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2017年フード・カルチャー最前線~食文化の新たな地殻変動を気鋭のフード・メディア『RiCE』編集長が語る
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2017年フード・カルチャー最前線~食文化の新たな地殻変動を気鋭のフード・メディア『RiCE』編集長が語る

2017-12-24 17:00
    FUZEより転載:

    今、フード・カルチャーは大きな盛りあがりを見せている。ファッション、映画、音楽イベントなど、あらゆる場面で「食」が欠かせない重要な要素となっているだけではなく、その最前線ではクリエイティブで刺激的な試みが次々と行なわれているという。だが、その事実はまだ多くの人に共有されていない。海外とは違い、日本にはそのカルチャーをドキュメントし、伝えるメディアがほぼ存在しないからだ。それが気鋭のフード・カルチャー誌『RiCE』の編集長である稲田浩の考えである。

    稲田は、90年代に『H』や『Cut』の編集に携わり、その後12年間に渡って『EYESCREAM』という00年代を代表するオルタナティブなカルチャー誌の編集長を務めてきた人物。20年以上に渡ってさまざまなカルチャーを独創的な手法で編集してきた彼の嗅覚が、今「食」に向かっているということ自体が盛りあがりを示唆しているだろう。90年代はファッションや音楽が絶大な力を持っていた。しかし、今はどうなっているのか? そういったカルチャーの勢力図の変化を考えるためのヒントも以下の対話に潜んでいる。つまり『RiCE』とは、「2017年におけるカルチャー誌の可能性とは何か?」という問いに対する稲田からの回答でもあるのだ。

    また、このインタビューは稲田浩と田中宗一郎という独立系カルチャー誌の編集長ふたりによる「雑誌文化の20年史」をめぐる対談の続編でもある。

    カルチャー雑誌/音楽雑誌は死んだ? 雑誌天国の90年代から20年、何が変わったのか?~90年代『ロッキング・オン』編|小林祥晴 – FUZE
    カルチャー雑誌/音楽雑誌は死んだ? 雑誌天国の90年代から20年、何が変わったのか?~00年代『EYESCREAM』『SNOOZER』編|小林祥晴 – FUZE

    前後編にわかれている対談の前編が90年代編、後編が00年代編だとすれば、この記事は2010年代編だ。このインタビュー単独の記事としても楽しめるが、上記の対談とあわせて読むことでより理解が深まるに違いない。

    活況を呈するフード・カルチャーとシンクロする雑誌を目指して

    田中宗一郎(以下、田中):『RiCE』の話なんですけど、どこかの会社に企画を持ち込むでもなく、自分で会社を立ちあげて、DIYで雑誌を出している。しかも、そのテーマが「食」。株式会社ロッキング・オン、『EYESCREAM』を経て、その雑誌に取り組むまでの発想の経緯はどのようなものだったんでしょうか?

    稲田浩(以下、稲田):ひとつには『EYESCREAM』を12年間途切れなくやってきて、ある種の達成感も生まれつつ、そろそろ誰かに譲ってほかのことをやってもいいんじゃないかな、という気持ちが芽生えたことがあります。僕も特殊なケースを歩んできましたけど、結局、出資してもらったり、給料を出してもらったり、ずっと組織に依存してきた。でも、これだけずっと雑誌を作ってきたし、そろそろ自分の力でやってもいいんじゃないかなと。

    田中:その独立を後押しする直接的なきっかけはあったんですか?

    稲田:お互い20代の頃から知ってる若木信吾くんを『EYESCREAM』であらためて取材したことがあるんです。彼はいろんなことをやるんですよね。写真家としてもトップのひとりだけど、映画監督もやるし、郷里の浜松でBOOKS AND PRINTSっていう本屋もやっていて、出版社もやっている。「写真だけでも忙しいはずなのに、どうしてそんなにいろんなことが出来るの?」ってきいたら、「仕事って全部、仕組みだから。その仕組みを学ぶのが面白いんだよ」って。

