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電車の車窓から、どこかの学校の校庭が見えた。
たくさんの人たちが、校庭に大きな輪を作っている。
その輪の中心で、小さな人影がいくつか、懸命に動き回っていた。
どうやら体育祭のようだ。
(体育祭かぁ……懐かしいなぁ体育祭。……あれ、体育祭? 何やったっけな?)
体育祭に関する思い出が無いのは、僕が文化系の人間であったからで、
文化系の人間はきっと皆そうだろうと思う。
小学校、中学校時代の僕は背が低く、運動関係はまったく駄目だった。
視力に加えて性格まで捻くれていたので、
「体育祭……読んで字の如し、体が育った人間たちの祭りだ。
頭は育ってないが、体だけは頑丈だという輩が、今日1日だけ輝けるんだ」
そんなことを思ったりもしたが、実際のところ勉強さえも出来なかったのだから、
もうどうしようもない。
そう、僕は勉強が出来なかった。
だから上記の『体育祭に関する心の声』は多少成長した今だから書ける文章で、正確には
「たいくさい? うんどお部のやつらがめだつ行事ミソ。
ボキには関係ないミソ」
こんな風に思っていた。
語尾にミソが付いていた。
更に言えば、運動が出来なかったことを「背が低かったから」と論じたが、
僕より背が低かったK山くんはサッカー部でめちゃくちゃ足が速く、
その結果モテていたので、
背の高低は、多分そんなに関係が無いのだと思う。
加えて、K山くんがモテていた理由は「足が速いから」だけでは無いのだろう。
まあ要するに、
学生生活において公的に輝ける瞬間からことごとく落ち零れていた僕であるが、
唯一、輝いた瞬間がある。
それは、高校時代のクラブ対抗リレーにおいて、だ。
この話は以前にもどこかでしたことがある。
僕は演劇部に所属していて、だからクラブ対抗リレーの「文化部枠」に出場した。
ちなみに僕は演劇部の部長であった。
この任命劇にも、「ほかに任せられる人材がいなかったから」と顧問に言われるという、
なんとも喜び辛いエピソードがあるのだが、それはまた別の話。
クラブ対抗リレーは、それぞれの部活が「それと分かる格好」でリレーをするという、
いわば息抜きのようなもので、基本的には誰も本気で走っていない。
そして文化部は、当然ながらユニフォームというものが存在しない。
学生服での作業が常であるし、演劇部ともなれば、練習着はジャージ、衣装は脚本によって様々だ。
我々演劇部は、顧問の鶴の一声により、衣装で走ることになった。
今までに演じられてきた様々な衣装が部室にある。それを引っ張り出し、適当に着るのだ。
僕は何故か看護婦だった。
理由はよく覚えてい無い。立候補したつもりはない。
ともあれレースは始まった。
部員からバトンを渡され、僕は走った。超走った。本気で走った。
前を行く女子生徒を抜きさり、大きく引き離す。
あの瞬間、僕は確かに風になっていた。
文化部と言えば、女子生徒が圧倒的に多い。
演劇部が参加するレースで、他の部活の生徒は皆女子ばかりだった。
だから、僕が速いのは当たり前なのだ。
高校生ともなれば、体格も変わる。筋力も変わってくる。
小学生の時はよく女の子に泣かされていたものだけれど、
高校生になってからは泣かされたことが無いのが自慢だ。それだけ強くなっていたのだ。
圧倒的早さで次の走者へバトンを渡す。
観客席からの喝采が聞こえた気がした。なんとなく。
後で聞いた話だが、観客席からは「クソ速いナースがいた!」とざわめきが起こったという。
それは僕だ。
僕こそが「クソ速いナース」だ。中身は男だ。
おそらくだが、ナースコールが鳴らされたときの夜勤の看護師くらい速かっただろう。
この時こそが、人生における「体育祭歴」において、唯一輝いていた瞬間であった。
後にも先にも、これ以上に活躍できた体育祭及び運動競技は無い。
今後も多分、一生無い。
体育祭は、育っている最中にしか行われ無いのだ。
育ちきった僕が参加する権利は……、
……いや、ある。あるじゃないか。
運動会の中で開催される、得点には絡まない父兄参加の一大イベントが!
