• このエントリーをはてなブックマークに追加

りゃんさん のコメント

「後々私は解ることになるが、この時期金銭疑惑の話が関西方面で持ち上がっている。」
なんだ、孫崎さんもうすうすわかってるじゃないですか。そりゃ正解を知ってる人はわたしも含めほとんどいないことでしょうが、大多数の人がそことかかわりがあるだろうと思ってますよ。

野中広務といえば、朝銀救済でしょう。朝銀といえば実質的に朝鮮総連の下部機関で、朝鮮総連は北朝鮮の下部機関ですね。その朝銀に野中は合計で約1兆3000億円以上の公金を注ぎ込んで経営破綻から救済したといわれていますね。そのカネは北朝鮮の核・ミサイル開発資金へと化けていったといわれています。また、朝銀の朝鮮系の商工人への融資の仕方も異常で、実質的な在日特権だったとも指摘されています。

こんなやつが失脚するのは当然だとおもいます。しかし失脚後も、朴槿恵のように牢屋にいれられるわけでもなく、議員ではないが政治家としてはあり続けたわけですね。これはむしろ、野中が失脚後権力を失ったのではなく、一定の権力は最後まで持っていたことを裏付けると思います。ロシアや中国なら暗殺されているでしょうから、まあ、日本はいい国だとおもいます。

しかし野中が死んだいま、もしかしたら安倍首相やその周辺に、野中が依拠していた権力がどういうものか、その一部でもあかるみに出そうという動きがあるのかもしれません。情報の目利きの孫崎さんのことですから、その動きをいちはやくキャッチして、今回の記事になったのかもですね。

一般論的にいえば、おおむね2000年台前半まで、日本には、「日本が中国や朝鮮半島に悪いことをした、また在日韓国朝鮮人に悪いことをした。国内でも部落差別で苦しんだ人々がいる。これらは償わねばならない」という規範を権力基盤として、そこから一定の金額をかすめとり分配する政治ビジネスが成立していたのだと思います。その最後の大物が野中だったのでしょう(ただし野中は自分自身やその家族のためには、カネや権力を用いなかった、そこは非常にクリーンだった、といわれています)。その政治ビジネスが、バブル処理を本格化するにあたって日本に対して影響力をましてきた米国金融権力にとって邪魔だったとはいえるかもしれません。
No.10
76ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
野中広務氏は 2018 年 1 月 26 日、死去した。。 野中広務氏は小渕内閣の時に、 1998 年 7 月 30 日 - 1999 年 10 月 5 日官房長官をしている。この当時私は外務省で局長をしていたが、当時野中氏の力は絶大で、これに対抗できるものは誰もいないとみられていた。 2000 年に小渕首相が倒れると、森自民党幹事長、青木官房長官、村上参院議員会長、亀井政調会長と協議を行い、森幹事長を小渕の後継自民党総裁にすることとした。この協議は、首相を五人組によって密室で選出させたものとして、野党から厳しく追及され、国民からも大きく批判された。野中は、森の後継として自民党幹事長代理から幹事長へ昇格した( 2000 年 4 月― 2000 年 12 月)。ここでも絶大な力をふるっている。「野中総理」待望論が出ていた時もある。 その野中氏がある時期から一気に勢力をなくしていく。 1997年年 7 月発足の小渕内閣で野中氏は
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。