6月21日に、国会で『いじめ防止対策推進法案』(法案内容はこちらからご覧いただけます:  http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g18301042.htm )が可決成立しました。
それに伴い、「ストップいじめ!プロジェクトチーム」では、以下にアピールをいたし ます。



「いじめ防止対策推進法」成立にあたって
ストップいじめ!プロジェクトチーム
 

1 はじめに

 今般、「いじめ防止対策推進法(以下「本法」という。)」が成立したことは、評価に値する。いじめ対策について包括的な立法がなされるのは今回が初めてであり、その意義は大きい。これを契機に、いじめ対策が効果的、継続的に実行されることを期待する。「ストップいじめ!プロジェクトチーム(以下「本PT」という。)」としても、その推進に積極的に関わっていきたい。

 ただ、いじめ対策の立法までにこれほど長い年月がかかったことは反省しなければならない。わが国でいじめが社会問題化したのは1980年代であり、以来、30年近くが経過した。その間、悲惨ないじめ自殺事件が起こると、その都度いじめの問題がメディアに大きく取り上げられ、広く社会的な注目を集めたにもかかわらず、それに対する対応は場当たり的なものに終始してきた。文部科学省を始めとする教育行政はなんら実効性のある対策をとらず、また、立法府も、いじめを正面から捉えた立法を行わないまま、いずれも小手先の対応に終始してきた。

今般の立法も、大津市のいじめ自殺問題が大きな社会的注目を集め、その時期にたまたま衆議院選挙が行われたため、各党がマニフェストに盛り込んだことによるとの見方もできる。この間、多くの尊い若い命が失われ、また、自殺に至らないまでも多くの子どもたちがいじめで苦しんできた。今回の立法が、このような子どもたちの苦しみ、犠牲の上に立ったものであることを、大人である私たち一人ひとりが、まずもって肝に銘じなくてはならない。

また、当然のことながら、法律が存在するだけでいじめ問題が解決するわけではない。同法を基礎としながら、効果的で具体的な対策がとるために、継続的な議論を進めていく必要が有ることを、改めて確認したい。

 

2 いじめを「予防する」との観点

 本法に、いじめの防止、すなわち、予防的観点からの対策が盛り込まれた(1条)点は、大きな意義がある。従来の教育行政は、いじめの早期発見、早期対処、という点に主眼をおき、いじめ予防は、一部の熱意ある学校、市民団体、弁護士等による活動にとどまっていた。いじめ予防策が十分にとられなかった結果、子どもたちはいじめの対処法や、いじめの捉え方について学ぶ機会を与えられず、「いじめられる側も悪い」「いじめを大人に報告するのは卑怯なことだ」「いじめを見ているだけなら責任はない」などの誤った考え方が放置されてきた。本法は、このような流れを大きく転換する可能性を秘めている。

 もっとも、具体的な対策は、文部科学大臣の定める「いじめ防止基本方針」(11条)、地方公共団体の定める「地方いじめ防止基本方針」(12条)、学校の定める基本方針(13条)において定められることとされており、いじめ予防策が実効性のあるものになるか、それとも形骸化するかは、今後どのような対策がとられるかにかかっている。いかに実効性のある予防策がとられるかについて、本PTは引き続き注視し、また、具体的な提言を行っていきたいと考えている。

 

3 教員の研修、配置

 本法では、国及び地方公共団体に、教員養成と研修の充実並びに人員の配置の措置を講じる義務が課されている(18条1項)。従来、いじめに関する教員研修は幅広く行われてきた。平成24年の調査に文部科学省調査によれば、公立学校で、平成23年度中に何らかの形でいじめに関する研修を行った学校は87.9%に上っている。にもかかわらず、未だその効果は少なくとも目に見える形では現れていない。このことは、残念ながら従来の研修があまり効果的ではなかった可能性を強く示唆している。従来の研修では何が不十分だったのか、現場の声を真摯に受け止め、実効性のある研修方法の確立が求められている。教員の配置の量的な拡大という議論だけでなく、他のハラスメント対策と同様、担当教諭の育成・配置など、質的な改善を進める措置もまた求められる。

 

4 厳罰主義に対する批判

 本法では、「学校は、いじめが犯罪行為として取り扱われるべきものであると認めるときは所轄警察署と連携してこれに対処するものとし、当該学校に在籍する児童等の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるおそれがあるときは直ちに所轄警察署に通報」しなければならないとしている(23条6項)。従来の文部科学省通知(平成24年11月2日等)では、警察への相談は「いじめる児童生徒に対して必要な教育上の指導を行っているにもかかわらず、その指導により十分な効果を挙げることが困難である場合において、その生徒の行為が犯罪行為として取り扱われるべきと認められるとき」とされており、本法では警察への相談をより強く推奨している。いじめをした生徒に対する懲戒(25条)、出席停止制度(26条)の規定とあわせて、いじめをした生徒に対して、より厳しい処分を科すとの姿勢を示していると言えよう。この点は、運用上十分な慎重さが求められる。以下にその理由を述べる。

