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書籍出版が決まりました! 1933年頃の金剛の考察
皆さまごきげんよう 宮間めさのです。
メインチャンネルでも告知準備中なのですが、この度、艦にまつわる書籍を出版することになり
現在も制作作業を行っています。今年の夏ごろから地道に作業をしているのですが、まだまだ艦の細部の考証を行っている段階です…。
チャンネルブログでは書籍を出版するにあたり、制作しているCGやイラスト、もしくは考察などをお届けしていきます。
本日は1933年の戦艦金剛という、ありえないほどマニアックな題材ですが
いかんせん、模型の作例はほぼ皆無でしたが、モデルアート社から出版されている、真総ざらい金剛型の本の作例で全体像を掴んで、細部は写真が頼りでした。
下の写真は昭和9年頃の金剛のようですが、ややこしいのが昭和8年と昭和9年では高角砲が増強されていたり、艤装の違いがみられるようです。
後ろからはこんな感じです。
そして完成したCGがこのような形です。
艦橋は別の昭和8年の金剛写真を参考にしました。
赤丸で囲った部分は図面や作例でも表現されていなかったので、もしかしたら翌年にはなくなっていたりした可能性もあるのでしょうか…?
どちらにしてもかなり複雑な形をしているようです。
後部艦橋は作例と掲載図面と写真を見ながら考えました。
この形だ!とはなかなか自信をもっていえません…。
パイプのようなものは空中線引き込み口・・・?
見張り台は開戦時の金剛に形状は近いような気がします。
以上が1933の金剛の制作でした。
リサーチとモデルの改修(竣工時の金剛から改造)には一週間はかからなかったくらいでしょうか。
いつもの事ですが、思ったよりも時間が掛かってしまった
あとは昭和9年の金剛は高角砲をある程度増やすだけだと思うので、この時代のものはすぐ作れそうです。
★昭和6年、1931年の金剛の変遷
霧島に15カ月ほど遅れて工事に着手して3年間以上の工事によって完成。
8㎝高角砲は竣工時の7門を維持。バルジ上縁の形状が他の金剛型とやや異なっている。
また探照灯は榛名、前煙突は霧島と類似している。舷側の魚雷発射官は艦橋下の二基と四番砲塔前後の二基で撤去されて半減している。
★昭和9年、1934年の金剛の変遷
昭和7~9年に就役中だった日本戦艦は艦隊に所属していた状態で一斉に対空兵器の更新を実施。
満洲事変費という別枠の臨時予算を流用する形で行われた特例工事。
金剛型では比叡を除いて8㎝高角砲に換えて12.7㎝連装高角砲を装備。さらに3番砲塔左舷側に射出機を装備。さらに運搬軌条などの航空艤装も設置されている
航空機は90式2号に更新されて3.4番砲塔上の空中線支柱が設けられ、
後部艦橋のトップも短縮されたらしい・・?
残すところは竣工から10年くらいが経過した大正後期頃と、昭和戦前期の大改装後の金剛になります。前者の姿は一切の作例がないのでどう妥協していくかという話になるかもしれませんね。
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