• このエントリーをはてなブックマークに追加
【第156回 直木賞 候補作】『室町無頼』垣根涼介
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

【第156回 直木賞 候補作】『室町無頼』垣根涼介

2017-01-12 17:30
    第一章 赤松牢人

    1
     現世に 神も仏も あるものか――。
     才蔵が、この寛正二年(一四六一年)の憂世というものを詠めと言われ、仮に詠む力があったなら、おそらくはそう答えただろう。
     まったく愚かな無明の世に生まれてきたものよ、と。
     だが、この時わずか十七の才蔵に、そんな語彙はない。あったとしても、そんな達観した心根は持てなかったに違いない。あるいは気持ちの余裕というべきか。
     生まれ落ちて以来、ただひたすらに食うことに必死なまま、十七年が過ぎた。
     陰暦三月の夜は、じわりと湿気を帯びて静まり返っている。肌への湿り具合からして、戌の下刻(午後八時二十分頃)は過ぎているはずだ。

     才蔵は六尺棒を抱え込むようにして、土倉の板間に座っている。背中を心持ち、杉戸に預けている。
     六尺棒の両端は、薄鉄で覆われている。若年ながらもこの少年の膂力と技量なら、そのどちらの端を使っても、たちまちに相手の鎖骨は砕け、頭蓋も陥没するだろう。
     そこまで自分の腕を鍛え上げてきた。あるいは、堕ちに堕ちたのか。
     半年ほど前から、この土倉の用心棒として飼われている。土倉……法妙坊という屋号を掲げた、この時代の銭貸し業だ。
     のう、才蔵――。
     と、隣にいた年かさの男がそう語りかけてくる。無聊にまかせ、酢になりかけた安酒を喰らっている。
    「ぬしは相変わらず、無口よのう」
     が、才蔵は口を開かない。
     すると、車座になって博打に興じている用心棒たちからも、
    「無駄じゃ」
     そう、痴れ痴れとした軽口が湧いた。
    「才蔵はまだ子供だ。口なしよの。口なし才蔵じゃ」
     それでも才蔵は黙っている。答える必要もない。
     だが、数えの齢十七でも分かることはある。
     彼らが嫌いなわけではない。銭貸しに用心棒として飼われ、朝夕二度の飯の他、時に与えられる駄賃を賭博や遊女遊びに転がす。それが問題というわけではないし、むしろ飢饉続きのこの時代、鴨川や四条通りに転がっている無数の餓死者を見れば、自分の境遇などは、はるかに恵まれているほうだろう。
     しかし十年後、二十年後の自分も彼らのようになるのかと思うと、やはりやり切れない……。

     才蔵は、文安二年(一四四五年)に京郊外の山崎で生まれた。
     彼が生まれる四年前に、公方が殺された。
     名を、足利義教という。室町幕府の六代将軍である。五代将軍の没後、三管領など群臣の合議の元で様々な思惑が絡み合い、なかなか次期将軍が決まらなかった。挙句、足利氏一門から籤引きで選ばれた。「籤引き将軍」とも揶揄されていた所以だ。
     殺した男は赤松満祐で、播磨、備前、美作三国の太守であった。下が上を討つという前代未聞の事件で、後の世でいう「嘉吉の乱」である。
     この満祐への大規模な討伐軍がすぐに幕府側で編成され、あっけなく赤松氏は壊滅した。と同時に、三国にわたって栄華を誇った一族郎党は四散し、野に放り出された。
     この室町中期までの侍ほど、仕える主と所領を失った場合――つまりは牢人になった場合、その存在が始末に負えないものはない。彼らは合戦や治世の専門家ではなかったし、その他の技能や実力を買われて大名に仕えたわけでもない。ただ単に、守護や地頭の縁戚として昔から一族にぶら下がっていただけの徒食者に過ぎない。
     その赤松氏の家臣団が、大量に牢人として世に出回った。食い詰め者たちの多くが仕官先を求めて続々と京に上ってきた。
     だが、何の技能もなく血縁でもない牢人を召し抱えるような酔狂な大名は、この時代に限らずいるはずもない。京の六条以南には、そんな牢人で溢れかえった貧民窟がたちまち形成されることとなる。
     才蔵の父も、赤松氏家臣団の木っ端の一人であったらしい。彼も一度は京に出たが、最後には京の手前にある西岡と山崎の中間あたりの村に腰を据えた。
     とはいえ、世事において何の技能もなかった父に、食える術はない。結局は村厄介となる。集落での最下層の身分だ。いや、身分とすら言えないような立場だった。
     父は、牛飼いや名主の使い走りなどをしている間に、粗忽にも村娘の一人を孕ませた。生まれたのが才蔵である。
    「才蔵、よう聞け。落ちぶれたりといえども、ぬしは侍の子ぞ。泥にまみれる百姓ではない。赤松家郎党の、一人ぞ」
     物心が付いたころから、何度その言葉を聞かされただろう。
     安酒を喰らった父は唾を飛ばしながら、錆槍を片手に、しばしばそう声を上げたものだ。
     単純にその血筋を誇りに思えたのは、十ぐらいまでのことだったろうか。
     それ以降はむしろ、そんな父の言葉を鬱陶しく、なによりもやり切れなく感じるようになった。
     村の外れに小さな禅寺があった。そこの和尚が才蔵の境遇を不憫に思い、せめて長じた時に多少の役には立てるようにと、読み書きと、いくつかの漢籍を教えてくれた。『老子』『荘子』『孟子』『荀子』などだ。和書では『平家物語』『方丈記』『徒然草』などにも触れた。まだ子供ゆえ、意味がよく掴めない箇所も多かったが、それでも、多少なりとも自分の存在というものを考えるきっかけにはなった。
     自分、父、村、そしてそれを取り巻く世界……。
     いつ崩れるかも知れぬような隙間だらけの牛小屋に、父と子は暮らしていた。食うものにも日々事欠くありさまで、挙句には母親の実家から食料を恵んでもらっていたが、その母も才蔵が十一の時に死んだ。実家からの援助もほとんどなくなった。村の人々はみな、才蔵親子を哀れむような、そして蔑むような目で眺めていた。
     当然だろう、と才蔵は長じてから思った。
     所領を持たぬ侍や扶持離れした牢人など、陸に揚げられた魚に等しい。すぐに息ができなくなり、干上がってしまう。
