【未来型サバイバルジャーナリズム論】津田大介の「メディアの現場」vol.54より
今、世界中でジャーナリズムがデータとの結びつきを強めています。津田マガでも今年の10月からデータジャーナリズムの連載が始まり、vol.40 [*1] とvol.43 [*2] では「データジャーナリズムが切り開くジャーナリズムの未来」を掲載しました。日本ではまだあまりなじみのないデータジャーナリズムの概念を紹介することで新しいジャーナリズムのあり方を今後も皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。膨大なデータの中から「ストーリー」を見い出し、それをビジュアルに落とし込んでわかりやすく提示するのがデータジャーナリズムの基本的な概念です。なぜ海外のマスメディアはこの新しいジャーナリズムに注目しているのでしょうか。また、ジャーナリズムだけでなく、あらゆる分野で起こりつつある「ビッグデータ」の潮流とは? 今回は、海外のデータジャーナリズム事情に詳しい、駿河台大学経済学部専任講師の八田真行さん(@mhatta)にお話を伺いました。
津田:最近、「データジャーナリズム」「ビッグデータ」「オープンデータ」などに代表されるように、「データ」という言葉をあちこちで目にするようになりました。企業やメディアなどの産業界だけでなく、あらゆる機関や団体がデータの価値に気づきつつある。それが顕在化したのが2012年11月に行われた米大統領選挙だったと思うんです。もちろん、データジャーナリズムを駆使した各メディアの選挙報道 [*3] も面白かったのですが、選挙キャンペーンそのものにビッグデータが取り入れられ、結果を左右した。オバマの勝因は、データマイニング──大量のデータを入手し、処理・分析し、そのデータをSNSでつながった支援者たちの戸別訪問などに活かし、組織力で勝ったというのがもっぱらの評判です。日本でも衆院選が終わったばかりで、このあたりが個人的に興味があるところなんですけど、八田さんは米大統領選をどのように見ていましたか?
八田:データマイニングの勝利と言っていいでしょうね。前回、2008年の選挙戦では、SNSやFacebookを駆使したネット戦略がオバマを勝利に導いたと言われましたが、[*4] 今回は共和党──ロムニー陣営も、ツイッターのフォロワー水増し疑惑が報じられるほど [*5] SNSに関しては万全の体制を整えていた。[*6] 当然、オバマ陣営も相変わらずそこは抜かりなくて、たとえばFacebook用の面白いアプリを配ったりしているんです。アプリをインストールすると、スウィング・ステート(Swing State)──民主党の支持層と共和党の支持層が拮抗する、いわゆる接戦州に住んでいる友達が表示される。それをクリックすると、「オバマに1票入れてくれ」というメッセージが届くというね。知人からのお願いだからか、実際にメッセージを受け取った5人に1人がそのとおりに行動したらしいんですよ。[*7]
津田:ロムニー陣営も同じようなことをしていたらしいので、「SNSを武器にする」という点では両陣営の意識に差はなかった。となると、最終的に明暗を分けたのはデータマイニングを含めた手法の巧拙だったのではないかということですね。
八田:はい。オバマは今回、再選に向けた活動を始めるにあたってレイド・ガーニというデータマイニングの専門家 [*8] を主任研究員として雇い、[*9] データ解析チームを4年前の5倍の規模に拡大したと言われています。これは米国のニュース雑誌『タイム』のレポートに詳しいのですが、[*10] オバマ陣営の「The CAVE」と呼ばれるデータ解析チームが最初に着手したのは、キャンペーンオフィスが担当ごとに蓄積してきたありとあらゆる情報を一つに統合すること。世論調査、資金調達者、調査員、それから激戦州の民主党支持者の電話リストやSNSのアカウントなど、分散していたデータベースを18カ月もかけてまとめてから細かく分析し、予測モデルを組み立て、キャンペーンへと応用していったんです。
◇大統領選を制したオバマのデータ戦略
津田:データ、つまり数字を根拠に戦略を練ったということですね。具体的にはどんなキャンペーンを展開したのでしょう?