    田中:さすが明晰ですね。

    稲田:出版だったら、生産して、在庫を減らして儲けるという仕組みがある。「何でも仕組みだから、それを学んで、自分の手が届く範囲でやる。紀伊国屋書店でも小さな本屋でも、結局のところ仕組みは同じだから、それを学べばできるんだよ。それって面白いじゃん」って言われて、「ああ、そうか」と思ったんですよね。それまで考えたことなかったけど、自分の手の届く範囲で出版社を作るのもアリかもしれないなと。

    田中:それでライスプレス株式会社を立ちあげたわけですね。

    稲田:若木くんの会社は自分の名前からとって、ヤングツリー・プレスっていうんですよ。そこから連想して、僕だったら稲田だからライス。「あ、ライスプレスだな。響きもいいからいいじゃん」と思って。

    田中:いいね(笑)。

    稲田:以前から独立したらフード・カルチャーの雑誌を作りたいと思っていたんです。会社名が先なんですけど、フード・カルチャーに『RiCE』っていう名前がピッタリ合うんじゃないかと。日本語にしたら食べもの全般を指す「ごはん」ですから。

    田中:フード・カルチャーに目が向いたのはどうしてなんですか?

    稲田:フード・カルチャーが盛りあがっているのは、『EYESCREAM』を作っていた最後2年間くらいに感じていたことなんですよ。ファッションの世界でも、今ではセレクト・ショップができたら、必ず一階はフードで人を呼び込むようになっている。スペシャリティ・コーヒーがあるのは当たり前で、オーガニックな食べ物も置いてあったり。ファッションの力がだんだん弱まってきて、フードの力を借りないと成り立たなくなってきているんですね。映画もフードがジャンル化してきたし、音楽フェスだって食の要素は欠かせない。それもあって、いろんなジャンルがフードに向かってきているな、っていうのを感じていて。

    田中:なるほど。

    稲田:『EYESCREAM』はファッションが真ん中にあって、それをグルッといろんなカルチャーが囲っていた。じゃあ、フードを真ん中に置いていろんなカルチャーを見渡してみたら、面白い雑誌ができるんじゃないか?と発想したんですよ。ファッション雑誌はこれ以上いらないし、あとは淘汰されていくだけだと思うんです。いっぽうのフードはこれだけ盛りあがっているのに、それを伝えるメディアの数とバリエーションが日本では圧倒的に少ない。『dancyu』と、あとは何があったっけ?くらいなので。今の盛りあがっているフード・カルチャーとシンクロして、さらに盛りあげるような雑誌を作れたら面白いんじゃないか?と考えたんです。

    田中:『EYESCREAM』における『i-D』や『The FACE』がそうであったように、『RiCE』には何かロール・モデルとなる雑誌はあったんですか?

    稲田:ロール・モデルがあるとしたら、『Lucky Peach』という雑誌なんですよ。

    田中:それはどんな雑誌で、どういったところに刺激を受けたんですか?

    稲田:アメリカも今、フードがすごく盛りあがってるんです。それを象徴するような、ニューヨーク発のフード・カルチャーのメディアが『Lucky Peach』でした。残念ながら、今年廃刊になってしまったんですけど。作ったのはデイヴィッド・チャンという中国系のシェフ。ニューヨークでもラーメンが流行っているんですが、彼はモモフクというラーメン店で大ヒットしたんですね。モモフクというのは日清食品創業者の安藤百福の名前から取っているのですが、そのモモフクを英語に直して『Lucky Peach』。

    Lucky Peachさん(@luckypeach)がシェアした投稿 – 4月 28, 2016 at 7:05午前 PDT


    田中:そうか、そうか。

    稲田:その『Lucky Peach』を始め、『Drift』っていうコーヒー・カルチャー誌とか、ブルックリン発の『MOOD』っていう音楽とフードを扱う雑誌とか、アメリカを中心にフードを扱うかっこいい雑誌がどんどん出てきていて。その機運は日本にもあるので、それに対応したものを作りたいと思ったんです。

    MOODさん(@moodmusicfood)がシェアした投稿 – 7月 26, 2015 at 6:55午後 PDT


    田中:バイリンガルの誌面にしたことに関しては?