     歳を取り、足腰も萎え始めた父親の鬱屈は分かる。将来に絶望し、縋れるものが自分の滅びた血統だけという惨めな境遇も分かる。分かるが、それでもそんな血筋への己誇りが一体なんになるというのか。一文になったためしもない。
     渡世の能もない自負心など、せいぜい村の物笑いの種になるのが関の山だった。そんな馬糞塗れの食えぬ誇りよりも、今は一椀の稗が欲しい。

    2
     才蔵は、食うために十二の歳から働き始めた。
     村の西に、天王山がこんもりとした山容を見せている。その山中で柴を拾い集め、天秤棒の両端に山盛りに括りつけ、麓にある町まで売りに行く。油商人の商都として栄えた大山崎のことである。離宮八幡宮を中心に栄えたこの町の戸数は、当時で約三千。中世の商都としては、日本でも有数の規模であった。
     が、薪という薪をすべて売り尽くしても、たいした銭にはならなかった。この商売とも言えぬ小銭稼ぎの日々の仕事で、その日その日の糊口を凌ぐのが精一杯の暮らしが続いた。
     薪を売り尽くした帰路、使い古した長さ一間(約一・八メートル)の天秤棒を肩に担いだまま村へと戻っていく。
     春から秋にかけては、その天秤棒の先に口輪を嵌め、五寸釘を植え込み、しばしば桂川で魚を突く。あるいは柿や椎の実、山葡萄などを叩いて落とす。村への帰路は、実入りが乏しい一家にとっての、大事な食料確保の場でもあった。
     水の中で素早く泳ぎまわる魚の動きを瞬時にして捉え、突く技術、木の枝を強く打ち払う膂力は、歳を重ねるとともに高まっていった。それほど日々の生活に必死だった。
     外界に食べるものがなくなった冬場も、才蔵はしばしば天秤棒を振り回しながら村への帰路に就いた。時には雑木林の中に足を踏み入れ、戯れに周囲の木立を敵に見立て、突く、打つ、払うという動作を、常軌を逸した激しさで繰り返した。かと思えば、両手で天秤棒の中央部を握り、ぐるぐると前後左右に滅多やたらに回転させたりもした。
     何故そうするのか、自分でも訳が分かっていなかった。
     才蔵には子供の頃から遊び友達というものがいなかった。
     村の子供たちが木切れや石などを持って合戦ごっこをして遊んでいる様子を、よく見かけた。無意味な遊びだが、見るからに楽しそうだった。
     才蔵は、その輪に入っていくことが出来なかった。彼ら百姓の子供たちのほうも、出自の違いから、常に才蔵を遠巻きにして見ているだけだった。親しく声をかけられることもなかった。だから一人での棒遊びは、才蔵にとって、村の子供たちとは一緒に遊べぬことからくる淋しさへの穴埋めであったのかもしれない。
     と同時に、日々の糧を得るために遊ぶ余裕などとてもない自分の境遇が、才蔵の気持ちをいつも暗澹たるものにしていた。
     才蔵は齢十二、三にして、すでに自分の将来に絶望に近い気持ちを抱いていた。
     牢人の子など、所詮こんなものだ。どこに行く当てもなく、世に出る見込みもなく、村厄介の分際のまま、一生陽の目を見ない暮らしで朽ちていくのだろう――。
     そう思うと、自分というものの存在の虚しさに、将来のあまりの惨めさに、時折り頭がおかしくなりそうになる。
     しかし、天秤棒を自在に振り回しているときだけは、束の間その絶望感から解放された。惨め極まりない自分の境遇を忘れることが出来た。
     十五になった時、酒浸りだった父が死んだ。涙も出なかった。
     そしてその時点で、生まれ落ちた村との関係が切れ、根無し草同然になった。
     ここで、才蔵の人生は軌道を変える。
     たまたま離宮八幡宮の雑掌に知る辺があった。その雑掌が才蔵の境遇を憐れみ、問いかけた。
    「才蔵よ。ぬしもそろそろ、広い世間に出てはみぬか」
     才蔵は一も二もなくうなずいた。とにかく今の世界を抜け出すことが出来るのなら、なんでもよい。すると雑掌は言葉を続けた。
    「聞けば天秤棒の扱いには、かなり慣れておるそうじゃの。ならば奉公先には困らぬ」
     離宮八幡宮は、畿内の油商と油問屋のすべてに木札という形で専売権を与えている。油商の総元締めだった。そのつてで、京の油問屋の一つへ奉公の口利きをしてくれた。
     才蔵はそこで振り売りから始めた。例の天秤棒の両端に油桶を二つぶら下げ、洛中を売り歩く。油をなみなみと注ぎ入れた桶は、二つで十貫(三十八キロ弱)やそこらの重さはあっただろう。それを担いで、昼から宵の口まで売って回る。腰骨が詰まるほどの過酷な労働だ。持ち上げ、歩き、曲がり、しゃがむ。常に中身をこぼさぬような身の動きが要求される。
     自ずと腰から下は上下しても、上半身は揺れない動き方を身に付けた。偶然にもこれは、武芸も含めたあらゆる芸事の基本でもあった。
     才蔵は、洛中でも六条から南を振り売りに廻ることが多かった。
     理由は簡単だ。この室町中期、下京の六条以南は細民、浮浪、牢人などが住む貧民窟が多い。治安も悪ければ、売り上げも上京より上がらない。いつの時代も新入りは、こういう不利な場所から受け持たされるものだ。そしてそれが、世間というものだ。
     売り子を始めて一年ほどが経った、秋の宵の口だった。
     半刻ほど前に、西山連峰に陽は落ちていた。あたりには闇が満ちようとしている。
     珍しく油を売り尽くして桶は二つとも空になり、代わりに懐中に、ずしりと重い銭があった。
     上京の二条高倉にある油問屋に戻ろうと、六条坊門小路を横切ろうとした、その時だった。
     不意に背筋に悪寒が走り、才蔵は咄嗟に身を翻した。回る視界の隅で捉えた。影は二つ。息をつく暇もなく、右手から二の太刀が、左手から三の太刀が襲ってきた。
     卑怯なり――
     とも思わなかった。さらに才蔵は二回、三回と反転しながらも、気が付いた時には天秤棒を両手に構えていた。
     一瞬間を置いて、
     ぐぁらり、
     と後方で空の桶が二つ、地表に落ちて乾いた音を立てた。
    「銭を置け」
     影の一人が言った。
    「ならば、命は助けてやろう」
     何故だろう、才蔵は無性に腹が立った。
     時折り、大人たちの話を小耳に挟んで知っている。当世、八代目の足利義政という将軍が、この国を治めているらしい。
     が、そんなことは才蔵にとってどうでも良かった。