八田:今年4月、俳優のジョージ・クルーニーが自宅でオバマ大統領の資金集めパーティを開いたと日本でも報道されて話題になりました。[*11] 実はこれも「西海岸の40〜49歳の女性に最もウケるのはジョージ・クルーニー」だというデータ解析の結果にもとづいて、オバマ陣営が仕掛けたものなんです。また、女優のサラ・ジェシカ・パーカーと、米『VOGUE』編集長のアナ・ウインターがニューヨークで開いた食事会 [*12] も同様です。彼女たちは「東海岸のセレブに強い」という理由でね。あと、個人的に一番面白いと感じたのが、選挙資金を調達するためのクラウドファンディングを呼びかけるメール。オンラインで調達された献金の大部分が日々大量に送られるメールでの勧誘によるものなのですが、ここでもデータマイニングがいかんなく発揮されているんです。何をしたかというと、民主党支持者に送られるメールは、送り主や件名、メッセージが違うんですよ。[*13] オバマ本人からだったり、副大統領のジョー・バイデンからだったり、夫人のミシェル・オバマからだったりといくつかのパターンがある中で、ミシェルからのメールが最も効果を上げた、と。そんな実験をしながら、結果をすぐに反映してアプローチしている。
津田:うわ、まさにソーシャルゲームのKPI──重要業績評価指標 [*14] の考え方と一緒ですね。[*15] 10月に行われた第1回のテレビ討論ではオバマが精彩を欠き、一時ロムニーがオバマの支持率を上回ったじゃないですか。[*16] あの時も、実はオバマ陣営には楽観的なムードがあったとスタッフとして参加していた人から聞いたんですが、それはデータを用いた対策があったからなんですかね。
八田:というか、「THE CAVE」はテレビ討論での失敗をクリティカルな問題として捉えていなかったらしいんです。なぜかというと、彼らはいくつかの接戦州スウィング・ステート──たとえば最も重要な州の一つとされるオハイオ州では2万9千票の動向を把握していたんですね。テレビ討論後の変動を分析したら、もともとのオバマ支持者が離れていったわけではなく、ロムニーの過去の失言や失策 [*17] に絶望して、一度は共和党に見切りを付けた共和党支持者が戻っていったに過ぎない、ということがわかった。全体としては依然民主党が優勢なんだから大丈夫──そう太鼓判を押したら、やっぱり勝ったと。
津田:あのテレビ討論以来、多くのマスメディアや政治評論家が両者は互角だと考えていた中、数字はオバマの勝利を示していたということですね。そういう意味では、全米50州での選挙結果をすべて的中させた『ニューヨーク・タイムズ』の選挙専門家ネイト・シルバーにも注目が集まりました。[*18] 彼は世論調査などから得た膨大なデータを、独自の「数理モデル」で分析して予測をはじき出しています。[*19]
八田:彼はもともとセイバーメトリックス――映画『マネーボール』[*20] なんかで有名な野球選手の統計的評価に関わっていた人物で、趣味で政治の分析を続けていました。それが、2008年の大統領選の結果を全米49州で的中させ、一躍注目を浴びることになります。2009年には『タイム』誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」に選ばれちゃったりしたんですね。[*21] で、どんなふうに予測しているかというと、数年間の世論調査をベースに、膨大なデータを使っている。近年のデータや前回選挙での確度が高かった地域のデータには重みをつけたり、州ごとの人口構成や人種の割合を加味しながら統計学にもとづいて分析しているようですね。しかも彼は、自身のブログ「FiveThirtyEight.com」で手法の一部を公開しているんです。[*22] 予測の精度の高さに「インチキだ」と疑いの目を向ける人もいるらしいので、[*23] そういった批判への反論のつもりなのかもしれませんが。
津田:政治マニアの数学・統計オタクが、プロの政治評論家や政治部記者を出し抜いてしまった、みたいな話ですからね。彼もそうだし、オバマ陣営の「THE CAVE」のメンバーも、やっていることはデータジャーナリズムに近い――というか、データジャーナリズムが持つある側面を実践しているとも言える。実際、日本の新聞社もネイト・シルバーの予測のようなことをやりたがっているところは多いと聞いています。でも、それができていない現状がある。八田さんは、日本でデータジャーナリズムが発達しない理由は何だと思いますか?
八田:理由はいくつかありますが、まずは公開情報の乏しさですよね。たとえばネイト・シルバーの選挙予測には何か特殊なデータが取り入れられているように見えるかもしれませんが、彼は政治畑の人間ではないので特別なコネや人脈を持っていない。基本的に誰もがアクセスできるような公開情報を使っているんです。
津田:それはすごいですね! 逆に言うと、そもそも豊富に公開情報がなければ彼と同じことはできないということでもあるわけですね。つまり、インターネットを使った開かれた政府――「オープンガバメント」が前提になると。米国ではオバマがこの4年間でオープンガバメントを推進し、[*24] 情報公開が飛躍的に進みました。政府支出を公開する「USA SPENDING.GOV」[*25]、緊急景気対策の支出を公開する「RECOVERY.GOV」[*26]、そして各省庁が持つデータをワンストップで提供する「DATA.GOV」[*27] と、政府系の情報公開サイトだけでもかなりあります。
八田:加えて言えば、米国には民間のデータサイトも結構な数がある。スキッパー・シーボルドという、自分でプログラムを作って [*28] ネイト・シルバーの数理モデルを追試したアメリカン大学経済学部の大学院生は、「REAL CLEAR POLITICS」[*29] というウェブサイトから投票結果のデータ [*30] を引っ張ってきていますし。
◇データが先か、人が先か?
