「金、金、金、そんな女が失脚したんだぜ? こりゃ大笑いだぜ。アメリカもまだ捨てたもんじゃないってことさ。この国にはまだ正義って奴があるんだよ」


大統領選挙の速報が流れた日、JFK国際空港から乗ったタクシーのドライバーがそう言った。


あれ? 君はアフロアメリカン(黒人)だよね? 思わずそう言いそうになって言葉を飲み込んで、「ははは」と笑った。新しい大統領を支持する人は、この国のメインである70%を占める白人が中心だと勝手に思い込んでいたからだ。それもブルーカラーの。でも内訳は決してそんな単純な図式、じゃないのだ。黒人だって、ヒスパニックだって、日本人だって、メキシコ人だって、トランプに入れた人はきっとごまんといる。じゃなければこの結果にはならなかったわけだ。複雑なアメリカの内面が一気に露呈した。

アメリカ人はよくこのフレーズを使う。

So What?(だから、どうしたって言うんだ?)

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僕の白人の友人はトランプがヒラリーを「Nasty」と呼んだあたりから完全にキレて、急進派のトランプアジテーターになった。デモにも参加している。彼女はトランプ勝利を覆そうと頑張っている知識層の白人の一人である。白人でもラテン系からゲルマン系、色々いるわけだが、NYなのでリベラルの数は圧倒的なのかもしれない。一緒に仕事する別の白人の男性はトランプ話になると「大変だよね。一体この先どうなるんだか」と心配そうに僕の肩に手を載せる。だが彼がヒラリーに入れたかどうかはわからない。選挙にさえ行ってないのかもしれない。

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かと思えば、「ヒラリーが失脚したんだぜ? こりゃ大笑いだぜ」と狂喜乱舞する黒人のドライバーもいるわけだ。今まで何も考えずに眺めていた人たち、すれ違うだけの誰かに「この人はどちらに入れたのだろうか」という目を向けてしまう。レストランに入ろうとメニューを覗き込む時、目があった白人が僕を「差別をしている」と感じてしまう自分の疑心暗鬼。ジムでトレーニングをしている最中に視界をさえぎられただけで「わざと?」と一瞬ネガティブに捉えてしまう被害妄想。

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強いアメリカと弱いアメリカ。あらゆる人種を飲み込んで、今アメリカは激しく揺れている。

トランプは勝った。

So What?

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彼が違法な節税したというポイントを討論会でヒラリーに論理的に突っ込まれた時、日本人の僕は「ああ、これでトランプも終わりだな」と思ったわけ。普通ならそう思う。ま、何が普通なのかはわからないのだけれど、「ズルをして節税する」人が大統領になるのはあり得ないと「僕の考える普通」は思う。しかし、あの時アメリカの世論は思ったほどトランプを叩かなかった。というよりはむしろ「何が悪い?」的ムードがあったようにさえ思う。

So What?

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おそらく、「賢く節税して、スレスレのことをやって、だからこそお金持ちになって、成功したんだから何が悪いのか?」的な世論がアメリカ人の大多数の中に「声には出せないけれど」あるのではないか? ギャラを現金で貰えば税金申告しないのは当たり前だし、20年前に出産した時の安い保険をまだ使っていたり、フードスタンプで指輪やマネキュアを買ってたり、、、やる人はやる。そういう国なのだ。

So What?


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一生懸命に努力をして上へ上へ駆け上り、賢く頭を使い成功するのはこの国じゃなく誇らしいことである。その上へのし上がるプロセスで行われた違法な節税が暴かれたところで、大統領に値しないとは思わない。埃は叩けば誰だって出る。大事なのは、この鬱屈した現在の状況をスーパーマンの出現で劇的に「変えて欲しかった」人が多いんだということ。ハリウッド映画が存在する国の所以だ。

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日本人の友達で選挙権を持っている市民ニューヨーカーの中にも「ヒラリーで今まで通り何も変わらないオバマ継承路線で行くんだったら、期待を込めてトランプに入れるのは当たり前のこと。私はトランプに入れましたよ」と毅然と言い切る人がいた。人はそれぞれの考えがあるわけだから、それはそれで良いことだと思う。興味深いのは「政治のプロ」であるヒラリーよりも、白人層が移民に逆転されそうになっているこの国を「もう一度強く威厳のある国として取り戻したいと願う期待感」がトランプを勝利に導いた点だ。