     当世の京は、洛中、洛外を含めて無政府状態もいいところだ。町には流民と飢民が溢れ返り、特に六条以南には、追い剥ぎや盗賊、かどわかし、人殺しなどが跋扈している。
     が――。
     銭や食い物が必要なのは、みな同じなのだ。だから才蔵も、こうして身を粉にして働いている。そう思うと急に腸が煮えた。たとえ斬られても、一撃、見舞ってやりたい。
     ようやく才蔵は口を開いた。
     銭が欲しくば、
     と言いつつも、喉がからからに干からびていた。まだそこまで大人びてはいなかった。怖れもある。それでも震える声でなんとか言い放った。
    「力ずくでも、奪えばよかろう」
     もう一つの影が嘲るような笑い声を上げた。
    「童、正気か」
     気がつけば、天秤棒を振りかぶり無言で突っ込んでいた。一か八かだ。棒。つまりは槍のようなものだ。
     子供の頃、父から聞かされたことがあった。太刀と槍が戦えば、よほどの技量の差がない限り、まず十に八つは得物の長いほうが勝つ、と――。
    「こ、こいつ」
     ふたつの影も慌てて太刀を振りかぶった。まさか才蔵から攻撃を仕掛けてくるとは思ってもいなかったのだろう、腰が浮いている。
     あとはもう無我夢中だった。
     後日、才蔵はその時の咄嗟の動きを何度も反芻した。
     打つ、と見せかけて右の影の鳩尾を一撃し、さらに左の男のがら空きとなった腋を横なぎに払った。鈍い音がする。肋骨が折れた。前かがみになった右の男の肩口を激しく打つ。ふたたびの確かな手ごたえ。鎖骨が砕けた。
     おそらくはそういうことだったのだろうと、記憶の断片をかき集めて思った。
     はっきりと覚えているのは、最後に自分が放った一撃だ。
     うずくまった左の男の頭蓋に、渾身の力を込めて天秤棒を振り下ろした。
     ぐしゃっ、
     という確かな手ごたえがあった。
    「ま、待てっ」
     ふと我に返ると、鎖骨を押さえたもう一人の男が太刀を放り出していた。
    「待てっ」
     地面にうずくまったまま、片手だけで才蔵を拝み、必死に訴えた。
    「降参じゃ。堪忍せい」
     その横には、才蔵が脳天を叩き割った男が横たわっている。白い脳漿が流れ出しているのが、暮夜の中にもはっきりと浮かび上がっていた。すでに事切れているようだった。
     あとのことは、ふたたび曖昧な記憶の中にある。
     後方に散らばった油桶を拾ったことは覚えている。
     六条坊門を過ぎ、五条大路まで辿りついた頃から、両膝がガクガクと笑い始めた。今さらながら激しい恐怖に襲われた。天秤棒を担ぐ右肩も、震えが止まらない。あるいは、自分が仕出かしたことへの恐怖か。
     おれは、どうやら人をひとり殺したらしい……。
     才蔵は油問屋に帰ってからも、誰にもこのことを言わなかった。十日ほどはびくびくして過ごした。大丈夫だ、追い剥ぎを一人殺したくらいで捕まることは決してないだろう。そうは踏んでいても、怯えはなかなか消えなかった。

     さらに十日ばかりが経った。結局は何も起こらなかった。
     それでようやく実感として分かったことがある。やはり幕府の侍所――京の警察機関は有名無実であり、所司や目附なども、あってなきがようなものなのだ、と。
     もうひとつ、身に染みて思ったことがある。
     つまるところ、自分の身は自分で守るしかなく、誰も守ってはくれない……。
     才蔵はそれから、子供の時のように暇さえあれば天秤棒で、突く、打つ、払う、の稽古を始めた。振り売りの最中もだ。破れ築地の中の廃園などで、桶を置いて棒振りを繰り返した。

    3
     ある日、ふと思いついて天秤棒の両端を薄鉄で包んだ。もうすぐ数えで十七になろうとしていた。
     四条河原に薄の穂が生え始めた頃、またしても追い剥ぎに襲われた。
     相手が一人だったこともある。この時はむしろ、積極的に攻撃に出た。自信もわずかながらあった。一合、二合と太刀先を天秤棒であしらい、相手の二の腕を打ち、脛を払い、最後にはあの秋口のときのように、肩をしたたかに強打した。
     殺しはしなかった。才蔵の見るところ、相手は右鎖骨と左の腕が折れていた。これでもう、自分に刃向ってくることはなかろう。充分だと感じた。

     霜柱が立つ季節になった。
     暮夜に追い剥ぎに遭う頻度がさらに増えた。冬なのだ。食うものもなくなり、米や麦などの収穫物も土倉や荘園主に取り上げられ、土民たちは餓え切っていた。
     その都度、才蔵は撃退した。相手が、剣では素人同然の食い詰め者であったことも幸いした。複数でかかって来られた場合は、容赦しなかった。むしろこちらの命が危ない。年の瀬までにさらに数人の頭蓋を割り、殺した。雪に血がにじんだ。
     賊を殺しても、公方に捕まることはない。その点は安心していた。だからといって殺したいわけではなかった。我が身を守るためには仕方ないことだった。
     そしていよいよ暮も押し迫った、ある夕刻のことだった。
     五条大路で辻売りをしていたとき、五、六人の牢人風の輩が東からやってきた。
     みな肩を怒らせ、かすかに土埃を立てながら大路をのし歩いてくる。すべての男たちが腰元に野太刀をぶち込んでいる。尋常な雰囲気ではなかった。
     骨の髄まで冷える北風の中を、周りに目もくれず、才蔵にむかってまっすぐに迫ってきている。
     左端の男に、かすかに見覚えがあった。たしか三度目か四度目に襲ってきた追い剥ぎの片割れに違いない。もう一方の男は、才蔵が撲殺した。
     才蔵は、二つの油桶をそっと地面に下ろした。懐中の銭袋を桶の上に置く。そして天秤棒を両手に掴みながら、
     やはりそうか――、
     と感じた。
     相手は追い剥ぎとはいえ、仲間もいる。親兄弟もいるだろう。いつかはこの種のお礼参りがやってくることは、心のどこかでうっすらと覚悟していた。
     おそらくその時、自分は死ぬだろう、と。
     それが、思いのほか早かっただけだ。
     己の生の阿呆臭さと虚しさに、思わず笑い出したくなった。泣き出したくもなった。
     生まれ落ちてきて以来、なんの慶びもない人生だった。好きになるほどに親しくなった相手もおらず、望みの見える職にありついたこともない。ただ食うためだけに必死に苦界の海を泳いできた成れの果てが、これだ。