津田:米国と並んで、世界にオープンガバメントの潮流をもたらしたのが英国ですよね。労働党のゴードン・ブラウン前首相がトップダウンで推し進めたのですが、[*31] 彼はまず首相官邸下にインフォメーションタスクフォースを置き、「World Wide Webの生みの親」として知られるティム・バーナーズ・リーを政府データ公開プロジェクトの指揮官に指名しました。[*32] その結果、2010年にオープンしたのが「DATA.GOV.UK」です。[*33] これは米国の「DATA.GOV」をかなり意識した内容で、健康、犯罪、教育など個人情報以外のありとあらゆるデータにアクセスできるようになっています。「DATA.GOV」と同様、多くのデータがcsv形式のローデータ(生データ)として提供され、二次利用されている。税金の使途を可視化する「Where Does MY Money Go?」[*34] などさまざまなマッシュアップアプリの誕生につながりました。
八田:英国はオープンデータとオープンガバメントの、ある種の震源地になっていますよね。なんであんなにオープンなんだと不思議になるくらい。
津田:一方、日本は……?
八田:2012年6月、政府のIT戦略本部電子行政に関するタスクフォースが、ようやく「電子行政オープンデータ戦略に関する提言」を公表したという段階です。[*35] 基本的な方向性は「政府自ら積極的に公共データを公開すること」「機械判読可能な形式で公開すること」「営利目的、非営利目的を問わず活用を促進すること」「取組可能な公共データから速やかに公開等の具体的な取組に着手し、成果を確実に蓄積していくこと」の4原則なので、これが実現すればずいぶんオープンガバメントは進むんじゃないですか?
津田:まあ、日本では政府主導の施策はこれからだとしても、部分的にはオープンガバメントが進んでいるところもありますしね。独立行政法人の役員公募 [*36] や事業仕分け [*37] や行政事業レビューシート [*38] も始まったし、文部科学省の「放射線モニタリング情報」[*39] は、リアルタイム計測した細かい時系列ごとの放射能データをCSV形式でダウンロードできる。また、福井県鯖江市が市内のAED設置情報や災害時の避難所情報を公開したり、[*40] 福島県会津若松市が公共施設の所在地や毎月の人口をCSV形式で公開したりと、[*41] 地方からのボトムアップも起こってきています。情報公開という意味ではここ数年で日本の状況も変わりつつあるのかな、と思います。
八田:日本では「役人は情報を隠す」みたいなイメージが根強いんだけど、省庁によって情報公開へのスタンスが違うんですよ。たとえば経済産業省は「オープンガバメントラボ」というサイト [*42] を立ち上げたり、専用のツイッターアカウント(@openmeti)まで作って開かれた行政を目指しているけど、財務省はなかなか情報を出したがらない。
津田:財務省が抱えている細かいデータが公開されたら、分析して「日本の財政マジやばい」って指摘する人も必ず出てくるでしょうね。
八田:むしろそういう情報こそ明らかにすべきでしょう。たとえば増税するにしても、事前に税金シミュレーターみたいなものでテストすればいいんですよ。税金を5%上げると年金の額がいくら変わるとかね。しかも単なるシミュレーションじゃなくて、条件やプロセスをすべて公開するんです。そうすると「この数字おかしいじゃねえか」「将来景気が良くなるのを織り込んでないじゃねえか」と、僕たち国民もツッコめるようになる。シミュレーターの出来や使い勝手が悪ければ、民間で作り直せる、くらいでなければダメですよね。
津田:確かに『ウェブで政治を動かす!』でも紹介した地方自治体の予算編成シミュレーター「You Choose」 [*43] みたいなものの増税シミュレーターとかあるといいですよね。個人的には今回、2012年11月に行われた行政刷新会議の事業仕分けでその端緒が示されたと思うんですよ。僕もネットの意見の吸い上げ係として呼んでもらったんですけど、会場にニコ生とツイッターの画面を映した大きなモニターがあって、視聴者のコメントを見ながら議論が進められました。[*44] 可視化された大衆の無意識を熟議に取り入れる――まさに東浩紀さん(@hazuma)が『一般意志2.0』(講談社)[*45] で提案したことが部分的に実現したんですね。[*46] 視聴者から寄せられた質問を僕らが拾って「こういう質問が来てるけどどうなんですか?」と、ネットの意見を集約して一人のバーチャルな「仕分け人」をリアルタイムで構築して、担当の役人たちに投げる。見た目としては、こんな金髪が役人を追求してるわけですけどね(笑)。