    稲田:僕は下北沢ですけど、ああいうところでも今は外国人が多くて。外国人は食のプライオリティが高いじゃないですか。TripAdvisor『トリップ・アドバイザー』とかを見て、現地の人しか行ってないようなところに行きたがる。それは僕らも外国に行ったらそうですから。でも今は、日本のフードを扱った海外のメディアはあるんだけど、日本人が作ったフードのメディアで海外の人が読めるものがないんですよ。食は世界共通語ですし、英語を併記すれば世界中にコネクトできると思って、バイリンガルにしたんです。

    田中:なるほどね。

    稲田:ただ今のところ、本屋を選ぶ感じにはなっています。雑誌は1,000円以下が普通ですけど『RiCE』は1,600円。英語も載っている。「よくわからない、私のものじゃない」と感じる人もいると思います。ただ、代官山蔦屋書店みたいに、2,000円、3,000円するような洋雑誌も並列で置かれている本屋だと、みんなピンと来てくれるみたいですね。蔦屋書店は代官山と大阪梅田でそれぞれ創刊1、2号の頃に向こうからポップアップをしたいと言ってきてくれたり、かなり応援してくれてます。

    田中:うん。

    稲田:だから、売れるところと売れないところの差は大きいですね。新宿の紀伊国屋書店でもまた違う見え方がするのか、結構売れていたりとか。あとは全国だから当たり前ですが、アマゾンの売りあげは間違いなくトップですね。食関連の本ランキングでは部門によってベスト3に入ったりしています。リアル書店が好きだし応援したいのでこれは痛し痒しではあるんですが。最近でいうと海外からの引き合いが多いですね。どこで見つけてくるのか、『RiCE』 の大ファンだから是非売りたい、って熱いメールを結構受けてます。国によって輸送費もかさむので条件のクリアが難しい場合もあるんですが、そこは課題だし、どんどん海外には売っていきたいですね。

    田中:国内外のカルチャーにしっかりとアンテナを張っていて、情報の感受性の高い人たちに支持されているという段階ですね。じゃあ、『RiCE』のビジネス・モデルに関しては、どういうアイデアなんですか?

    稲田:『RiCE』に関しては僕が経営者なので、出版社兼プロダクションとしてバランスをとりながらですが、ビジネスとしてリソースの投下は大きいですね。しかも季刊誌なので、そんな簡単には黒字にはならないと覚悟しつつ、最短で浮上するように頑張っているというのが正直なところです。

    田中:なるほど。

    稲田:クライアント的なことをいうと、バルミューダとか。あと、パタゴニアもフードを始めているんですよ。パタゴニア プロビジョンズっていうんですけど、これも象徴的だと思うんですよね。ああいうアウトドアのアパレル会社もフードに向かっている。オーガニック、サードウェーブ、シングル・オリジン、ビーントゥバー…。今ってそういう食にまつわるキーワードがいくらでも出てくるじゃないですか。方向としてはそっちに向かっているムーブメントがあって、そこにジャストにハマるような雑誌にしたいんです。バルミューダとパタゴニア プロビジョンズは創刊時から共鳴してくれて、サポートしてくれていますね。それに限らず、ハイエンド層に向けたデザイン家電やカトラリーは海外も含めてマーケットが広がりつつあるので、ビジネス的な協業の余地は今後もたくさんある気がしています。

    フード・カルチャーに起きている「コラボ」の革命

    田中:今、フード・カルチャーが盛りあがっているということですけど、具体的にどんな状況になっているんですか?

    稲田:僕がよくいっているのは、今のフード業界は裏原みたいだっていうことなんです。

    田中:というと?

    稲田:ひとつには役者が揃っている。才能と発信力のあるシェフやキャラクターがいっぱいいる。もうひとつは、コラボが生まれているっていうことなんです。

    田中:そうなんだ?

    稲田:裏原の一番の功績はコラボっていう概念を生んだことだと思っていて。今ではルイ・ヴィトンとシュプリームがコラボをしていたり、ギャルソンもコラボをやっていますけど、あのカルチャーは日本発なんですよ。それまではブランドがライバルと一緒に何かやるなんてナンセンス、っていう感じだった。でも、裏原の人たちは友達同士だから、何かやろうということになって。そしたら長蛇の列が生まれたという。

    田中:そのスキームがハイブランドも巻き込んで世界中に広がった。

    稲田:そして、それと同じことが食にも起こっていて。コラボが生まれているんですよ。具体的には、お店とお店でイベントをやっている。たとえば、『RiCE』の最新号は日本酒の特集ですけど、そこで恵比寿にあるGEM by motoっていう日本酒バーを取りあげています。千葉麻里絵さんっていう人が店長なんですが、この人が日本酒の新しいペアリングの仕方を提案しているんですね。

    田中:新しいペアリングというのは?