     才蔵は、近づいてくる男たちに向かって、もう一度天秤棒を構え直した。
     一方で、多少の物憂さは感じる。どのみち死ぬのだ。
     ただで殺されるつもりはなかった。四肢をずたずたに切り刻まれ、頭をかち割られるまでは徹底的に抗戦し、相手のうちの何人かを、地獄で待ち受ける牛頭馬頭の慰み物として道連れにしてやる……そう腹を括っていた。
     が、事態は思わぬ方向へと動いた。
     男たちの集団は、才蔵の立っている場所から三間ほど離れたところまで来て、一斉にその足を止めた。誰一人として鯉口を切る気配もない。殺気もない。これから才蔵を撃ち殺す雰囲気では、明らかにない。
     先頭にいる首領格らしき男が、鬚面の顎を撫でながら、不意に相好を崩した。
    「汝が、天秤棒の小僧か」
     その声音も、気さくでざっかけないものだった。
     それでも才蔵は、棒先を男たちに向けたまま、用心深く無言を保った。
    「その歳で、なかなかの使い手だそうじゃのう」男はさらに笑った。「聞けば、七条あたりの賭場でも噂になっているそうな。天秤棒の童には手を出すな、こちらの命が危うくなる、とな」
    「………」
    「油の振り売りをさせておくには、惜しい腕じゃの」
     どうやら用向きは、他にあるらしい。
     才蔵は、ようやく天秤棒を下ろした。
    「どうじゃな小僧、ここはひとつ、わしらの仲間に入ってみんか」
     一瞬間を置き、
    「追い剥ぎの、か」
     と才蔵は聞いた。ならば断るつもりだった。そこまで身を堕としたくはない。
     違う、と男は首を振った。
    「わしらの本業は、土倉の用心棒じゃ。追い剥ぎは、たまたまこやつと――」左端の男に顎をしゃくった。「その連れが戯れにやったまでのこと」
     戯れで、人を殺すのか。
     ともわずかに感じたが、才蔵は黙っていた。
     当世は人の命など、冬の乾き切った馬糞同様に軽い。事実、四条河原では餓死者の骸があちらこちらで鴉に啄まれている。鴨川の流れも腐乱死体で埋め尽くされ、常に澱み滞っている。今年の一、二月だけで、鴨川のほとりでは八万二千人もの餓死者が出たという。人によっては、九万、十万とも噂する。長禄三年(一四五九年)から足かけ三年続いた大飢饉――後の世でいう「長禄寛正の飢饉」のせいだった。餓えた者たちが食い扶持を求めて、京へ京へと上ってきた挙句の地獄絵図だった。
     このご時世では、自分の命ですら、いつどこでどう朽ち果てるとも知れない。
    「土倉は物持ちじゃ。手当ても弾むぞ」男はさらに言った。「油の売り子など、ろくな給金ももらえぬ。老いるまで飼い殺しじゃ」
     才蔵はしばし考えて、口を開いた。
     わしは、とためらいがちに言った。「そやつの連れを殺しておる。恨みには思わぬのか」
     すると男たちは一斉に大口を開けて笑った。左端の男も含めてだ。
     意外だった。才蔵は驚き、むっとした。そこは若さゆえ、中身はまだそれなりに初心だった。
    「何故、笑う」
    「殺されたのは、きゃつの腕が未熟だったまでのこと」首領らしき男は言った。「わしらまでぬしを恨みに思う義理はないわい」
     別の男も笑いながら言ってのけた。
    「そんなことでいちいち恨みを抱けば、殺す相手は日に日に増える。切りがないわ」
     なるほど、と一面では納得もする。
     連れの男が殺されたのは、誰のせいでもない。その男の半可な腕のせいなのだ。どうやらそういう修羅道の底に、この男たちは住んでいるようだった。彼らの性根は渇き切っている。とことんの極道者だ。
     けれど才蔵も、つい微笑した。
     この男たちがそういう気構えでいるのなら、こちらもそれなりの付き合い方はある。
     土倉の用心棒風情に進んでなりたいとは思わない。
     が、最後に相手が放った一言が、何故か才蔵の心を打った。
    「わしらはの、ぬしの腕を見込んで、こうして来ている」
     男は存外に優しい声で言った。
    「その腕に、値がつくのじゃ。どうじゃ、求められてはみぬか」

     あれから三月が過ぎ、才蔵はこうして土倉の用心棒に納まっている。本棟の広い土間を一段上がった大広間で、杉戸に背をもたせて座っている。
     あの時、すんなりと申し出を受けた自分のことを、たまに考える。
     思案した挙句、ようやく一つの結論に達した。
     つまり、こういうことだ。
     十五の時まで、ずっと村厄介の分際として生まれ育った。誰も才蔵のことを、あの村に必要な人間だとは思っていなかっただろう。まさしく厄介者だった。そういう軽侮の視線に囲まれた世界が、才蔵のすべてだった。
     やがて雑掌の添え状により、油問屋に雇われたが、ここでも別段ありがたがられたわけではない。離宮八幡宮の紹介状を持つ小僧をすげなくは扱えず、仕方なしに雇ってくれたというのが実状だった。
     つらつら考えてみるに、自分、あるいは自分に付属している何か――この場合は棒の技術だろう――に、価値があると言われたのは、生まれてこのかた初めてのことだった。それがたとえ人を叩き、殺すという罰当たりな技術であったとしても、だ。
     誰かに必要とされているという感動に似たものを、才蔵はあの時初めて味わった。だから自分は、驚くほどすんなりと申し出に応じたのだと思う。
     それでもこの土倉での暮らしに馴れるにつれ、いろいろと見えてくるやり切れない現実がある。
     それが、どうしても才蔵を無口にさせる。
     油売りの時もそうだった。
     おん油ぁ、おん油あ、と売って回った。離宮八幡宮から下された霊験あらたかな神の油だ。だから買う者もありがたく拝んで買えというわけだ。
     この土倉にしても、そうだ。
     比叡山の有力な山法師が経営している。いわゆる僧兵の親玉的存在で、法妙坊暁信と名乗る比叡山の用心棒が、祠堂銭という寺社の運営金を借り、それをさらに地下人に貸し付けている。
     つまりは叡山が銭主なのだ。
     地下人に貸し出す際の利子は、年に八割強だ。百を借りたものが、一年後には百と八十以上の負債に膨れ上がる。到底返しきれるものではない。