八田:それは確かに新しいかもしれない(笑)。
津田:もう一つ象徴的だったのが、仕分け会場に当時の野田佳彦首相が来た時の発言ですね。野田さんは会場には10分くらいしか滞在しなかったのですが、会場の外のぶら下がり会見で「オープンガバメント」と2回発言したんです。[*47]「日本もオープンガバメントを実践していかなければならない」ということを、与党のトップ――総理大臣が明確に言葉にしたのは野田さんが初めてなんじゃないかな。エポックメイキングとまでは言わないけれど、非常に意味のある発言だったと思いますね。
八田:大事なことなので2回言いました、と。[*48]
津田:いやいや、本当に2回言ったらしいんですよ。民主党の政権運営は確かに未熟だったけれど、政権交代をして少なくとも情報公開は進んだ。民主党の岡田克也最高顧問は副総理の退任会見で「事業仕分けは一つのオープンガバメントの具体例の一つ」として評価し、安倍政権にも継続を要望しています。[*49] 日本の状況は少しずつですけど、確実に変わってきている。このまま日本のジャーナリズムも進化すればいいのにと期待する部分もあるし、もちろん自分がやらなければいけないという思いもあります。もし、オープンガバメントが実現したとして、それでも日本ではデータジャーナリズムが盛り上がらないのだとしたら、足りない要素は何になると思いますか。
八田:英国に政府保有データなどの生成・公開・利用を支援する「オープン・ナレッジ・ファンデーション」[*50] というNPOがあって、実は先日、その日本支部「オープン・ナレッジ・ファンデーション・ジャパン」[*51] を国際社会経済研究所の東富彦さん(@TomihikoAzuma)や、国際大学GLOCOMの庄司昌彦さん(@mshouji)たちと一緒に立ち上げたんです。僕らのミッションは日本の政府が持っているデータを出すよう働きかけることなのですが、先ほども言ったように、たとえば経産省なんかはデータを公開したがっているんですよ。ただ、彼らにも不満はあって、せっかくデータを出しても活用してもらえないんじゃないか、と思っている。要するに、日本にはデータを扱える人材が少ないんです。データがないから人材は育たないし、人材がいないからデータを出す甲斐がない――「鶏が先か、卵が先か」みたいな不幸な状況があるんですね。
津田:なるほど。そもそもそれを活用できる人材がいないから、データの出し甲斐がないと。それは自分も含め、メディア関係者には耳の痛い話ですね。従来の報道だと、記者は取材をもとにストーリーを組み立て、記事を書いて結論に導けばよかった。それがデータジャーナリズムだと、データを分析してそこに何らかのパターンを見出す。それを客観的に見やすく提示して、記事を材料に考えさせるというものにしないといけない。
八田:ええ。そういう意味では、今はジャーナリストに求められているスキルセットが変わってきているんだと思います。これまでジャーナリストは文系の仕事だと思われてきたけれど、アナリストとしての役割を担うに至っては、文系の知識だけでは足りなくなってきた。逆に僕らのようなコンピュータや統計を扱っている、いわゆる理系の人間からすると、自分たちが関われる領域が増えた。つまり、これまでジャーナリズムとは無縁に思われていた理系の人間にも、新しいキャリアパスが見えてきた、とも考えられるんですね。[*52] というか、理系・文系という分け方自体がナンセンスになってきていて、理系・文系という境界を超えた知識が必要とされているんです。
津田:仮に僕がデータジャーナリストになろうと思ったら、取材をして原稿が書けるという現状のスキルに加えて、ユーザインターフェース(UI)[*53] やユーザエクスペリエンス(UX)[*54] を理解して、かつ計量経済学や統計学の知識を身につけないといけない。さらに、データベースを扱えて、データ処理ができるようになる必要がある、と。どんなド天才かスーパーマンだよそれって話ですよね……。
八田:極端に言うとそういうことです。欧州の場合は、そういった知識やスキルの習得のためのトレーニングなど支援するような動きがたくさんあって、いわゆる従来型のジャーナリストも新しい技術を覚えるようになってきている。実際、ものすごく難しいことを要求されているわけではありませんから。
