姫も今ごろホッとしているだろう。まだまだ彼には引退してほしくはないはずだ……。
    「摩子、ご苦労様。予想どおり、早く終わっちゃったわね。これでお開きじゃ、さすがに申し訳ないし……どうかしら、お客さんたちと写真撮影会でも」
    「まあ、いいですけど」
    「御堂さんもよかったらいかがかしら? これからの女流棋界を担う、新人ゴールデンコンビで」
    「もう~、そんなん言われたら、喜んで協力しますわ!」
     瞬く間に行列が形成され、将棋ファンたちはひとりずつ、出水と御堂に挟まれての写真撮影を楽しんだ。文字どおりの両手に花だ。シャッターを押すのは、手持ちぶさたとなった来是である。
    「近い将来、この写真に価値が出るように頑張ろうな、出水さん」
    「言われるまでもないわ」
     御堂は晴れ晴れしいスマイルだが、出水の表情はちょっと固い。作り笑いは苦手なのだろうなと考えながら、来是はシャッターを押し続けた。
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