手袋を買いに(新美南吉)
親狐(帽子屋、人子)
子狐(人母)

場所は雪山。大雪の明けた朝。足跡一つなく真っ白。

子狐「もう出て良い? お外出て良い?」
親狐「いいわよ。ふかふかの雪に埋もれないように気を付けてね」

SE ババッ!

子狐「あ! あー!あー! 母ちゃん、目に何か刺さった! 抜いて頂戴!早く早く!」
親狐「え?大丈夫!? んー(目を除きこむ)」
子狐「んー(つられて声を出してしまう)」
親狐「なにも無いようだけど? なにがあったのかしら?」
子狐「母さん、気を付けて!」
親狐「はいはい……あ♪ なるほど、たくさんの太陽が目に入ったのね」
子狐「太陽が僕の目に入っちゃったの? 太陽ってたくさんあるの?」
親狐「たくさん雪が降ったから、お外一面がまっしろになってしまったでしょ? だからとってもまぶしくなっていたのよ。 目を細めながらもう一度お外を見てご覧なさい」
子狐「目を細めてぇ……わぁー! ホントだ! 真っ白!! あははー♪」

SE ババッ!

子狐「ふっかふかー!!」

SE ボフボフ……ザザァ!


子狐「雪がたくさん落ちて来た―! たーのしー♪」
親狐「おやおやまぁまぁ♪ ふふふ♪」

子狐「母ちゃん、お手々が冷たいー! ジンジンするよー!」
親狐「はー(息をかけて温める) 雪は川の水と違って、触ってもすぐに暖かくなるわよ。 ……でも、手袋があったらもっと暖かいわね。」
子狐「手袋?」
親狐「夜になったら、ね」

SE 風

子狐「母ちゃん、お星様はあんな低い所にも落ちてるんだねー」
親狐「ふふ♪ あれはお星様の灯りじゃないのよ。 街の灯りなの」
子狐「まちのあかり?」
親狐「そう、人間達の家の灯り
子狐「人間かぁ。そう言えば、見たこと無いなぁ」
親狐「人間は……怖いわよ。捕まったら……
殴られ、皮を剥がされ切り刻まれ、煮て食われて…… その皮を集めて被ったり……(ボソボソと恐怖体験を思い出しながら呟く)」
子狐「母ちゃん、どうしたの? 早く行こうよ。手袋を買いに」
親狐「……ふぅ……ごめんね、坊や。 ……ひとりで、お買いもの行けるかな?」
子狐「もちろん!まかせてよ」
親狐「じゃあ、お手々を片方お出し」
子狐「はい!」

SE 変化!


子狐「何だか変な感じがする……これなあに?」
親狐「それは人間の手よ」
子狐「へー、こんな形してるんだ?」
親狐「良いかい、坊や。町へ行ったら、たくさん人間の家があるからね、 まず表に丸い帽子の看板がかかってる家を探すんだ」
子狐「帽子って?」
親狐「こんな形を、してるの。看板はそう……こうやって板に画を書いたりしてるものだよ」
子狐「わかったー」
親狐「その看板がかかってる家を見つけたら、トントンと戸を叩いて、 『こんばんは』って言うんだよ。 そうするとね、中から人間が少ーし戸を開けるから、その戸の隙間から、こっちの手、ほらこの人間の手を差し入れるの。そうして『この手に丁度良い手袋を下さい』 って言うんだよ。そうしたら、手袋を売ってくれるから」
子狐「人間が戸をたくさん開けたりしないの?」
親狐「人間と言うのは狐と違ってとっても寒がりだから、 出来るだけ開けないようにするんだよ。外は寒いからね」
子狐「へー、人間ってよわっちーんだね」
親狐「そんなことはないわ。私達と違って毛が生えてないから寒いだけよ。 何より強くて……怖いわ……」
子狐「母ちゃんは、怖いから行けないのか?」
親狐「……そうよ。 だから、本当に気を付けてね。 決して、こっちのお手々を出しちゃ駄目よ」
子狐「どうして?」
親狐「人間はね、相手が狐だと解ると手袋を売ってくれないんだよ。 それどころか、掴まえて檻の中へ入れちゃうんだよ、 そのまま食べられちゃうかもしれない。 人間ってのは、ほんとに恐いなんだよ」
子狐「ふーん」
親狐「決して、こっちの手を出しちゃいけないよ、 こっちの方、ほら人間の手の方を差し出すんだよ」

SE チャリン

子狐「じゃあ、行ってきまーす」



子狐「へぇ。人間の家の灯には、星と同じように赤いのや黄いのや青いのがあるんだなぁ。 さぁ、お家を探そう。えっと……まぁるいー、帽子の看板ー……あ♪ あった♪」
子狐「えっと、その家を見つけたら、戸を叩いてぇ……」

SE トントン

子狐「こんばんは」
帽子「はぁい」

SE ゴロゴロ……


子狐「うわっ!まぶしー……」
子狐「このお手々に丁度良い手袋を下さい」
帽子「え?……狐?」
子狐(あ、手を間違えちゃった!)
帽子(おやおや、これはまぎれもなく狐の手だ。 しかし小さいから、子供かな? 狐が手袋をくれと言うのであれば、支払いはもしかして葉っぱじゃないだろうねぇ?)
帽子「うちは先払いなんだけど、お金を頂けるかしら?」
子狐「はい」

SE チャリン

帽子(おや?ちゃんとしたお金じゃないか。 そうかい♪ だったら前足だけじゃなくて、後ろ足分もあげようかね)
帽子「はい、たしかに頂戴したよ。ちょっとまっててねぇ、そんな小さいお手々なら…… はい、どうぞ」
子狐「ありがとうございます」

SE ババッ


子狐「母ちゃんは、人間は恐ろしいものだって言ってたけど、ちっとも恐ろしくないや。 だって僕の手を見てもどうもしなかったもの。 でも、本当のところ、人間ってどうなんだろう?」


人母「♪ねむれ ねむれ 母の胸に、ねむれ ねむれ 母の手に――」
人子「ねぇねぇお母ちゃん、こんな寒い夜は、森の子狐は寒い寒いって鳴いているでしょうね」
人母「森の子狐もお母さん狐のお唄をきいて、洞穴の中で眠ろうとしているでしょうね。 さあ坊やも早くねんねしなさい。森の子狐と坊やとどっちが早くねんねするかな? きっと坊やの方が早くねんねしますよ」

子狐「母ちゃん……」
SE ババッ


母狐「あ、坊や!」
子狐「母ちゃん、ただいま!」
母狐「あぁ良かった。無事に帰ってきたね?怪我はない?」
子狐「母ちゃん、人間ってちっとも恐かないや」
母狐「どうして?」
子狐「実は、間違えて本当のお手々出しちゃったの。 でも帽子屋さん、掴まえやしなかったもの。 ちゃんとこんないい暖い手袋くれたもの。ほら」

SE ポフ


母狐「まぁ!」
子狐「でも、なんで余ってるんだろう? 足用?」
母狐「ほんとうは人間っていいものかしら?それとも……」


END