     それを承知で、百姓たちは目前の餓えや年貢を凌ぐために借りる。銭を返しきれなくなった彼らの土地を取り上げるのも、才蔵たちの仕事だ。その脅し文句もお笑い草だ。
    「阿弥陀如来さまからお借りした、ありがたい御鳥目ぞ。うぬはそれを返さぬと申すか」
     挙句には、
    「地獄に堕ちるぞ。子々孫々堕ちて、永劫に責め苦を味わうか」
     などと言って質草の土地を取り上げ、小作にしたり、女子供を人買いに売ったりする。
     才蔵は時に思う。
     もし阿弥陀如来というものがこの世に本当にいるのなら、こんな高利での銭貸しの片棒を担ぐとは、とても思えない。なおかつ返せないからと言って、小作農という半奴隷の身分にまで人々を追いやるとは、さらに想像もできない。
     いっそ、こんな愚劣な渡世などやめてしまおうか。
     そう思う時もしばしばある。
     が、今の才蔵にとってわずかながらも人に求められるものは、天秤棒のこの腕だけなのだ。待遇も悪くない。それがつい、ここを出ていこうという決意を鈍らせる。
     くすぶった気持ちを抱えたまま、今の状況に胡坐をかいている。
     夜は、本棟に手代や下働きの者はいない。持ち主の法妙坊も東山の別邸に戻り、不在だ。才蔵を始めとした用心棒のみが、銭を守って本棟にいる。
     板の間に賽を振る音が鳴り、直後に勝った負けたで交換される銭の音が耳障りに聞こえる。その銭の音に紛れて、どこからか狗の吼え声が響いてきた。
     しかし突如として吼え声は止んだ。
     珍しいものだ。春のこの時季に、雄狗同士が目当ての雌を争って吼え合うことはよくある。うんざりするほど長くしつこく、威嚇し合う。一匹で遠吠えをしているときも、その声は長く尾を引く。
     が、今の吼え声はいきなり止んだ。おそらくは誰かが、狗を打ち殺して黙らせた。
     ……嫌な予感がする。
     そう思い、つい六尺棒を引き寄せた直後だった。
     ぐぁばん、
     という大音響が部屋じゅうに響き渡った。はっと顔を上げると、土倉の分厚い引き戸が、板間にいる才蔵たちのほうに向かって吹っ飛んできた。丸太で突き破られたのだ。
     そうと知れた時には、長柄を構え白刃を振りかざした賊たちがばらばらと乱入してきていた。見る間に数が増えていく。
    「この――」
     才蔵たち七人もすぐさま得物を手に取る。たちまち乱闘――いたるところで殺し合いになった。あまりにも突然で、恐怖に怯える暇もなかった。気がつけば無我夢中で、次々と斬りかかってくる相手を突き、打ち、払うという動作を激しく繰り返していた。
     が、いかんせん賊の数が大きく上回っている。二十人はいる。
     周囲に無数の白刃がきらめいている。才蔵はその兇刃の隙間を掻い潜り、六尺棒を手に奮戦した。二人の鎖骨を砕き、一つの頭蓋を割り、群がってくる向こう脛を何度かしたたかに打つ。血の臭い。怒号。断末魔の叫び。しかし、周囲に響くのはこちら側の悲鳴が圧倒的に多いようだ。
     刀槍の戦いなど、双方の実力がよほど伯仲していない限り、一合か二合でけりはつく。つまりはどちらかがすぐに倒れ、死ぬ。
     いつの間にか周囲に用心棒の影はすっかりなくなっていた。殺されたか、あるいは多勢に無勢と判断し、泡を食って逃げ出したのだろう。
     六尺棒を前後左右に振り回しながら、次第に自棄になっていく自分を、どうにも抑えることが出来ない。
     不意に、臓腑から怒りが込み上げてきた。
     どこをどう見渡しても、恨み多き、虚しいだけの人の世だ。喜びなどない。偽物だらけの世の中だ。苦界だ……生きてこれ以上、息を吸う価値もない。
     たぶん自分は今宵、死ぬ。それでいい。逃げ出したところで行く当てもない。もう充分だ。
     ――が、黙って死んでやるつもりはない。
     いっそ大暴れに暴れて死んでやる。
     萎えかけた両腕に、ふたたびわずかばかりの力が湧いた。
     ――くそ。
     さらに激しく六尺棒を振り回す。目前の敵を渾身の力で突いた。顔が見事に陥没し、相手は足元に崩れ落ちていく。
    「見たか」
     破れかぶれで思わずそう叫んだ。息が荒い。足も重い。それでも――、
    「うぬら全員、地獄へ道連れじゃっ」
     と、構わず大声で吼え散らした。
     しばし賊たちの動きが止まった。才蔵を遠巻きにしたまま、息を潜めている。
     直後、
    「退け――」
     そんなつぶやきが聞こえた。
     賊どもを掻き分け、ひときわ大柄な男が目の前にのっそりと現れた。
     毬栗頭に鬚面の、黒袈裟に身を包んだ見るからに魁偉な男だった。才蔵はその男を見上げる恰好となる。
     一瞬、その体躯が発する息苦しいまでの圧迫感に怯んだ。その男だけは、左手に持つ大太刀の鞘を払ってもいない。この修羅場にもかかわらず、その四肢のどこにも微塵も力みが感じられない。ゆったりと構えている。
     が、怯んだのも束の間だった。おそらくは賊たちの首領だろう。負けるものかと思った。才蔵はふたたび何ごとか叫び、六尺棒を振り上げかけた。
     すると、
    「うるさき小蠅よの」
     男の鬚面が仕方なさそうに笑み崩れた。そして太刀を鞘ごと動かした。
     一見、ゆっくりとした動作に思えた。分かっている。避けなければならない。だが、鞘尻がいとも易々と目前まで迫ってくる。それほど滑らかな動きだった。
     直後、体の芯に鋭い衝撃を感じた。
     うっ……。
     息が出来ない。吐くことも叶わない。血流が止まる。全身が痺れたように動かない。太刀の鐺で、鳩尾を深々と抉られたのだ。見事に急所を突かれた。
     視界が歪む。足元にあったはずの板間の木目が見る間に迫ってくる。倒れていく。そのまま顔を激しく打ち付け、闇になった。
     体格差もさることながら、桁違いの技量だった。才蔵はなすすべもなく悶絶した。

    4
     ぽかぽかと全身が暖かい。陽に包まれている。どこかで雲雀も鳴いている。
     春だなあ――。
     男は草むらにのんびりと寝転がったまま、思う。
     ふと首を捻って横を見ると、繁縷が生えていた。春の七草の一つだ。細い茎に小さな柔らかい葉っぱをつける。何の気なしにそれを数本手折り、口に含む。青臭い味と香りが口中に広がる。