    稲田:彼女はまだ30歳そこそこですけど、日本酒の蔵元にも足を運んでコミュニケーションを取って、すごく知識を持っている。で、元々は理系の化学をやっていた人で、味覚に対する知識の裏付けもあるんです。ベンゼン環を見るのに萌えるタイプらしくて(笑)。たとえば、お酒で酸味が足りないと思ったら、こういう食べ物を合わせるとか、新しい提案ができる人なんです。本当に食を切り開いている人だと思うんですよね。

    田中:実際にどんな提案をされているんですか?

    稲田:たとえば、ブルーチーズのハムカツ。普通はビールとかを合わせますよね。炭酸で油を切るために。でも、彼女はドブロクを合わせるんですよ。ブルーチーズのハムカツの味の組成をグラフにしたときに、酸味とか足りない部分をお酒で足したら、めちゃくちゃ美味しくなる。それを化学的な裏付けと感性の両方でやっているんです。

    田中:面白いですね。

    稲田: 実際に彼女の提案するペアリングで食べると、口の中で爆発するわけですよ。ぴったりのソースが加えられたみたいな感じで。これは日本人特有の「口内調味」って概念とも関係してくるんですが、そのあたりは『RiCE』の特集に詳しいので興味のある方は読んでみてもらえれば。で、そんな彼女がいろんなレストランとコラボしているんです。

    田中:『RiCE』でも3つのレストランとのコラボをレポートしていますね。

    稲田:はい。このセララバアドというお店はモダン・ガストロノミー。シェフの橋本さんはエル・ブジとノーマで修業した人で、完全に新しい料理を生み出しています。千葉さんはそれに全部、日本酒をペアリングするんです。あとは、Grisっていうモダン・フレンチにも日本酒をペアリングしていて、そこでは日本酒とビールのブレンドまでしているんですよ。あとは寿司ですね。双子玉川の㐂邑っていう熟成寿司のお店で、ミシュランでも星二つとった本当に予約が取れない有名店があるんです。こことコラボ・イベントをするまでの経緯が面白くて。

    田中:教えてください。

    稲田:㐂邑に千葉さんが友達と行くことになったときに、「お酒を持っていっていいのかな?」って言って、「いいよ、いいよ」となったらしいんですよ。そしたら、30本くらい送りつけて(笑)。しかも、「これは封を開けておいてください」「これはそのまま冷蔵庫に入れてください」と一本ずつ注意書きまで伝えて。4人くらいで行ったらしいんですけど、当日は寿司を握ってもらったらまず千葉さんが食べて、その場で味を感じて、お酒のブレンドやペアリングをするわけですよ。もうDJですよね。その場でレコードを調整するように、温度を変えたりして、一貫ずつに合わせる一杯を作る。そしたら、「うわっ、何これ!?」みたいな感じで、みんな、めちゃくちゃ盛りあがった。本人もその日は興奮で寝られなかったほどらしいんですが。で、そこからコラボが始まったんですよ。DJカルチャーのパイオニアのラリー・レヴァンじゃないですけど、まさにその日がコラボの生まれた瞬間だった、みたいな(笑)。

    田中:なるほど(笑)。

    稲田:今ではコラボはほかでも起こっています。最近はお茶も盛りあがっているんですよ。お茶とフレンチ、お茶と中華とか、いろんなコラボが次々と生まれている。しかも、そのネットワークが世界に広がっていて、「韓国の若いシェフが東京に来ているから何か一緒にやろう」とか、「バンコクにあのシェフが行くから、土日の2日間だけイベントをやりましょう」とか、そういうことが今、頻繁に起きているんですよ。

