『NEWSを疑え!』創刊号(2011年3月25日号)

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【発行日】2011/3/25
【発行周期】毎週月曜日、木曜日
【次回配信予定】
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【今回の目次】 
◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye) 
◇◆頭脳なき国家・日本──司令塔不在が天災を人災にする
◆官僚丸投げが司令塔の不在を生んだ
◆地震発生後3時間で実行すべき危機管理はこれだ
◆危機管理の要諦は「拙速」。人災は「巧遅」から生まれる
◎今週の言葉:「巧遅拙速」

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◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye)
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◇◆頭脳なき国家・日本──司令塔不在が天災を人災にする

国際変動研究所理事長 軍事アナリスト 小川 和久

Q:小川さん、運命的というと語弊があるかもしれませんけども、メルマガ配信開始の時期が東日本大震災と重なってしまった。

小川「ええ、本当に驚いています」

Q:なので、四の五の前置きはスッ飛ばし、とにかく我々が今、疑問に思っていることを小川さんにぶつけてみたいのですが、まずはなぜ、震災が発生した際にあらゆる面において"政府の対応は遅かったのですか。"

小川「遅いといっても、"あれが組織に縛られた日本人の姿"なんですよ。だから、民主党ではなく自民党政権だったらというふうに、あまり期待しないほうがいい。もちろん、自民党のほうが政権担当の経験があり、一日の長がありますから、そのぶん1日か2日ぐらい対応が早くなることは考えられますが、それぐらいのものです」

Q:えっ、そんなもの。

小川「そんなものです。つまり、今も昔もときの政府は今回のような震災、日本が"危機的状況に陥ったときに、自衛隊や消防などの人的資源と物的資源を把握し、適切かつタイミングよく、またどれくらいの規模で投入すればよいのか迅速に判断できるチームを持っていない"のですね。そのため、今回もまた、阪神淡路大震災のときと同じように首相官邸とその周辺には危機管理のプロがおらず、素人だらけの状態で誰も的確な判断が下せなかったし、迅速な指示も出せなかった」

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◆官僚丸投げが司令塔の不在を生んだ

Q:本当の意味での司令塔が不在だった、と?

小川「そういうことになりますね。首相官邸もそうだし、各省庁の危機管理センターでさえ、約8割の人間は有機的に機能していないと思ったほうがいいかもしれない。その人たちは別に仕事ができない人たちではなく、それぞれに自分の役割をまっとうしていると思うのですが、今、"目の前で発生している緊急事態に対して、拙速でもよいから対処しようという発想を持ち合わせていない"のです」

Q:いやでも、どうして、そういう人ばかり集まってしまうのでありますか。日本が今回のように危機的状況に直面した際に、官邸にしろ自衛隊にしろ消防庁にしろ、最もここぞの人間力を発揮し、柔軟な発想で取り組んでいかなければいけないセクションばかりではないですか。

小川「ですから、それは申し上げましたように組織に縛られ続けてきた日本人の悪弊なのです。"阪神淡路大震災を例にすると、火災が発生している神戸の街にヘリコプターで空中消火ができないものだろうか、と誰しもが思っていた"はずです。でも、実現しなかった。なぜなら、"消防当局が根拠の薄い危険性をたてに市街地火災に対する空中消火は世界的に前例がないと言い張った"からです」

Q:当時は、そのわけのわからない消防当局の主張を小川さんがひっくり返し、消防防災ヘリと自衛隊ヘリによる空中消火体制を実現させましたよね。

小川「ええ。つまり、前例がない、無理だと言い張っていた官僚も含めた関係者たちの裏を返すと、そこには空中消火の効果があるかもしれないと頭では思っていても、"勝手なことをしたと思われると、最終的に責任を問われ組織の中での自分の立場が悪くなる。"それを恐れるからなのです。もっと簡単に言ってしまえば、"必要なことやよいことでも人より前に出て動くと出世できない。"ただ、それだけのことなのですよ」

Q:ちょっと怒りのために頭がフラフラしてきたので一度、話を首相官邸に戻したいのですが。

小川「はい」

Q:阪神淡路大震災を経て、その後も新潟県中越地震を経験しているわけですから、官邸には危機管理の専門家が常駐しないまでも、すぐに馳せ参じテキパキと指示を出す体制を整えていないといけなかったのじゃないですか。それなのに今回もまた、どうもアタフタしている官邸の現場が見え隠れしている。なぜに、官邸、いや政治家たちは日頃から災害などの危機に対する準備をしていないのでしょう。