     ふむ――。
     男は満足する。しばらく咀嚼して、呑み込んだ。やはり、春なのだ。
     さらに一本を手折り、茎を口に咥えた。口先でぐるぐると茎を回す。先の葉っぱも、はるか天空に浮かぶ雲に向かって、ぐるぐると回り始める。その視界の中に、燕が入ってきて、瞬く間に消えた。一瞬、自分が宙に浮いたかのような錯覚を感じる。
     いい気分だ。
     遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえる。
     おかしら、御頭、と。
     その呼び声は、家屋の向こうから次第に近づいて来る。自分を探し回っている。
     孫八の声だ。この男には小頭として、五十人の配下を任せてある。分隊長の一人だ。
     そのうち、家の裏手にあるこの草むらにもやって来るだろう。
     構わず目を瞑って寝転んでいた。
     やがて目蓋に影が差した。
     目を開けると、孫八が自分の脇に片膝を突いてしゃがみ込む途中だった。
    「御頭――道賢どの」
     なんじゃ、と道賢と呼ばれたこの男は、ようやく半身を起こした。
    「なんぞ用か」
     道賢……俗称、骨皮道賢。
     応仁の乱前後から、この男の名は諸記や史料に散見されるようになる。出自は不明で、その昔は赤松牢人だったとも、河原者、あるいは野伏だったとも伝えられる。
     配下に洛中洛外の浮浪三百人を治める、印地(極道者や無法者)の親玉だ。時には商家の荷駄隊を守る傭兵頭となり、戦場にあっては足軽大将として配下を率い、その折々の雇い主の大名のもとで戦う。殺しや暴力沙汰、合戦を請け負う頭目だ。
     一方で、この男は、出雲、隠岐、飛騨や近江半国の守護で侍所所司を務めていた京極持清の家臣、所司代の多賀出雲から、洛中の治安を保つ目附職に任命されている。いわば治安維持部隊の隊長だったとも言える。
     つまりは、この男の出自と現在のありようが悪党そのものだったからこそ、盗賊たちの挙動をよく掴む者として、重用されたのだろう。
     一見、善悪定かならざる男で、土一揆や打ち壊し、守護一族の内紛など、世の乱れに乗じて蚊柱のごとく出現してきた浮浪や足軽どもの親玉の、象徴的存在だった。
    「小僧が目覚めました」
     そうか、と道賢は小首を傾げた。「縄で縛って、土間に転がしたままか」
     孫八は怪訝そうな顔をした。
    「どうなさるおつもりです。なにゆえ、あんな小僧など拾われたのでござるか」
     道賢は少し笑った。
    「実は、わしにもよく分かっとらん」
    「はあ……」
    「まあ、あやつと話してみてからのことよ」
     言いながら、立ち上がった。
     孫八と共に、草むらを抜け、家屋の表側に回る。家屋とはいっても、この京の場末である東九条界隈によくあるような、小屋に毛の生えた程度の貧相な建物だ。
     道賢の根城は、本来は伏見にある稲荷大社だ。大社のある稲荷山の峰々に、三百人の配下が陣取っている。この家屋は、いわば洛中での出先だ。
     歩きながら、のんびりと道賢は言った。
    「昨夜は、与一が死んだなあ」
    「はい」
     与一とは、この孫八と同様、小頭の一人だった。道賢は孫八や与一など六人の小頭に、五十人ずつ配下を掌握させている。
     昨夜の土倉押し込みは、与一が持ち込んできた。法妙坊という屋号の土倉の噂は、以前から賭場の浮浪や行商人から、しばしば道賢の耳にも入って来た。悪評ばかりだった。
     与一の配下の足軽にも、親兄弟が法妙坊に土地を取り上げられたり、妹が人買いに売られたりした者もいる。足軽どもはみな、そういう貧しい百姓の次男、三男という出自だった。田畑を分け与えられず、さりとて食える当てもなく、餓えて浮浪になりかかっていたところを道賢に拾われた。
     孫八にしてもそうだ。この男も元々は三十人ほどの浮浪の棟梁で、五年ほど前に道賢の一党が散々に打ち負かした。その骨柄を見込んで子分にした。
     押し込みは、存外に入念な下調べが必要なものだ。家人や用心棒の数、屋敷の堅牢さ、そして蔵にいかばかりの銭が貯め込まれているのかを事前に掴まなければならない。
     そして、その押し込みを実際に行うかどうかは、首領である道賢が最終的に判断する。
     よかろう、と道賢は即決した。
     侍所の目附が悪事に手を染めてよいのか、などという道理は、道賢にはない。地下人ら無力な民を虐げるわけではない。ついでに証文を焼き捨ててしまえば、百姓たちもむしろ喜ぶ。そういう意味での悪事なら、いくらでも手を染めるつもりだった。
     なによりも彼が気に入ったのは、その土倉が比叡山の紐付きであるということだった。
     山法師どもめが、と日頃から虫が好かなかった。
     小悪党なら小悪党らしく乱暴狼藉に命を張り、時には落とし、拾えば拾ったで、その汚名ごと背負っておのれ一人で生きればよいのだ。
     それを法妙坊は叡山の権威を笠に着て、法外な金利で銭を貸し付けている。しかも返済が滞れば神仏の鉄槌が下ると言って地下人どもを脅す。市中の悪党たちも祟りを恐れて、叡山の土倉にはおいそれと手を出さない。それを承知で、祠堂銭を貸し出す叡山も叡山だった。常日頃は人倫を説き、虫も殺さぬような善人面をしておいて、厚顔無恥にもほどがある。
     道賢はいかにも老練の悪党らしく、叡山などの神社仏閣が銭主として、土倉に貸し出す時の祠堂銭の金利を知っている。百文につき、月に二文の利子を取る。これだけで、年に二割四分になる。
     さらに土倉は、そこに自分たちの儲けを上乗せする。これが、月にして三文から五文ほどだ。つまり借りる側は、最終的に一年で六割から八割四分の金利を取られる。そして法妙坊の利率は、もっともあくどい八割四分だった。目にあまるたちの悪さだ。いつか折りを見て懲らしめてやろうと思っていた。
     他方、道賢一味の銭まわりの事情もある。
     このところ河内や摂津での合戦は止み、足軽稼ぎの実入りは減っていた。銭になるのは反物や酒、油など荷の運搬警護くらいなものだ。三百人の配下を食わせていくには、時として荒稼ぎも必要だった。そしてこの勢力を保っているからこそ、道賢は多賀出雲に目をかけられたのだ。だから所司代は、万が一に事が露見したとしても、多少の悪事には目を瞑る。