津田:僕からするとけっこう高いハードルですけどね……。たとえばデータ処理ができる、ウェブサービスが作れるエンジニアがジャーナリストとしてのノウハウを習得するのと、ジャーナリストがデータの処理やデータベースの知識を習得するのとでは、どちらがデータジャーナリストへの近道だと思いますか? 個人的には、前者のような気がするのですが。
八田:一概には言えないですね。津田さんはジャーナリストに必要なスキルをすでに身につけているからそう思うのかもしれませんが、エンジニアはその知識を持ちあわせていません。社会がどういった問題を抱えているのか、その問題の原因は何なのか、その原因を探るためにはどういったデータが必要になるのか、そのデータがどこにあるのか――ジャーナリストならではの視点や知識をエンジニアが習得しようとすれば、ジャーナリストが新しい技術を学ぶのと同じくらい大変なはずですよ。
津田:一人ですべてをやるのは大変だから、ジャーナリストやエンジニア、デザイナーがそれぞれ必要なスキルを持ち寄って、チームとしてやるという考え方もあります。朝日新聞が11月に発表したプロジェクトチーム「ビリオメディア」[*55] の第一弾企画「総選挙に関するつぶやき調査」[*56] は、そこそこ良くできていますよね。ガーディアンとかニューヨーク・タイムズがやってる最先端のデータジャーナリズムと比較すると見劣りしてしまいますが……。11月22日から11月28日の間につぶやかれた、選挙を話題にした84万件以上のツイートを分析し、どんなキーワードが多かったかをインタラクティブなグラフで表しています。データ分析などは外部に依頼していると思うのですが、こういうものを朝日新聞が選挙前に出したというのはインパクトがあるし、これから日本でもデータジャーナリズムに手を出すメディアが増えそうな気がします。
八田:将来はどうなるかわかりませんが、今はそれがベストでしょうね。ただ、コラボレーションをするにしても、それぞれの最低限の知識が共有されていないと、うまく進みません。いずれにしても、ある程度の知識やスキルが必要なので、トレーニングが必要になる、ということに変わりないと思いますね。
◇データジャーナリズムが国の明暗を分ける?
津田:いやー、これは僕もいろいろ本気で勉強しなきゃいけないですね。データジャーナリストの養成機関だとどういうところがあるんですか?
八田:たくさんありますけど、先日、オランダのマーストリヒトで開催されたセミナーに参加した際、European Journalism Centre(EJC)[*57] に立ち寄ったんですよ。EJCは「Journalist working for Journalist(ジャーナリストのために働くジャーナリスト)」という標語を掲げて、ジャーナリスト向けの研修やトレーニング、ジャーナリズムに関する調査・研究を行っている非営利機関です。1992年にオランダで設立されているのですが、主に国際的な活動、とくに欧州全域、アフリカを中心とした活動を行っています。ここはすごくデータジャーナリズムに対して先進的な取り組みをしていると感じましたね。
津田:「ジャーナリスト向け」ということは、すでにプロとして活動しているジャーナリストにトレーニングをする機関ということ?
八田:そうですね。彼らは主に「mid-career journalists」――つまり、ある程度の経験を積んだジャーナリストへのトレーニングを提供しています。ジャーナリズムをまったく知らない素人をジャーナリストにするというのではなく、ジャーナリストがステップアップするための手助けをする、というところでしょうね。今はデータジャーナリズムを一番に挙げていますが、ほかにも市民ジャーナリズムとソーシャルメディア、ジャーナリスト向けの調査ツールといったテーマでもトレーニングを行っているようです。彼らの基本的なスタンスとしては、ほかのジャーナリストたちよりも一歩先を行って、新たな知識や技術をトレーニングする、というところですね。EJCは国際的な組織ですが、欧州各国に国内で活動するトレーニング機関はあるようですよ。また、European Journalism Training Association(欧州ジャーナリズム・トレーニング協会:EJTA)[*58] というジャーナリズムを教える大学やトレーニング機関が加盟する協会があって、ネットワークも構築されているんですね。
津田:お互いに連携・協力して、ジャーナリスト向けのトレーニングがボトムアップされているんですね。こうしたトレーニングって、米国ではどうなんでしょうか?
