子供の頃の記憶だ。その楽器の音が近づく時の感覚を僕は今も鮮明に覚えている。もの悲しい旋律で胸の振り子が揺れると涙がこぼれた。今思うとオーボエに似たその音色は木管楽器特有の心に寄り添う類のものだった。チャルメラ。団地住まいの窓のずっと先のその又先の方から近づいて来たあの「旋律」。
近づいてくる台風、妹をねんねこたすき掛けして髪を振り乱し、窓にバッテンの木を補強し回ってた母の必死な後ろ姿。膨らむ風の音。そんな厳戒態勢の中、その音はどこか不思議と素っ頓狂に飄々と近づいてくるのである。早く逃げて、どこかで屋台をひくおじさんの姿を思い浮かべ、迫り来る台風に震えながら、でもどっか心の奥で感じたあの突拍子もないワクワク。
屋台のラーメン屋の客寄せとして鳴らされていた「ソラシーラソーソラシラソラー」というメロディ。警笛のようでもあり、催眠術のようでもある。その音が流れると、身体が引き締まるような感覚と身を