     押し入る日取りを決め、頭数も五十人と決めた。当日の夜は腕利きの二十人を打ち入り部隊に、残る三十人を屋敷の裏手と側面の三手に分けて配備した。押し入りに気づいて、家人が銭を持って逃げ出すのを、そこで食い止めるのだ。
     道賢と主力の二十人は、扉を打ち破って家屋に侵入した。七人の用心棒たちが立ち上がり、太刀を抜いて応戦してきた。
     道賢自身は乱闘には参加しない。頭目は通常、それで良い。古の鎌倉の頃から、棟梁とは部下の働きを見定め、得た金品を公平に分配するために存在する者のことを言う。
     ただし、配下の手にあまる相手がいた場合は別だ。
     今回は、あの小僧だった。
     道賢は土間から配下の戦いぶりを眺めていた。打ち入り役は二十名。対する土倉の用心棒はわずかに七名……最初から負けるはずがなかった。
     案の定、用心棒たちは味方が二人斬り殺された時点で早々と戦意をなくし、家屋の奥へと引っ込み始めた。おそらくは裏口から逃げるつもりだったのだろう。むろん抜け出た先にも道賢は部下を配していたから、取り逃がしはしない。そうとは知らず、彼らは次々に逃げ始めた。
     が、一人だけ板間で踏ん張り、抵抗し続けている者がいる。その周囲を道賢の配下が取り巻いていた。
     見たところ十六、七といった年恰好の、童と言ってもいいほどの若僧だった。
     手下たちが小僧一人を攻めあぐねているのには、理由があった。小僧の得物が、両端に薄鉄を巻き付けた六尺棒だということだ。
     道賢も刀槍の玄人だから分かる。屋内の場合、長柄だとその長さのせいで天井や壁、鴨居などに閊え、かえって扱いにくい。かと言って太刀だと、今度は六尺棒に対して刃渡りが足りない。その棒の絶妙な長さが、この小僧一人の意外な善戦を支えている。むろん棒の扱いも荒削りながら、素早くかつ的確なものだった。
     しかし、このまま戦い続ければ多勢に無勢、やがて殺されるのは分かりきっているのに、風変わりな童だと思った。必死で抗戦している幼さの残る横顔に、多少の愛嬌さえ感じる。
     そう感じた時点で、我知らず足が動いていた。
     配下を押し退け、小僧の前に立った。
     小僧は道賢の出現に、一瞬怯んだらしい。が、それでも六尺棒を振り上げてきた。
     殺してもよかった。
     が、その健気さについ苦笑した。殺すまでもあるまい。
     流れるような動きから、鐺で鳩尾を激しく突いた。この急所を的確に突かれて立ち続けられる者はまずいない。
     果たして小僧は昏倒した――。

    5
     道賢は、表から家屋に入った。
     小僧は猿轡を噛まされ、土間に転がされていた。目覚めている証拠に、その瞳が道賢を見上げている。
     道賢はその横にしゃがみ込んだ。
    「どうじゃな、気分は」
     小僧は、じっとこちらを見上げたままだ。
    「そろそろ、小便でもしたいか」
     小僧は反応を示さない。が、膀胱は間違いなく破裂寸前のはずだ。一晩中、身動きも出来ぬまま転がされていると、たいがいの者はそうなる。時には洩らしている奴もいる。
     道賢は、おかしみを堪えながらさらに言った。
    「それともこのわしに、改めて打ち殺されたいか」
     その瞳が道賢からわずかに逸れた。さすがに殺されるのは嫌なのだろう。
    「孫八」道賢は小僧を見たまま言った。「こやつを担いで、裏の草むらまで運べ」
     孫八に家屋の裏まで運ばせ、先ほど自分が寝転がっていたあたりに、小僧を放り出させた。
    「騒ぐなよ」道賢は猿轡を外す前に念を押した。「騒げば、斬る」
     小僧は微かにうなずいた。それを見て道賢は孫八に向かってうなずいた。
     孫八がまず猿轡を取り、それから後ろ手に縛っていた縄を切った。両足の縄は縛ったままだ。
     よろけながらも小僧は立ち上がった。おそらくは膀胱が膨らみに膨らんでいたのだろう、すぐさま歳相応の男根を取り出し、その場で盛大に小便を飛ばし始めた。
     小便がやや勢いをなくし始めたところで、小僧は突然泣き出した。顔をくしゃくしゃに歪め、大粒の涙をぼろぼろとこぼし始めた。それでも小便を続けている。
     驚く、というより道賢は呆気に取られた。
     どこの世界に、人前で小便を垂れ流しながら泣く馬鹿がいるのか。
    「なぜ、泣く」
     当たり前じゃ、と小僧は声を震わせた。
    「一晩じゅう縛られ転がされた挙句、おぬしら盗賊風情の前で、こうして男根を晒している。妙な情けまでかけられて、小便までさせられておる」
     男として生まれてこれほどの屈辱があろうか、とさらに小僧は喚いた。
    「いっそ、打ち殺されたほうが良かったわい」
     これには道賢も苦笑した。なるほど。そう言われてみれば、確かに屈辱だろう。
     わしはの、と小僧は一人前に自分のことをそう呼んだ。「この世には、ほとほと愛想が尽きたわい」
     その後に小僧の並べ立てた愚痴とも泣き言ともつかぬ理屈のたくましさに、道賢はさらに呆れた。
     なんと馬鹿な世に生まれたものか、と小僧は訴えた。それでも餓鬼の頃はまだ良かった。ただ朝夕の糧を得るために、懸命に生きてきただけじゃ。何も知らんかった。けれども、大人になればなるほどこの世の愚劣さが分かってくる。酒に、油に、味噌に、そして銭にさえも、最初から神仏の上前が乗っているような世の中じゃ。
    「いったい神仏は――」小僧はなおも泣きながら訴えた。「わしら地下人を苦しめるだけのものなのか。ならばこの世など、生きる価値もないわい」
     これほど弁を弄する輩は、大人にも滅多にいないと道賢は思った。その理屈を組み立てる素養を身に付ける機会が、過去にあったということだろう。おそらくは漢籍なども読める。元々は、それなりの家の出に違いない。
    「小僧。ぬしの名は、なんという」
    「才蔵じゃ」
    「姓は」
     一瞬、小僧は黙り込んだ。が、直後に口を開いた。
    「所領も扶持もなき侍の成れの果てに、苗字などない。そんなものが何の役に立つ。せいぜい『あれよ、落ちぶれ者の子よ』と嗤われるのが関の山じゃ」