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アメリカという国がわからない。プロレスの試合に出たり、ネットを炎上させるようなことを恣意的に発言したり、おかしな髪型の(これは自由なんだからほっといてあげなさいって?)、そんな男が大統領になるって。本当にそれでいいの? と思ってしまうが、平静を取り戻しつつある街を見ていると、政策が変わっても人の生活はこのままいい意味でも悪い意味でも変わらないんだろうなと思う。差別だけがひどくなるように気がする。

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前述の日本人アメリカ市民の友人は「アメリカはこの先も大丈夫ですよ。心配しなくたって。あの悪人ブッシュが2代大統領だった時代だってこの国はそれを乗り切ってきてるんですから」とあっけらかんと笑い飛ばす。

本当にそう?

「変わらなきゃいけないんですよ。常にそうやって
Updateしてやってきた国なんですから。日本だって同じですよ。平和憲法だってどんどんリアレンジして世界のスタンダードに対応していかなきゃいけないわけでしょう? 戦争が起こらないためにも『やられたら倍返しするよ』って『毅然さ』は必要よね。戦争するぞじゃなくて、剣を抜く格好を見せる姿勢」

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選挙の途中、女性初の大統領を認めたくない男尊女卑な人たちが、トランプに勝つのであれば、まあ誰でも大統領にはなれる。ヒラリーは女性だけれどしょうがないか、という女性蔑視のシナリオを喋っていた。ヒラリーは世論調査では優勢だったし、実際の票は彼女が取っている。ところがじわじわムードが逆転し、古い選挙人システムによりトランプ勝利が確定したのである。

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Status Quo という言葉を聞いたことがある。「現状維持」という意味。アメリカ人はこれを最も嫌う。このままの状態が変わらないんだったら多少リスクがついてきてもチャレンジの方を選ぶ。

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「0点と100点の差が激しすぎる。幼稚園に入る前のプリスクールで、もう一生の出世できるかできないかがほぼ決まっちゃってる世の中のシステムこそが問題だと思うのだけれど」


前述の友人がため息をつく。在米30年の市民権保持者だ。美味しいパスタとオペラが大好き。

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いい大学を出る。大学院を出る。MBAPHDを保持する。それだけで職の幅がぐんと広がる。コネなしではほぼ社会には入っていけない。黙って楚々と振舞っていては何も手に入らない。それがアメリカ。夢が現実になる国に、僕を含め「夢を抱いて」多くの人が来るわけだけれど、この国のレイアー(層)は厚くて、人種は混ざり合っていなくて、なかなかその奥へ入るのは難しい。


膨らむ閉塞感。変わりたい。ここじゃないどこかへ動きたい。そして鬱屈した気持ちが差別の火に油を注ぐ。

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日本人の別の友人が繊細な日本の材料でイタリアンの店をやったら大当たり。客のメイン層は成功した白人だった。ある営業前の午前中にサニタリーインスペクション(衛生検査)が抜き打ちで入った時、たまたま一匹のハエが検査官の目に入った。それでレストラン衛生ランクのは「B」だった。NYのほとんどの店が「A」を表示している中での「B」は友人も悔しそうだった。しかしながらそんなgradeも何のその、そのレストランは白人の客で毎晩列ができるほど連日ごった返していた。そしてその友人は厨房で優秀なメキシコ人のシェフを雇っていた。

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「うどんのアラビアータ」や「鴨南蛮付け柚子風味セビーチェ」、今NYのどれだけのレストランの厨房で、南米出身の人たちが真面目に働いていてアメリカの経済を支えているか? おそらく彼らがトランプの唱える強制送還などをされたら、アメリカの飲食はつぶれるだろうし、お金は回っていかないだろう。


