さて、前回は安倍首相の演説の紹介のなかで、「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」について触れました。
これはもともと、世界全体で貿易の自由化を進めていきましょうという「GATTの交渉が長期化するなかで、いたずらに待っていても仕方ない、できる範囲の国で自由貿易協定を結びましょう」という別の流れが出てきたものの一つです。
急速に拡大している2カ国間の自由貿易協定をFTAといいますが、TPPはこれとは異なり、狭い範囲の多国間協定で、もともとはチリ、ブルネイ、シンガポール、ニュージーランドという比較的小粒の協定として発足しました。一般にこの協定はまだ発効していないように誤解されていますが、もうこれは9年前(2006年発効)から走り始めています。
では、なぜこれが現在進行形の話になっているかというと、ここに日本とアメリカという大国が紛れ込んできたからです。
アメリカは、NAFTA(北米自由貿易協定)を発展させ、アジア地域の成長性を自分の自由貿易協定の枠内に組み込もうと、後から乗り込んできました。
日本は、もともと全世界規模での包括協定(GATTやその後継のWTO)を優先して、世界全体の成長を取り込む戦略だったので、個別のFTAや地域協定の流れに乗り遅れたのです。
このような経緯で、2010年から米国、豪州、ペルー、ベトナムの8ヵ国で交渉が開始され,現在はマレーシア、カナダ、メキシコ及び日本を加えた12カ国が交渉に参加しています。
で、軒を貸して母屋を取られたようなもので、TPPは日米のFTAに近いものになってきています。
そしてそこに、最近話題のAIIBが突如現れました。
AIIBはアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank)のことで、中国が提唱した、アジア地域のインフラ整備のための国際銀行です。
もともと、アジアにはアジア開発銀行という日米主導で運営されている国際銀行がありますが、その向こうを張って、中国主導で進めようという試みです。
これは、アジアをTPPで自分の経済圏に組み込もうというTPPと、真っ向勝負の展開となるでしょう。もちろん、TPPは自由貿易協定であって範囲が広く、何か特定の事業を推進するものではなく、AIIBはインフラ開発を行う与信機関ですから、機能も形態も全然違います。
とはいえ、この二つを比較すると、米中の陣取り合戦の帰趨が見えるのです。
で、その図を書いてみました。
これは参加国のGDPを米ドル建てで陣営ごとに足し合わせたものです。
AIIBは世界の過半数を占めるのに、TPPは世界の1/3くらいです。中国は、あっという間にこうした構造を作ってしまいました。世界の過半を影響下に置くということは、中国は立派な覇権国家になった。それと比べて、アメリカは墜ちたものよのう、なんていう記事が氾濫したのは、そのせいです。
で、焦ったアメリカに対して、日本が「まぁまぁ、我が国は付き合ってあげるからさぁ」と得点稼ぎをしたのが、前回の安倍首相演説だったわけです。中国に力の差を見せつけられた状態での日本の売り込みは、アメリカにとってみれば救いだったでしょう。
とはいえ、AIIBの実態をみると、こうした表面的な見え方とは違った側面も見えてきます。ちょっと上図を国別にブレイクダウンしてみましょう。
これをみると、両陣営筆頭国の米中の直接比較では、中国はアメリカに及ばず、AIIBは残りの部分に多くの比重があります。
そのうち、中国主導でこれからインフラ投資をして行こうという国は、そう多くありません。
AIIB騒動の中で、英国がアメリカを裏切ってAIIB側についたとか、その後雪崩を打って欧州諸国がAIIBに参加したと報道されていますが、これは、AIIBの発注する仕事が欲しいだけです。
欧州諸国がAIIBから資金を貰ってインフラを作ってもらうという従属的立場ではありません。
また、いわゆるBRICs諸国の中国以外(ブラジル、ロシア、インド)が全体の8%を占めています。これは独自の動きをしがちな大国であって、必ずしも中国のコントロール下に入るとは思えません。
「その他AIIB諸国」10%の中にも、産油国など資金的に豊かな国が多く含まれていて、これらの国はお金が足りないわけではないので、中国からの融資が喉から手が出るほど欲しいというわけではありません。
こう考えると、AIIBで中国主導の融資を付けてもらって発展したいという「中国傘下」の国は案外少ないのです。
こうしてみると、機能としても巨大な自由貿易圏を形成し、経済融合が進めば相乗効果が大きく期待できるTPPを日本が優先し、ガバナンスが不透明で通常の商業ベースで投資採算が悪い(投資採算が良い案件ではAIIBを使わず、民間ベースでインフラ整備が進むため)案件ばかり抱えてしまいそうなAIIBを後に置いた日本の政策の意味がわかります。
AIIBは民間資金も動員して投資規模を拡大する旨の報道もありましたが、私たち個人が投資先を考えるにあたっては、AIIBが今後発行するかもしれない個人向けの債券その他の金融商品より、自由貿易圏で成長余地のある投資先を検討した方が賢いのではないでしょうか。