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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「荒神討伐奇譚~目覚めし虎の姫~」  4/4
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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「荒神討伐奇譚~目覚めし虎の姫~」  4/4

2014-12-17 13:04

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     姫花はうっすらと目を開けた。
     自分を覗き込む、顔、顔、顔。そのどれもに、心配そうな表情があった。
     
    「大丈夫ですか?」

     涙でぐずぐずになった、はなきの顔がそばにあった。

    「ええ。ありがとう。私は無事よ」
    「よかった……! ぐすっ……」
    「自分で妃に志願したとも思えない、泣き虫になっちゃったわね」
     泣きじゃくるはなきの肩を叩いてやる。

    「体は大丈夫かい?」
    「本当に、よくあいつを倒してくれたわ」
    「ありがとう、ありがとう……」

     人々が口ぐちに言いながら、姫花に手を差し伸べる。

     姫花は体に力が戻ってきているのを感じていた。
    (この人たちの想い。眠っていた私の力が強くなっていたのは、かすかにでも私のことを覚えてくれていたから……)
     数百年、忘れないでいてくれた。純粋な感謝の心が力となり、自分に宿っていたのだ。

     そして、この力でみんなを守れた。
     深く深く息を吐きながら、姫花は目を閉じた。
     
    (悪くないわね、こういうのも……)
    「きゃああああああああ!」

     はなきの悲鳴。姫花は目を開けた。
     きっ、と睨みつける。
     
    「兵御院……」

     兵御院桂介が、杖をかなぐり捨てナイフを持って、はなきの首筋に突き付けていた。
     その顔は、先ほどまでの老人とは別人に思えるほど、凶悪さに満ちていた。
     
    「その子を離しなさい」
    「できかねますなあ、姫花さま」

     しゃがれ声で答える。にやっと兵御院は笑った。
     密集していた人の輪が散る。
     
     姫花はゆっくりと立ち上がった。
    「なぜ、こんなことを……」
    「簡単なことでございますよ。あなたにいてもらっては不都合。それだけです」
    「どういうことかしら。私は荒神を倒しただけ。この地に平穏をもたらしただけよ」
    「そのお力が恐ろしいのですよ。なんといっても、蘇らせた荒神を、倒してしまわれるのですから……」

    「なんですって?! あなたが全ての……」
     姫花の目が見開かれた。
     
    「すべて、という程大物でもありません。わしはただ、下らん伝承で採掘を禁じられた坑道の先に眠る、銀がほしかっただけですよ。その資金を以って、わしはこの地方で名を上げる。あらゆる貴族を、ひいてはこの国の全てを跪かせる。それが野望じゃ」

    「……荒神のような虚栄心ね」

    「これは手厳しい。しかし一理ありますなあ。わしは、荒神と取引をしたのですから」
     滔々と、兵御院は語った。皆が自分の言葉を聞き入っていることに、悦びの表情を浮かべながら。

    「荒神に、古の経緯を聞きましてな。自分の前に生野姫花を連れて来れば、わしの野望に手を貸すと。生野銀山に眠る銀。荒神の力。そろえば恐ろしいものなど何もない!」

    「外道め……」
     低く唸る姫花。老人はさらに饒舌に続ける。
    「本当に生野姫花が存在し、ましてや荒神を倒してしまうとはな。わしの計画は崩れてしまった。かくなる上は……」

     はなきの顎を乱暴に引っ掴み、首を反らせる。そこにナイフを押し当てた。
    「この娘の命、惜しいじゃろう? わしの言うことを聞いてもらおうか」

    「何が望みなの?」
    「あなたの命じゃよ。どうせ荒神と違ってわしに賛同してくれんのだろう。だったら、消えてもらった方がいい。それとも、この娘ごとわしを討ちますかな?」

     姫花は唇を噛んだ。兵御院を攻撃しようにも、巧みに少女を盾にしている。
    (どうしたら……。?)
     はなきを捕らえる兵御院の周りに、緑色の霧が漂っているのに姫花は気付いた。鼻息荒く兵御院が呼吸するたびに、体内へと吸収されていく。
     
    (かすかに残った荒神の残骸が、同じ野望をもつ邪心に共鳴している……。このままではあの体を乗っ取り、荒神がまた蘇ってしまう)
     
     そして、また地獄が戻ってくる。
    (やりなおしはもう、うんざりだわ)
     
     ふっ、と姫花は笑った。
    「いいわ。私の命が欲しければ……」
    「ダメです!」

     はなきが遮る。
    「もうわかってます。あなたは本物の姫花さまなんですよね? だったら、わたしなんかと引き換えになっちゃダメです!」
     涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、少女は叫んだ。