実際にそのシェフが辞めたと聞いた少し後に、友人のその店はひっそりと閉店していた。

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心なしか2016のブルックリンの冬はどこか物悲しく寂しい。去年あんなに賑わったクリスマスツリー売りのエルフ君もいない。中国人のやっている100円ショップで痩せたツリーを数本売っているのは何度か見かけたけれど。枝っぷりの悪い貧乏たらしいツリーだ。

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一体、世界はこの先どうなるのだろう? メキシコとの間の国境には壁が作られるのだろうか? 近所のメキシコ人のお祭りやパレードは縮小されるのだろうか? 不法滞在している僕の知り合いはパスポートの更新ができるのだろうか? 日本はアメリカに手放されたら中国の何番めかの省になってしまうのか?(実際こんな話が出ていること自体がNYっぽい)

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曖昧さと雑多を抱えてアミューズメントのようにコロコロ表情を変える元気なNYはどこへ行ったのか? いや、ここにいるはずだ。じゃあ、何が今見えてこないのか? 悶々とぼくは年の瀬に一人で考えあぐねる。

そんなある日。

偶然こんな夢を見た。うちのデッキ(
40畳くらいある)へのドアを開けたら突然4分の1ほどの大きさに縮小されてて、区切られ人工芝と人口蔦で覆われて、新しい木のデッキが敷き詰められていたのだ。綺麗だけれど、ささくれ立ったあの無防備なウッドデッキでビールを飲むのが好きだったなと囲いの先を覗くと、なんとそこに広々とした木のボードウオークができていた。

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囲いを乗り越えてボードウオークの先まで行くとピンクシャンパン色の朝日に包まれ、ピリッとした風が心地よく、心が震えるのを感じた。


「ちょっぴり僕自身のデッキは狭くなったけれど、この感覚をボードウオークの端で経験できてよかった。ジョー(大家さん)いいことするよな!」

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とつぶやき元の囲いの向こうの自分のデッキに戻ろうとしたら、そこにはロープでつながれた渡り廊下しかないことに気づく。しかも10階ほどの高さから道ゆく人が米粒に見える。ええ? 高所恐怖症の僕は一瞬腰が引けるが、ぴに朝ごはんをあげねばならず、目を瞑って「えい!」とロープにつかまって渡る。

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そこで目が覚める。軽く寝汗をかいてドキドキ心臓の音が聞こえた。


オバマが勝利した夜、あちこちで花火が上がり、ルームメートのテップと嬌声を聴いた。シェアしていたアパートで喧嘩しながら二人で乗り越えた日々。その後、ジャズレーベルを立ち上げてから自分のジャズのアルバムを作って来年で6年目になる。ここまではオバマの任期の中、僕も歩いて来たわけだ。この先トランプになって世の中はどうなるのだろう。それは僕にもわからない。でも。

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Status Quo ではない道へまた進み始める新しい年へ。苔むさぬようゼロに戻って練習を積み重ねよう。新しい人と演奏しよう。古い上着は脱ぎ捨てて。

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僕にとってアメリカに来てからの「10年目」になるわけだ。長い。今も何が変わったわけでもないのに度胸は少しでて来た。


喧嘩もするしダンスも踊る。あり余る情熱。また新たな一歩。

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これからも人生は驚きの連続かもしれないが、「ユーモア」を忘れずに「毛布」に包まらず、裸一貫で立ち向かいたい。

ピリピリしたあの美しいピンクの朝日に包まれた瞬間をしっかり心に留めて。変化を恐れるな。孤独を楽しんで。

メリークリスマス! すべてのみんなへ。

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文・写真 : 大江千里



 

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So What (1959)


作曲 : Miles Davis マイルス・デイヴィス




マイルス・デイヴィスのもっとも売れた、モダンジャズの記念碑的アルバム『Kind Of Blue』の1曲目に収録。マイルス自身の口癖「だから何? (So What?)」がタイトルになっていると言われる。マイルス・デイヴィス(トランペット)、ジョン・コルトレーン(テナーサックス)、キャノンボール・アダレイ(アルトサックス、ポール・チェンバース(ベース)、ビル・エバンス(ピアノ)、ジミー・コブ(ドラム)が参加した。1961年にはヴォーカリーズの創始者、エディ・ジェファーソンが歌詞をつけている。

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