— 渋谷 某居酒屋 —
「最近どうですか? 仕事はうまくいっていますか?」
僕は久しぶりにお会いしたROOMIE編集長・野田 翔さんと食事をともにしていた。
僕「そうですね……。フリーのライターになってから、一応食べてはいけていますが……。
これからのことを考えると、心配で不安になってくる夜もあります……」
高層ビルが立ち並ぶこの東京砂漠。乾いた体に味の薄いタイビールが染みわたる。
僕「野田さんは、寝る前にいろんなことを考えて、頭が冴えてしまったりしないのですか?
僕は最近、ずっとそんな感じで、うまく眠れないんです……」
野田さん「不眠ですか……。実は僕も昔そうでしたよ。布団に入ってから2時間眠れないこともザラで。
だから、どうやったらうまく眠れるか、もう10年くらい追求してます」
僕「じゅ、10年!? ちなみに、いまは眠れてるんですか……?」
野田さん「ええ。もう完璧に。何より、10分で寝落ちする寝室や、習慣を作ってきたのが大きいですね」
「10分で寝落ちする寝室」……!? それは一体、どんなものなんだろう……気になる。
そんな僕の表情を察してか、野田さんからの一言が。
野田さん「……よかったら、寝室を見にきますか?」
こうして僕は野田さんの家へ向かうことに。
さぁ、めくるめく睡眠探求の夜が始まります。
パジャマ=本気モード?
家に着くと、ちょっと待っていてください、という言葉を残し寝室に消える野田さん。
なんだろう……?と頭に疑問符を浮かべていると、なんとパジャマに着替えた野田さんが!
「どうせなら眠る時を再現した方がいいかと思って。さぁ、どうぞ入ってください」
一体どんな寝室になっているんだろう……。
朝はベッドメイクをしてから家を出る
扉をくぐると、現れたるはホテルのような寝室! アレ、ありふれたマンションの一室だったはずなのに……。
「10分で寝落ちできる寝室に一番大事なのは、リラックスできる空間でありながら、眠りが楽しみになる部屋づくりです。
そこでオススメなのが、こういうホテルライクな寝室ですね」
その言葉通り、清潔な寝室はホテルのようにシンプルそのもの。ベッドと姿見、壁にかけられた写真の他には何もありません。
「朝はいつもベッドメイクをしてから家を出ています。家に帰ってきた時に、キレイな寝室だと眠るのが楽しみになりますから。」
出勤のときから既に眠りのことを考えているとは……。しょっぱなから驚きを隠せずにはいますが、果たしてこんな寝室って簡単に作れるものなんでしょうか?
「ポイントを押さえれば、ホテルライクな寝室に近づけることは意外と簡単ですよ」
その言葉を皮切りに、野田さんは縦横無尽に語り出します。
クッションは最低2つ
「まず重要なのが、枕元のクッションですね。1人あたり2つは欲しいところです。
このクッション自体はIKEAのもの。1つ1,000円くらいですが、あるだけでグッとホテルに近づいて、リラックス空間を演出できますよ。
ぜひ、枕とは別に置いてみてください。」
ベッドリネンはリネン(麻)で統一する
シーツや枕カバー、クッションカバーなどのベッドリネンは全て、IKEAのPUDERVIVA(プデルヴィーヴァー)という麻のシリーズで統一されているそう。
「麻である理由は、高級感と機能性ですね。
『ホテルライクな寝室』にしたいので、ベッドリネンは少し非日常的な高級感が欲しいところです。
となると、日常的すぎる綿は避けるワケですが、かといって絹はゴージャスすぎてリラックスできなくなってしまう。それはそれでよくない。
そこで麻という選択肢が出てきます。麻は光沢があって高級感があるし、天然素材で肌触りもいい。
どうしても麻って夏物のイメージがあるんですが、実は保温性も高いんです。それでいて、通気性と透湿性も高いので蒸れにくい。
無印良品も同様の理由から、秋冬の新作にリネンのベッドリネンをラインナップしていたほど。実はオールシーズンで活躍する素材なんですよ」
触らせてもらうと、確かにとっても気持ちいい! ぜんぜん注目していなかったけど、素材って大事なんだな……。
ベッドスローはひざかけでいい
ホテルでは必ず見かけるベッドスローですが、実はこれはひざ掛けなんだとか。
「地味にIKEAの新作のOMTÄNKSAM(オムテンクサム)ですね。ベッドスロー自体で探すと割と高価なので、ひざかけで代用して費用を抑えています。
ベッドスローには下半身が冷えないとか諸説あるようですが、一番の効果はやっぱり見た目ですから!
これがあるだけで一気にホテルライクになって、生活感が消えるんですよ」
暖色の間接照明を忘れずに
他にも、雰囲気づくりに一役買っていそうなのは、この照明でしょうか……?
「ええ。電球はエジソンバルブを間接照明として使っています。
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太陽の光って、朝は青っぽくて夕方になると赤色になりますよね。
人間のバイオリズムもそれに慣れているので、暖色の光はリラックスしやすいんです。
その光をさらに直接照明ではなく間接照明にすることで、グッと雰囲気もよくなるし、適度な暗さが眠気を誘いますよ。」
マットレスには思いっきり投資する
ここまでの話だと、かなりリーズナブルに寝室を作っているように感じます。では、逆に最もお金をかけたのはどこなんでしょうか?
「間違いなくマットレスですね。これは羽生結弦選手も使っている、東京西川の&Freeシリーズのマットレスです。」
実際に、大手国内ホテルのスイートルームでも使われていて、最高の寝心地ですよ。その分、いい値段したんですけど……」
後ほど調べてみると、安いものでもなんと10万円近く……! アレ……? 「意外と簡単」どこいった……?
