Vol.073 結城浩/富田さんの思い出/風立ちぬ/企画のキャンセル/心の健康/フロー・ライティング/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2013年8月20日 Vol.073

はじめに - 富田さんの思い出/風立ちぬ

おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

青空文庫の富田倫生さんがお亡くなりになりました。

 ◆青空文庫の富田倫生さん 逝去
 http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/74676/70379/77367824

青空文庫の果たしている役割や富田さんのご活躍については、 結城があらためて繰り返すまでもありませんので、 ここでは個人的な思い出をいくつか書こうと思います。

富田さんとは直接お会いしたことはありませんでしたが、 青空文庫に関連して何度かメールのやりとりをしたことがあります。 メールの文面はいつもていねいで、 当然ながらきちんとした文章を書かれる人でした。

結城との関わりとしては、青空文庫の漢字表記に関して、 文字コードのチェッカー用CGIを作成してご提供した件と、 それから結城のささやかな翻訳を青空文庫に加えていただいた件と、 大きくはその二点だったかと思います。

 ◆作家別作品リスト:No.98 : 結城 浩 - 青空文庫
 http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person98.html

特に結城の翻訳を青空文庫に加えていただく際、 エキスパンドブック用のファイルは富田さんご自身が 結城のテキストファイルをもとに作成してくださいました。 一文字一文字ていねいにチェックしてくださり、 たとえ明らかな結城のまちがいであっても、 著者の意向を尊重するという態度で原稿に接しておられました。 そのとき、富田さんがしてくださった誤字の指摘はいまでも覚えています。

それからまた、こんなこともありました。 詳細は省略しますが、 ある第三者に対して富田さんがアクションを取らないことに対し、 結城が(不遜にも) 「指摘事項を1,2,3のように箇条書きにして指摘するべき」 という主旨のメールを書いたことがあります。 そのような失礼な結城のメールに対して、 富田さんは柔らかくたしなめる返信をしてくださいました。

そのような思い出もまた、いまから十年以上も前のこと。

富田さんが呼びかけ人として始められ、 継続なさっていた青空文庫というフリーテキストは現在でもきちんと存在し、 この世で大きな意味を持っています。 そして、ずっと意味を持ち続けることでしょう。

心からお悔やみを申し上げます。

 * * *

さて。

先日、家内と一緒に宮崎駿の映画「風立ちぬ」を観てきました。 家内は「一緒に映画を見に行く楽しさ」を覚えたらしく、 一度、中学生の子供と二人で観に行ったのに、 今回は私と二人で観に行くこととなりました。

以下は主に結城の感想です。

まず、観に行ってよかったと思いました。 ネットでいろんな感想を見かけたのですが、 やはり感想を読むのと自分で観るのはちがうものです。 否定的な感想もいくつか読んだのですが、自分で観てよかった。

全体としては戦争映画でもなく、恋愛映画でもなく、 あるひとりの人の生涯を追った映画と理解しました。 そしてその人は「美しい飛行機の設計」という夢を持った人である、と。

ひとりの人の生涯を追っていけば、 戦争があり、出会いや別れがあり、夢や希望があり、 とさまざまな要素が入り込むのは当然でしょう。 多くの問題が提起されるけれど、 それに何かの解決が安易に与えられるわけではない。 それは人生と同じことです。

という意味で、子供(特に小学生以下)にはちょっと難しい映画でしょうね。 子供が観て悲惨なシーンも問題になりそうなシーンもないけれど、 単純に子供が観てもつまらないんじゃないかなあと思います。

印象に残った言葉の一つは、

 「設計は夢を形にすること」

という設計家の言葉です。主人公が美しい飛行機を夢見ているとき、 まだ形がぼんやりした白い飛行機が登場する。 設計ができていないので、形になっていないのだ。

 夢を形にすること。

これはどんな仕事でもそうかもしれない、と思いました。 結城はいつも本を書く仕事に合わせて考えてみるけれど、 そこでも「本を書くというのは夢を形にすること」といって不都合はない。

頭の中で、心の中で思い描くのは「夢」です。 夢にはまだ形がない。ふわふわしていて、つかもうとしてもかき消えてしまう。 それが夢です。

 夢を形にする。

確かにそれは大切な仕事のように思われます。

それからもう一つ、印象に残った言葉として、

 「創造的人生の持ち時間は10年」

というもの。これもまた設計家の言葉である。 つまり何かを産み出す、創り出すという活動には「時限」があるということ。 これは(すでに本を書き始めて20年使っている自分としては)つらい言葉でもあります。 つまり、

 自分の創造的人生はすでに終わっているのか?

あるいは、

 自分は(過去の)10年という持ち時間で何を創造できたか?

などと自問してしまうからです。

ただ、さきほどは「つらい」と書きましたが、実際にはそれほどはつらくはないです。 つらいというよりも、身の引き締まる思いがするという方が近いかもしれません。 時間は限られている。だから、懸命に、丁寧に、生きなくてはと思うのです。

ハリウッド映画的なおもしろさはないし、スッキリするカタルシスもない。 でも、ひとりの人の(時に矛盾し、答えなどない)人生を通観するという意味で、 「風立ちぬ」という映画は観てよかったと思います。

そういえば、辞書編纂の物語『舟を編む』という映画も家内と二人で観ましたが、 印象としてあれと似ているところがあるかもしれません。 一人の人生を通観する映画ですね。夫婦で観ることができてよかったな。

 * * *

そういえば、7月は結城の誕生月です。 今年、2013年の7月が過ぎて結城は50歳になりました。 映画を観るときに「夫婦50割」が効くようになりました。

夫婦50割というのは、夫婦のうち少なくとも片方が50歳以上なら、 二人が同一映画を同一時間帯で観る場合に限り割引になるもの。 夫婦がバラバラに観ちゃ割引になりません!

自分の誕生日には実家の母に感謝の電話をしました。 私のことを50年前に産んでくれてありがとうございました、と。 里帰りもなかなかできなくて、もうしわけないけれど、 せめて電話だけでも「誕生日には母に連絡」は私の習慣です。 母に対して決して等価な恩返しなどできないにせよ、 せめて言葉だけでも贈ろうと思っています。

 * * *

さて、そろそろ結城メルマガを始めましょう。 今回は、まずある本の企画をキャンセルした件についての教訓。 それから、文章を書く上での心の健康の話をちょっと。 そして、夢中になって書くことについての連載「フロー・ライティング」です。 フロー・ライティングはいつものようにPDFになっていますので、 ダウンロードしてお読みくださいね。

それではどうぞお楽しみください!

目次

  • はじめに - 富田さんの思い出/風立ちぬ
  • 本を書く心がけ - 企画のキャンセル
  • 文章を書く心がけ - 心の健康
  • フロー・ライティング - 繰り返し、繰り返す
  • 次回予告 - 上半期反省会