小川「首相をはじめ各大臣、政治家のみなさんが準備というより、常日頃から災害に対する危機管理の意識が低いし、ちゃんと勉強していない。その"最大の原因は、何もかも官僚に丸投げしているから"なのです。官僚も官僚で『自分たちに任せてください』と言いきるものだから、政治家も『ああ、そうですか』とすべてを委ねてしまう。しかし、考えればわかることですが、とくにキャリア官僚はどの省庁においても2年くらいの任期で交代する。もちろん、"頭の良い人たちですから着任して2週間ほどでいろいろと勉強し、いろんな知識を詰め込み、相手が素人であれば、まさに専門家のように振る舞う"ことができます。しかし、"それだけでは今回のような大
災害が発生したとき、迅速かつ的確に人や物を動かすことはできません。"各省庁とも縦割り社会で横の繋がりはありませんしね。その結果、さきほども言いましたように、"緊急事態に陥っているというのに、この国の頭脳であるべき首相官邸にはプロじゃない人たちがひしめき合ってるだけの状態に"なってしまう。とにかく今回の東日本大震災の初動の遅さの原因は、そこにあると考えられます」

Q:要は、自分が所属する組織を前提にしか物事を考えない人は、絶対に危機管理のプロになれないってことですよね。

小川「そうなのです。そして、それを許してきてしまった、あるいは"組織に縛られて一歩も踏み出せない人物を出世させてきた日本人全体の問題"であることも忘れてはいけません。本来であれば、"組織人間たちをはね飛ばしてでも必要なことを実行に移す乱暴者、つまり腕力があり柔軟思考の専門家が危機管理の中枢に座っていないといけない"のですが」

Q:これは我々の問題でもある、と。

小川「ええ、むろん私自身の問題でもあります」

Q:お話を聞いていると、だんだんムカッ腹が立ってきました。

小川「私も腹が立ちました。かねてから提唱してきた"司令塔チームのような組織が首相官邸にあれば、地震から3時間以上たって発生した宮城県気仙沼市の大火は免れたのではないか、"と思われてなりません」

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◆地震発生後3時間で実行すべき危機管理はこれだ

Q:そうなのですか! ぜひ、その対処を時間軸に沿って教えていただきたいのですが。


小川「わかりました。まず"発災直後に首相は官邸に10人規模の司令塔チームを設置"しなければなりません。ヘッドは危機管理専門家で、かつ自衛隊、警察、消防、海上保安庁などの運用に知見を持つ人材が望ましい」

Q:それはもう、組織に縛られていない柔軟思考の乱暴者がいいですよね。


小川「もちろんです。次にスタッフにはヘッドが指名する人材を陸海空自衛隊、警察、消防、海保のほか、総務、国交、厚労、農水省から集める。自衛隊は将補クラス、警察、消防、海保もそれに準じたランク、各省は課長とします。さらに、チームは個別分野で必要とする人材を集め、そのチーム化による活動を推進していきます」

Q:で、それからどのような活動を行っていくことに?

小川「"これから申し上げるすべての活動は、同時進行"で行わなければいけないものだと思ってください」

Q:はい。

小川「まず"情報収集を本格化"させます。情報収集衛星と民間衛星イコノスの画像情報を活用、航空自衛隊RF4J偵察機を投入し、東北地方の空域統制用に空中警戒管制機AWACSと早期警戒機E2Cも投入します。そして、衛星と航空機の画像情報から被害甚大な地域50〜60カ所を特定、優先順位のもとヘリで情報収集を開始します」

Q:自衛隊も役に立ちそうな飛行機を持っているじゃないですか。

小川「自衛隊の偵察機などの話は、おいおいこのメルマガで詳しく説明してきますが、陸自東北方面航空隊(霞目、神町、八戸)の"0H6観測ヘリ、UH1J多用途ヘリを合計20機ほどを情報収集に発進"させます。担当は1機あたり3地域です。当然、"ヘリには救援に必要な人員を概算できる陸自高級幹部と担当地域に明るい地元消防関係者を搭乗"させる」

Q:次のチームの動きは?

小川「繰り返しになりますが、次というよりすべてが同時進行で行わなければなりません。"危機においては、タイミングを失する『巧遅』こそが、最大の敵"ですから」

Q:はい、そうでした。

小川「ですからすべて同時進行で、"救援に投入できる人的・物的資源の掌握"を開始させ、掌握された現状と必要数をもとに"追加調達を指示"し、"政府の現地対策本部を設置"します。その設置に合わせ、現地対策本部要員を陸自大型ヘリで東京から出発させ、同時に"人員・物資の集結や集積地点を決定して派遣部隊に指示"を出します」

Q:なるほど。

小川「これも同時に、"中部地方以北の陸自・空自の大型ヘリ、中型ヘリを宮城県霞目、山形県神町の各駐屯地に集結"させ、"関東地方以北の消防防災ヘリ、警察ヘリを山形、福島空港に急行"させます。あとは"自衛隊、消防、警察ヘリ(陸上部)、海自、海保ヘリ(海上部)が捜索救難を開始"し、"情報収集ヘリの陸自高級幹部は担当被災地ごとに投入が必要な陸自の概数を機上から官邸の司令塔チームに連絡"する」