八田:データジャーナリズムのように先進的な、いわゆるデジタル・テクノロジーを駆使したジャーナリズムに関しては、伝統的にジャーナリズム教育を行なってきた大学が積極的に取り組んでいるようです。たとえば、コロンビア大学のジャーナリズムスクール [*59] では、同大学の大学院工学科 [*60] と共同で、Journalism and Computer Scienceの修士号のカリキュラムを提供しています。[*61] これは、コンピュータサイエンスの領域に詳しい人材を育てるというのではなく、データジャーナリズムのようなことができる人材を育てるためのプログラムですね。
津田:伝統的なジャーナリスト養成学校でも、ジャーナリスト育成のプログラムを時代に合わせてアップデートしているんですね。
八田:米国のアイビーリーグみたいな名門校にはプライドがあるんですよ。「自分たちは世界最高かつ最新の教育を提供している」という自負があるから、やっぱりやるんですよね。
津田:欧州や米国の状況を知るにつれ、日本との格差に暗澹たる気持ちになりますね……。そもそも、日本ではデータジャーナリズムの概念自体があまり知られていないのだから、当然と言えば当然ですが。
八田:確かに、僕が知る限り、日本にはデータジャーナリストのトレーニングを専門とする機関はほとんどないですね。日本ジャーナリスト教育センター(Japan Center of Education for Journalist:JCEJ)がデータジャーナリズムのワークショップを開いていますが、[*62] 専門性やトレーニングのノウハウの部分では欧米に遠く及ばない。ただ、こういった団体があるとないとでは大違いですから、これからに期待したいですね。ほか、大学で行われているジャーナリズム教育もあるはずですが、どういったことを教えているのかまでは把握できていません。
津田:僕は早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース(J-School)[*63] で「ウェブジャーナリズム」を教えていますが、カリキュラム全体を見ると、やはり伝統的なマスメディアで必要とされる知識やスキルの習得に偏っているように思います。取材の仕方、事件報道の仕方、ファクトチェックの仕方――それはそれで大事ではあるんだけど、これから必要になる知識やスキルをフォローできているかというと不十分なところはある。ただ、津田マガのvol.51 [*64] でiPS誤報問題について語ってくれた [*65] 田中幹人さん(@J_Steman)なんかは学生にコンピュータを使ったデータ分析のやり方を教えています。孤軍奮闘でがんばっている教員もいるんですけどね。
八田:海外のジャーナリズム教育・トレーニングでは、データの扱い方はもちろん、わかりやすく見せるためのデザインも含んでいるんですよ。ビジュアライゼーション、ほかのデータやネットサービスとのマッシュアップ、インタラクティブ性もデータジャーナリズムの重要な要素だから、技術のほかにセンスが要求される。デザインも必要なスキルの一つだというわけですね。
津田:なるほど。それならジャーナリズムスクールに限らず、情報デザイン学科がある芸大や美大、専門学校なんかでもデータジャーナリズムのようなものを積極的にカリキュラムに組み込んでもいいと思うのですが、日本ではそういう取り組みもほとんどない。
八田:専門の育成機関もない、大学のジャーナリズム教育では弱い――そうすると、今のところ日本でジャーナリストになるには新聞社に入るしかないんですよね。新卒で入社してOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)[*66] を受ける、みたいな。ただ、その訓練期間としての新聞社がデジタルやIT、データドリブンみたいな新しい領域を苦手としていたし、軽く見ていたから、なかなか欧米のレベルには追いつかない。もちろん新聞社も変わろうとはしているようで、さっき紹介したオランダのEJCにも日本の大手メディアから研修生が来るらしいんです。でも、そういう人は大抵がお年寄りなんだそうです。
津田:あー……いかにもありそうな話ですが、それだとダメな感じしかしないですね。
八田:大手新聞社や通信社のエライ人が視察に来ると。
津田:うーん。それだと意義は薄い気がしますね。大新聞の引退間際みたいなベテランって「記者がツイッターの情報なんか信用するな」みたいなことを真顔で言う人も少なくないですから。そうではなくて、それこそ大学を卒業して数年の、伸びしろのある記者が行って勉強しないとダメですよ。
八田:日本にはなまじっかちゃんとしたジャーナリズムがあるから、新しい概念が入りにくい部分があるんでしょうね。日本でジャーナリストと言えば、基本的にルポライターを意味するんですよ。ルポライターとしての素養――ジャーナリスト倫理とか、情報の分析能力とか、そういったものの重要性はこの先も変わりません。ただ、ジャーナリズムの手法が少しずつ変化するとともに、必要なスキルセットも変わってきている。それに従来のマスメディアのジャーナリズム教育が対応しきれていないと気づかないといけない。
津田:それは中国の状況と対比すると面白くて、あの国には最近までジャーナリズムそのものがなかったんですよね。テレビは国営テレビ局で、新聞も共産党の機関紙だけだった。それが2000年代の胡錦濤体制で急速に経済成長を遂げたものだから、メディアをめぐる状況も大きく変わったんです。2001年には民間資本の新興経済メディア『経済観察報』[*67] が創刊、2003年には公称80万部を誇る [*68] 北京の都市報『新京報』[*69] が創刊されました。中国は新聞の多様化と同時期にネットメディアが台頭したことで、両者に日本のメディアでありがちな「既存メディアが上、ネットは下」という上下関係がないそうなんです。ジャーナリストが新しいスキルを身につけやすい環境があるんですね。
八田:それは中国だけじゃないですよ。「ジャーナリズムは未発達」というイメージのあるアフリカのケニアなんかでも、データジャーナリズムが根付いてきていて、それが投票者登録の増加という形で実際に社会に影響を与えるようにもなっていると聞いています。[*70]
津田:僕が教えているJ-Schoolでも、生徒の半分以上は中国人留学生ですからね。中国の良家の子女が日本で勉強して、祖国に戻って国営放送やメディアに就職していく。海外のほかのジャーナリズム・スクールに留学する中国人留学生も多いことを考えれば、5年後、10年後の中国メディアは激変しているでしょうね。
八田:近い将来、中国でも優秀なジャーナリストなのに食えない――昔の日本でいうトップ屋 [*71] みたいな人が出てきて、データを駆使して中央権力の腐敗をあぶり出すみたいなことを始めるかもしれない。データ分析のノウハウって汎用性があるんですよ。「THE CAVE」で溜め込んだノウハウを活かした諜報機関が突然立ち上がるかもしれないですし、そうなったら恐いですよね。たとえば尖閣諸島のような外交問題にしても、どう宣伝すれば一番効果的なのか、国際社会にアピールできるのかというようなことを、すべてデータではじき出せるようになるんですから。