     姫花は首を振った。少女と、荒神と化しつつある老人を見つめた。
    「いいえ。そこまで言ってくれるのならわかるはず。生野姫花だったら、こういう時にどうするか。あなたたちが覚えていてくれた生野姫花なら……」
     言いながら、あることに姫花は気づいた。
     
    (みんなが覚えていた私……そうか)

     決意を込めて、姫花はあたりを見回した。
     集まった人々に聞こえるよう、凛とした声を張り上げる。
     
    「今から何が起ころうと、私を、姫花を信じて。姫花は荒神には屈しないのだと」
     言い終わると同時に、妖力を実体化させ短剣を作り出す。

     それで、姫花は自らの喉を突いた。
     花びらのような赤に、大地が彩られる。

    「クハ、クハハハハ……! ついに生野姫花、滅びたり……!」
     
     いつの間にか、兵御院の声は老人のしゃがれ声ではなく、荒神のそれになっていた。
     はなきを突き飛ばすと、小躍りしながら姫花に近づき、首筋に手を当てる。

    「確かに絶命しておるわ。クハ、クハハハハ……我が天下なり!」
     狂笑が続く。その口から毒が流れ出している。

     人々が姫花に駆け寄った。穏やかな表情のまま息をしない姫花。

    「みんな、思い出して! 姫花を信じて。そう言ってたわ」
     はなきが叫んだ。起き上がって姫花に駆け寄る。
     
    「姫花さま! あなたは言い伝えの通りでした。優しくて、強くて。でももう、これ以上つらい思いを、一人で背負わないで……!」
     はなきが姫花の手を握る。民衆が口々に姫花の名を呼ぶ。
     冷たくなりつつあった力ない手に、はなきの体温が移っていく。

     きゅっ。
     少女の手が、握り返された。
     
    (一人で背負わないで……。そう、そうね)

     誰も不幸にしたくなかった。だから戦う。
     今も、昔も。

    (でも、私が眠ってしまったとき、みんなはどんな気持ちだったんだろう)

     姫花一人が戦い、そして荒神が封じられた。
     それで、残された人々は幸せになれたんだろうか。
     
     姫花が、目を開ける。

    「ありがとう、はなき……」

     今度は間違えない。自分を想ってくれる人を悲しませることはできない。

     起き上がり、姫花は体中の妖力を解き放った。
     人々の祈り。自分を想ってくれる心。それらをすべて、一つにして。

    「出でよ!」

     傍らに、巨大な銀虎が現れた。唸りを上げ、今にも飛び掛からんばかりに姿勢を低くしている。
     荒神が気づき、目を見張る。

    「馬鹿な! 息の根は止まっていたはずだ!」
    「虎は伏して機を伺う。忘れたの?」

     まっすぐに荒神を指さす。
     
    「さあ、行きなさい! 竹田城の伏せる虎!」

     姫花の声を合図にして、放たれた弓の勢いで虎が襲い掛かる。
     荒神は、それをかわすことはできなかった。

     兵御院の肉体に牙を突き立てた。虎は実体を失い、あたりに銀色の光が満ち溢れる。
     すべてを浄化するような、神々しい光。
     
    「グアアアァァアァ!」

     山間に反響する絶叫。
     老人の体は緑色の塵と化した。銀の光に飲まれ、白い煙となって、立ち消える。
     
     荒神は消滅した。
     



     
     
     
     眼下をゆっくりと、雲海が流れていく。
     朝日に照らされて、黄金色の雲波がいくつも連なる。
     
     姫花は竹田城跡にいた。城下を見下ろす。
     たゆたう雲に隠されて、人々の佇まいを見ることはできなかった。

    「変わらないわ。ここに城があった頃から、何一つ」
     自分のいた時代は、遠く時に彼方に流れ去ってしまった。

    「でも、私を知っている人たちがいる。私を大切に想ってくれる人がいる」

     確かに一度、姫花は命を落とした。
     だが、眠る彼女に妖力が蓄えられたように、人々の想いが、生命力となって姫花に宿った。
     人と人とのつながり。
     今も昔も変わらぬ、強い絆のみなもと。

     ふわり。谷を渡る風が、姫花の頬を撫でた。
     雲海が、払われていく。
     朝日に照らされた、朝来の街が現れた。
     
     荒神はもういない。ふと、姫花は思う。
     これから自分は何をすればいいのだろう。

    「……まあいいわ。眠っていた分だけ、時間はたっぷりあるのだもの。ゆっくり考えましょ」

     不安はもうない。
     優しい人たちに囲まれて、この時代を生きよう。
     時を越え、名を変えても、姫花を忘れなかった、愛しい故郷。

     兵庫県朝来市。この街で。


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