Q:ここまで聞いていると、見事に被災者が救援されていく現場が見えてくるようですよ。

小川「いえ、まだです。まだ不十分。これからが本題です。"陸自の大型、中型ヘリは集結地で陸自隊員を搭乗させて、司令塔チームの指示にある救援地域に出発。"大型ヘリは座席を使わず立ったまま100人以上を搭乗させて飛ばします。これにより6機の大型ヘリ3往復で2000人を投入がすることが可能になります。以上の救援措置に続き、"情報収集ヘリは担当地域を調査、必要な医師・医療スタッフと医薬品や避難所に使用可能な建物、収容する可能性のある被災者の概数を機上から司令塔チームに報告"する。その報告を受けて、"司令塔チームは被災地隣接自治体から医師・医療スタッフと医薬品を消防防災ヘリや警察ヘリで投入するよう指令を出し、避難所に必要な物資の輸送についても指示"を出す(遠方からは空自輸送機ほか、避難所には米軍を含む使用可能なヘリ)。"避難所に到着したヘリは、物資の過不足について速やかに司令塔チームに報告"します」

Q:それらの報告をもとに、司令塔チームは迅速かつ的確にあらゆる関係機関に状況に合わせた指示を出していくわけですね。

小川「そうです。"危機管理の要諦は『拙速』"ですからね。走りながら、つまり"危機に対処しながら必要な能力を増強し、体制を整備"していかなければいけないのです」

Q:司令塔チームがちゃんと機能したといえる時間的な目安は、震災発生後、どれくらいでしょう。

小川「おおむね"発災3時間後を目処に、以上の活動ができていなければ"なりません。そうでなければ適切な初動とはいえない。ですから、腹が立つのです。このような流れで国家的な救援活動が推進されていれば、さきほども言いましたように気仙沼市の大火は防げたと思わざるを得ない。"ちゃんと国家の危機管理が機能していれば、衛星から小型ヘリまで駆使した情報収集中に発生した火災ということで、手を打てないはずがない"」

Q:そのとおりですね。

小川「港の燃料貯蔵タンクから漏れた燃料に引火した火災ということですが、ただちに発見され、消防防災ヘリと陸自ヘリを使った空中消火が適切に実施されて、"火災は初期段階で鎮圧されたのではないか"と思います」

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◆危機管理の要諦は「拙速」。人災は「巧遅」から生まれる

Q:そう考えると、今回の東日本大震災は自然災害ではありますけど、不手際や『巧遅』のせいで人災が発生した部分もありますね。

小川「ええ。組織や責任者の責任を問うべき性格のものではないと思いますが、"危機管理体制を整備してこなかったという意味で、まぎれもなく人災"と言って構わない面があります。それと、もうひとつ。これは腹が立つというよりも、悔しくて仕方ないのですが」

Q:何が悔しいのです?

小川「津波です」

Q:阪神淡路大震災や中越地震より被害が甚大になったのは津波のせいですものね。

小川「その"津波の被害も、あれほど大きくさせない手立てが"実はあった。それが悔やまれてならないのです」

Q:その手立てとは?

小川「"津波ビル"です」

Q:津波ビル? 初耳なのですけど。

小川「2004年12月に起きたスマトラ沖地震で東南アジアを大津波が襲いましたよね」

Q:そうでしたね、記憶に新しいところです。

小川「その後、すぐに避難できる場所に津波を避けるための小型ビルを建設することが提唱され、実際にタイのリゾート地などでは実行に移された」

Q:その津波ビルとは一体、どういうものなのですか。

小川「"高さ15〜20m以上に逃げ込めるようになったビル"で、"水密性とぶっかってくる船舶などの衝撃に耐えられる強度"を備えています。"断面は寄せ波、引き波に向き合う部分が船首形"に尖っていて、津波を切り裂いて衝撃から逃れることができます」

Q:そんなビルがあったのですね。知りませんでしたよ。

小川「私は三陸方面だけではなく東海地震に備える静岡県などにも必要だと思い、まず"住民全員が参加する実動避難訓練を重ね、歩く速度が遅いお年寄りでも十分に逃げ込める場所に津波ビルを建設"していくべきだと提唱してきたのですね。それが少しでも東北沿岸の市町村で実現していたなら、津波被害を低減できたはずで、それを思うと悔しくて仕方ありません」

Q:では、次回の第2号では引き続き"東日本大震災の問題点"と"東京電力福島第1原発の事故"を中心に展開していこうと思っています。

小川「はい、そうしましょう。原発に関しても、いろいろと提唱したいことがありますし、なによりまだ予断を許さぬ緊迫した状態ですからね。"マスコミで報道されないディープな情報"もありますし」

(聞き手と構成・坂本 衛)

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◎今週の言葉:「巧遅拙速」
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・孫子の兵法のひとつで「巧遅は拙速に如かず」の略。
・「巧遅」は上手にできているが遅いこと、「拙速」は下手ではあるができあがりが速いこと。
・上手で遅いよりも、下手でも速いほうがいいという意味で使われる。要するに、多少は雑でも対処しないよりはるかにまし、ということ。

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