津田:「ビッグデータ」という言葉がただの流行語ではなく、本当に必要な時代が到来しつつある、と。
八田:データの分析能力が国際競争力に直結する可能性が出てきていると思います。
津田:それを国家レベルで進めている米国や英国、そこに中国も参入してきたら……。日本は今のままでは到底太刀打ちできないですよね。
八田:そうならないために、僕らも活動していかないといけないわけですけど。まずはやはり人材育成が急務です。それをするにあたって重要だと思っているのは、文系・理系を問わず、学びたいという人に手を差し伸べる――EJCのようなトレーニングを提供することじゃないか、と思っています。経験談を語るとかじゃなくて、もっと技術的な話ですね。テクニックに落としこんで教えないといけない。
津田:ベテラン記者が大学行って昔の武勇伝を語っている場合じゃねえだろ、と。
八田:あと、海外の動きを見ていて感心するのはアウトプットの多さですね。たとえばデータジャーナリズムが流行れば『The Data Journalism Handbook』みたいなデータジャーナリズムのノウハウ本 [*72] がすぐに出版されて、学びたい人は本を通じて知識や技術を共有できる。海外メディアは「伝えるための努力」を惜しまない。そのあたりの意識は日本のメディアと桁違いだと思いますね。
津田:なるほどね。じゃあやっぱり僕もツイッタージャーナリズムの本を作らないとダメですね。新刊が出たばかりで、しばらく本は書きたくなかったんだけど。本を書いて、自分のメディアも作っていろいろ若い人に伝えていきたいので、八田さんも協力してくださいね。
八田:ええ。誰かがやらなくちゃいけないですからね。
津田:ぜひ一緒にやりましょう。今日はありがとうございました。
▼八田 真行(はった・まさゆき)
経営学者。ハッカー。翻訳家。コラムニスト。1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、2011年4月より駿河台大学経済学部専任講師。専攻は経営組織論、経営情報論。ウィキリークスやアノニマスなどのハッカー文化にも造詣が深い。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバー、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)発起人・幹事会員。主な著書に『日本人が知らないウィキリークス(共著)』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠(共著)』(日経BP社)、訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。
ウェブサイト:http://www.mhatta.org/
ツイッターアカウント:@mhatta
この記事は「津田大介の『メディアの現場』」からの抜粋です。
ご興味を持たれた方は、ぜひご購読をお願いします。
[*1] http://tsuda.ru/tsudamag/2012/07/188/
[*2] http://tsuda.ru/tsudamag/2012/08/194/
[*3] 本メルマガの連載「世界のデータジャーナリズム最前線」では、これまでに米大統領選に関連した以下の記事を取り上げた。
「At the NationalConventions, the Words They Used(全国党大会、彼らが使った言葉)」──『ニューヨーク・タイムズ』/2012.9.6
http://www.nytimes.com/interactive/2012/09/06/us/politics/convention-word-counts.html
「How much did Barack Obama spend at the Apple Store? Explore the election spending data (バラク・オバマはApple Storeでいくら使ったか? 選挙キャンペーンの経費データを探る)」──『ガーディアン』/2012.10.15
http://www.guardian.co.uk/news/datablog/interactive/2012/feb/04/election-spending-2012-data
[*4] http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080530/305325/
[*5] http://sankei.jp.msn.com/wired/news/120808/wir12080814540002-n1.htm
[*6] http://techcrunch.com/2012/09/12/romney-digital-director-zac-moffatt/#comment-box
[*8] http://www.rayidghani.com/
[*9] http://www.economist.com/node/21547279
上記記事と同様の内容を書いた日本語で読めるコラムはこちら
http://news.mynavi.jp/column/svalley/489/index.html
[*11] http://mainichi.jp/enta/news/20120512ddm007030170000c.html
[*12] http://www.fabloid.jp/2012/06/05/sarah-jessica-parker-obama-ad/
[*13] http://megumisasaki.com/?p=446
[*14] http://e-words.jp/w/KPI.html
[*15] http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1110/25/news010.html
[*16] http://www.cnn.co.jp/usa/35022779.html
[*17] http://www.nikkei.com/article/DGXDASGM3000D_Q2A930C1FF2000/
[*18] http://sankei.jp.msn.com/world/news/121109/amr12110903190000-n1.htm
[*20] http://bd-dvd.sonypictures.jp/moneyball/
[*21] http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34072