     そう、吐き捨てるように言った。やはり武士の子だった。そして口ぶりには、かすかに播磨の訛りが残っている。
     なんとなく道賢には見当が付いた。あながち間違ってもおるまい。試みに聞いてみた。
    「ぬしは赤松の支族か」
     才蔵はうなずいた。
    「今ではその名に、犬の糞ほどの価値もないがの」
     相変わらず憎まれ口だけは一丁前だ。道賢は才蔵をやや持て余した。
    「そう、捨て鉢になるでない」
     宥めつつも、これはしくじったな、と思った。使い物にならん。命を助けたのは失敗だったのかもしれない。
     この小僧の気骨や考え方そのものを否定しているわけではない。
     理屈を捏ねる者に根っからの悪人はいないと、昔から言う。理を持ち出せば悪事を働けなくなる。物欲に任せて平気で人の物を略奪するような真似が出来ない。また道賢の下知のもと、何も考えずに戦場を駆け巡り、哀れみを請う相手にも容赦なく槍を突き刺すような足軽稼業にも向いていないだろう。
     足軽や盗賊は、物の道理を考えてはいけない。考えるべきでもない。倫理も必要ない。この小僧には、そういう印地になれるような崩れた野放図さがない。
     そう思い、道賢は自分が何を感じてこの小僧を助けたのかを改めて考えた。
     昨夜のことを思い出す。荒削りながらも鮮やかな棒捌きだった。わずかな時間のうちに配下の三人が不具者になるほどの重傷を負い、二人が殺された。両人とも即死だった。あとで検めたところ、小頭の与一は頭蓋をかち割られ、もう一人の顔面は正体を留めないほどにぐちゃぐちゃに突き崩されていた。
     これほどまでに見事な腕があり、人を殺める挙動にも躊躇いがない。敵に取り囲まれても、命を惜しむ素振りさえ見せない。一見投げやりな性根も気に入った。自分の配下に加えるにはうってつけだ。仲間内で頭角を現しさえすれば、すぐ小頭あたりに据えられるだろう。
     が、こうして話してみると、どうやら土壇場まで追い詰められていたからこそ発揮できた力であり、平素に進んで人を殺せるとは、とても思えない。
     人倫や物の道理を考えるからだ。
     さらに道賢を物憂くさせたのは、この小僧が零落し果てたとはいえ、武士の子であるということだ。
     自分の家や来歴を疎みながらも、いや、疎むがゆえに、武士の子としての矜持や自覚が濃厚に残っていた。
     歴とした武士は足軽稼業には向かない。
     足軽は集団戦を得意とする。というか、それしか出来ない。例えてみれば、十人で寄って集って一人を打ち殺すというのが足軽稼業である。そういうことが平気でなければならない。それを卑怯とも思わない。集団の、数の力こそが足軽の拠って立つところだ。
     しかし武士は違う。穢し、ということを異常に嫌う。功名心と同時に、名誉心も異常に強い。「名こそ惜しけれ」という言葉の示す通りだ。
     だからこの時代の武士同士の合戦の多くは集団戦に見えても、その内実は個対個の一騎打ちとなっていた。多数で一人を攻撃するような戦い方は、よほどのことがない限り馴染まない。おそらくはこの小僧にもその感覚が沁み込んでいるだろう。
     足軽や傭兵に、そんな見栄や自尊心は不要だ。むしろ邪魔になる。
     それ以前に、そもそも足軽など武士と見なされていなかった。あぶれ者や印地の集団に過ぎない。足軽が下級ながらも武士の端くれとして扱われるのは、この時代より半世紀も下った戦国中期からである。
     しばらく思案した挙句、道賢は溜息をついた。
    「どうやら、われは使い物にならぬな」
    「使い物にならぬ?」
     小僧は鸚鵡返しに聞いてきた。
    「わしらの一味としては使い物にならん、という意味だ」
     すると才蔵は鼻で笑った。
    「盗賊になぞ、なる気もないわい」
     やはり。道賢も仕方なしに苦笑した。
     すると孫八が憤然と口を挟んできた。
    「小僧、わしらの本業は盗賊ではない。尾籠にすまいぞ」
     盗賊風情と軽んじられたことが腹に据えかねたのだろう、話に割って入ってきた。
    「此度の押し入りは、稀も稀じゃ。あくどい稼ぎ方をする法妙坊を懲らしめ、ついでに銭を頂いたまでのこと」
     小僧は怪訝な表情を浮かべた。
    「盗賊ではないのか」
    「当たり前じゃ」孫八は唾を飛ばした。「時に大名に雇われ、合戦に出向いて兜首で稼ぐ。時に油や酒の荷駄を護衛して伊勢や室津まで赴く。賊まがいの稼業とはほど遠いわ。ほかに大事な役目もある」
     しかしさすがに道賢の手前、それ以上を口にするのは憚った。
     才蔵のもの問いたげな視線が、道賢に戻ってくる。
    「なんじゃ。大事な役目とは」
    「なんでもよかろう」道賢は面倒くさくなってきた。「それを聞くと、ぬしはただでは帰れぬぞ」
     洛中警護を稼業にしている浮浪の徒が、その役目の裏で土倉を襲ったことが露見すれば、所司代も見過せない。
     すると小僧はまた笑った。
    「やはり、命までは取らぬのか」
    「こいつ――」
     これには思わず道賢も言葉に詰まった。
     言われてみれば確かにそうだ。おれにはもう、この小僧を殺す気はない。すっかりその気が失せている。
    「教えてはもらえぬか」
     好奇心を剥き出しにして才蔵が聞いてきた。言葉遣いもやや丁寧になっている。しかし、何故それほど我らの本業を知りたがるのか、道賢には分からない。
    「大事な役目とは、なんでござる。あるいは、そなたの御名をお聞かせくだされ」
     小僧はなおもせがんだ。せがむとしか言いようのない問いかけであった。
     道賢は少し考えた。殺さぬ限り、この小僧はやがて、おれの風貌から人づてに正体を知る。それならば……。
    「口外せぬと、誓うか」道賢は詰め寄った。「此度の押し込みが我らの所業と判明し、市中で広まれば、わしの手下がぬしを必ず探し出し、殺すぞ」
     すると、小僧は激しくうなずいた。
    「誓う。いかなることがあろうとも、言わぬ」
     いかにも武士の子らしい即断だった。
     道賢は、自分の名を告げた。


    ※1月19日(木)18時~生放送
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。