ただ、父兄に成れる予定が今の所無いのが少し問題だが、
とりあえず、ナース服を買っておこう。
ナース服を着れば、僕は無敵なのだ。
買った瞬間に遠のく何かがあるような気がするが、気のせいだろう。
たくさんの人たちが、校庭に大きな輪を作っている。
その輪の中心で、小さな人影がいくつか、懸命に動き回っていた。
どうやら体育祭のようだ。
(体育祭かぁ……懐かしいなぁ体育祭。……あれ、体育祭? 何やったっけな?)
体育祭に関する思い出が無いのは、僕が文化系の人間であったからで、
文化系の人間はきっと皆そうだろうと思う。
小学校、中学校時代の僕は背が低く、運動関係はまったく駄目だった。
視力に加えて性格まで捻くれていたので、
「体育祭……読んで字の如し、体が育った人間たちの祭りだ。
頭は育ってないが、体だけは頑丈だという輩が、今日1日だけ輝けるんだ」
そんなことを思ったりもしたが、実際のところ勉強さえも出来なかったのだから、
もうどうしようもない。
そう、僕は勉強が出来なかった。
だから上記の『体育祭に関する心の声』は多少成長した今だから書ける文章で、正確には
「たいくさい? うんどお部のやつらがめだつ行事ミソ。
ボキには関係ないミソ」
こんな風に思っていた。
語尾にミソが付いていた。
更に言えば、運動が出来なかったことを「背が低かったから」と論じたが、
僕より背が低かったK山くんはサッカー部でめちゃくちゃ足が速く、
その結果モテていたので、
背の高低は、多分そんなに関係が無いのだと思う。
加えて、K山くんがモテていた理由は「足が速いから」だけでは無いのだろう。
まあ要するに、
学生生活において公的に輝ける瞬間からことごとく落ち零れていた僕であるが、
唯一、輝いた瞬間がある。
それは、高校時代のクラブ対抗リレーにおいて、だ。
この話は以前にもどこかでしたことがある。
僕は演劇部に所属していて、だからクラブ対抗リレーの「文化部枠」に出場した。
ちなみに僕は演劇部の部長であった。
この任命劇にも、「ほかに任せられる人材がいなかったから」と顧問に言われるという、
なんとも喜び辛いエピソードがあるのだが、それはまた別の話。
クラブ対抗リレーは、それぞれの部活が「それと分かる格好」でリレーをするという、
いわば息抜きのようなもので、基本的には誰も本気で走っていない。
そして文化部は、当然ながらユニフォームというものが存在しない。
学生服での作業が常であるし、演劇部ともなれば、練習着はジャージ、衣装は脚本によって様々だ。
我々演劇部は、顧問の鶴の一声により、衣装で走ることになった。
今までに演じられてきた様々な衣装が部室にある。それを引っ張り出し、適当に着るのだ。
僕は何故か看護婦だった。
理由はよく覚えてい無い。立候補したつもりはない。
ともあれレースは始まった。
部員からバトンを渡され、僕は走った。超走った。本気で走った。
前を行く女子生徒を抜きさり、大きく引き離す。
あの瞬間、僕は確かに風になっていた。
文化部と言えば、女子生徒が圧倒的に多い。
演劇部が参加するレースで、他の部活の生徒は皆女子ばかりだった。
だから、僕が速いのは当たり前なのだ。
高校生ともなれば、体格も変わる。筋力も変わってくる。
小学生の時はよく女の子に泣かされていたものだけれど、
高校生になってからは泣かされたことが無いのが自慢だ。それだけ強くなっていたのだ。
圧倒的早さで次の走者へバトンを渡す。
観客席からの喝采が聞こえた気がした。なんとなく。
後で聞いた話だが、観客席からは「クソ速いナースがいた!」とざわめきが起こったという。
それは僕だ。
僕こそが「クソ速いナース」だ。中身は男だ。
おそらくだが、ナースコールが鳴らされたときの夜勤の看護師くらい速かっただろう。
この時こそが、人生における「体育祭歴」において、唯一輝いていた瞬間であった。
後にも先にも、これ以上に活躍できた体育祭及び運動競技は無い。
今後も多分、一生無い。
体育祭は、育っている最中にしか行われ無いのだ。
育ちきった僕が参加する権利は……、
……いや、ある。あるじゃないか。
運動会の中で開催される、得点には絡まない父兄参加の一大イベントが!
ただ、父兄に成れる予定が今の所無いのが少し問題だが、
とりあえず、ナース服を買っておこう。
ナース服を着れば、僕は無敵なのだ。
買った瞬間に遠のく何かがあるような気がするが、気のせいだろう。
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