    田中:もうワールドワイドな広がりになっているんですね。

    稲田:そう。裏原で盛りあがった異種交配…こことあそこを繋げたら新しい体験が生まれる、ということが食の世界ではリアルタイムで起き始めている。なので、それをしっかりフォローアップする誌面、メディアにしていきたいと思っていますね。ただ、いかんせん、音楽と違って食は限られた人しか味わえないんですよね。コラボのイベントに参加できるのは10数人程度なので、Facebookでフォロワーに募集をかけていつも一瞬で埋まってしまうんです。参加した人はFacebookに体験記とかを書いて共有するんですけど、音楽みたいにドームで何万人が同時体験っていう広がりにはならないので、そこの限界はあるんですけどね。でも、みんな、一回限りの特別な体験を求めているじゃないですか。それはレストランの既存のメニューではなく、そのとき、その場でしか食べられないもの。そういうものをみんなが求めている機運はたしかにあるので、この流れは大きくなるのかなと思っています。

    「ウェブの時代」に雑誌の価値はどこにあるのか?

    田中:今のコラボの話をきいていると、もしかしたら稲田くんの語り口も含めて、すごく面白くて。それがゆえに今ちょっと思ったのは、誌面のビジュアルとテキストで見せるよりも、今、稲田くんが話してくれたような動画がオンラインにあがっているほうがダイレクトに伝わるかもしれない、と感じるところもあって。僭越でごめんなさいね。

    稲田:なるほど。

    田中:実際、雑誌を軸に置きながらも、紙以外でやれることで『RiCE』という価値観を広げていくことに関しては、何かイメージはありますか?

    稲田:ウェブ〈RiCE.press〉として新しいビジネスのスキームを作っていきたいというのが、今考えていることです。『RiCE』は年4回の季刊で出し続けながら、ウェブを立ちあげて、その世界観を映像で伝えたほうがいい場合はそうするし、即出しをしたほうがいい場合はそうするし、紙でしっかり深堀りしたほうがいい場合はそうするし。年4回の雑誌と、ウェブがデイリーに回っていく、その有機的な連動でビジネスを浮上させたいというのが、今考えていることですね。

    田中:受け手側からしても、よりダイレクトに新しい食のカルチャーを感じられるかもしれませんね。

    稲田:実は日本酒の特集を作っているときも、ウェブは同時進行で準備を進めていたんですよ。だから、ウェブでやったほうがいいことは後もう少しでローンチするんで取っておこうか、という形でやっていますね。今はティーザーの記事だけあがっているんですが。ビジネスのことを考えたら、ウェブだけでいいんじゃないか、という話もあるんですよ。ある出版社の社長さんに自分がやろうと思っていることを話したときも、「とにかく雑誌の広告はウェブに流れてるから。『RiCE』でやろうとしていることはウェブでやるべきだ」と強く説得されたり。

    田中:たしかに一理ありますね。

    稲田:順番としては、ウェブを先に始めて、余力が出てきたら雑誌を作るというほうがビジネス的には正解かもしれない。でも、作りたかったのは紙の雑誌なので。自分で独立して、一番やりたいことを最初にやらなかったら、結局それができないまま終わった、となる可能性もありますから(笑)。だから、まずは紙の雑誌から始めました。

    田中:うん、それが正解だと思います。また僭越なこと言っちゃった(笑)。じゃあ、最後は一般的な質問になってしまいますけど、ひとつきかせてください。広告がウェブに流れているという状況の中で、雑誌の役割はどこにあるのか? 今後の雑誌の在り方に対する見立てを含め、話してもらっていいですか?