 第一に、警察との連携の要件となっている「犯罪行為として取り扱われるべきもの」とは何を指すのか、明らかでない。いじめのかなりの部分は、厳密に言えば何らかの犯罪構成要件に該当しうる。例えば、悪口は名誉毀損罪や侮辱罪、暴力を伴うものは暴行罪、それによって怪我をすれば傷害罪、使い走りをさせれば強要罪、というように、その裾野はきわめて広い。これらの行為が全て警察への相談乃至通報の対象になるべきではないのは明らかである。では、どこで線を引くのか。「犯罪行為として扱われるべきもの」との条文は、それが広く解釈された場合、学校又は被害者の保護者が、極めて安易に警察に通報する実態を生じさせかねない。

 第二に、警察への相談乃至通報、懲戒、出席停止といった処分を前面に押し出すことは、いじめの本質的あるいは最終的な解決にはならない。警察に通報した結果、刑事事件乃至少年事件として扱われることとなっても、少年院送致や児童自立支援施設送致とならない限り、いじめをした生徒は比較的短期で学校に戻ってくることが可能である。出席停止も、基本的には一時的な措置として捉えられており、やはり短期間で学校に戻ってくる。そのとき、いじめた側が以前と変わっていなければ、仕返しとして、さらに激しく、かつ、二度と大人にばれないように狡猾に、いじめを行う可能性がある。また、そのような可能性が高ければ、いじめを受けている生徒は、教師や保護者にいじめられていることを告白することをより躊躇することになりかねない。さらには、いじめをしている生徒も、その後に厳しい処分が待っていると分かっていれば、簡単にはいじめの事実を認めようとはしなくなるだろうと思われることから、事実認定が従来よりも困難になる可能性がある。

 以上のような理由から、厳罰化は、却っていじめの問題を解決から遠ざける面があることを認識する必要がある。

 そもそも、いじめをした生徒は、多くの場合、家庭環境、学習面、人間関係等に問題を抱えていることが多く、その点のケアをせず、単に処分だけを科しても事態は改善しない。適切なケアを行い、その後、いじめによってどれだけ人を傷つけたのかを理解しない限り、いじめる側が態度を変えるのは困難である。本法は、いじめをする側に対するケアという視点が不十分なものであることは指摘せざるを得ない。

 また、現状、いずれの犯罪にも当てはまらない、無視・仲間外しなどの「コミュニケーション操作系」のいじめが多発しており、そのようないじめに対してどう対処していくかは、さらなる検討を要する。そして何より、中長期的な対策として、研究調査に基づき、「いじめが起きやすい環境」「加害行為が生まれやすい環境」の改善といったことも、視野に入れていく必要がある。

5 第三者機関の必要性

 本法で、いじめ問題について調査を行う独立の第三者機関設置が盛り込まれていない点は、問題である。

 本法23条では、教職員等による学校への通報(1項)、学校から設置者への通報(2項)が義務付けられているが、条文で定めても、不適切な報告、その後の処理がなされてしまう可能性を完全には排除できない。まして、現状のように、いじめ問題で訴訟提起がなされる可能性のある場合には、敗訴をおそれ、情報隠蔽に走る可能性は依然として残ると見る。一定の「重大事態」においては、事実関係の調査のための組織を設ける旨規定されているが(28条1項)、これも設置者又は学校の下に設けられる組織とされているため、公平性、中立性の観点からは疑問が残る。また、「重大事態」以外の事案については、このような組織は設置されない。これらの点からして、28条1項に規定される組織は、その機能を十分に果たすことができないことが懸念される。

また、地方公共団体は、条例によりいじめ問題対策連絡協議会を定めることができる、とされているが(14条)、当該機関に、上記で述べたような、学校や学校設置者の不適切な処理をただす機能と権限が付与され、なおかつ直接いじめの当事者からの申し出を受けられるような機能を持たせることができれば望ましいが、条文を素直に読むと、残念ながら他機関の連携にとどまっている。

 国連子どもの権利委員会は、日本政府に対し、再三にわたり、子どもの権利に関する条約に定められた子どもの権利を実効的に保障するため、子どもの権利に関する事案全般を扱う独立の第三者機関を設置することを勧告している。今般、本法にそれが規定されなかったことは、貴重な機会を逸したと言わざるを得ない。もっとも、すでに地方自治体のいくつかでは、条例により、子どもの権利保障のための第三者機関を設置している。この流れをさらに加速するような政策を国や自治体が積極的に進めることが、本法の趣旨にも合致するし、今後強く望まれることである。

 以上、本法の主要な点に対する見解を述べてきたが、本法成立自体は目的ではなく、手段である。特に、いじめの予防、調査という点で、本法は出発点となる。今後、自治体の枠を超えて、真に実効性のあるいじめの調査を行い、それを広く共有していくことがきわめて重要になってくると考える。本PTは、子どもたちの命と尊厳を守るため、いじめ問題の改善に向けて、今後の政府や学校等の動きについてもさらに意見を発信し、また積極的に行動していきたい。

以上