今思えば、この辺りからだんだん野田さんの目に狂気じみた何かが宿り始めたのです。
「ちなみに快眠の理由は、このブロック状に分かれたセル構造で、体圧を分散してくれるんです。だから、朝起きたときに背中や腰がまったく痛くないんですよ」
確かに僕も、朝起きると背中や腰が痛いときが……。それにしても、体圧分散とはなんと魅惑の響き……。
「予算があまりあったワケではないので正直キツかったですが、後悔はしていません」
無印ベッドは足をつけずに
他にも、部屋に入ってすぐ良いなと思ったこのベッド、実は無印良品なのだとか。本来は足をつけないといけないモノをあえて外しているそう。
「開放感を上げたくて。寝るときに天井が近いと、圧迫感を感じてリラックスしづらくなるんです。それに、ベッドって大きいから寝室が狭く見えちゃう。
だから、足はあえてつけていません。本来ヘッドボードをつけるなら足をつけないといけないのですが、知り合いの家具職人さんにやり方を教えてもらいました」
ウッドスプリングが効くので、マットレスと合わさってさらに快眠が加速するんだとか。
エッセンシャルオイルで寝つきをよく
とはいえ、今夜にでもマネできるものは少なそう……。野田さん、なにか手軽に快眠できるアイディアはないですか?
「それなら、この無印のブレンドエッセンシャルオイル『おやすみ』ですかね。」
「コレを寝る前に枕に1滴垂らすだけで、リラックス効果を高めてくれますよ。
柑橘系の爽やかさが1日の中にあるイライラとかモヤモヤを洗い流してくれて、その上で緊張した心を和らげくれる深みのある香りが眠りを誘ってくれますよ」
実際に寝てみると…
ここまでの話をもとに実際に寝かせてもらった感想は……
「はあぁ〜〜〜本当に気持ちいいぃ〜……」でした。香りもすごくよくて……素材が統一されているのもこんなに心地いいとは……。
ちなみに、この「ヤムチャのポーズ」が一番負担が少なく、入眠に向いているそう
電気を消して寝室に放置してもらうと、マジで寝そうになりました。恐るべし「10分で寝落ちする寝室」……。
習慣も同じくらい大切
眠りに強烈にこだわる野田さんですが、いったい何がきっかけだったんでしょうか?
「新卒の就活のとき50社落ちたことですね……。大学時代、カナダに留学したんですが、アメリカで就活したら容赦なく、
『どうしてキミみたいなのを採用しなくてはいけないんだ?』と面と向かって言われたりして(笑)
落ち続けたことに加えて、その言葉がトリガーになって、不眠と鬱にもなりかけて。
その頃、カウンセリングに通いながら、どうすれば眠れるのかを探り始めたんです。」
「その結論としては、寝室づくりもめちゃくちゃ大事だけど、習慣もめちゃくちゃ大事ということでした。
僕の場合はいつも朝8時に起きて、24時には寝る8時間睡眠。寝る3時間前には夕食を済ませ、2時間前にはお風呂から上がってストレッチをします。
スマホも寝る1時間前にはリビングに置き去りにして、代わりにこうやってベッドに入って本を読むことにしていますね。
さらには眠っている時に疲れが取れるように、疲労回復物質が多く含まれた「鳥の胸肉とバジルのサンドイッチ」を毎朝食べているのだとか……。
いやはや、ここまでくるともはやアスリート。快眠は一夜にしてならず……ということが身にしみて分かりましたよ。
生は本来不快なもの
最後に、いまにも眠りにつきそうになりながら野田さんは言いました。
「森博嗣の小説『すべてがFになる』にこんな一節があって……」
「そう、たとえばね、先生。眠りたいって思うでしょう?
眠ることの心地よさって不思議です。何故、私たちの意識は、意識を失うことを望むのでしょう?
意識がなくなることが、正常だからではないですか? 眠っているのを起こされるのって不快ではありませんか?
覚醒は本能的に不快なものです。誕生だって同じこと……。生まれてくる赤ちゃんって、だから、みんな泣いているのですね。」
(森博嗣 『すべてがFになる』 P495より引用)
「つまり、人間って本来、死んでいる状態が自然なんじゃないかと言っているんです。
睡眠って『擬似的な死』だと思うのですが、それが3大欲求にもなるほどの快楽なのは、『死こそ常態』だからなのではないかと」
「大人になると、人生の80%は大変なことや辛いことじゃないですか。それは生きていることが不自然だからとも思ってしまったり。
だけど、不意に訪れる20%の幸せもあって。ぼくは就活には失敗したけど、その結果ついた仕事がきっかけで、いまはROOMIEを楽しくやらせてもらっているし……。
ホント何が幸せにつながるかなんて全然わからない。だからこそ、80%の辛さはなるべくいい状態で乗り越え続けたい。
だから、よい睡眠によって毎日深く死んで、不意に訪れる幸せな明日を向かいたいんです……」
難しい話をしたら、なんだかホントに眠くなってきちゃった……と呟くと、鍵の場所を指して、野田さんは眠りにつきました。
鍵をかけてポストに入れた時、不意に『ハリー・ポッター』からダンブルドア先生の言葉を思い出しました。
「死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものだ。
結局、きちんと整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険に過ぎないのじゃ」
さぁ、僕も家に帰って、明日に向かって寝よう……。
これほどまでに寝室に向かう足取りが早いのは、本当に初めてなのでした。