    稲田:情報をえるという意味では、雑誌とウェブは似たようなものだと捉えられがちですけど、根本的に違うと思うんですよ。結果的に、情報をえるっていう真ん中で出会ってますけど地球の裏側に位置するくらいかけ離れているイメージがありますね。

    ウェブは背後に圧倒的なデータベースがあって、ユーザーはそこから何かを取りだす。しかも、そのデータベースは日々ビッグバンのように膨らみ続けている。データベースを地球全体に対する海にたとえるとすると、インターフェースに取りだしているのはせいぜい掌ですくえるレベルの海水でしかない。

    でも、それに対して雑誌はミネラルウォーターで湯を沸かして、挽きたての豆にもこだわったコーヒーみたいなもので。どこどこ産の豆っていうのがあって、手間暇かけて一杯づつ淹れて、それをこだわりのカップで味わうみたいなところがある。情報を同じ「水分」として捉えたときに、それくらい違うって言いたいだけなんですが、逆にわかりづらいですかね(笑)。ただ今後は、中身もただずまいにも同じくらいこだわった作りをしていかないと、雑誌にお金を出す人はますますいなくなっていくだろうし、逆に「本当に美味しい一杯」に対する需要はまだまだなくならない気もしてるんですよ。

    田中:今の稲田くんの話に絡めていうと、雑誌というのはウェブと違って、全体が限られてるんですよ。持った瞬間にこれが全体だってわかる。でも、ウェブはひとつの記事からどこまでも宇宙の果てが広がっている。

    稲田:うん、そうですね。

    田中:で、雑誌は限られた全体の中にいろんなヒエラルキーがある。だから、体系と文脈が伝わりやすい。それをウェブでやるのは本当に難しいんですよ。

    稲田:なるほど。

    田中:ウィキペディアと百科事典のどちらが偉いか?って最近考えてたんですけど。

    稲田:はい。

    田中:どちらかというと、百科事典のほうが有用性があると感じたんですね。そもそも歴史というのは、過去のことを現在の視点で見るとどういう風に位置づけられるか、という話ですよね。でも、ウィキペディアは常に更新されているから、ある項目のその瞬間の評価や情報しか残っていかない。

    稲田:そうですね。

    田中:百科事典だと、2010年版と2017年版で同じ対象に対して違うことが書いてあったり、50年間まったく変わらないことが書いてあったりする。それはつまり、ある時代のあるコミュニティにおける文化の体系がこれです、っていう情報がそこに定着されているということ。で、雑誌だとそれと同じことが簡単にできるんですよ。

    稲田:うん、まとめる力がありますよね。

    田中:『EYESCREAM』の創刊号を出版から10年後、20年後に見たとき、出版された時期の空気感とか、日本語を使う人たちの間でどうやってこの雑誌が見られていたのか、ということが確実にわかる。そこのアドバンテージはすごいと思うんですよ。

    稲田:雑誌は振り返ってみたときに、そういう強みがあるかもしれないですね。何年何月号って、そのときそのときの時間を焼きつけるのが雑誌ですから。いっぽうで、ウェブは開いたその瞬間瞬間が大事だから、「永遠の今」みたいなものです。アップデートという言葉が一番フィットすると思うんですけど。でも、雑誌はタイムカプセルにもなるし、タイムマシーンにもなりうる。

    田中:うん。

    稲田:善かれ悪しかれ、その違いは人の考え方を大きく変えますよね。でも、それを否定しても仕方ないので。20世紀型の人間としては何かを残していきたいという気持ちがあるから、自分の場合は雑誌が存在として大きいのかもしれないです。雑誌は一冊作るにしても大ごとじゃないですか?

    田中:そうだね。

    稲田:それを作り続けたり、残したりすることは、これだけ雑誌が減っていくなか、抵抗運動に近いから(笑)。逆に存在価値は出てくるのかなと思ったりもして。「手づくり」って言葉がありますけど、本や雑誌の「手ざわり」に対する信頼感、安心感については今の所まだ揺らいでないですね。

    小林 祥晴
    コントリビューター
    ライター。編集者。フリーランスのライターを経て、2013年に音楽ウェブ・メディア「ザ・サイン・マガジン・ドットコム」を立ち上げ。現在は「ザ・サイン・マガジン・ドットコム」の編集長。「Harper’s BAZAAR」「TV Bros.」「NYLON.JP」などでも執筆中。The Sign Magazine : http://thesignmagazine.com/

    Photo: 宮本徹
    Source: BOOKS AND PRINTS, dancyu, ファースト商事株式会社, Wikipedia, セララバアド, Gris, 㐂邑, Instagram(1, 2), バルミューダ, パタゴニア, RiCE.press

    RSSブログ情報:https://www.roomie.jp/2017/12/410841/
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