[*22] http://fivethirtyeight.blogs.nytimes.com/methodology/
[*23] http://cds2x.wired.jp/2012/11/13/nate-silver-facts-election/
[*24] http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/09120901.html
http://globe.asahi.com/mediawatch/091123/01_01.html
[*25] http://www.usaspending.gov/
[*26] http://www.recovery.gov/
[*27] http://www.data.gov/
[*28] https://github.com/jseabold/538model
[*29] http://www.realclearpolitics.com/
[*30] http://www.realclearpolitics.com/epolls/latest_polls/elections/
[*31] http://blogos.com/article/23565/
[*32] http://news.mynavi.jp/column/eutrend/046/index.html
[*33] http://data.gov.uk/
[*34] http://wheredoesmymoneygo.org/
[*35] http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/denshigyousei/honbun.pdf
[*36] http://www.cas.go.jp/jp/doppou_koubo/
[*37] http://www.cao.go.jp/gyouseisasshin/contents/01/shiwake.html
[*38] http://www.cao.go.jp/gyouseisasshin/contents/02/review.html
[*39] http://radioactivity.mext.go.jp/map/ja/
[*40] http://www.city.sabae.fukui.jp/pageview.html?id=11552
[*41] http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/index_php/city_map/show_map.php
[*42] https://sites.google.com/a/openlabs.go.jp/www/
[*43] https://youchoose.yougov.com/Redbridge2012
[*44] http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1602U_W2A111C1000000/
[*45] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062173980/tsudamag-22
[*46] 11月15日の東氏本人によるツイート
https://twitter.com/hazuma/status/269265466638360578
[*47] http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_549226
[*49] http://www.kantei.go.jp/jp/fukusouri/press/201212/25kaiken.html
[*50] http://okfn.org/
[*51] http://okfn.jp/
[*52] ジャーナリストに求められているスキルセットについては、八田さんの講演を載録した本メルマガvol.40の「データジャーナリズムが切り開くジャーナリズムの未来」に詳しい。
http://tsuda.ru/tsudamag/2012/07/188/
[*53] http://e-words.jp/w/E383A6E383BCE382B6E382A4E383B3E382BFE383BCE38395E382A7E383BCE382B9.html
[*54] http://e-words.jp/w/E383A6E383BCE382B6E382A8E382AFE382B9E3839AE383AAE382A8E383B3E382B9.html
[*55] http://www.asahi.com/special/billiomedia/
[*56] http://www.asahi.com/special/billiomedia/bubble.htm
[*57] http://www.ejc.net/
[*58] http://www.ejta.eu/
[*59] http://www.journalism.columbia.edu/
[*60] http://www.engineering.columbia.edu/
[*61] http://www.journalism.columbia.edu/page/276-dualdegree-journalism-computer-science/279
[*62] http://d.hatena.ne.jp/jcej/20120802/1343919405
[*63] http://www.waseda-j.jp/
[*64] http://tsuda.ru/tsudamag/2012/11/1223/
[*65] http://tsuda.ru/tsudamag/2012/11/1229/
[*66] http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/ojt.html
[*67] http://www.eeo.com.cn/
[*68] http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110905/222470/
[*69] http://www.bjnews.com.cn/
[*70] http://www.icfj.org/blogs/data-journalism-boosts-voter-registration-kenya
[*71] http://kotobank.jp/word/%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E5%B1%8B
[*72] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1449330061/tsudamag-22